228 出陣にゃ~


 リータは眠りに就き、卑猥ひわいな本から守れたと、ホッとするのも束の間。イサベレが服を一枚ずつ脱ぎながらわしに迫る。


「にゃ、にゃんで脱いでるにゃ?」

「これからする事には必要無いから」

「待つにゃ! まだ早いにゃ!!」

「キス、スキンシップ……まだしてない事はある?」


 お! 淫魔いんまイサベレの動きが止まった。ここは対話で、なんとか欲情を抑えねば!


「今日は酒にゃ! 一緒に飲もうにゃ~」

「私を酔わせて何するつもり~?」


 うん。きっと恋愛指南書の一文じゃろう。棒読みじゃ。


 わしは次元倉庫から、とっておきのウィスキーを取り出してグラスに注ぐ。酒のおかげで、なんとか下着姿のイサベレを席に着かす事に成功した。


「「乾杯にゃ~」」


 わしとイサベレはグラスを合わせるのだが、疑問が浮かぶ。


「にゃんで『にゃ』って言うにゃ?」

「恋愛指南書に、殿方の言葉をマネるといいと書いていた」

「そ、そうにゃんだ~。そうにゃ! 服は着ないにゃ? 風邪引いちゃうにゃ~」

「まだ大丈夫」

「女の子は体を冷やしちゃダメにゃ。しょうがないにゃ~」


 わしはおっかさんの毛皮を取り出してイサベレを包むと、毛皮の中に潜り込んで首元から頭を出す。おっかさんの毛皮を見せれば、性欲を抑えられるはずだ。はずじゃよね?


「ん。温かい」


 イサベレはわしをギュッとしながら、お酒を喉に通す。そしてゴクリと喉を鳴らすと、声を発する。


「シラタマについて行っていい?」

「メイバイの国にゃ?」

「ん」

「本当について来たいにゃら、いいにゃ」

「もうバレた。シラタマには敵わない」

「にゃはは。わしだって、イサベレに敵わないにゃ」


 わしが笑いながら発言すると、イサベレは首を傾げる。


「どうして?」

「恋より国を取ったにゃ。それだけ国を愛していると言う事にゃ。その強い気持ちにはわしは勝てないし、わしは国を、イサベレほど強く愛せないにゃ」

「でも、メイバイの為に国を滅ぼそうとしている。強い愛」


 イサベレの発言で、さっきまで笑っていたわしの顔は曇ってしまった。


「……これは違うにゃ」

「違う?」

「これは憎悪にゃ。あの国は多くの弱い命を奪っているにゃ。それでわしは怒っているんにゃ。イサベレは、こんにゃ気持ちを絶対に持ってはいけないにゃ」

「憎悪……本当に憎悪なの? それは命に対する愛じゃないの?」


 命に対する愛……か。人間目線ならそうかもしれない。だが、わしは猫。猫目線なら自分一人で食べるよりも、遥かに多い量の命を殺している。

 全て何者かの生に役立つとしても、どう言いつくろっても虐殺者じゃ。命に対する愛と、掛け離れている。


「……違うの?」

「違うにゃ……。わしの手は、血で汚れているにゃ。これまで何千と命を奪っているにゃ。これでは愛を語る資格にゃんてないにゃ」

「でも、感謝している者はいるはず」

「立場が代わればにゃ」

「立場?」

「にゃんでもないにゃ。お話はここまでにゃ。わしもそろそろ寝るにゃ~」

「ん」


 わしはイサベレから離れようと、毛皮の中でモゾモゾとする。しかし、イサベレがそれを許さない。ガッシリと捕まってベッドに移動する。そして、ベッドに降ろされた。


「にゃ?」

「今日はメイバイと寝てあげて」

「う、うんにゃ」

「おやすみなさい」

「おやすみにゃ~」


 それだけ言うと、イサベレは空いているベットに潜り込んだ。


 てっきり、ヤル、ヤラないの押し問答があると思っておったわい。メイバイが悲しんでいたから気を使ったのか? 自室に帰らないのは気になるが、これで皆からのセクハラは回避されたな。

 さて、わしも寝るとするかのう。



 今日はメイバイの腕の中で、独占ぬいぐるみとなって眠るわしであった。



 翌朝……



「いにゃ~~~ん! ゴロゴロ~」


 皆より目を覚ますのが遅れたわしは、いじり倒されて目を覚ます。


「イサベレ! 離すにゃ~~~」

「これが朝だ……」

「言うにゃ~~~! メイバイも噛むにゃ~~~! ゴロゴロ~」

「サービスニャー」

「リータさんも、胸を押し付けるのはやめてくれにゃ~。ゴロゴロ~」

「気持ち良さそうですよ?」

「違うにゃ~~~! ゴロゴロ~」


 この後、三人は恍惚こうこつな表情になるまでわしをいじり倒し、わしはゲッソリして、王のオッサンに挨拶をしに行く。


「どうした? 昨日の夜、会った時は疲れていなかっただろう?」

「聞かにゃいでくれにゃ」

「……そうか。激しい夜だったんだな。だが、他にも人がいるんだから、そういう事は他所でやれ」

「はいにゃ……」


 朝からもてあそばれて、反論したいが反論する元気も無いわい。


「昨夜からイサベレの姿が見当たらないと聞いているのだが、猫は知らないか?」

「わしの部屋にいるにゃ」

「あのイサベレがか!?」

「まだ部屋で、わしの仲間と(春画の)話しているにゃ」

「昨夜は三人も相手取ったのか!?」

「もうその話はいいにゃ~!」

「あ、ああ」


 まったく……オッサンまでスキャンダル好きなのか? この王族は、ろくな奴がいないな。


「それより、猫耳族の処置はどうなっているにゃ?」

「奴隷紋は解除したが、被害者であろうと捕虜の扱いだ。これは譲れない」

「そうにゃんだ。でも、酷い扱いはしにゃいでくれにゃ~」

「わかっている。ここの領主と話し合って、移送するかどうかは決める」

「ロランスさんにゃら、いいようにしてくれるにゃ。わしが頼んでいたと伝えてくれにゃ。それと旅に出るのもにゃ」

「わかった」

「そうにゃ! 女王と王都のギルマスにも、わしが旅に出る事を伝えてくれにゃ。ギルマスにはこの手紙を渡してくれにゃ」


 わしは次元倉庫から紙を取り出すと、サラサラと書いてオッサンに渡す。


「サティにはいいのか?」

「さっちゃんには、帰ったら旅の土産話を持って行くと言っておいてくれにゃ」

「フッ。これから戦争に行くのに気楽なもんだな」

「戦争になるかどうかは、相手しだいにゃ」

「話し合いが通じればいいがな」

「違うにゃ。わしの相手がつとまるかどうかにゃ。一方的な蹂躙じゅうりんをしてやるにゃ~」


 わしの強さを熟知しているオッサンは、顔を青くする。


「そ、そうか……ほどほどにしてやれよ」

「出来たらやるにゃ。ほにゃ、行くにゃ~」

「待て! ノエミを連れて行ってくれないか?」

「にゃんで?」

「この戦争の見届け役だ。それに、魔法陣の解除が必要になるかも知れないだろ? 役に立つはずだ」


 ノエミをね~……。たしかにノエミは便利だけど、本当にそれだけか? 


「う~ん……本音はなんにゃ?」

「建前は通じないか……。お前に恩を売る事と、戦争の終わりに、我が国の者が誰も居ないのも、締まりが悪い」


 あ、そゆこと。東の国は、わしへの借金が多いもんな。これを機に、減らしたいわけじゃな。それと、戦争の終わりは確かめないといけないもんな。


「わかったにゃ。連れて行くにゃ~」

「助かる」



 ノエミとはあとで合流する事にして、ケンフも同時刻に庭に連れて来てもらう。その間に、わしは猫耳族の集まっているダンスホールに顔を出す。


「ズーウェイ。みんにゃの体調はどうにゃ?」

「はい。問題ありません。温かい食事、温かい寝床もいただき、皆、喜んでいます」

「こんにゃ硬い床でにゃ?」

「私達は、普段はもっと質素な所で寝ていましたから」

「う~ん。いまから大事な話をするにゃ。みんにゃ、心して聞いてくれにゃ」


 わしは猫耳族の注目を集めると、語り始める。


 これから猫耳族の故郷を滅ぼしに行くこと。猫耳族を全て奴隷から解放すること。しばらくは、ここに残ってもらい、事が済んだら向かえに来ること。その後の生活のことを、しっかりと伝えた。


「わかったにゃ?」

「あの……奴隷から解放されるのはわかりましたが、その後の生活が、どうしていいのかわかりません」


 わしが話し終えても猫耳族はポカンとしているので、質問してみると、ズーウェイがはっきりとわからないと答えた。


「みんにゃのご主人様は、にゃにか仕事をしていたにゃろ? 騎士であったり商売だったりにゃ」

「はい」

「その仕事を手伝っていたのが、奴隷のみんにゃ。言うなれば、奴隷も仕事のひとつにゃ。ただ、きつい仕事をしても対価を貰えずに、酷い仕打ちを受けるにゃ」

「奴隷ですからね」


 う~ん……奴隷根性が凄いな。即答で自分を奴隷と言うとは……


「酷い仕打ちの代わりに、対価を受け取ればどうにゃ? そのお金で家を借りて、ごはんを食べるにゃ。恋をして、子供に良い服を買ってあげてもいいにゃ」

「そんな夢みたいな生活が出来るのですか?」

「仕事をしたらにゃ。その仕事に就けるかが大変になると思うけど、わしも協力するから、みんにゃで頑張ろうにゃ」

「「「「「………」」」」」


 子供の話をした時に、少し目に光が戻ったが、身も心も握られていた奴隷の心では、まだ信じられないって顔じゃな。


「信じられにゃいだろうけど、近い未来に起こる事柄にゃ。みんにゃにも、こうなりたい未来があるにゃろ? まだ少し時間があるにゃ。その未来の為に、心の準備をしておいてくれにゃ」


 わしの言葉に猫耳族は顔を見合わせる。不安があるだろうが、皆、わしの言葉を実行してくれるみたいで、笑顔を見せてくれた。その顔を見て、わしは立ち去るのであった。



 ダンスホールを出て少し歩くと、ズーウェイが飛び出して来て、部屋の前に居た騎士に止められた。


「シラタマ様! 待ってください!!」


 まだ何か聞きたい事があるのかと思い、わしは騎士に、ズーウェイを離すように伝える。


「どうしたにゃ?」

「私も連れて行ってください!」

「危険にゃ事があるかもしれにゃいからダメにゃ」

「なんでもします! どうか……どうか……」

「ここで待っているほうが安全にゃ。にゃんでそんにゃについて来たいにゃ?」

「先程の話……未来の話。私は無い物と諦めていました。皆もそうです。だから、私が未来を率先してつかめるように行動して、皆に見せたいのです」


 たしかに前例があったほうが、みんなの心に伝わるか……奴隷だった者に足りないのは、自分で何かをする行動力じゃからな。


「もう一度聞くにゃ。危険があるけど、いいにゃ?」

「はい!」


 覚悟の目……ズーウェイはみんなと違って、わしと行動をしたから、少しは柔らかい発想が出来るようになったのかもしれないな。


「騎士さん。ズーウェイを、あとで庭に連れて来てくれにゃ。王様の許可はいるだろうから、わしの名前を出してくれにゃ」

「はい」

「ズーウェイはみんにゃに、しばしの別れを言ってくるにゃ」

「はい! ありがとうございます!」


 ズーウェイがダンスホールに戻るのを見送ると、リータとメイバイを呼びに行く。

 部屋に入ったら、イサベレが教師になって性交体位の話をしていたが、「行くにゃ」と一言掛けて、部屋を出る。絶対に巻き込まれたくないからだ。



 わしが部屋を出て廊下を歩いていると、リータとメイバイが走ってわしに追い付いて来た。


 二人とも、恋愛指南書をイサベレから貰ったという報告はいらないですよ? 収納袋に入っているのですか。そうですか。


 二人を連れて庭に出ると、まだオッサンは来ていなかったので、備え付けのテーブルでコーヒーを飲む。


 恋愛指南書の話は、いまはいいですよ? 今度、寝ている内に燃やします。心を読んでポコポコしないでくださ~い。


 と、埋められそうなので、逃げ回っていると、オッサン逹が見送りに出て来た。

 メイバイの故郷、帝国に行く、ノエミ、ズーウェイ、ケンフも一緒だ。ちなみにズーウェイはボロボロの服装から、町娘のような動きやすい服装に着替え、生活必需品まで用意してくれたようなので、オッサンに礼を言う。


 帝国に向かうのに、街の外まで移動するのは面倒なので、この場で飛行機を取り出す。リータとメイバイは先に乗り込んでもらい、大きな物が急に出て来て騒いでいるズーウェイと、従順なケンフも押し込んだら振り返る。


 そうして最後に残っていたノエミの隣にわしが立つと、オッサンから声を掛けて来た。


「くれぐれも無茶はするなよ。もし、手助けが必要なら、なんでも言ってくれ」

「オッサンの手助けは、貰ってしまうとあとが怖いにゃ~」

「だから、オッサンと……昨日は王様と呼んでいたよな? 願い事が済んだら、もうそれか」

「にゃんの事かにゃ~? ひゅ~~~」

「そう言うのは、もう少しとぼけるのが上手くなってからやれ!」

「にゃははは」


 わしが笑い続けると、オッサンは諦めてため息を吐く。


「はぁ。ノエミも頼んだぞ」

「はっ!」

「オッサンも猫耳族のこと、頼むにゃ~」

「ああ。任せておけ」

「それじゃあ、行って来るにゃ~」



 わし達が乗り込んだ飛行機は、風魔法によって離陸する。


 向かうは東……まずは、あの高い山を越えよう。

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