370 虎穴に入らずんばにゃ~


 黒い森の里を、勝手に猫の国に加盟させられそうになったわしは、大声で名を呼ぶ。


「リータ! メイバイ! こっちに来るにゃ~!!」

「「……はい(ニャ)」」


 そうしてわしは、ぷりぷりしながら二人を連れて宴の席を外す。しばし歩き、里の住人の喜ぶ声が聞こえない所まで離れると、ため息まじりに声を出す。


「はぁ……勝手にゃ事を言うにゃ~」

「でも、猫の国に国民が増えますよ?」

「そうニャー。国にとって、民が一番大事ってシラタマ殿が言ってたニャー」

「はぁ……」


 わしは再度ため息を吐いてから口を開く。


「こんにゃ遠い地を猫の国にして、誰が守るんにゃ?」

「「え……」」

「ビーダールでは無人島だったから、国にしても誰も死なないからいいにゃ。ここはどうするんにゃ? 猫の国の兵にゃんて役に立たないにゃ。毎日わしが来るにゃ?」

「「あ……」」


 そう。わししか辿り着けない場所には兵を送り込めない。送り込めたとしても里の者より劣るので、足手まといになってしまう。この事から、二人もようやくわしが拒否している理由が見えたようだ。


「それに税にゃ。どうやって取るにゃ? 確かに作物は美味しいけど、そんにゃもん取り上げたら、ここの生活が立ち行かないにゃ」

「「………」」

「いいにゃ? 王妃の軽はずみにゃ言動は、他者を苦しめるにゃ。発言には十分に注意してくれにゃ」

「「はい……」」


 ひとまずリータとメイバイはわかってくれたので、宴の席に戻り、強い口調の念話で語り掛ける。


「ここを猫の国にするかは、一旦保留にゃ! 今日は野人の危機が去った事だけを喜んでくれにゃ。宴の開始にゃ~~~!!」


 わしの念話に、住人は残念そうな声を出したが、渋々宴が始まった。渋々ではあったが当面の危機は去ったので、すぐに笑顔のあふれる宴と変わった。


 そんな中、わし達と同席していたヂーアイは、見るからに落胆した表情でからんで来た。


「どうしてなんさね」

「面倒なんにゃ~」

「面倒って……わたすは里の為に、より良い選択をしたんさね。それはもう、猛獣の口に頭を突っ込む気持ちだったんさね」

「ババアの心意気は受け取るにゃ。でも、我が国に加盟するのは愚策にゃ。税金……食糧を巻き上げるだけ巻き上げて、わしが騙すかもしれないんにゃ」

「……あんたはそんな事をするとは思えないさね」


 ヂーアイに注がれた酒を一気に飲み干すと、わしは一息に喋る。


「もちろんわしはしないにゃ。でもにゃ。わしはここに毎日来れないから、窮地きゅうちおちいった場合、間に合わない可能性が高いにゃ。我が国民がそんにゃ事ににゃったら死んでも死にきれないにゃ~。上に立つ者にゃら、わしの言ってる意味がわかるにゃろ?」

「うっ……」

「にゃにかいい手が浮かんだら、その時、もう一度話そうにゃ」


 ヂーアイも、なんとかわしの説得に折れて、今後の話に移る。ひとまずこの里は国と扱って、交易を開始する書面を交わしたいが、どちらも文字が違っていたので口約束となってしまった。まぁお互い税金は無しなので、それでも問題ない。

 交易というより、わしがこの里の商品を売る窓口になるという約束なので、わしが裏切らない限り、ヂーアイに損は無い。ただ、ピンハネ……ゲフンゲフン。手数料は取るつもりなので、絶大な信頼を送られるのは心苦しい。


 それでもここで足りない物資が流れて来るのだから、ヂーアイは文句も無いし、嬉しいようだ。なので、わざわざわしの国民にならなくてもいいとそそのかしておいた。

 是非とも、猫の国入りは諦めて、自分達から断ってくれるように仕向けたいところだ。


 そうして国に関する話が終わると、イサベレの件を切り出す。


「それで、イサベレの子作りは解決したって聞いたんにゃけど、どうやるにゃ?」


 話の流れでしれっと聞いたら、言えない事でもポロッと口を滑らせるかと試してみるわし。


「ああ。ほこらは見たさね? あそこで……」


 ポロッとどころか、ザルのように素通りさせるヂーアイに、わしは驚きながらも顔に出さず、話を聞き終える事なった。


「ふ、ふ~ん……準備と祠での滞在にゃ~。てか、わしには言えないって言ってたけど、喋ってよかったにゃ?」

「ああ。あの時は、あんたらを引き離す為の方便さね。重要な場所ではあるけど、話してどうこうする者なんていないだろうさね」


 嘘じゃったんか……。まぁあの場所を必要としているのは、獣と……


「ダ、ダメにゃ!」

「なんだい急に大声をあげて……」

「実はだにゃ。わしの国に似たようにゃ施設があるにゃ……」


 わしは猫の国、ソウの街にある地下空洞でやっている商売の話を軽くして、重要性を説いた。


「だから、もしもここに人がやって来ても、ぺらぺらと喋らないほうが懸命にゃ」

「なるほど……たしかに喋らないほうがよさそうさね。まぁここに来れる人が居ればだけどな」

「そうだにゃ~」

「そう言えば、そんな場所があるなら、わざわざここで子をもうけなくても、自分の所で産めばいいさね」

「にゃ! 本当にゃ!! イ、イサベレ~~~!!」


 わしは目に涙を溜めて、イサベレの手を握りながら先ほどのヂーアイとのやり取りを説明する。だが、喋り終わる頃には涙が引っ込んで、手もパッと離した。


 だってイサベレの目が妖しく光ったんじゃもん! だって舌舐めずりするんじゃもん! だって怖かったんじゃもん!!


 この日は、犯される恐怖に震えながら、わしは眠る事となったとさ。





 それから数日……


 里の中はラブラブな空気に包まれ、昼夜問わず、あえぎ声がそこかしこから聞こえて来て、わしはいたたまれなくなる。どうやら野人が居なくなったと聞いて、皆、溜まったモノがハッスルしているようだ。


 わし達が残っていた理由は、高く売れそうな物の選別と受け取り。それと、魔法と気功のお勉強会もしていた。


 気功は、武器を使えないリータとコリスには持って来い。

 習得には少し時間が掛かったが、出来るようになったからって、猫又石像を殴るのはやめてくれる? わしは動体視力がいいから、内側からゆっくり破裂する猫又石像は恐怖じゃ。

 わし達武器組も、メイバイが少してこずったがマスターして、攻撃力が上がった。鉄の剣での乱取りはしていないが、石の剣に気功を乗せると、簡単に武器破壊となっていた。


 里の者には魔法の五属性と、形のレクチャーをしてあげた。光と風と土は簡単に使えるようになっていたが、火と水は初心者なので時間が掛かりそう。

 だが、普通の人間と違って、魔力量が十倍以上もある里の人間だ。覚えるのも時間の問題だろう。



 そうして物も集まり、勉強会が終われば、ランチをしながら帰還の話し合いに移る。


「そろそろ、一時帰宅しようかにゃ?」

「そうですね。でも、女の子を連れて帰って、驚かれないでしょうか?」

「角があるもんにゃ~。まぁ変わった者が多い土地にゃ。差別するようにゃ事はないにゃろ」

「「たしかに……」」

「そこでにゃんでわしを見るのかにゃ~??」


 わしがジト目でリータとメイバイを見ると、焦りながら話を逸らす。


「そ、そうニャ! いつまで女の子って呼んでるニャー?」

「そうですよ。名前を付けてあげないとかわいそうです!」

「にゃあ……」


 ちょっと質問しようとしたら、二人して睨んで来るので、その話に乗ってあげる。


「そうだにゃ~……みんにゃで候補を出し合って決めようにゃ」


 こうして皆で考えて発表するのだが、なんでちょくちょく猫が候補に上がるんじゃ? 呼びづらいじゃろ? 毎回、シロやミケも候補に上げないでくれる?

 コリスのドーナツは、人の名前に使えないからやめとこっか? ケーキもじゃぞ? うん。クッキーもやめておこうな?


 おおよそボケが出尽くしたところでまともな名前を選ぶのだが、わしのボケが一個素通りしてしまい、決定になりそうになったので、慌てて止める。


「オニヒメはやめとこうにゃ~」

「え? いい名前じゃないですか」

「そうニャー。かわいい響きニャー」

「ん。私のデモンより、よっぽどいい」


 イサベレのデモンって、悪魔の事じゃろ? それよりはいいじゃろうが、漢字で書いたら「鬼姫」。鬼の姫じゃ。見たまんま。デモンとたいして変わらん。

 いちおう説明してみるか。イサベレには転生の事は秘密じゃから、言葉をボカして……


「とある文献では、オニはオーガを指すにゃ。この子がオーガ呼ばわりされると、かわいそうにゃろ?」

「オニヒメにそんな意味が……」

「オニヒメのオニはわかったけど、ヒメはなんニャー?」

「プリンセスにゃ」

「オーガのプリンセスですか……」

「強そうでかわいい名前ニャー。オニヒメちゃ~ん?」


 わしが名前の説明をしていたら、メイバイが女の子を抱えてオニヒメと呼んだ。すると、女の子は念話ではなく、口を開いて自分を指差す。


「オニヒメ~。オニヒメ~」


 何度も連呼する女の子に、リータは質問する。


「その名前、気に入ったの?」

「オニヒメ~。オニヒメ~」

「気に入ったみたいですね。どうしましょう?」

「もう、オニヒメでいいんじゃないかニャー?」

「う~ん……そうしよっかにゃ? 将来話してみて、嫌だったら改名しようにゃ。それまでは、オニヒメかヒメって呼んでおこうにゃ」


 こうして女の子の名前はオニヒメと決まり、猫の国に帰る準備に取り掛かる。



「じゃあ、ちょっと行って来るにゃ」

「気を付けてくださいね」

「もしも話が通じそうなら、会わせてニャー」

「話が通じたならにゃ。行って来にゃ~す」


 リータの心配の声と、メイバイの期待の声に応えたわしは、里から出て西に向かう。里は白い木の群生地で囲まれているので、抜け出すには群生地に入るしかない。

 目指すは白銀の虎が居たと言われている群生地。ちょっとでも遭遇する確率を減らす為に、西の群生地の中心から北寄りに入る事にした。

 里の者が見て、生き残っていたのだから、少しは話が通じると思っての選択だ。さらに変身魔法を解けばわしは猫なので、仲間だと勘違いしてすぐに攻撃はしないかと、淡い期待を寄せる。それでもダメなら、転移魔法ですぐに逃げる予定だ。


 そこまで無理して白い木の群生地に向かっているのは何故かと言うと、せっかくここまで進んだのに、丸一日の移動距離をリセットさせないため。それと、わしも白銀の獣、白虎びゃっこを自分の目で見たいと興味もある。

 なので、猫又の姿で白い木の群生地に足を踏み入れた。


 おおぅ……すごいプレッシャーじゃ。間違いなくわしより格上。進むのが躊躇ためらわれる。じゃが、わしには野人から受け継いだ【吸収魔法・球】がある。

 魔法書さんで似たような魔法は見付からなかったが、気功と吸収魔法を合わせたら似たような魔法になったから、なんとかなるはずじゃ。

 おそらくこの魔法があったから、白銀の獣に見付からない、もしくは、見付かっても攻撃をいなせたんじゃろう。


 頼むぞ~?



 わしは【吸収魔法・球】を使うと気配を絶ち、息を殺し、音を消して、慎重に歩を進める。探知魔法を使いたいが、猫家族に気付かれた経験もあるので、自重している。もしも気付かれたら、わしの位置を教えてしまう事になるからだ。

 そうして、慎重に慎重を重ねて白い木の群生地を歩いていると、頭上から声が聞こえて来た。


「にゃ~ん」


 わしがその声にビクッとして頭上を見ると、そこには白銀の毛をしたわしより大きな猫が、木の枝に寝そべっていたのであった。


 と……虎じゃないんか~い!!

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