226 戦争 6


「もう勘弁してくれにゃ~~~!」

「まだです!」

「なにしてたニャー!」


 わしは、ズーウェイに撫でられている姿をリータとメイバイに見られ、浮気と認定されて、ポコポコと殴られて床に減り込まされる。

 イサベレもポコポコに参加しているので、逃げるに逃げられない。


 失敗した。寝転んだ体勢で、リータ達のポコポコを甘んじて受けるんじゃなかった。しかし、イサベレまで参加するとはどうしてじゃ?

 イサベレは、わしの下腹部の大事な袋をピンポイントでポコポコするから、両手のガードが離せん。そのせいで立ち上がる事ができん。ここは言葉で説き伏せるしかない!


「痛いにゃ~! 死んじゃうにゃ~!」

「これぐらいしないと、シラタマさんはわかってくれません!」

「そうニャー! 何度言っても浮気癖が治らないニャー」


 やっぱり自分達の力加減がわかっておったのか。わかって地中に埋めるなんて,

酷い動物虐待じゃ。リータとメイバイはこれでは崩せないか。順番を変えてイサベレからいこう。


「そこは大事な所にゃ~。叩かれたら大変にゃ事になるにゃ~」

「ん。知ってる。でも、指南書では、喜ぶ男がいると書いてあった」

「そんにゃ趣味ないにゃ~!」

「ん。じゃあ、優しく撫でる」

「いにゃ~~~ん」


 イサベレもダメじゃ。興味津々で、わしの手をどかそうとしやがる。もう一度、リータとメイバイの説得じゃ!


「このままじゃ、床が抜けてしまうにゃ。ロランスさんに怒られるにゃ~」

「あ……それはマズイですね」

「もう、シラタマ殿の形に穴が開いてるニャ……」

「それでは外で続きをしましょう」

「シラタマ殿、立つニャ!」

「もうやめると言う選択肢はないですかにゃ?」

「「「ない!!」」」

「にゃ……」


 その後、メイバイに首から縄を掛けられ、リータに連行されるが、縄を切って逃げ出した。そしてズーウェイを抱きかかえ、屋敷から脱出。

 屋敷から出てもまだ追い掛けて来ていたので、風魔法の【突風】で、逆バンジー。街の外れまで飛んで、逃げ切ったのであった。



「うぅぅ。怖かったにゃ~」

「そうですか? 死の恐怖……ゾクゾクしました」


 空高くから落ちて、わしが悲鳴をあげていたのに、ズーウェイはあえぎ声を出して絶頂に達していたな。この女を連れて来たのは失敗だったかもしれん。


「それよりトンネル付近に走るから、見覚えのある場所が見えたら教えるにゃ」

「飛んで行かないのですか?」

「もう必要ないにゃ」

「残念です」


 わしは心底残念そうにするズーウェイを抱えてひた走る。しばらく走ると、トンネルがある予想地点に入り、ズーウェイも見覚えのある場所と言い出したので、スピードを落とす。

 ズーウェイのうろ覚えの指示に従って森に入り、岩場が見えて来ると、ズーウェイからストップが掛かる。


「どうしたにゃ?」

「ここに大きな穴が開いていたはずなんですが……おかしいんです」

「道、間違えたかにゃ?」

「そんなわけはないはずです。パンダの足跡もありますよ」


 うん。たしかにあるな。パンダの足跡を辿ると、あの地面か……穴が開いているように見えないって事は、魔法で隠しているのかな? なるほど。これではハンターがここまで来たとしても、発見できないわけじゃ。

 これは、ノエミを連れて来ればよかったな。ひとまず探知魔法! ……ん? 見えないが、地面に大きな穴が開いてる。そこから坂が続いておるな。坂を下った所に敵らしき者も、十人ほど確認できる。術者を倒せば、見える様になるのかな?


 わしはズーウェイに隠れているように言うと、穴に真っ直ぐ進む。そして、穴が開いているであろう地面まで進むと歩みを止めて、探知魔法を小まめに飛ばす。

 敵は身を潜め、わしに気付かれないように動かない。そこをわしは目に写らない速度で移動し、ネコチョップで全員の意識を刈り取った。


 よし! ミッションコンプリートじゃ。また自殺されるとやり取りが面倒じゃし、口に詰め物をしてひつぎに入れておこう。



 わしは意識を失った全員の処置を終えると、トンネルの調査に取り掛かる。


 しかしデカイ穴じゃな。巨大なパンダが通れるわけじゃわい。それに先が真っ暗で何キロあるかすらわからん。探知魔法を遠くに飛ばしても、反響がまったくない。このトンネルを作るのに、いったい何百年かかったんじゃろう?

 苦労は認めるし、少しかわいそうじゃが、埋めてしまおう。向こうの国が落ち着いたら、元に戻せばいいしのう。


 わしは手をかざし、土魔法を発動しようとする。だが、探知魔法に人影が引っ掛かり、上を見上げ、すぐに飛び退く。

 わしが避けた場所には、地面に蹴りが突き刺さり、足を埋めた軍服の男が居た。


「ぐっ。抜けない……」


 なんじゃこいつ? この服装は、帝国の奴で間違いないじゃろうけど……。てか、足が抜けないって、もうちょっと考えて攻撃しろよな。


「えっと~……大丈夫にゃ?」

「ハッ! これぐらい痛くも痒くもない!」

「じゃあ、隙だらけにゃんで、攻撃させてもらうにゃ~」

「ま、待て! 男の喧嘩が、そんな簡単に済ませるわけにはいかない!」

「喧嘩じゃにゃくて、戦争にゃ~。卑怯も糞もないにゃ~」

「戦争でもだ! 俺は卑怯な事が嫌いなんだ!」

「さっき死角から攻撃して来たにゃ……」

「いや……アレは……その……ノリだ」


 しどろもどろじゃな。馬鹿っぽいし、相手にするのも馬鹿らしい。


「じゃあ、わしもノリで……」

「待てって! お前は何か変な魔法を使っていただろ? それで死角だって無かったはずだ!」

「わかったにゃ?」

「ああ。何か飛んできたように感じたから、すぐに物陰に隠れたんだよ」


 ふ~ん。わしの探知魔法に気付くとは、変な奴じゃな。気付いたのなんて、猫のエリザベスぐらいじゃぞ?


「わかったにゃ。待ってやるにゃ。その代わり、足を抜く間にわしの話を聞くにゃ」

「ああ」


 わしはこの男に、今までの経緯を話す。フェンリル、パンダ、どちらも撃破したこと。占拠した街も取り戻したこと。わしに負ける度に自殺した者の扱い。信じられない者を見る目で見られたが、猫が立って喋っている事じゃないはずだ。


「猫が喋ってる!!」

「ずっと喋っていたにゃ~!」


 いまさらかよ! やっぱり馬鹿じゃなかろうか? きっとわしのせいではないはずじゃ。たぶん……


「そ、そうだな。じゃあ、何か? 俺達は負けたのか?」

「アレで全軍じゃないんにゃろ? まだ完全な負けじゃないにゃ」

「たしかに……」

「でも、わしがこのトンネルを塞ぐから、しばらくは攻めて来れないにゃ。このトンネルがどれぐらい長いかわからにゃいけど、その情報を知らずに軍が来たらどうにゃるかにゃ~?」

「立ち往生どころか、軍は大群だから反転するのに時間が掛かり、兵糧が尽きて餓死者もあり得る……」


 う~ん。正解は窒息死なんじゃけど、空気が無くなって死ぬって事を知らんのか? まぁハズレって程、遠い答えじゃないし、正解って事にしておくか。


「ご明察にゃ。それで国は弱体化、攻め放題にゃ~」

「これは……お前を止めないと、国は終わりって事か?」

「またまた正解にゃ!」

「はぁ。強い敵と戦えると聞いて参加したのに、俺が一番大事な役割を抱えるとは……」

「強い敵にゃら、目の前にいるにゃ」

「猫がか? クックックッ」


 は? そこ、笑うところ?? わしの見た目で笑っておるのか!?


「にゃんで笑うにゃ~!」

「俺は強い敵なら、見ただけでわかるんだよ。お前からは強さの欠片も見えない」


 ホッ。見た目じゃなかった。いや、見た目か?? じゃなく!


「それは力がわからにゃい魔法を使っているからにゃ。使っていにゃかったら、にいちゃんはしょんべん垂れ流しながら気絶しているにゃ」

「クックックッ。言うな~。なら、やってやるよ!」

「それじゃあ、わしが勝ったら自殺は無しにゃ?」

「元々そんな事しねぇよ。俺は戦いを楽しみに来ただけだ。負けて死ぬなら、どんな死に方でも受け入れる」


 馬鹿は馬鹿でも、戦闘馬鹿にランクアップ。この手の奴は、おだてておけば、気分よくなるじゃろう。


「カッコイイにゃ~」

「そうだろ、そうだろう」

「ひとつだけルールを付けるにゃ」

「ルール?」


 わしは次元倉庫を袖の中に開き、そこにコインを出して、つまんで男に見せつける。


「このコインが地に付いたら、勝負開始にゃ」

「わかった。戦いの前に名乗っておこう。俺はケンフだ」

「わしはシラタマにゃ。行っくにゃ~~~!」



 わしはコインを天井ギリギリの高さに投げる。コインがわしとケンフの間に落ち、金属音が鳴ると勝負開始。ケンフはひとっ跳びでわしに拳を振るう。

 わしは様子見。拳を軽々避けてやるが、ケンフの攻撃は一発で終わらず、チョップ、キック、抜き手と止まらない。なので、わしはケンフのスピードに合わせ、避けて行くが、壁に追いやられてしまった。


 そこで、わしはぴょんぴょん避けながら、ケンフの戦闘スタイルを分析する。


 中国拳法? よっと。順突き。とう! 水面蹴り。間違いない。おっと、この蹴りも中国拳法じゃ。あ! やっちまった。


 わしは壁際で避けていたが、抜き手と思っていなした手を、ケンフの手が変化してつかまれてしまった。

 するとケンフは、ニヤリと笑いながら声を掛ける。


「やっと捕まえたぞ」

「失敗したにゃ~。でも、この至近距離では攻撃力半減にゃ」

「どうかな?」


 ケンフはそう言うと、わしの顔の前に拳を置く。わしは不思議に思ったが、嫌な予感がしたので、握られた手を強引に振り払って脱出する。

 その瞬間、壁には波紋状のヒビが入った。


「チッ。思ったより力があるんだな」


 いまのはワンインチパンチ。いや、中国拳法なら寸頸すんけいか。漫画で見た事があったが、リアルで使える者がいるんじゃな。

 それに威力も高い。リータの本気のパンチ並じゃ。受け止めて力を測りたいが、あの波紋が気になるからやめておこう。


「驚いているな」

「いまのはなんにゃ?」

「フッ。俺の奥義を教えるわけがないだろう」

「残念にゃ~」

「それより、腰の物は抜かないのか?」

「男の喧嘩はステゴロにゃろ?」

「クックックッ。わかってるじゃないか。まぁ得物があろうと、勝つのは俺だがな!」


 今度はトウロウ拳か。こんな異世界にもあるんじゃな。


 ケンフは抜き手を主軸に切り替え、カマキリの動きの様に腕を振るう。わしはギリギリで避けるが、その都度、風切り音が耳によぎる。


 う~ん……何かがおかしい。速いっちゃ速いけど、あんなに長く風切り音がするもんかね? アイツ、風魔法使ってね? さっきの寸頸も、風をまとわせたパンチを放ったなら、あの波紋も納得できる。

 ちょっと確かめてみるか。


 わしはケンフの攻撃を避けながら、袖の中に次元倉庫を開き、棒切れを取り出して、スルリと落として握る。


「やはり素手じゃ勝てないとわかったのか?」

「まぁそんにゃところにゃ」

「そんな棒じゃなく、剣を抜け!」

「これでダメなら抜くにゃ~」

「そのまま死んでも知らんからな!」


 ケンフは喋りながらもカマキリみたいに動き、間合いを詰める。わしは棒を中段に構えて動かない。

 ケンフの間合いに入ると抜き手で棒に触れようとするので、わしはそこを凝視する。すると、棒は触れてもいないのに真っ二つに切られ、その流れのまま逆の抜き手が迫る。

 わしは確認が取れたので、棒をそのまま残し、消えるように移動する。ケンフが抜き手を振り切り、棒の落ちる音が聞こえると、わしは声を掛ける。


「にゃあにゃあ?」

「後ろか!」


 ケンフは振り向き様に拳を振るうが、わしは近付いていないので、当たるわけがない。


「なっ……」

「男の喧嘩は素手じゃにゃいの? 魔法は使ってよかったにゃ?」

「いいに決まっているだろ! 魔法も体の一部だ!!」


 そんなにキレながら言わんでも……


「じゃあ、わしも使うにゃ~」


 わしは土魔法で、手に土をまとう。これは、土で作ったなんちゃってグローブだ。


「なんだそれは?」

「手を守る物かにゃ? あとは硬いから、盾にもなるにゃ」

「フッ。そんな物で俺の攻撃がしのげるか!」

「やってみればわかるにゃ~」

「喰らえ!」


 ケンフはわしに素早く近付くと抜き手を振るうので、わしはステップを踏み、フットワークを使ってかわす。ケンフは大股で踏み込んでいたので、置き土産で顔にジャブを入れてやった。

 そしてまたステップを踏みながら移動、ケンフは追い掛けて来るので、ジャブの弾幕を放ち、何発かクリーンヒットする。


 うん。いい感じじゃ。テレビで見たボクシングは上手いこと出来ておる。まったく本気のスピードじゃないから出来る技じゃ。

 よし! 今度は、蝶のように舞い、蜂のように刺すじゃ! ……猫みたいに動き、猫みたいに手を出すが適当か……だって、猫じゃもん。はぁ……

 おっと、へこんでいる場合じゃなかった。ケンフはジャブを嫌がっておるのかな? 攻め手が止まった。ジャブと言っても土の塊なら、鈍器で殴られているようなもんじゃ。さぞかし痛かろう。

 来ないなら、わしから攻めようかのう。


 わしはステップを踏みながらケンフに近付く。ケンフのほうがリーチが長いので、わしが近付くと、先に抜き手を放つ。

 わしは横に避けてから、踏み込んで腹にジャブ。ケンフは嫌がって飛び退くが、追い掛けてジャブ。手を振ったところを、わしに届く前に素早くジャブ。


 よしよし。ジャブを腹に喰らって、頭が下がって来ておるな。そろそろトドメといきますか。


 わしは両手のグローブを顔の前に構え、ピーカブースタイルで頭を振りながらケンフに真っ直ぐ近付く。ケンフは抜き手を出すが、常に頭を振っているわしに照準が定まらない。

 抜き手をかわし、グローブで弾き、ケンフの目の前に辿り着いたわしは、必殺のワンツーを放つ。


 左ジャブからの右ストレートじゃ~!


 わしの放ったジャブは、ケンフのあごに入り、続いて右ストレートが顔の真ん中に炸裂……しない!


 あ~あ……ジャブに力を入れ過ぎてしもうた。ジャブで吹っ飛ばしてしまったわい。とりあえずカウントは……いらないか。ドクターストップじゃわい。



 わしは誰もいない中、独りで腕を高々と上げるのであった。


 観客もゴングも無いと、寂しいのう。

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