139 奇跡の和解にゃ~


「ふにゃ~」

「あ、おはようございます」

「おはようニャー」

「おはよう……ここはどこじゃ?」


 わしが猫型のまま目覚めると、リータとメイバイの笑顔と、知らない壁紙があった。


「ここは、最初に泊まろうとしていた高級宿屋ですよ」

「なんですと?」

「王子様が用意してくれたニャー」


 ペットお断りの宿屋も泊まれるようになるとは、王子の権力はすさまじいのう。


「この宿屋は、エステってのが付いてたニャ。お肌もすべすべニャー。触ってニャー」

「あ、ああ」


 わしの肉球ではわからん……わからんが褒めておくか。


「ほんとじゃ。気持ちいい」

「私もどうですか?」

「すべすべしておる。王子に感謝じゃな」

「やった! ギュ~」

「あ! ズルイニャー。私もサービスするニャー」

「わ! なにを……ゴロゴロ~」


 リータとメイバイにめちゃくちゃにされていると、突如、ドアが開いた。


「猫、起きたか~……って、朝っぱらから何をしてるんだ!」


 ガウリカだ。わしが二人にひっくり返されて、わしゃわしゃされている姿をツッコんでいるようだ。


「ゴロゴロ~」

「ガウリカさん。どうしたんですか?」

「サービスしてただけニャー」

「ゴロゴロ~」

「猫、お前……諦めたのか?」

「ゴロゴロ~」

「ちゃんと返事しろ!」


 諦めたよ! 何度も口で拒否しても、猫の喉がゴロゴロ言うんじゃもん! 昔、飼っていた猫も、こんな気分だったんじゃろうか? 花子……すまなかった!


「それで、にゃにか用かにゃ? ゴロゴロ~」

「あたしも諦めるしかないのか……。王子様の使いが来て、白象が現れたから来て欲しいんだとさ」

「ゴロゴロ~」

「だから、返事はちゃんとしろ!」

「すまないにゃ。ごはん食べてからでもいいかにゃ? にゃにか食べないと動けないにゃ~」

「ああ。猫が起きていなかったら、無理に起こさなくていいと言っていたから、大丈夫だと思う。でも、急げよ?」

「わかったにゃ。ゴロゴロ~」

「………」


 何か言いたげなガウリカを他所に、わしは人型に変身して食堂に向かう。リータとメイバイは、終始わしから離れないので食べづらいが、なんとか手を伸ばして食事をいただく。

 高級宿屋とあってどれも美味しく、お代わりを何度かしたら、ガウリカに急かされた。なので、残りを無理矢理口に押し込んでから、王子がいると言う南門にモグモグしながら向かう。



 そうして歩いていると、住人のわしへの態度が気になって仕方がない。


 う~ん……王都の人達の、わしへの態度が変わった? 猫、猫とは騒いでいるけど、拝まれてる? 恥ずかしいからやめてくれんかのう。


 拝む人々を無視して街中を、リータとメイバイに両手を握られて進む。南門に着くと、兵士がわし達の案内役を務め、バハードゥ王子の元へと連れて行く。

 門から外に出ると、多くの兵士、ハンターの姿が見られ、象の群れと睨み合っていた。


 その兵士達に指示をしているバハードゥの元まで行くと、わしは挨拶する。


「おはようにゃ~」

「ああ。もう体はいいのか?」

「いっぱい寝たから大丈夫にゃ」

「頑丈な奴だな。この体のどこに、巨象と戦う力があるんだか……この目で見たのに信じられん」

「信じにゃくていいにゃ。それで、白象と接触はしたのかにゃ?」

「いや、まだだ。まさか本当に来るとはな。猫から聞いていなかったら、一戦交えていた」


 なるほどのう。だから象達と睨み合っておったのか。じゃが、兵士と違い、ハンターはやる気満々じゃな。


「ハンターまで来てるけど、大丈夫だったにゃ?」

「兵士でなんとか抑えた。それで、白象の目的を聞いて来てくれるか?」

「巨象の事でわしに会いに来ただけだろうけど……王子も一緒に来るかにゃ?」

「いいのか?」

「わしがいれば大丈夫にゃ。リータ、メイバイ。行くにゃ~」

「「はい(ニャ)」」


 わしが二人に声を掛けて歩き出そうとしたら、強烈な視線を感じたので振り返る。


「……ガウリカも来るにゃ?」

「おう!」

「行きたいにゃら、行きたいと言えばいいにゃ……」

「うるさい!」


 仲間になりたそうな目をしたガウリカを一行に加え、車に乗って白象の元へ向かう。バハードゥが、車にかなり興味を示していたが、うるさかったので無視してやった。

 それから象の集団近くに着いたら停車し、わしから車から降りると、白象達は警戒を解いていた。


「おう! お前の願いは叶えたぞ」

「本当? 死体はどこにあるの?」

「わしの魔法の中に入れている。信じられないなら見せるぞ」

「いえ。あんなに大きなご先祖様が消えているんだから信じるわ……これで私達、一族の悲願は叶えられたわ。ありがとう。パオ~~~ン!」

「「「「「パオ~~~ン!!!」」」」」


 白象は涙を流し、お礼を述べると叫ぶ。その叫びに呼応して象の群れは叫び、その叫びは長く続き、鳴りやまない。



 先祖の白い巨象をいたむように……



 だが、近くにいたわし達はうるさくて……いや、白象達の気持ちを汲んで、車の中に避難する事となった。


 象達の叫びが落ちついたのを確認して、再び会話に戻る。


「落ち着いたか?」

「ええ。皆も満足しているわ」

「そうか。で……こんなに群れを引き連れて、何をしに来たんじゃ?」

「人間は危険じゃない? 護衛よ」

「臆病な奴じゃな。お前は強いんだから、一匹でも大丈夫じゃろう」

「慎重って言ってよね。人間は強いご先祖様をあんな姿に変えたんだから、用心するのは当然よ」

「まぁそうじゃけど……人間はそこまで強くないぞ? お前なら、一匹で、ここくらい落とせる」

「そうなんだ……ペロッ」


 白象は王都を見ながら舌舐めずりをする。その姿を見た念話の繋がっている人間が顔を青くし、わしに詰め寄る。


「ね、猫! なんて事を言いやがる!」

「シ、シラタマ……頼むから止めてくれ!」


 ガウリカとバハードゥだ。わしはちょっとした冗談だったのだが、白象の顔がマジだったので、わしは二人にぐわんぐわんと揺らされてしまった。


「この焦りよう……本当なのね」


 さらに白象は畳み掛けるものだから、バハードゥは前に出て手を広げた。


「ま、待ってくれ。あなた方にした所業、この国の長の俺が謝罪する。申し訳無い。俺の命を差し出す。それで許してくれ!」

「にゃははは」

「??」


 バハードゥの必死の説得に、わしは笑いながら白象を見る。


「試したんじゃろ?」

「あなた達のした事は許せないけど、悪い人間ばかりじゃない事はわかったわ。それにこの人間……私達に攻撃しようとしている者を止めていたわね。あなたは信じるに値するわ」

「それじゃあ……」

「滅ぼしたりしないわよ」


 セーフ! わしがあおったせいで、白象はやる気かと思ったわい。わしも焦っていたけど、揺らすからそれどころではなかった。まさか演技まで出来るとは思わなんだわ。


 わしが顔には出さずにホッとしていても、白象とバハードゥの話は続く。


「今後は、昔のように友好的に出来ないかしら?」

「むかし?」

「人間には伝わっていないの? 昔は仲良かったのよ。共に森を切り開き、共に笑い、共に暮らす。まだ、わだかまりはあるけど、そうなれたらいいわね」

「バハードゥ。期待されておるぞ?」

「俺が……そんな国を作る! あなたを失望させない!」

「そう。頼んだわね」


 バハードゥの叫びに応え、白象は優しい顔になったので、わしは間に立って握手をさせる。バハードゥはやや怖れながら、白象の鼻を握っていた。


 そうして握手を終えると、白象がバハードゥに何か言い出した。


「ドーナツと言う食べ物……知ってる?」

「ええ。この国のお菓子だ」

「食べさせて!」

「それぐらい、かまわないが……」

「やっと伝説のドーナツが食べられる! 甘くて美味しいんでしょ~」


 時を超えた、歴史に刻まれるであろう人間と象の和解……ドーナツが目的じゃないじゃろうな? 昔もドーナツが食べたくて、人間と仲良くしていたわけじゃないじゃろうな?

 白象の顔を見ると……ドーナツ目的にしか見えない。さっちゃんにパウンドケーキで釣られたわしも、人(象)の事は言えないけど……



 こうして人間と象の和解が成立し、街の近くでドーナツを揚げる多くの露店と、民衆の姿が現れる。そのせいか、人間と象の入り乱れる祭りと変わった。わし達も祭りにまざり、ドーナツをいただく。

 丸い形のドーナツを食べたが、甘過ぎて一個でギブアップ。なのでわしは、ガウリカに頼んでいたコーヒーの飲み比べをして、好みのコーヒーを発注する。バハードゥにも振る舞ってみたら、わしの淹れたコーヒーは好評だった。


 これから象のドーナツのせいで、小麦の消費が多くなるとの事で、東の国から輸入出来ないかとわしに聞かれてもしらんがな。ガウリカに押し付けた。

 ガウリカもハードゥに問い詰められて困っていたが、ハードゥは、以前ガウリカに話したアンテナショップに興味を示し、出資してくれるとのこと。

 ガウリカをパイプにして、コーヒー豆、砂糖の輸出や、小麦、その他の輸入を行うみたいだ。


 商談はガウリカに任せていると、子供達がまとわりついて来たので遊んであげる。だが、数も多いし面倒になって来たので、これも象達に押し付ける事にする。

 わしが象達に念話で、子供達と遊んでくれるように頼むと、象達は優しく子供達を鼻で包み、背中に乗せて遊んでくれているみたいだ。


 わしはこの機を逃さず、リータ達と共に、白象の頭に避難する。


「みんな楽しそうですね」

「そうだにゃ」

「象達も楽しそうニャー」

「そうだにゃ」

「ありがとうね」

「気にするな」


 高い場所から眺めると、人と象の戯れる姿と笑顔が見える。大人は少し遠巻きに見ているが、子供達は象と遊び「キャッキャッ」と笑っている。その光景は、未来の景色を見ているようで、白象はうっすらと涙を浮かべていた。


 しかし、その光景を邪魔する者が現れる。


 兵士の集団と、白いローブを着た集団。王と白象教だ。どうやら、巨象が死んだと聞いて戻って来たみたいだ。



 わしは王と白象教を祭りに近付けたく無いので、白象に移動してもらう。


「にゃにしに来たにゃ?」

「猫! 白象様の頭に乗るなんて失礼だろ。すぐに降りろ! そこの女達もだ!」


 わしが王と教皇に問い掛けると、教皇から、わしを糾弾する答えが返って来た。


「失礼にゃ? お前もそう思うかにゃ?」

「いいえ。私達はもう友達でしょ?」

「そうにゃ」

「じゃあ、気にしないわ」

「白象はこう言ってるにゃ。念話は聞こえたかにゃ?」

「なっ……」


 わしと白象の念話を聞いた教皇は、言葉を失い、口をパクパクしている。


「聞こえているみたいにゃ。それで、こんにゃに大勢引き連れて、にゃにしに来たにゃ?」

「それは、白象教の教皇が、白象様に会わないわけがないだろう。ついに私を見つけてくださったんだ! 白象様。これからも崇め奉あがめたてまつりますぞ~」

「まだその設定、続けるんにゃ……」

「友よ。この者は何?」


 呆れるわしに、白象は問い掛けて来たので、正直に答えてあげる。


「巨象を罠に嵌めた張本人? ではないが、その元締めかにゃ?」

「こいつが……」

「それは何かの間違いで……ヒッ~~~!」


 教皇の言い訳を最後まで聞かずに、白象は前足を高々と上げ、そして落とす。白象の踏み付けに、「ドシーン」と、大きな音が周りに響いた。


「ちょっと待つにゃ!」


 わしは咄嗟とっさに、踏まれそうになって倒れた教皇の前に立ち、白象の足を受け止める。地面を魔法で強化したにも関わらず、また膝まで埋まってしまった。


「何故、止めるの!!」

「せっかく和解したところにゃ。お前が血で汚れて欲しくないにゃ。こいつは人間の手で裁かせるにゃ」

「友よ……」


 白象の殺意が薄らいだところで、わしは地面から足を抜きながら王を睨む。


「そっちの偉そうにゃ人! お前は、にゃにしに来たにゃ?」

「貴様! 猫がこの方に、なんて口を聞くんだ。この方は、王陛下であらせられるぞ!」


 わしが王に質問をしたにも関わらず、側近らしき男が答える。


「王にゃ? 王にゃら国民を見捨てて逃げ出さないにゃ。お前達はそんにゃ者を、この国の王と認めるのかにゃ?」

「猫~~~!」

「よい。猫よ……」


 側近が叫ぶ中、王が静かな口調で語り掛ける。


「人間の事を何もわかっていないのだな。国とは王の余の事だ。余さえ生きていれば、何度でも国は復活する」

「違うにゃ! 国とは、この地に暮らす民の事にゃ!」

「ハッ! 民に何が出来る? 何も考えず、指示に従うだけ。王の私がいなければ何も出来ないグズだ」

「ふざけるにゃ! 民が……」

「シラタマ。ありがとう。俺が代わる」


 あまりにも酷い王の言葉に、怒りを露わに反論していると、先程の白象が出した大きな音を聞いて駆け付けたバハードゥが、わしの言葉を遮った。


「父上……あなたの時代は終わりました。これからは私が王となり、この国を良くして行きます……民と共に!」

「何を戯言を言っている……」

「「「「「おおおおお!!」」」」」


 バハードゥの宣言に、わし達を取り囲んだ民衆が王の言葉を掻き消して呼応する。その声を聞きながら、わしは白象に念話を送り、二本の鼻で、わしとバハードゥを頭に乗せてもらう。


「これより私がこの国の王だ! 賛同する者は声をあげよ!!」

「「「「「おおおおお!!」」」」」


 バハードゥの声に、応える声は大きく、どこまでも広がる。民衆にバハードゥは、王と認められたみたいだ。


「これより逆賊を捕らえる。前王、並びに白象教、教皇を捕らえよ! 教団は解体する! 前王についていた兵士は王の言葉に従い、剣を置け。無駄な血は流すな!!」


 バハードゥの声に兵士はおとなしく従い、暴れる一部の者も、一人の死者も無く捕らえられる。これは王についていた兵士も、白象教の信者も、今までの言動や所業に、嫌気が差していたのが大きかったのかもしれない。

 

 こうしてバハードゥ側についた兵士や信者も加わって、祭りはよりいっそう大きくなり、夜遅くまで続けられたそうだ。



 え? わし? わしは白象の上で寝ていた。

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