270 荷物


 帝都を堂々と歩くと、恨み節が飛んで来るかと思えたが、珍獣扱いする住人の的外れな言葉だった。それにツッコミを入れながら歩いていたら、豪華な馬車が道を塞いだ。

 わしはやっと、恨みをぶつけて来る相手が来たのだと断定し、刀に手を掛ける。


「お、お猫様!! ご無沙汰しております~」


 残念ながら、この街の代表、ホウジツが揉み手で馬車から降りて来た。


「もうかりにゃっか?」

「ボチボチでんにゃ~」


 うん。どこでそんな言葉を覚えたんじゃ? わしか。挨拶の際、こう応えろって言ったんじゃった。「にゃ」は教えた覚えはないんじゃけど……


「それよりこんな雨の中、何をなさっているのですか! ささ、こちらに乗ってください」


 う~ん。罵詈雑言ばりぞうごんを受け止める為に歩いていたんじゃけど、全然聞こえて来ないし、もういいか。これなら、最初から忍び込んで会いに行けばよかったわい。



 わしはホウジツの勧めるままに馬車に乗り込む。ホウジツもずぶ濡れになっていたので、水魔法で水分を飛ばしてあげた。

 宮殿までの距離は目と鼻の先だった為、近況を聞いている途中で宮殿に到着した。なので、揉み手のホウジツの案内のままついて行ったら、玉座の間に通されてしまった。

 ここでは居心地が悪いし効率も悪いので、いつも会議をしている場所に変更させる。


「さてと、問題ばかり起きているみたいだにゃ。でも、だいたいが貴族関係みたいだにゃ」

「はい。やれ、食料が足りないだとか、やれ、金を寄越せだとかうるさいです」

「うるさいのは、にゃにも手を打っていにゃいホウジツも悪いんにゃよ? わかっているにゃ?」

「は、はい! 申し訳ありません。しかし、貴族様が相手となりますと、なにぶん位がありまして……」

「もっと考えてくれにゃ~。ここはもう帝国ではないにゃ。ここで一番偉いのはお前にゃ。にゃのに、偉そうにさせていていいにゃ?」

「あ……」


 わしの叱責に下を向いたホウジツだったが、自分の立場を再確認できたのか、顔を上げる。


「商人気質が抜けていないのが、一番の問題にゃ。もういいにゃ。命令を下すにゃ。わしの名の元に、貴族は即時解体にゃ。いま住んでる屋敷と、そこにある物以外は全て取り上げろにゃ」

「はっ! わかりました。しかし、屋敷等を残すのは何故ですか?」

「貴族にも生活があるにゃろ?」

「はあ。そうですが……」

「ホウジツの思っている通りにゃ。すぐに破綻するにゃ」

「やはり!」

「もしもにゃよ。もしもそこから盛り返す貴族がいたにゃら、有能な人材だと思わないかにゃ~?」


 わしの発言に、ホウジツは目を輝かせる。


「なるほど……そこを引き抜く、もしくは税金を取ると言うのですね!」

「わかってくれたみたいだにゃ。まぁ今ある財を投げ売って、新規事業にゃんてやれば、簡単に出来るんにゃけどな~」

「たしかに……他よりもお金を持っているのだから、貴族から商人に移行しやすいですね。ですが、あの方達に出来ますかね?」

「間違っても助言にゃんてするにゃよ? ふるいの一環にゃんだからにゃ。馬鹿にゃ貴族からは、全て取り上げてやれにゃ」

「はは~。このホウジツ。国庫が潤うチャンスは逃しません!」


 ホウジツの目が金貨になっているように見えるので、わしは釘を刺しておく。


「貯め込み過ぎも禁止にゃ。いまは住人を潤すのが大事にゃ。回収は長期的視野でやるにゃ。そうすれば、皆の財布も緩んで税も取りやすいからにゃ」

「なるほど……勉強になります~」

「そろそろ今日来た本題に入るかにゃ。この街は……」


 わしは元帝都の溜め池の場所、それと作ってもらいたい場所を聞き、地図を見ながら話し合う。

 ホウジツの話では、飲み水に困っていたようなので、多く作って欲しいと頼まれた。

 溜め池では飲み水にするには衛生面に良くないので、宮殿の訓練場に、切り倒して大量に余っている木を進呈する。これを薪に使えば、飲み水に加工できるはずだ。

 溜め池と木と交換で、古着を集めさせる。ここでは肉は出さない。今までいい暮らしをしていたのだから、質素に暮らしてもらおう。生活困窮者は食べ物に困らないだけマシだと受け止める。



「あとは、にゃにか急ぎはあったかにゃ?」

「それが難題だらけでして……」

「まだわしの助けが必要にゃの!? 自分の街にゃんだからしっかりしてくれにゃ~」

「は、はい! 申し訳ありません……」

「あ、そうにゃ。まだお金は作るにゃよ?」

「わかっております。でも、いつ頃になるのかだけは聞いても宜しいでしょうか? 職人を食い止めなければいけませんので」

「一ヶ月はあとにはなるだろうにゃ~」

「そうですか……」

「う~ん。ちょっとだけ手助けしてやるにゃ。これを作れるように練習させておくにゃ」


 わしは一本の太いスプリングを取り出し、ホウジツに渡す。ホウジツは、スプリングを手に取ると、いろいろな角度から見る。


「同じ鉄細工にゃんだから出来るにゃろ?」

「なかなか難しい形ですが、作る事は出来そうです。ですが、これは何ですか?」

「スプリングと言って、馬車に付ければショックが軽減されるにゃ。その馬車は、貴族が乗る馬車の二倍以上高価なのに、飛ぶように売れていたにゃ」

「そうなのですか……」

「信用してないにゃ? あとで効果は見せてあげるにゃ」

「は、はい!」

「そう言えば、街の名前はどうなったにゃ?」

「あ、こちらが候補になります」


 わしはホウジツから紙を受け取ると、目を通す。


 どれどれ……うん。全て却下じゃな。ビリビリ~っと。


「なっ……失礼がありましたか?」

「猫ばっかりにゃ~! にゃんで全ての候補に猫が入っているにゃ~」

「それは……」


 王様が猫じゃもんな! わかっておるわ!!


「もういいにゃ。わしが決めるにゃ。皇帝の名前は、にゃんだったにゃ?」

「『キョウイン ソウ』です」

「それじゃあ、ファミリーネームのソウでいいにゃ」

「え? 敗戦国の王の名前ですよ?」

「良くも悪くも、長年この国を治めた者の名にゃ。慕っていた国民もいるにゃろ。歴史に忘れ去られても、街の名前なら忘れる事は無くなるにゃ」


 わしの決定に、ホウジツは難しい顔をして、再度確認する。


「本当によろしいので?」

「全てをわしで染める気はないからにゃ。せっかく長い歴史を刻んだのに、消し去るのはもったいないにゃ」

「わかりました。街に知らせを書いた立て札を起きます」

「それじゃあ、そろそろ作業に取り掛かるかにゃ。おっと、忘れるところだったにゃ。皇帝や戦死者は丁重に埋葬してくれたかにゃ?」

「はい。歴代の墓に埋葬しました。戦死者も、その近くに埋葬しました」

「その墓に案内してくれにゃ」



 わしはホウジツの案内で、皇帝の墓に向かう。宮殿から少し離れているようだったので二号車に乗せてあげたら、興奮してうるさい。だが、早急にスプリングを作れるようにすると燃えていた。

 墓に到着すると車を降りて、大雨の中、一歩一歩、大きな墓に近付く。ホウジツは車の中で待機しているように言ったが、ついて来てしまった。なので、並んで手を合わせる。




 長い沈黙の中、ザーザーと雨がわし達を叩き付ける。



 まるでこの国が泣いているかのように……




 わしはその雨を喜びの涙か、悲しみの涙か答えを出さずに目を開け、きびすを返す。

 ホウジツはわしの顔を見て、声を掛けようか悩み、口を閉ざす。数年後聞いた話では、わしは怒っているのか、泣いているのかわからなかったそうだ。



 墓参りが済むと、ホウジツを宮殿に送り届ける。その車内で、十日後に会議と即位式をするので、前日に迎えに来るから、連れて行く数人と準備をするように伝え、走ってソウの街を出る。

 そして、注文にあった溜め池を作り終えると辺りが真っ暗になってしまい、時間短縮で転移魔法を使って街に戻るのであった。







「おかえりなさい」

「おかえりニャー!」


 シェルターの中に入ると、リータとメイバイに出迎えられた。


「……何かあったのですか?」

「びしょびしょニャー」

「いや……」

「先にお風呂にしましょう!」

「温まってニャー」

「……そうだにゃ」


 二人はわしの雰囲気に何か感じるものがあるのか、詳しく聞かずにお風呂を勧めるので了承する。

 そうして二人に抱き抱えられたままお風呂に向かい、雨で濡れた重たい着流しを脱ぐと、体が軽くなる。


 二人に揉み洗いされ、温かいお湯に浸かると、今日の出来事を話す。


「お墓ですか……」

「そんなにつらいなら、行かなかったらよかったニャー」

「まぁにゃ」

「でも、シラタマさんらしいですね」

「そうだニャ。全ての痛みを受け止めようとするなんてニャ」

「それじゃあ、手を出してください」

「私もニャ」


 わしはリータ達のする事がわからないが、言われた通り、二人の手に肉球を合わせる。


「受け取りました」

「受け取ったニャー」

「にゃ?」

「シラタマさんが背負っているモノですよ」

「軽くなったニャー?」

「うぅぅ。ありがとにゃ……」

「「よしよし」」

「ゴロゴロ~」


 今日はゴロゴロにまじって涙がこぼれる。二人の気持ちが嬉しくて号泣したいが、ここはシェルター。子供達が多く生活している。王様が泣き喚くわけにはいかない。

 泣いたところで「にゃ~にゃ~」聞こえるだけだが……



 二人のおかげで復活したわしは、お風呂の中で今日の報告を受ける。皆、雨にも負けず、頑張って作業をしてくれたようだ。

 報告を聞いていると長湯になってしまい、三人で逆上のぼせそうになって慌てて飛び出る。

 そのせいで笑いが起こり、今日はその楽しい気持ちのまま、二人に抱かれて眠りに就くのであった。

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