157 トラブルにゃ~


 南の小国ビーダール、バハードゥ王と、東の国ペトロニーヌ女王の会談は和やかに進み、笑い声の中、お開きとなった。国のトップどうし握手を交わした後、わし達は高級宿屋に戻って来る。

 会談に参加していないメンバーも宿屋に戻っており、夜間交代で護衛に就く者は女王の部屋の前に待機し、それ以外は割り当てられた自室にて休む。

 わしはリータ達の元へ逃げようとしたが、もう少しのところで女王に首根っこを掴まれた。リータとメイバイも、さすがに女王に逆らえず、苦笑いで送り出された。


 仕方がないので、わしは嫌々、女王とさっちゃんと寝室を共にする。


「シラタマ。今日はありがとう」

「わしは連れて来ただけだから、気にするにゃ」

「いいえ。あなたがいたからバハードゥ王も信用してくれて、スムーズに話を進められたのよ」

「わしがにゃ? タダメシ食べてただけにゃ」

「あ……あのマナーの無さは、いただけなかったわね」

「にゃ!? 猫だにゃ~。大目に見るにゃ~」


 一瞬、顔の曇った女王は、わしの言い訳を聞いて優しい顔に戻った。


「フフフ。そうだったわね」

「それを言うなら女王だって、わしをペットにしようとしたにゃ!」

「そ、それは……だって~」

「あんまりしつこいと、実家に帰る前に城を破壊して帰るにゃ!」

「だから、わたしのお家を壊さないで!」


 女王に文句を言ったら、さっちゃんにツッコまれてしまった。


「さっちゃん。冗談にゃ~」

「シラタマだったら出来るのよね? すっかり忘れていたわ」

「そうにゃ。だから、怒らにゃいで~」

「また怒られる心配してる~」

「あと、自室に戻してくれにゃ」

「「いや!!」」


 軽く脅したのに、怖くないのか? 息ピッタリでわしの願いを拒否しやがる。まぁ捕まった時に、すでに猫型に戻っておるから、わしの貞操は守られるじゃろう。


「で、シラタマちゃんは、なんで変身魔法を解いてるの?」

「備え付けのお風呂も入ったし、あとは寝るだけだからにゃ。それがにゃにか?」

「シラタマちゃん。わたしに嘘ついていたでしょ?」

「にゃんのことにゃ?」

「寝る時には、変身魔法は維持できないって言ってたのに、普通に寝てたじゃない!」


 あ……そう言えば、旅から戻った日に疲れていたのか、さっちゃん達の前で寝た事がある。


「あれは……その……たまたまにゃ?」

「ぜったい嘘! リータ達とも寝ていた節があったわ」


 さっちゃんに、はしたないと言われて泣かされた時か……。いまさらじゃが、子供に泣かされたんじゃな、わし……


「なに遠い目してるのよ~。変身して一緒に寝ようよ~」

「いや……その……わしは男にゃ。そう言うわけにもいかないにゃ?」

「そんなの、気にならないよ~」


 気にしようよ! まぁわしは一見……


「ぬいぐるみと変わらないよ~」


 うん。わしの言いたい事を先に取られてしまった。さっちゃんは、心を読むだけでなく、未来まで見えるようになったのか。こうなったら……


「女王からも言ってくれにゃ~」

「え? 変身したらいいじゃない。何が悪いの?」


 悪いじゃろう! 男と女が一緒に寝たら何が起こる? わしは大人じゃから、子供のさっちゃんに、何もしないけどな!


「あ、そうそう。一緒に寝る約束してたわね。あれは人型って約束だったわよ」


 え? そんな約束は……一緒に寝る約束はしたな。じゃが、人型とは一言も言ってない!


「へ~。約束破るんだ……」

「人型なんて言ってないにゃ~」

「いいえ。言ったわ」

「お母様の記憶は正しいよ!」


 あれ? さっちゃんは、あの場にいたっけ? いや、いない!


「二人とも、嘘はいけないにゃ~」

「じゃあ、シラタマちゃんも嘘はいけないね」

「そうね。人型で寝れないって嘘だったのよね」

「にゃ……」

「嘘はいけないんでしょ~?」

「女王の私にまで嘘をつくんだ~?」


 やられた! 誘導尋問じゃった。女王の嘘は、嘘はダメってワードを引き出す為じゃったのか。


「「ねえねえ~」」


 うっ。なにそのわきゅわきゅした手付き。わしに何をする気なんじゃ?


「何もしないから~」

「ちょっとだけ。ちょっとだけよ~」


 二人とも、なんだか女に言い寄る男みたいになって来た。これは逃げ切れないのか?


「「逃がさないわよ~」」


 らしいです。リータ、メイバイ……すまない。


 この日、わしはさっちゃん親子に犯された……と、言う訳でなく、二人にぬいぐるみとして抱かれて眠りに就くのであった。





 翌朝……


 わしは二人より早くに目を覚ます。


 はぁ……リータとメイバイも激しかったが、さっちゃん親子も、また激しかった。まさか、あんなに激しく撫で回されるとは……

 さて、どうしたものか。二人のロックは固い。女王の大きな物に挟み込まれて、さっちゃんにも抱きつかれておるから抜けられん。けっして、二つの柔らかい物に挟まれていたいわけではない。ホンマホンマ。


 わしが脱出方法を悩んでいると、朝一の鐘が鳴り終わり、女王付きの侍女が起こしに現れた。やっと解放されると思ったのに、わしゃわしゃと撫で回されてから、今日の一日が始まる。

 朝食をとり、車に乗り込んだわし達は街を出る。そして、人気ひとけが少ない場所に移動して飛行機に乗り込み、海へと向かう。今回も見晴らしのいい前列は、王族が独占しやがった。


「うわ~。あの森も東の森みたいに、黒い木が多いね~」


 飛び立ってしばらくすると、さっちゃんは望遠鏡を覗き、感嘆の声を漏らす。


「どこまでも続いていて怖いわね」

「女王でも、怖いものがあるにゃ?」

「森が一番怖いわね。森は気を抜くと、すぐに広がるから国土を維持するのは大変なのよ」


 ふ~ん。そんなに侵食が早いのか。森が広がれば民の住む場所が無くなり、獣が増えて安全も無くなるってことかな?


「ちなみに二番はなんにゃ?」

「……キョリスよ。生きている事を聞かされてから、寝れなくなったじゃない!」

「昨日はぐっすり寝てたにゃ~」

「そ、その前の話よ」

「寝れない理由って、海が見れるから、わくわくしてじゃないのかにゃ?」

「ち、違うわよ」

「嘘はダメじゃなかったにゃ~?」

「なによその顔!」

「髭を引っ張るにゃ~」


 まったく。ちょっとからかっただけで、暴力に訴えるとは……やはり東の国の女性は強く、男はしいたげられているのか。


 わしが女王に引っ張られた髭を前脚で直していると、さっちゃんが飛行機の外を指差す。


「シラタマちゃん。あそこはなんで木が無いの?」


 ん? あれは……伝説の白い巨象の通った跡か。女王のプレゼントにも関わるし、心を読まれないように慎重に……


「天災で木が倒れた跡みたいにゃ」


 あれほどの巨体なら、天災と言っても過言でない。よし! まだ、バレてない。


「あんなに一直線に倒れるものかしら?」

「そ、それは……」

「お話し中、申し訳ありません」


 お! イサベレ。ファインプレーじゃ。もう少し遅れたら、心を読まれていたかもしれない。


「申してみよ」

「危険が迫っています」

「にゃ?」

「シラタマは、わからない?」


 わしの探知魔法は、音か魔力を飛ばして反響を感じる方法だから、室内にいては役に立たない。イサベレの探知魔法は、わしのモノとは違うのか?

 そう言えば昔、さらわれた兄弟を追い掛けた時に、馬車の中から落とし穴に気付いておったな。探知魔法と言うより、危険を感じる魔法なのか? それとも女の感か? どちらにしても、ドヤ顔がウザイ。


「どの方向に危険があるにゃ?」

「あっち」


 わし達はイサベレの指差す方向を見て、黒い物体が浮いている事に気付く。すると、さっちゃんが心配そうな声を出す。


「シラタマちゃん……大きな黒い鳥が、真っ直ぐ向かって来てるよ」

「ちょっと、望遠鏡を貸してくれにゃ」


 さっちゃんの言う通り、大きなつばめみたいな鳥が進行方向から、こっちに向かっておるな。


「イサベレ。行けるかにゃ?」

「地上なら……」

「イサベレでも無理なの?」

「シラタマ……すぐに降ろしなさい!」


 さっちゃんの質問にイサベレが首を横に振ると、女王は焦りながら命令する。


「まあまあ。落ち着くにゃ。女王が取り乱したら、みんにゃが怖がるにゃ」

「そ、そうね。でも、どうするの?」

「わしが処理して来るにゃ」

「シラタマが行ったら、誰がこの飛行機を操縦するのよ?」

「この速度にゃら、すぐには落ちないにゃ。高度は徐々に下がるかもしれにゃいけど、心配するにゃ。もしもの時は、イサベレ。風魔法でクッションよろしくにゃ」

「……わかった」


 風魔法の得意なイサベレなら出来ると思ったわしだったが、あまり自身の無さそうな返事だったので、皆が不安そうな顔になってしまった。なので、皆の不安を取り除く為に、次元倉庫からお茶を出して回してもらう。


「それじゃあ、お茶でも飲んで待ってるにゃ」

「え、ええ……」


 女王の返事をもらえたところで、わしは急いで膝から飛び降り……


「あ、わしも一杯飲んでから……」

「「「「「早く行け~!」」」」」


 ……ずに、お茶を飲もうとしたら、全員から怒鳴られた。

 仕方ないのでお茶は諦めて、女王の膝から飛び降りたわしは、運転席中央に土魔法で、猫型で通れる大きさの穴を貫通しないように開ける。

 その穴に入って入口を塞ぎ、奥を開けて、飛行機の先端に出る。これで機内には風が入らなかったはずだ。外に出ると風が強いので、わしも土魔法でしっかり固定する。


 あんなに怒らなくてもいいのに……ほれ? まだ来ない。早く出過ぎたじゃろう。毛並みが乱れてしまうわい。それに高くて怖いんじゃ。もう少しゆっくりさせてくれたらよかったのに。

 と、こんな事を考えていたら、次は真面目にやれと怒られそうじゃわい。まだ少し接触に時間があるから、飛行機の高度を維持しながら、倒し方を考えるかのう。

 たしかに地上じゃないから戦いづらい。それに倒したところで回収が難しい。せっかく尻尾の二本ある、わしの飛行機ぐらいの大きさの黒い獲物じゃし、綺麗にお持ち帰りしたいな。う~ん……これで、いいか。


 【風玉】×千!!



 わしは戦いの準備に野球ボール大の【風玉】を千個用意する。これを攻撃と防御にあてる。

 黒燕はわしの準備が整うと射程範囲に入ったのか、威嚇の声と共に【風の刃】を放った。


 ふん! そんなものか。その程度の風魔法では、千個の【風玉】を撃ち落とせないぞ!


 黒燕の放つ【風の刃】は、わしの【風玉】とぶつかり、霧散する。それでも黒燕は諦めず、何度も【風の刃】を放つ。


 だいぶ距離が詰まったな。そろそろ肉弾戦に突入してくるかな?


 わしの予想通り、黒燕は速度を上げて、飛行機を貫こうとくちばしを前に突撃する。黒燕はわしの放つ【風玉】が当たっても、大きな体でものともしない。


 効いてない? それとも、我慢しておるのか? まぁどっちでもいいがな。仕上げじゃ!


 【風玉・集】!!


 近付く黒燕が、漂う【風玉】の中心に来るのを見計らい、黒燕に向けて集中砲火。その結果、黒燕は滅多打ちになる。前方から来る【風玉】に前進を止められ、下から来る【風玉】に落下を許されない。

 数百の【風玉】に打ち付けられた黒燕は悲鳴をあげていたが、しだいに声を無くし、目からも光が消える。


 こんなもんかな? 残していた一割の【風玉】を当てて、調整しながら次元倉庫に……入った! よし。ミッションコンプリートじゃ。



 わしは戦いを終えると、風が入らないように機内に戻る。すると、機内は静まり返っていた。気にはなるが、スピードが落ちて飛行機の高度も下がって来ているので、窓から外が見えるように女王の膝の上に飛び乗る。


「終わったにゃ」

「え、ええ……」


 なんじゃ? 女王の微妙な反応は。みんなもわしをジッと見ていたし……。一仕事終えたんじゃから、ねぎらいの言葉のひとつでもあってもいいじゃろう。

 飛行機の高度が下がって怖かったからか? それとも、わしが何かやらかして怒らせたのか? 怒られるのは嫌じゃし、無視しておこう。


「「「「無視するな~~~!!!」」」」


 飛行機の操縦に取り掛かったわしは、いきなり皆が大声出すものだから、体がビクッと跳ねてしまった。


「にゃ!? にゃんですか? わしは怒られるようにゃ事はしてないにゃ~」


 わしの質問に、女王は捲し立てるように喋る。


「違うわよ! 何よ、あの大魔法! それにあんなに大きな鳥が消えたわよ! どこ行ったのよ!」

「やっぱり怒ってるにゃ~」


 どうやら皆、わしの魔法に疑問を持って、静まり返っていたみたいだ。

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