269 雨にゃ~!!


 街ぐるみの農作業を行った翌日。仮住まいはコリスに占領されているので、わし達は車で目を覚ます事となった。


 ん、んん~……バタバタうるさい。まだ日も出てないのに、なんじゃろう?


「ふにゃ~……」


 わしはあくびをすると、窓に手を掛けて背を伸ばす。車のベッドは三人で寝るには狭いので、今日は猫型で寝ていた。


「にゃ!? にゃにゃにゃ~~~!」

「う~ん……どうしたのですか?」

「シラタマ殿。うるさいニャー」


 あ、猫のまま叫んでおった。まだわしも寝惚けておったな。へ~んしん!


「雨にゃ! 大雨にゃ!!」

「「雨……」」


 人型になったわしの発言に、リータとメイバイは寝惚け眼をこすりながら体を起こす。


「わ! すごい雨!!」

「ほんとニャー!」

「こんなにまとまった雨って、いつ以来でしょう?」

「リータの所も少なかったんだニャ。こっちもいつ振りかわからないニャー」

「関心してる場合じゃないにゃ! つぎ、いつ雨が降るかわからないにゃ。シェルターの者だけでも起こして会議にゃ。魔法使いをすぐに動かせるようにしてくれにゃ。あと、ヨキに、ジャガイモがこの雨でも大丈夫か答えを出すように言っておいてくれにゃ」

「シラタマさんは、どうするのですか?」

「みんにゃが準備できるまでに、ひと仕事してくるにゃ。行って来にゃ~す!」


 わしは早口で指示を出すと、猫耳マントを羽織って車から飛び出す。街を走っていると雨に気付いた住人が数人、外にいたので、指示を出すから準備をしておいてくれと言って、走り去る。

 そうして街から出ると、内壁にお堀を作る。硬く漏れないように作るが、作っているそばから水が流れ込む。


 お堀を作りながら内壁を一周すると、シェルターに向かってまた走る。シェルターの屋根のある場所に着くと、水分を水魔法で弾き飛ばし、綺麗になったら中に入って食堂に向かう。


「みんにゃ。おはようにゃ~。朝早くすまないにゃ。それでヨキ。ジャガイモは大丈夫かにゃ?」

「毎日降り続かなければ大丈夫です。元々乾いた土地でしたし、次の日からの水の量を減らせば問題ないはずです」

「にゃるほど……。今日は農作業は完全休業にゃ。明日からまた忙しくなるから、しっかり休ませてにゃ」

「はい!」


 ヨキからいい返事をもらうと、次にズーウェイを見る。


「ズーウェイ。干し肉組も作業場所が無いから休みにゃ。問題は炊き出しだにゃ……。雨も強いし、今日は干し肉で我慢してもらおうかにゃ?」

「はい。配る人はこちらで手配します」

「う~ん……今日はズーウェイも完全休業してくれにゃ。シェルターでもごはんを作っているから、働き過ぎにゃ~」

「でも……」

「これは命令にゃ。ズーウェイに倒れられたら、わしが困るから聞いてくれにゃ」

「……はい」

「代わりは……ヤーイー、頼むにゃ。それと濡れる人が多くなるから、お風呂の手配もしてくれにゃ」

「はい!」


 ズーウェイは少し納得がいかない顔をしているが、ヤーイーからもいい返事をもらえたので、次の指示を出す。


「あとは、ワンヂェンの魔法部隊だにゃ。活躍してもらうにゃ」

「にゃにをするにゃ?」

「街の要所要所に、飲料水を溜める容器を作ってくれにゃ。大きいのは難しいだろうから、小さくていいからたくさん作ってくれにゃ」

「わかったにゃ~」

「ノエミもお願いするにゃ」

「ええ。その代わり……」


 またか……タダでは働いてくれんとは、ノエミは意外と強欲じゃな。


「にゃに?」

「お酒でいいわよ」

「わかったにゃ~」


 また酒か……ちびっこのくせに、ノエミは意外と呑兵衛のんべえじゃな。


「ケンフは兵を連れて、魔法部隊の手伝いにゃ。ワンヂェン達の要望に応えてやってくれにゃ。頼むにゃ~」

「はっ!」

「リータ、メイバイ。わしは他の街を見て来るから、皆の事を頼むにゃ」

「はい! 任せてください」

「安心して行って来てニャー」

「よし! 行動開始にゃ~」

「「「「「にゃ~~~!」」」」」



 皆に指示を出し終わると、わしは走り出す。東に向かって走り、まずは白牛シユウに命令を下す。

 シユウの仕事は、土魔法での溜め池作り。倒れない程度で作ってくれるように頼んだら、今度は南に向けて走る。猫耳マントを羽織って人型で走っていたが、隙間から水が入って来たのでぐちゃぐちゃだ。

 もうマントは役に立たないので、服と一緒に次元倉庫に入れて、猫型で走る。


 その甲斐あって、あっと言う間に猫耳の里に着いた。長い梯子はしごを飛び降り、門番に挨拶をして入ろうとしたら……


「「猫!?」」


 と、言われて止められた。なので人型に変身して、猫耳マントを羽織って里を走る。


 ここの天井は光も通すし、雨も通すんじゃな。だが、外よりは小降りになっておる。大雨でも、入って来る量は少ないのか。これなら、沈没の心配は無かったな。


 わしが里を眺めながら走っていると、すぐに長の屋敷に到着した。中に入るとセイボク達も会議中だったので、そこに通してもらう。


「おはようにゃ~」

「「「おはようございます!」」」

「そんにゃにかしこまるにゃ。リラックスしてくれにゃ~」


 立ち上がって一斉にお辞儀をするので、わしは皆を座らせる。そうすると、セイボクから話し始める。


「それでシラタマ王は、今日はどういったご用件でしょうか?」

「大雨が降ったから、里がどうなっているか視察に来たにゃ。でも、にゃにも問題無さそうだにゃ」

「ご心配、有り難う御座います。この程度の雨なら大丈夫です。むしろ助かりますじゃ」

「ちなみに、この雨にゃら何日降ったら危ないにゃ?」

「そうですね……いまの水の量なら四日ってところでしょうか。それで溜め池があふれますじゃ。その三日後までなら、家も沈む事もありません」


 ふ~ん。家が高い所に建っていたのは、溢れた場合の処置だったのか。と言う事は、一度は大変な被害を受けたんじゃな。


「にゃるほど。もしもの時は、通信魔道具で連絡してくれにゃ。必ず助けに来るからにゃ」

「はい!」

「あと、十日後に、一度わしの街に集まってくれるかにゃ? 国の運営の話もあるし、ささやかにゃけど、即位式をやろうと思うにゃ」

「おお! それは素晴らしい。里をあげてうかがわせていただきますじゃ~」

「いや。こじんまりやるにゃ~。だから、里のトップだけでいいにゃ」

「ですが……」

「いまは国に、そんにゃ余裕が無いにゃ。来年、大きな祭りをしようにゃ~」

「そうですか……」

「それと……」


 わしはその時の持ち物を指定する。街に足りない服をボロでもいいから、持って来て欲しい事と、米や大豆、この里で取り扱っている作物と扱える人材を貸して欲しい旨も伝えた。

 用件が終わると生肉をほどほどに置いて、野菜等を分けてもらい、猫耳の里をあとにする。



 次の目的地はラサ。猫型で肉体強化魔法まで使って最高速で走れば、片道三日の距離も、一時間も掛からずに到着した。

 ここでは門兵に挨拶する前に、人型に変身して中に通してもらう。門兵がわしをガン見していたところを見ると、わしに慣れていないみたいだ。

 ついでに道行く人にもガン見されたが、無視してセンジの屋敷に走る。おそらくマントを羽織っていたから子供と思われたのだろう。猫耳マントじゃけど……


 屋敷に到着すると、ここでも会議中だったので、そこにまざる。


「お疲れ様にゃ~」

「猫陛下! お疲れ様です」

「お疲れ様です。それで王は、どうしてこちらに?」


 センジとウンチョウは立ち上がってお辞儀をするので、わしは座るように促しながらウンチョウの質問に答える。


「ラサでの雨対策がどうなっているか聞きに来たにゃ。さっそくで悪いんにゃけど、地図で溜め池の場所を見せてくれにゃ」

「はっ! ただちに」


 わしの指示に、ウンチョウはセンジに目配せし、棚から地図を持って来させる。わしはその地図を見ながら説明を聞く。


 う~ん。さすが農業の街じゃ。けっこうあるな。これならわしが新しく作る必要は無いかな? じゃが、わしの予定していた場所に無いな。ひとつ作って、あとは頑張ってもらうか。


「この北側に、溜め池を作ってもいいかにゃ?」

「どうしてですか?」

「センジは戦場の話を聞いていないにゃ?」

「戦場ですか……」

「わからにゃいみたいだにゃ。戦場にいっぱい穴を掘ったにゃ。そこに帝国兵を、一時幽閉していたにゃ」

「あ! 聞きました。猫陛下が地獄に変えた場所ですね」


 地獄? たしかに地獄絵図だったけど、変に噂が広がっていないか心配じゃ。


「ま、まぁそれにゃ。これからそこを、大きな湖にするにゃ。それで新しく作る溜め池に川が繋がればどうにゃ?」

「素晴らしい! さすが我が王」

「ウンチョウは大袈裟にゃ~。褒めても、わしが全てやらないにゃ」


 急に大声を出したウンチョウだが、わしがやらないと言うと、少しテンションが下がった。


「そうなのですか?」

「わしがやるのは湖と溜め池を作るまでにゃ。繋げるのはそっちでやってにゃ。人員にゃら足りるにゃろ?」

「たしかに……農作業が出来ずに余っていますね」

「仕事を与えられるし、その後の水にも困らなくなる……」


 用水路を作れと聞いて、センジとウンチョウは、現在ラサで起きている人口増加問題の解決策に繋げたようだ。


「にゃはは。はからずも、一石二鳥になったにゃ」

「王よ! ありがとうございます」

「ただの偶然にゃ。あ、そうそう。会議と即位式をやるから、来てくれにゃ。それと……」


 わしの言葉にウンチョウは喜び、千人以上連れて来ようとするので、ここでも人数制限をする。そして、服と農作業要員を頼み、生肉を置いて野菜を分けてもらい、ラサをあとにする。



 最後の目的地の帝都は北にあるので、猫型で畑を抜けると、穴を掘って大きな溜め池を作り出す。出来上がればラサでの用件も終わるので、北に向けてダッシュする。

 その道中にある升目状の穴に着くと、せっせと壁を消して繋げていく。一万人も幽閉していた穴だ。思ったより時間が掛かってしまった。


 全ての穴を繋げるとお昼を大きく過ぎていたので、ここで小休憩。二号車を取り出すと水気を飛ばし、裸のままソファーに座る。長雨で冷えた体を火の魔道具で温めながら昼食だ。

 国の住人には悪いが、今日は贅沢をさせてもらう。しかし、時間が無いので早く食べられる巨象肉のカツサンドとエミリ特製スープだ。

 久し振りに食べる高級料理は、とてもうまかった。腹が膨らむとお昼寝をしたくなるが、そうもいかない。


 すぐさま猫型に戻ると、二号車を仕舞って北に走る。途中、獣を見かけたが、走る速度が速すぎてあっと言う間に通り過ぎ、【玄武】を作った穴を確認してから元帝都に到着する。


 さて、ここに着いたものの、どうやって入ろうか? 猫耳マントで走っても、バレたら驚かれそうじゃし……石でも投げられるかもしれんな。やはり忍び込んで、宮殿まで行くのが無難じゃな。


 いや、ここは……


 わしは人型に変身すると、猫耳マントも羽織らずに堂々と歩き出す。街の門に辿り着くと門兵に驚かれ、すぐに馬車を用意すると言われるが、断って街の大通りをゆっくり歩く。


 何故、このような目立つ行動を取っているかというと、王様だからだ。この国に、わしの歩けない土地があってはならない。

 住人の中には、戦争でわしが殺した身内がいるかもしれないが、その痛みも恨みも悲しみも、全て受け止めるつもりだ。


 だから、堂々と歩く。


 帝都の住人はこの大雨で家にこもっていたが、噂を聞き付けたのか徐々に道に増え、わしを取り囲むように歩く。

 皆、わしを見て口々に何か話をしているので、その声に聞き耳を立てながら進む。



 う~ん……。ここは恨み節を言うところじゃないのか?


 猫が立って歩いているのは知っているじゃろ? あ、初めて見たのですか。

 ぬいぐるみがどうやって動いているか? 猫だから動いているのですよ。

 どこで買えるかじゃと? ぬいぐるみなら、東の国で売ってます。

 ペットにしたい? お嬢ちゃん。わしは王様だから出来ませんよ。

 抱きたいじゃと? 隣のお姉さんならいいけど、おっさんはお断りです。


 て言うか、恨んでいる人、居ないの!?


 うぅぅ。恥ずかしい。これでは王都を初めて歩いた時の恥ずかしい思い出が甦る。もっと罵詈雑言ばりぞうごんを投げ掛けられると思っていたわ~……誰かタヌキって言った!!



 恨み節よりも珍獣扱いする声が大多数で、恥ずかしい思いをするわしであったとさ。

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