227 新たな戦争にゃ~


 トンネルで戦っていたわしは、帝国軍人ケンフを殴り飛ばし、簡単に勝利をもぎ取った。しかし、手を上げてガッツポーズをしていても寂しいだけなので、ケンフに近付いて手当てをする。


 完全に手加減ミスじゃ。あごが顔に減り込んでおる。このまま死を待つのもいいが、治してやるか。痛いの痛いの飛んで行け~。こんな顔じゃったかな? まぁいっか。あとは水魔法をぶっかけてっと。


「なんだ!? 水? 戦闘中だろ! 構えろ!!」


 水を浴びたケンフは、驚きと共に飛び起きた。


「あ~。記憶が飛んでるみたいだにゃ。もう決着がついたにゃ」

「はあ? どこも痛いところがない。まだ始まったところだ!」

「いや、わしの攻撃を何度も受けてたにゃろ? その記憶も飛んだにゃ?」

「あ……たしかに、かなり重たい攻撃を喰らった」

「わしが全部治してやったにゃ。話したにゃろ? 腕を切り落としてくっつけた話にゃ」

「聞いてはいたが……」

「はぁ。わかったにゃ。少し本気を見せてやるにゃ」


 わしは力を隠す隠蔽魔法を解いて、すぐに掛け直す。それだけで、ケンフは顔を青くし、ガタガタと震えて尻餅をついた。


「ば、化け物……」

「そうにゃ。これで理解してくれたかにゃ?」

「は、はい!」

「それじゃあトンネルを出るにゃ。ついて来るにゃ~」

「はい!!」


 わしはケンフを連れて、敵兵の入ったひつぎを引っ張り、トンネルから出る。そして、ケンフに「待て!」と、犬のように言ってトンネルの中を走る。

 およそ二キロ地点まで走ると土魔法を使い、トンネルを塞ぎながら外に出る。


 こんなものかな? これだけ深く埋めれば、数ヵ月くらいは、穴は開通しないじゃろう。


「あの大きなトンネルが、こんなに簡単に無くなった……」


 ケンフの呟きはひとまず無視。十人以上の人間を運ぶには、乗り物が必要だ。わしはズーウェイを連れて来ると、全ての人間を一ヶ所に集めて、前回より小さな土の亀、【玄武】を作り出す。地面が盛り上がるので、全員乗せるには楽ちんだ。

 ケンフはあごが外れそうなぐらい口を開けていたが、もちろん無視。木を薙ぎ倒しながら進む【玄武】は揺れが酷いので、仕方なく、ズーウェイの膝に乗る。

 小さいと言っても【玄武】は体長15メートルはあるので、すぐに街道が見えて、車に乗り継ぐ。棺に入った敵兵は、牽引用の台車で揺れが酷いだろうが、知った事じゃない。


 三人で車に乗ると、ぶっ飛ばし、街道をロランスの街に向けてひた走る。初めて乗る高速で動く乗り物は、二人には刺激が強かったみたいだ。

 ケンフはついに顎が外れたので、キャットアッパーで顎を戻してやり、ズーウェイは何かモゾモゾしていたので、ここではやめろとだけ言っておいた。


 そうこうしていると夕暮れ前に街が見え、門に向かう。兵士が守りを固めていたが、わしが外に出て事情を説明すると、車のまま通してもらえた。

 王のオッサンの居場所はロランスの屋敷と聞いたので、ゆっくりと街を進む。兵士が、ガン見していたが気にしない。ロランスの屋敷に着くと、敵兵が掘り起こされていたのも気にしない。


 そして車から降りると、わしは出迎えられる。


「「その女と何処に行ってた(ニャー)!」」


 怒ったリータとメイバイにだ。今回ばかりは、ポコポコで頭まで埋められた。苦しかったが、甘んじて受ける。

 わしが地面に埋まって動かないでいると、さすがにやり過ぎたと感じたのか、二人に救出された。ここで迂闊うかつな事を考えるとまた埋められそうだから、無心だ。


 わしが戻ったと聞いたのか、騒ぎを聞き付けたのか、オッサンが屋敷から出て来て声を掛ける。


「うお! 土まみれじゃないか! 何と戦って来たんだ!?」

「………」


 わしは返事をしない。リータとメイバイの顔を見るだけだ。


「そ、そうか……ご苦労であった」


 何故かねぎらわれた。どうやら察してくれたみたいだ。


「それで、ノエミからトンネルに向かったと聞いたが、どうなったんだ?」

「とりあえず埋めて来たにゃ。捕虜も連れて来たから、契約魔法をお願いするにゃ。詳しい話は中でいいかにゃ?」

「ああ。わかった」



 わしは台車に乗せた捕虜の棺を消すと、乗り物酔いに苦しんでいる者を兵士に引き渡す。ついでに、わしに付いた土も操作して綺麗になった。

 その後、リータとメイバイは用意してもらっていた部屋に戻ってもらい、ズーウェイも猫耳族の元へ、兵士に案内してもらう。

 皆が離れるとオッサンに連れられ、会議室にケンフと一緒に入る。ケンフをわしの後ろに立たせて席に着くと、会議の出席者にコーヒーをせがまれたので、次元倉庫から取り出して話を聞かせる。


「「「「「ズズ~」」」」」


 コーヒーをすすりながら……。わし一人じゃないから、怒られる事はない。


「トンネルをふさいだのか……」

「ダメだったにゃ?」

「いや。助かるが、その先の国へ、行って見たかったってのは本音だな」

「たしかに興味はあるにゃ~」

「だが、これで時間を稼げたのだから、トンネルに砦を築けば、守りが堅くなる」

「必要無くなるかもしれにゃいけどにゃ」


 わしがオッサンの案をいらないと言うと、オッサンは他にも案があるのかと思って質問する。


「どういう事だ?」

「これから、わしが乗り込もうと思っているにゃ」

「乗り込むだと……」

「わしはあの国が許せないにゃ。猫耳族を差別し、命を軽んじる国にゃ。そんにゃ国は、わしが滅ぼして来るにゃ」

「……あの娘の為か?」

「そうにゃ。メイバイを泣かせた国は、絶対に許さないにゃ!」

「自分の母親の時より怒っていないか?」


 わしはオッサンの言葉に怒りが込み上げるが、拳を強く握り、声を低くして話し出す。


「思い出させるにゃ。お前の命も、この国の命も、おっかさんが復讐を望んでいなかった事と、さっちゃんや女王、街の者達が優しいから、わしは怒りを収められているにゃ。もしも酷い国だったら、今頃とっくに滅びているにゃ」

「す、すまない」


 わしの静かな怒りが部屋中に伝わり、皆は口を閉ざしてしまい、沈黙が続く。そんな中、わしは気を落ち着かせる為にコーヒーをすする。

 そうして部屋に音が戻ると、オッサンがわしの後ろを見ながら声を発する。


「それで、その男はなんだ?」

「わしの犬にゃ。にゃ?」

「ワン!」

「猫が犬を飼っているだと……」


 ケンフの奴……「ワン!」と返事しおったな。オッサンの言いたい事はわかるけど、続きを話そう。


「冗談にゃ。絶対服従の捕虜にゃ。ちょっと話を聞いたけど、強い者と戦いたいだけの馬鹿にゃ。軍関係はあまり詳しくにゃいけど、向こうの暮らしぐらいは聞けるにゃ」

「そんな者をどうするんだ?」

「こいつを連れて行って道案内させるにゃ。一人ぐらい、捕虜を貰って行ってもいいにゃろ?」

「ああ。帝国軍の情報を詳しく知る者は足りている。連れて行っても問題無い」

「ありがとにゃ。それじゃあ、わしは休ませてもらうにゃ。あと、ケンフにも部屋を用意してやってくれにゃ」

「牢屋じゃないのか?」


 牢屋より犬小屋を……いかんいかん。ケンフが妙な返事をするから、ボケてしまいそうじゃ。


「心配にゃら牢屋でいいにゃ。でも、逃げないにゃ。にゃ?」

「ワン!」

「だそうにゃ」

「はぁ……念の為、牢屋に入れる」

「よろしくにゃ~」


 わしは部屋を出ると首を傾げる。何故、ケンフが二度も「ワン!」と、返事をしたのかと……。恐怖で少し、頭をヤッてしまったのかもしれない。



 どうでもいい事を考えながらリータ達の部屋に向かうと、お風呂に行く途中だったらしく、拉致されてお風呂に入る。

 二人を魔法で洗ってあげるが、イサベレが湯船に潜んでいやがった。仕方なくイサベレともお風呂を共にするが、下半身を触ろうとするな!


 騒がしいお風呂を済ませ、部屋に戻ると、用意されていた夕食を口に入れる。そうしてお腹も膨らむと、これからの話を二人にする。


「イサベレは、自分の部屋に戻らないにゃ?」

「ん。大丈夫」


 その前に、お風呂からずっとつけて来ていた、淫乱いんらんイサベレの駆除だ。


「さっきの食事じゃ足りないにゃろ? 食堂にでも行くにゃ~」

「お風呂の前にも食べたから大丈夫」


 駆除失敗。仕方なくイサベレも参加させる。でも、わしの息子に魔の手を伸ばさないでくれる? これから真面目な話をするんじゃからな。


 とりあえずイサベレは離れてくれたので、わしはリータとメイバイと向き合う。


「明日、日が昇ったらメイバイの国に行くにゃ。これでいいにゃ?」

「はい!」

「……はいニャ」

「メイバイ。にゃにも心配しなくても大丈夫にゃ。わしが猫耳族を助けてみせるにゃ~」

「シラタマ殿~!」


 メイバイは泣きながらわしを抱っこする。落ち着くまで好きにさせるが、メイバイまで何処を触ろうとしている? 下に手を伸ばさないで!


 メイバイは泣き疲れると、眠ってしまった。なので、わしはそんなメイバイを抱きかかえて、ベッドに運んで毛布を掛ける。


「ふぁ~~~」


 わしがメイバイの頭を優しく撫でていると、リータの大きなあくびが聞こえた。


「リータも眠そうだにゃ。もう寝るにゃ~」

「いえ。大丈夫です」

「明日から、どうにゃるかわからないにゃ。野宿が続くかもしれないし、食料が尽きるかもしれないにゃ」

「それなら大丈夫ですよ。車もあるし、収納魔法もあるじゃないですか」

「にゃ! 本当にゃ~。でも、疲れてるように見えるにゃ。まさかオッサンに、こき使われたにゃ?」

「いえ……」


 わしの名推理に、リータは目を逸らした。


「にゃにかやらされたにゃ!? オッサンを殴って来るにゃ!!」

「待ってください! 私達が無理矢理参加させてもらえるように頼んだんです」

「そうにゃの? じゃあ、今日あった事を話してくれにゃ~」

「実は……」


 リータはパンダと戦った経緯、勝利の仕方を説明する。その説明に、わしは怒りたかったが、勝っているので話が終わるまで何も言わない。


「………」


 話が終わっても沈黙を続けるわしの顔を、リータは覗き込む。


「……怒ってます?」

「ちょっとだけにゃ。それより、怪我は無いかにゃ?」

「はい……」

「ひとつだけ、お願いしていいかにゃ?」

「はい」

「そういう事をする時は、先に相談して欲しかったにゃ~。わしの知らないところでにゃにかあったら、悔やむに悔やみ切れないにゃ~」

「す、すみません!」


 わしが困り果てた子供のような顔でお願いすると、リータは凄い勢いで頭を下げた。とりあえずわしは、リータの頭をポンポンと叩いて、イサベレに目を移す。


「イサベレも、二人を守ってくれて、ありがとにゃ~」

「いえ。私も二人には助けられた。お礼を言いたい。ありがとう」

「そ、そんな。私なんて……」

「リータもメイバイも十分強い。さすが私の姉妹」


 姉妹? イサベレとリータ達はいつから姉妹になったんじゃ? 腹違いの姉妹なのか? いやいや、全員生まれも育ちも違う。

 となると、全員同じ男と……わしか!? そんな事はやっておらん!! 否定しないと、また頭まで埋められてしまう!


「にゃんで姉妹になってるにゃ~!」

「一緒のベッドで寝た。恋愛指南書には、同じ男と寝た女は、姉妹になると書いていた」

「いつになったら読むのやめるにゃ~!」

「廃刊になったら? 毎年出てるから、いまは百二十七巻」


 は? 毎年出て百二十七巻って、単純計算で……


「にゃんで百年も続いているんにゃ~~~!」


 わしが叫んでいるのに、誰も聞いてくれない。リータに至っては、変な事を言いだした。


「ベストセラーですね! 私も読んでみたいです!」

「ん。七十二巻がすごい」

「リータに貸すにゃ~!」


 リータはイサベレから恋愛指南書を受け取ると、本を開く。ちょうど挿し絵のページだったらしく、卑猥ひわいな絵が目に飛び込み、顔を真っ赤にする。


「うわ! あわわわ」

「読むにゃ!」

「あ! 返してください!!」

「じゃあ、これ」

「どんだけ持ち歩いているにゃ~!」

「全巻」


 わしがリータから恋愛指南書を取り上げる度に、イサベレの収納袋から新しい本が出て来て、ついに諦めた。しかし、リータは本をベッドで横になって読んでいたのが、疲れていたのか、すぐに眠りに就いた。


 これでようやく有害図書から、リータを守る戦いが終わったのであった。


「やっと二人きりになれた」


 ……かのように思えたが、色魔イサベレとの戦いは続く……

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