191 女王誕生祭 五日目 2


 兵士や魔法使いの訓練を見ていたわし達だったが、リータとメイバイに撫で回されて鳴るわしのゴロゴロ音にまざって、ルウの腹の轟音が響き、昼にはまだ早いが飲食コーナーに向かう事となった。


「アレって、料理対決でしょうか?」

「う~ん……」


 リータが言う通り、ふたつのキッチン、審査員らしき五人の人物にまじり、料理長も居る……。ここもか~! これは双子王女の差し金か!?


「なんだか、そこかしこにシラタマさんが関わった事がありますね」

「私達も鼻が高いニャー」

「にゃんでこんにゃ事に……」

「シラタマさんが、かわいいからですよ」

「かわいいから仕方ないニャー」


 え? かわいいと、こんな事になるの? ツッコムとまたかわいいかわいいと撫でられそうじゃし、アイのほうに寄ってみるか。


「にゃ? ルウはどこ行ったにゃ?」

「あっちの大食い大会に参加するって、走って言ったわ」

「エレナもいないにゃ~」

「大食い大会で賞金が出るみたいだから、付き添いに行ってるわ。すぐに食べ物に変わると困るからね」

「もう優勝すること決定にゃの?」


 わしの質問に、アイとマリーとモリーは神妙な顔に変わる。


「猫ちゃんは、ルウの本気を見た事がなかったわね。普段の量でも抑えているのよ」

「本当にゃ?」

「はい。目の前の大皿が一瞬で消えます」


 マジか……。大食いだと思っていたが、五人前以上食べても足りなかったのか。ルウ一人で、わしの次元倉庫が空になってしまうかもしれん。

 イサベレも大食いじゃけど、どっちが大食いなんじゃろう? 少し見て行くか。



 わし達は人混みを抜け、大食い大会が行われている会場に足を踏み入れる。しかしもう始まっているみたいで、挑戦者は横長のテーブルに並び、肉の刺さった串をむさぼり食っていた。


 一皿がデカイ。初めから見てないからわからないけど、大皿に山盛りの串焼きが乗っておるな。ルウは……もう半分以上減ってる。ほとんどの挑戦者はまだ山なのに……


「早いにゃ~」

「真の恐怖は、まだまだこれからよ」


 なに? ルウの食欲を表現する言葉は恐怖なの? たしかに取られる怖さはあるんじゃけど、その言い方はかわいそうじゃろう。


 アイの物言いにわしが憐れんでルウを見ていると、アイとマリーは凄い勢いで食べる参加者を凝視する。


「あの白い髪の人って、伝説卿よね?」

「すごいです。ルウさんに負けていません!」


 あ~。わしが見たいと思っておったのが、もう叶ってしまった。二人とも、並んでお代わりしそうじゃ。


「どっちが勝つのかしら?」

「う~ん。イサベレも大食いにゃけど、満足すると手が止まるから、無理して食べるルウが勝つんじゃないかにゃ?」

「本当!?」


 アイの質問にわしが答えていたら、真後ろから大声が聞こえてビクッとする。


「にゃ!? スティナ。どこから現れたにゃ~」

「どっちに賭けようか迷っていたのよ。本命は伝説卿だけど、ルウもやるからね」

「またギャンブルにゃ~? ほどほどにするにゃ~」

「シラタマちゃんが言うなら大穴が来そう! あ、もう次の皿に行きそう。待って! 締め切られそうだから急ぐわね!!」

「絶対じゃないにゃ~! ハズレてもわしのせいにするにゃよ~?」


 スティナはわしの話を最後まで聞かずに、発券所に走って行った。


「にゃったく……」

「猫ちゃんは伝説卿に詳しいのね」

「にゃん度か一緒に、ごはんを食べた事があるだけにゃ」

「それがすごい事なのよ! どうやったら伝説卿と、ごはんを食べられるのよ」

「にゃ? 普通に待ち合わせして、ごはんしたにゃ」


 アイが、わしとイサベレの関係を聞いていると、三方向から怪しい気配が漂う。


「それって、デートですか~?」

「いや、違うにゃ……マリーさん? にゃんか怒ってにゃせん?」

「シラタマさ~ん?」

「シラタマ殿~?」

「にゃ!? リータさん? メイバイさん? 目が怖いにゃ~」

「やっぱりデートだったんですか!」

「何度かって、何回したニャー!」


 三人にあらぬ疑いを掛けられ、恐怖に震えるわしは正直に答える。


「デートじゃないにゃ~。二回とも、おっかさんがらみにゃ~」

「……嘘じゃないみたいですね」

「……本当ニャ」


 ん? なんで二人とも、わしの後ろを見たんじゃ? とりあえず、怒られないって事でいいのかな?


「ねこさん。お母さんがらみってなんですか?」

「出会った時に、おっかさんを殺されたって言ったにゃ? イサベレがおっかさんを殺した張本人にゃ」

「そうなんですか!?」


 わしの過去を知ったマリーは驚き、その話を聞いていたアイも会話に入って来る。


「猫ちゃんは憎く無いの?」

「その件は、もう決着がついたから憎くないにゃ」

「どう決着をつけたのですか?」

「イサベレとオンニに、参ったと言わせてやったにゃ」

「うそ……伝説卿に勝ったの?」

「まぁにゃ」

「勝ったと言うなら、あの噂って本当なの?」

「噂にゃ?」

「伝説卿に勝ったら、結婚できるって噂があるの」


 あ、バーカリアンが同じ事を言っていたな。リータ達がなんだか怖い顔をしておるから、なんて答えたら正解なんんじゃろう? 無言でいても、ゴゴゴゴ聞こえるし、話すしかないか。


「結婚できるかどうかは知らにゃいけど、自分より強い男が好みみたいにゃ」


 これでどうじゃ?


「じゃあ、猫ちゃんがタイプになったの?」


 アイはいらぬ質問をするな。この質問にはこうじゃ!


「男でも、猫だにゃ~。当てはまらないにゃ~」

「プッ。そうよね。猫ちゃんと結婚したがる人なんて……けっこういるわね」


 アイも気付いたか。この場だけでも三人もいるんじゃよな~。猫と結婚したがるなんて、この世界の女性はどうなっているんだか……



 わし達が話をしていると、大食い大会の会場が「ワッ」と騒がしくなる。その声に、壇上を見たアイとマリーは嬉しそうな顔になった。


「勝負が付いたみたいね」

「ルウさんの勝ちです!」


 お~! わしの予想がピタリと当たった。しかし、あの山盛りを十皿食べたのか。イサベレは手が止まっておるが、ルウはまだ食べておる。

 他の人は二、三皿しか食べておらんのに、あの二人の胃袋はどうなっておるんじゃ?

 大穴だったのか、またスティナは踊ってるし……あれ? エレナも一緒に邪悪な舞いを踊っておる。ルウの食欲も怖いけど、アイツらも、かなり怖いな。


「ルウさん、いつまで食べるのでしょうか?」

「さあ? 今日の晩ごはん分まで食べるんじゃない?」


 食い溜め出来るのか……ルウは人間なのか? 動物ならやる奴はいるじゃろうけど、アイ達の恐怖の所以ゆえんはここにあるのか。

 あ、係りの人に止められておる。でも、隣の皿を漁り出した! 知り合いと思われたくないし、あまり近付きたくないのう。


 わしがどうしようかと考えている横では、モリーがアイに相談している姿がある。


「エレナが踊っているけど、どうする?」

「あんな所に近付けないわよ。呪われるわよ? 行くならモリー、一人で行って!」

「私も呪われたくないから遠慮する」


 エレナも酷い言われようじゃな。やっぱり、あの躍りは誰が見ても怖いんじゃな。誰も近付かないで遠巻きに見ているのに、よくスティナは一緒に踊れるわい。


「それじゃあ、適当に出店を回るにゃ~」

「そうね。もうじき出ないといけないし、見て回りましょう」


 わしの案にアイが乗っかり、出店で買い食いして和気あいあいと歩く。食欲の権化と邪神がいないと、楽しい会話が増えるってものだ。


 そうこうしていると、騎士から入れ替えの号令が聞こえて来て、わし達は出口に向かう。出口ではお土産が配られていたので、紙袋を受け取って城の外に出る。

 城から出ると、次の区画の民衆が並んでいた為、家に帰るには遠回りになる。どうせ時間が掛かるなら広場で時間を潰そうと提案し、テーブル席を陣取って、露店で購入したお茶をすする。


「「「「はぁ~~~」」」」


 皆、朝から人混みの中を歩き回ったので疲れたようだ。


「なんだかどっと疲れました」

「エレナさんの踊り、怖かったです」

「ルウの食欲も怖かったニャー」

「あの二人はね~」


 いや、エレナとルウの行動に疲れたようで、マリー、リータ、メイバイと愚痴ってアイで締める。そんな中、わしはアイに二人の事を質問する。


「その二人を置いて来てよかったにゃ?」

「いいのよ。夜になると戻って来るでしょう」


 それでいいのか? まぁうるさい二人がいないと、落ち着いて話せるからいいか。


「露店は少し減ったかにゃ?」

「基本的に、去年の三日間が地方から来た露店の販売期間で、一日を挟んで残りの三日間は、通常運転に変わるの」

「ふ~ん。その割にはいつもより多いにゃ~」

「いま残っているのは、売上が思うほど上手くいかなかった露店ね。商品を少しでも売って帰りたいのよ」

「にゃるほど。アイは詳しいんだにゃ~」

「私達は全員、王都出身だからね」


 アイ達は都会の娘さんじゃったのか。わし達とは大違いじゃな。森に他国に貧しい村。奇跡的な縁じゃな。


「にゃんでそんにゃアイ達が、ハンターにゃんて危険な仕事をしているにゃ?」

「まぁ一言で言えば、家庭の事情かな? みんなそれなりに事情があるの。でも、その事で出会えたのは嬉しいし、みんなで旅をするのも楽しいわ」


 アイの答えに、マリーとモリーも同調する。


「そうですね。いろんな土地に行けて楽しいです」

「いつも騒がしいけどな」


 家庭の事情か……王都でも、貧しい人はいるもんな。ここは中世ぐらいの文化レベルじゃし、お金持ちでも世継ぎで揉めて、あぶれる者もいるじゃろう。

 聞いたのは不粋じゃったが、アイ達はこの生活で満足しているみたいじゃな。


 わしがアイ達を微笑ましく見ていると、三人は城で貰ったお土産の話題に変わった。


「それより、今年の女王陛下からの贈り物は何かしら?」

「去年は飴でしたっけ? 美味しかったです~」

「その前はケーキだったな」

「この大きさなら今年もお菓子じゃない?」

「へ~。毎年、違うんにゃ」

「飾り物の年もあるけど、お菓子が当たり年ね」


 ふ~ん。女王は毎年、民衆にプレゼントをしているのか。独裁国家には必要なのかな? 国民全員に贈るとなると、かなりの量になるな。何を贈ったんじゃろう?

 あ! 最近かなりの量の仕入れをしていたから、わかってしまったわい。アイ達は、どんな反応をするじゃろう?


 アイ、マリー、モリーは、ガサガサと贈り物の中身を取り出す。


「何これ? 黒いわ」

「なんでしょう? 置物??」

「何か紙も入ってる。チョコレート? 食べ物ってなっているぞ」


 チョコレートの見た目だけでは、食べ物とわからないのか。


「シラタマさん。これって?」

「シーーーッにゃ。もう少し見守るにゃ」

「はい」


 リータが正解を言い掛けたので、わしは黙っているように言う。なんとか間に合ったようで、アイ達はわし達の会話に気付かず、見た事も無い食べ物を、恐る恐る口に入れる。


「ん~~~! 美味しい!!」

「本当です! 甘い? 苦い? 不思議な味です」

「美味しいけど、嗅いだ事のある匂いだな」

「にゃはは。モリーはなかなか洞察力があるにゃ」

「猫ちゃん?」

「わしが飲んでいたコーヒーから作られたお菓子にゃ」

「あのくさい飲み物からか?」

「じゃあ、これも猫ちゃんが作ったの?」


 三人は興味津々で口々に質問するので、わしは整理して説明する。


「いんにゃ。わしは女王の使いで、仕入れをして来ただけにゃ。チョコレートはエミリがお母さんのレシピから作ったにゃ」

「はぁ~。女王陛下の使いでも驚くのに、エミリちゃんも国の仕事をしただなんて凄いわね」

「今度、家に来たら褒めてやってくれにゃ……あ、そうにゃ。アイ達はカミラさんってハンターの名前に聞き覚えがないかにゃ?」

「カミラさん?」

「エミリのお母さんにゃ。おととし、仕事中に亡くなったらしいにゃ」

「カミラさんか……」


 わしの質問に、アイは首を横に振るが、モリーは何か思い出したようだ。


「私達が猫と出会う前に、Cランクハンターに居たような気がするな」

「駆け出しの頃か……。それだと、ランクが低かったから接触は無いわね」

「そうにゃんだ」

「猫ちゃんが聞いてどうするかわからないけど、知りたいならギルドで聞けば? まだ仕事の記録が残っているかも」

「にゃるほど……」


 わしがそんな手があったのかと考えていると、マリーがわしに質問する。


「ところで、ねこさんはチョコレートを食べないのですか?」

「にゃ!? みんにゃもう食べちゃったにゃ??」


 なにその鋭い目……みんな獲物を見るハンターの目に変わっている。


「これはダメにゃ~!」

「ちょっとだけ! 一口ちょうだ~い!!」

「まだわしは一口も食べてないにゃ~~~」


 結局、チョコは一口かじっただけで、アイ達に根こそぎ食べられてしまった。

 なので、食べ足りなかったわしは、帰ってからこっそりエミリに作ってもらったチョコを食べていたら、アイ達に見付かって、全て没収されてしまった。


 まだあるけどね~。


「まだ持ってるでしょ!」

「にゃ!?」

「「「出しなさい!!」」」


 迂闊うかつな事を考えてしまい、けつの毛までむしり取られてしまったのは、言うまでもない。

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