225 戦争 5


「と、こんにゃ感じで痛いけど、奴隷紋は消えたにゃ」


 わしは猫耳族の奴隷紋解除に、一人の女性を選び、実践してから皆に念を押して説明する。すると猫耳の男性が、わしに質問をする。


「シラタマ様。質問をよろしいでしょうか?」

「いいにゃ」

「ズーウェイは、気持ち良さそうな声を出していたような気がしますが……」

「ズーウェイは特殊にゃ。ほら。そっちの数人はうなずいているにゃ。絶対に痛いから、気を抜くにゃ」

「はあ……」


 わしの言葉に、ズーウェイの知り合いはうなずいていたので、皆に特殊な性癖がバレているみたいだ。むちで打たれても、喜んでいたのかもしれない。


 その後、わしとノエミで猫耳族の奴隷紋を解除していく。一番手をしてくれたドMズーウェイは、落ち着いたら順番の整理をさせる。

 それでも、二人でやるには時間が掛かる。やっと五分の一を過ぎた頃、外が騒がしくなったので、一時中断。ノエミに投げ出……任せて、わしは外に出る。





「「「「「「猫!!」」」」」

「大人数で言わにゃくても、わかっているにゃ~」


 わしが扉から普通に外に出ると、百人以上の敵兵に、猫、猫と騒がれた。きっと仲間が出て来ると思っていたのだろう。


「それで、にゃんの用件にゃ?」


 わしは返事を期待せずに質問したら、一番偉いであろう先頭に立つ軍服の男が答えてくれる。


「ああ。外壁を破られた。それでこの屋敷に籠城して、一人でも多くの敵を道連れにする」


 まさかわしの質問に、返事をくれるとは思わなんだ。それほど切迫しておるのか? それとも猫のわしの登場で、混乱しておるのか? まぁ前者で間違いないじゃろう。


「て、なんで猫なんかに説明しなくてはいけないんだ!」


 後者だったみたいじゃ……


「まぁまぁ。ここで会ったのも、にゃにかの縁にゃ。お茶でも一緒にどうにゃ?」

「そんな事するか! お前は何者だ! それと、ここで何をしているんだ!!」

「ああ。わしはシラタマと申すにゃ。簡単に説明すると、わしはお前達の敵で、この屋敷は占拠したにゃ」

「なっ……」


 軍服の男が驚き、質問も止まったので、わしは笑顔で語り掛ける。


「と言う訳で、全員死んでくれにゃ。【落とし穴】にゃ~」

「「「「「ギャーーー!」」」」」


 突如、敵兵が全員収まる大きな落とし穴が出来上がり、足場が消えた兵達は、す術もなく6メートル下に落下する。ドスドスと鳴る音が聞こえなくなると、わしは一網打尽、しめしめと落とし穴をのぞき込む。


「にゃ!?」


 覗き込んだわしに、さっきまで話していた軍服の男が、槍を突きながら飛んで来た。わしは咄嗟とっさにかわして事なきを得る。


「外したか……」

「戻って来なくてよかったにゃ~」

「そうはいかん。次に来る軍隊が到着するまで、少しでも被害を与えなくてはならないからな」

「この程度の被害じゃ焼け石に水にゃ。さっさと降伏するにゃ~」

「ハッ。猫は知らんだろうが、北にある街でも白い獣が暴れている。これだけの軍隊を引き付けているだけでも、作戦は成功だ」


 プププ。まだ知らんのか。しょうがないのう。


「それにゃら解決済みにゃ」

「は?」

「尻尾の三本ある犬、フェンリルの事にゃろ? もう死んでるにゃ」

「嘘の情報で俺を揺さぶろうと言うのか……」

「嘘じゃないにゃ~。わしも立ち会っているにゃ~」

「嘘決定だな。ここから徒歩六日は掛かる遠い街では、絶対に間に合わん」

「本当にゃ~~~!」

「このイチュウ、そんな嘘に騙されん。いざ参る!」


 イチュウと名乗る男は、地を蹴り、わしに槍を突く。わしはギリギリでかわそうとするが、直線的な槍の動きが変わり、大きく避ける事となった。


 あのしなり……カンフー映画でよく見掛ける槍か。いきなり曲がって来た。ビックリはしたけど、あんなもん実戦で使えるのか?


「よく避けたな」

「変わった槍だにゃ」

「普通の槍だ。お前より変わっていない!」


 失礼な奴じゃな。わしのどこが変わっている? 猫又で歩いて喋っているところか? うん。精神的ダメージを喰らった。考えるのはよそう。


「何をボーっとしているんだ! 死ね!!」


 わしが予期せぬダメージを受けて、ズーンと気落ちしていると、イチュウは槍を体に巻き付けるように回して進んで来る。そして近付くと遠心力を使って、鞭のように槍先が飛んで来た。

 わしはしゃがんでかわすが、槍先は変化し、上から降って来る。その攻撃も、スピードを活かして、今度は大きく避ける。

 するとイチュウは柄を地に付け、槍を棒高跳びのようにしての跳び蹴り……と、見せ掛けて、槍を上からの振り下ろし。

 わしは変化を警戒して、大きく避けた。


 うむ。なかなか面白い攻撃じゃ。あれなら実戦でも十分使える。当たっていないからわからないけど、あのスピードなら槍先に当たれば、皮膚は裂けるじゃろう。わしの毛皮は無理じゃけどな。


「いまのも避けるか……」

「じゃあ、そろそろわしから行かせてもらうにゃ」

「させるか! 得物も抜かせず終わらせてやる!!」


 またか……この世界の者は、順番と言うものを知らんのか? わしに手番を譲ってくれたのは、バカぐらいじゃ。あ、バカだから譲ってくれたのか?


 そんな馬鹿な事を考えをしているわしに、イチュウの槍が迫る。普通の突きかと思えば槍先がくるくる回り、頭から胴へ。胴かと思えば頭に向かって槍先が跳ね上がり、そして落下して太股へ。変則的な槍の猛攻。

 わしはその都度大きく避けていたが、慣れてくればどうってことない。ギリギリで避けながら、徐々に間合いを詰める。

 イチュウは驚いた顔を見せるが、今度は風魔法をまぜて攻撃。魔法で牽制しながら、避けた場所に槍を突く。


 面倒臭い奴じゃな。この攻撃なら、オンニといい勝負。バカとならバカが少し上ってところか。まぁ面倒臭いだけで、わしの敵ではない。



 イチュウはわしに【風の刃】を放つが、わしは【風玉】で防御。だけでなく、そのまま直進させる。イチュウは慌てて避けるが、わしはその隙に間合いを詰める。

 そして腰に帯びている【白猫刀】に手を掛ける。だが、イチュウは体を捻り、わしに槍先の回転した突きを放つ。


「とった!」


 わしは【白猫刀】に手を掛けたまま、イチュウの槍に貫かれた……ように見えたのであろう。


「え?」


 イチュウは槍先を見て、ほうけた声を出した。

 それは当然だ。イチュウの突きに合わせてわしの居合い切りが、槍を半ばで切断した。槍先は回転していたせいで、明後日の方向に飛んで行く事となったからには、信じられないのであろう。

 まさに一瞬。鞘に刀を戻すまで、見えない早業だ。


「にゃにも見えなかったかにゃ?」

「魔法で斬られたのか?」

「いんにゃ。わしの剣にゃ」

「そんな馬鹿な……」

「力量差もわかったにゃろ? 無駄な抵抗はやめて、捕まるにゃ~」

「……致し方無い」


 イチュウは腰に帯びた剣を抜くと、首に当てる。


「にゃ! 自殺はお勧めしないにゃ」

「敵に情報を渡すよりマシだ。さらばだ!」


 イチュウは首に当てた剣を力強く引き、血を撒き散らして倒れる。なので、わしは一瞬で近付き、傷を治してやった。


「最後まで聞くにゃ~」

「治った!?」

「北の街に居た奴も、この屋敷に居た奴も自殺したにゃ。そいつらもお前みたいに治してやったにゃ。でも、その都度わしは自殺させたにゃ。こっちに居た奴は、両手両足を切っては繋げって、してやったにゃ」

「う・そ・だ・ろ?」


 イチュウが驚愕の表情でわしを見るので、剣を拾って握らせる。


「ほい。剣にゃ。何度でも死んでくれにゃ。それで事実かどうかわかるにゃ」

「うっ……死なせてももらえないのか?」

「そうにゃ。お前達は洗いざらい情報を吐いて、罪を償うまで死ねないにゃ」

「く、くそー!」


 イチュウは剣を投げ捨て、地面を殴る。わしはそんなイチュウの意識を刈り取り、口に土の塊を入れる。そして、仲間の兵と共に綺麗に埋め、顔だけ出す。


 久しぶりの朝顔……もうお昼じゃから昼顔か。てか、探知魔法の感じだと、こっちの軍も続々街に入って来ておるな。ここまで来るのも時間の問題じゃろう。


 わしは状況確認と、敵兵の処置が済むと屋敷に入り、ノエミの元へ戻る。


「もう終わるかにゃ?」

「まだに決まってるじゃない。戻って来たなら手伝いなさい!」


 うん。知ってた。あんなちょっとの時間じゃ、数人しか解除できんじゃろう。


「ちょっとやりたい事があるんにゃけど……」

「やりたい事?」

「トンネルの様子を見に行きたいにゃ。ふさいでしまったら、援軍も来れないにゃろ?」

「たしかに……でも、離れているんじゃないの?」

「わしなら、走ったらすぐに着けるにゃ~」

「そう。それなら仕方ないわね」

「ありがとにゃ~」


 わしはノエミの許可を得て、トンネルに向かう……


「なに食べているのよ!!」

「サンドイッチにゃ」


 事はせずに、猫耳族と一緒に腹ごしらえをしている。


「何を食べているのかを聞いてないわ! なんで向かわないかを聞いているんじゃい!」

「お腹へってるからにゃ」

「わっちだって食べずに頑張っているんじゃい!」

「じゃあ、先に食べるにゃ~」

「そういう事じゃ……ムグ」


 わしはうるさいノエミの口にサンドイッチを突っ込む。


「モグモグ。美味しい……」

「にゃ~?」

「じゃない! そんな暇があるなら手伝えって言ってるんじゃい!」


 そうは言っても、痛そうにする猫耳族を見ると気が滅入るんじゃ。ノエミはおばさんだから気にならないんじゃな。見た目はちびっこじゃけど……何か殺気を感じるから、言い訳をしておこう。


「トンネルの周りには強い奴がいるかもしれにゃいから、休憩しているんにゃ。それと、軍がこの屋敷に到着するのを待っているってのも大きいにゃ」

「疑わしい……」

「残党がいたら、ノエミじゃ対応できないにゃ~」

「もう! そう言うことにしておいてあげるわ! 私も休憩して、魔法使いが集まったら楽をさせてもらうわ!」

「そうするにゃ~」


 わしとノエミは頭を切り替えて、ダラダラする。ムシャムシャとサンドイッチを食べ終えると、ノエミは自分の収納魔法から取り出したハンモックを土魔法で支えて寝転んでブラブラし、わしはズーウェイの膝の上に乗せられてゴロゴロ言う。

 猫耳族は何か言いたげだったが、気を使って何も言って来なかった。


 そうこうしていると、街を占拠した王軍が屋敷に迫って来ていた。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 イサベレサイド



 イサベレは、リータとメイバイを連れ、攻略の済んだ外壁を越えて、街に足を踏み入れる。


「街に入りましたけど、シラタマさんは何処にいるのでしょう?」

「きっと私の一族の者と一緒にいるニャー」

「その人達が何処に居るかわかりませんよ」

「う~ん……イサベレさん。何かわかりませんかニャ?」


 リータとメイバイでは、こういった場合の対応がわからないので、知っていそうなイサベレに話を振った。


「敵の重要拠点なら、守りの堅い場所。領主の屋敷か避難所が最適」

「イサベレさんは、この街の避難所はわかりますか?」

「わからない」

「では、領主様の屋敷に向かいましょう。そこなら一度行った事があるのでわかります」

「ん。賛成する」

「私もニャー!」


 三人は兵士に四方を囲まれ、街を歩く。街の門を落としてからだいぶ経ち、敵らしい者の姿は見当たらないが、美少女を守りたいと思う兵士がいるのかもしれない。それも多く……


 しばらく歩くと、兵士の輪に穴が開き、オンニが現れた。


「イサベレ。無事だったか」

「ん。当然」

「愚問だったな。イサベレが負けるわけがない。さすが、俺が見初みそめた女だ」

「オンニより、シラタマに見初められたい」

「なっ……」


 オンニはイサベレに、遠巻きながら愛の告白をするが、簡単に潰される。奇妙な猫によって……


「前にも言ったが、シラタマは猫だぞ?」

「知ってる」

「知ってるなら……お前達! お前達は猫なんかと結婚したくないよな?」


 イサベレには、暖簾のれんに腕押しと感じたオンニは、リータとメイバイに助けを求める。助けを求める相手が悪いと気付かずに……


「私はシラタマさんと結婚しますよ? 約束もしています」

「私も愛人になるニャー! 一番大事って言ってくれたから確実ニャー」

「嘘だろ……」


 オンニが驚愕の表情を浮かべて言葉を失うと、イサベレがトドメを刺す。


「シラタマは、オンニより素敵」

「なんでだ~~~!」

「うるさい」

「ぐふっ!」


 オンニの絶叫はイサベレによってさえぎられる。レイピアの柄で、脇腹を貫かれたみたいだ。かわいそうに……



 その後、イサベレ一行にオンニが加わり、領主の屋敷に辿り着く。先行していた兵士も居たが、皆、戸惑っているようだ。


「地面から顔が咲いている」

「どうなっているんだ?」


 そう。帝国兵は地面に埋まり、顔だけだしているので、イサベレとオンニが戸惑っても仕方が無い。


「きっとシラタマ殿ニャー!」

「シラタマさん以外、有り得ませんね」


 リータとメイバイの言葉に、この光景を見た全ての者は、丸い猫の顔を思い出して深くうなずく。それはもう、物凄く深く……


「この中ですね」

「行くニャー!」

「ん」

「いや、これどうするんだ?」


 オンニの言葉は無視され、リータ、メイバイ、イサベレは愛、するシラタマの元へ走る。ちなみにオンニは、味方の兵士にどうするかと囲まれて、身動きが取れなくなっていた。


 三人は部屋を何室も回り、シラタマを見付け出すと叫ぶ。


「「「なにしてるの!!」」」


 そこには、ズーウェイの膝の上で撫でられるシラタマと、だらけきったノエミの姿があったからだ。


「ゴロゴロ~。ちょっと休憩してただけにゃ~。ゴロゴロ~」

「浮気ニャー!」

「浮気確定ですね」

「ん。仕置きが必要」

「違うにゃ~! ゴロゴロ~」

「「「ゴロゴロ言うな!!」」」


 シラタマは三人のポコポコを受けて、床に減り込まされるのであったとさ。

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