140 海に行くにゃ~


 象達との歴史的和解と、王の代替わりが叶った翌日、ガウリカと共に観光を兼ねて仕入れの品を受け取りに行く。もちろんリータとメイバイも一緒だが、ひとり女性が増えて、頬を膨らませている。


 バハードゥの妹、ハリシャ。十九歳、巨乳だ。出会った瞬間、挟まれた。いや、抱きつかれた。そのせいでゴロゴロ言ってしまい、リータにはドスンドスン、メイバイにはダダダダと叩かれた。もうポコポコとは言わない。

 何しに来たかと聞くと、これからの白象との窓口に一任されたそうで、交渉に付き合って欲しいそうだ。王となった兄は事務手続きで忙しく、妹のハリシャが選ばれたらしい。


 先に仕入れ兼、観光を行い、その間に国の事や家族の事、世間話をしながら歩き、ハリシャの性格を把握する。明るく元気でちょっと距離感が近いが、国を思ういい子だと思われる。

 ワイワイと王都を歩き、仕入れの品を全て次元倉庫に仕舞うと街を出て、飛行機で南西の森に向かう。ハリシャはわしの行動に、終始驚きの声をあげている。

 次元倉庫に入れると「すご~い」。飛行機を出すと「すご~い」。空を飛ぶと「すご~い」と、ちょっとお馬鹿な子かと心配になった。



 白象達がどこにいるかわからないので、空から探してみたが、森の浅い位置にいたのですぐに見付かった。

 降りる場所がピンポイントしか無かったので、今回はギリギリの高度まで旋回し、そこから垂直に降ろしたので、皆は胸を撫で下ろしていた。


「友よ。今日はなんの用?」

「こっちのハリシャが、挨拶をしたいと連れて来たんじゃ」


 わしがハリシャを横に並ばせると、ハリシャは丁寧にお辞儀する。


「ハリシャと申します。……白象様?」

「ああ、お前には名前が無かったな」

「名前?」

「わし達と違って、人間は仲間を呼ぶ時に、名前を使って呼ぶんじゃ。わしの名前はシラタマじゃ。友と呼ばずに、そう呼んでくれ」

「シラタマか……私の名前はどうしたらいいの?」

「自分で付けられないなら、人間に付けてもらえばいい」

「じゃあ、ハリシャと言ったかしら? お願いするわ」

「え! 私ですか?」

「いい名前を付けてやるにゃ」


 白象が名付けを頼むと、ハリシャはうんうん唸りながら考える。


「う~ん……アイラーバで、どうでしょうか?」

「アイラーバ……うん。気に入ったわ。ありがとう」

「いえ。そんな……気に入っていただいて、ありがとうございます」

「ハリシャ。用件があるにゃら、わしが間に入るから伝えるにゃ」

「はい。アイラーバ様。私どもは……」


 ハリシャの用件とは、こうだ。

 まず、自分が国王の代理として、アイラーバとの対話をすること。そして、出来る事なら無償でドーナツを献上したいが、この国も不作で余裕が無いこと。

 それでお願いを聞いてもらう変わりに、ドーナツを支払うということ。最後に住み処を決めてもらうことだ。


 ハリシャの話を黙って聞いていたアイラーバは、交渉なんて初めての経験なので、答えを出せないらしく、わしを頼る。


「シラタマは、この話をどう思う?」

「変な話では無いな。働いて対価を貰うってのは、人として当然の事じゃ」

「そうなの……」

「まだ完全に信用できないのはわかる。最初は少しずつ仕事をして、お互い歩み寄るといい。ハリシャもそれでいいにゃ?」

「はい! 私どももアイラーバ様の意見を聞きながら、仕事量と対価の量を決めていきたいと思います。この件は私に一任されていますので、なんなりと意見をお聞かせください」

「わしも時々話を聞きに来るから、ひとまずハリシャを信用してやれ」

「そうね。いざとなったら……ペロッ」

「ヒッ……」


 アイラーバは怪しい顔で舌なめずりするものだから、ハリシャは怯えてしまった。なので、さっそく仲介役のわしの出番だ。


「その脅しは禁止じゃ!」

「え~~~!」

「え~。じゃない! 人間がいなくなると、ドーナツが食べれなくなるんじゃぞ。それでもいいのか?」

「それは困るわね」

「それに人間と協力すれば、この国は豊かになる。そうすれば食べられるドーナツが増える。どっちが得じゃ?」

「う~ん……協力するほうが得ね」

「もしもの時は、わしも協力してこの国を潰してやるにゃ」

「ヒ~~~!」

「猫まで脅してどうするんだよ!」


 仲介役のわしまでハリシャを怯えさせてしまい、ガウリカにツッコまれてしまった。


「にゃ……」

「「「アハハハハ」」」


 そのやり取りがおかしかったのか笑いが起こり、緊張の解けたハリシャも、今後の話し合いの日付等を決めて、この日は帰る事となった。


 アイラーバとの話し合いが終わると飛行機を離陸させ、次の目的地に向かう。



 空を行くと、すぐに目的の場所が見え始め、リータ達と同じく、ガウリカとハリシャも感動しているようだ。


「あれが海……」

「昔話には出て来ていましたが、こんなに綺麗なモノなのですね……」

「ガウリカもハリシャも初めてだったにゃ?」

「ああ。道が無いからな。森を抜けるのに、何日かかるのかもわからない」

「でも、こんなに近くにあったのですね」

「そろそろ降りるにゃ~」


 わしのアナウンスを聞いた皆は、興奮してうるさい。静かにしてと言っても聞いてもらえないので我慢して、降りやすそうな場所を探して着陸する。


「「「「わ~~~!」」」」

「ちょ、待つにゃ! まったく……海には入るにゃよ~!」


 飛行機を降りた皆は、海に向けて走り出す。わしは止めようとしたが諦め、皆のあとをゆっくりと追う。


 初めて見たんじゃから、走り出しても仕方ないか。現世での子供達との思い出も似たようなもんじゃったな。あの時は、走り出した娘が砂浜に足を取られて、こけておったな。あ……全員こけた。


「にゃはははは」


 わしの笑い声を聞いたメイバイとリータは、振り返って大声を出す。


「なに笑ってるニャー!」

「シラタマさんも、早く来てくださ~い」

「わかったにゃ~」


 思い出を噛み締めて、わしも砂まみれになった皆の元に駆け寄る。それからわしの忠告を無視して皆は海に飛び込み、塩水に驚く。その姿もわしの思い出に合致し、目頭が熱くなってしまった。

 今にも泣き出してしまいそうだったので、わしも飛び込み、目が染みてしまう。これでは涙が出てしまっても仕方がない。


 しばらく皆の水掛け遊びに付き合っていたが、小腹が減ってきたので、探知魔法と水魔法を使って魚を砂浜に打ち上げる。魔法のおかげで大量に捕れたので、食べない分は、氷魔法で締めて次元倉庫行きだ。

 その後、魚を下処理し、姿焼きにしていたら匂いに誘われ、皆が集まって来た。メイバイが、やたら擦り寄って来たから「待て!」と言って、焼き上がった魚を皆に振る舞う。


「美味しい……」

「ニャーーー!」

「国の近くに、こんな物が……」

「猫! これはなんだ?」

「さあ? 種類まではわからにゃいけど……魚にゃ」


 わしも見たことの無い魚ばっかりじゃ。アジやイワシに似てるけど、なんじゃろう? まぁ寄生虫がいると嫌じゃから、魔法で取ってあるからお腹を壊す心配は無いじゃろう。

 しかし、メイバイ……言葉を喋れ。わしより猫じゃないんじゃろう?


 わしが「ニャーニャー」食べるメイバイを見ている横では、ハリシャとガウリカが魚の感想を述べている。


「王都で手に入る魚と違って、泥臭くないのですね」

「この味なら、高く売れそうだな」

「それは無理にゃ」

「どうしてだ?」

「魚は傷みやすいにゃ。はっきりとはわからにゃいけど、ここから直線距離で馬車で七日。森があるから、その倍以上にゃ。腐って食べられないにゃ」

「そうか……残念だ」


 ガウリカも気に入ったのか? それとも商売か?


「どうせ売るにゃら、塩を売ったほうが儲かると思うんにゃがな~?」

「塩……」

「たしかにあの水はしょっぱかった……どうやるんだ!」

「教えてください!」


 食い付きが凄い。またいらん事を言ってしまったか……。ハリシャは、なんでわしを挟むんじゃ? それで話すと思っておるのか?


「海水を火で煮詰めると塩になるにゃ。ちょっとやってみるにゃ」


 挟まれたからサービスで教えるわけではなく、わしにメリットがあるから説明をしている。ホンマホンマ。



 わしは土魔法で鍋を作り、少量の海水を入れて水分を飛ばす。お試しなので高火力の魔法で、あっと言う間に塩を作り出した。


「舐めてみるにゃ」

「塩だ……」

「こんなに簡単に出来るのですね」


 差し出した鍋から、指で少量取って舐めたガウリカとハリシャは、驚いた顔でわしを見る。


「見た目は簡単にゃ。大量に作るとなると、人も資材も必要になるにゃ」

「たしかに、この気温の中でやるには大変だな」

「天日干しって方法もあるんにゃけど……」

「なるほど。それでも人手は必要になるか……」

「それに運搬にゃ。どうやって運ぶにゃ?」

「あ……シラタマ様とだから来れたのですね」

「まぁそうにゃけど……運ぶ手段が、最近手に入ったんじゃないかにゃ~?」

「「あ!」」


 わしの質問に、ハリシャとガウリカは、同時に答えがわかったようだ。 


「気付いたにゃ?」

「アイラーバ様達に、協力してもらえば出来ます!」

「それが出来たら一大事業に……国は他国から、塩を買う必要が無くなる」

「ご名答にゃ。そうにゃれば、ここにも街が出来るにゃ。魚料理にゃんてのも出来るし、海を見たがる人も集まるにゃ」

「猫様! 国を救ってもらっただけでなく、この国の未来図まで教えていただき、ありがとうございます!」

「気にするにゃ」


 しめしめ。ハリシャは乗り気じゃな。ここに街が出来たら、わしが漁をする必要がなくなるからのう。欲しい海魚とコーヒーが、この国に来れば楽に手に入る! 頑張って欲しいもんじゃ。


「こんなに面白い事になるなら、移住しなければよかったな~」

「ガウリカさんなら、戻って来てくれてもいいんですよ?」

「いえ。家族もいますし、仕事も仰せつかっております。遠い地からですが、この国の力にならせていただきます」

「ガウリカさん!」

「わ! 妹君。何を……あぁ~」


 ガウリカもハリシャもそっちの趣味じゃったのか……。ハリシャが結婚していないのはそう言う事か。男っぽいガウリカにはお似合いじゃな。


「シラタマさ~ん」

「シラタマ殿~」

「にゃ! ゴロゴロ~」


 ガウリカとハリシャを生温い目で見ていたわしも、触発されたリータとメイバイにめちゃくちゃにされてしまった。

 そのせいで、皆は塩水と砂でガビガビとなってしまったので、お風呂セットで綺麗にしてから飛行機に乗り込み、帰路に就くのであった。



 帰りの機内では、皆は疲れてしまったのか、後方から寝息が聞こえて来た。


「リータも、眠たかったら寝てていいにゃ」

「いえ。大丈夫です。それより……」

「にゃ?」

「海で泣いていませんでしたか?」

「……バレたにゃ」

「何かあったのですか?」

「元の世界の思い出を、思い出してしまったにゃ」

「元の世界……だから海を見ても、シラタマさんは、他の人と反応が違ったのですね」

「そうにゃ。元の世界では、海には簡単に行けたにゃ」

「そうなのですか。少しだけ、シラタマさんの思い出を聞かせてもらってもいいですか?」

「そうだにゃ~。あれは……」


 わしは元の世界の思い出話をリータに語り、飛行機を操縦する。リータは笑ったりうらやましがったりしながら、わしの話を聞く。

 しだいに返事が無くなり、横を見ると、眠ってしまったようだ。


 フフフ。これも家族旅行みたいじゃのう。あの時も、女房がわしに付き合うと言って、話をしていたら寝てしまったな。

 この世界でも同じ事が起こるとは……これもいい思い出に変わるのじゃろう。


 初めての旅はいろいろあったのう。楽しい事、悲しい事、大変な事、嬉しい事、面白い事。東の国では味わえない、様々な事があったな。だが、東の国に帰りたいと思ってしまうのはどういう事じゃろう?

 わしの故郷は森の我が家じゃ……ああ、そうか。わしの帰りを待つ人達がいる。城には、ちょっと我が儘なさっちゃん。その仲間のソフィ、ドロテ、アイノ。女王、イサベレもいたな。


 街に出ればスティナ、エンマ、フレヤ。ティーサも帰れば喜んでくれるかな? エミリの料理も食べたくなる。

 兄弟達にもしばらく会っていない。会いたいな。エリザベスに、また「何しに来たのよ?」って言われるかな? ルシウスはイジメられていませんように。

 やっぱり出会いは大事じゃな。出会った人がいる場所が帰りたいと思う場所になっている。


 おっかさん……わしは幸せにやっているぞ。いつまでも見守っていてくれ。



 こうしてわしは、様々な思いにふけり、ビーダール王都に向けて飛行機を飛ばすのであった。

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