485 天叢雲剣の検証にゃ~


 三種の神器の内、二つを見せてもらったわしは、無理を言って天叢雲剣あめのむらくものつるぎの検証を許可してもらった。ただ、この場で検証するにはわしも怖かったので、明日、場所を移して使う事となった。


 本来ならば、出張は今日で終わる予定であったが、もう日暮れ間近ともあり、京にて一泊。

 引き払って別れの挨拶も済ませた池田屋に戻るのも行きづらいし、別の宿を取ろうかと話し合っていたら、玉藻が泊まって行けと言うのでお言葉に甘える事にした。

 そうして夕餉ゆうげもゴチになり、ちびっこ天皇とも「にゃ~にゃ~」喧嘩が勃発。喧嘩をしていた理由は、猫ファミリーでお風呂に入っていたら、わざとらしく「おうおう。入っておったのか~」とか言いながら入って来たからだ。


 玉藻にお仕置きされるんだから、そんな危険な橋を渡らんでもいいのに……


 喧嘩をしていたが、逆さ吊りはかわいそうだと思うわしは哀れみながら、助けずにとこに就くのであった。

 ちなみにちびっこ天皇が吊るされていた時間は三分程度。わし達に迷惑を掛けた反省の意味のパフォーマンスだったと、翌朝、玉藻から聞いた。


 ……本当じゃろうな? なんかエロガキの目が、わしに訴えかけておるぞ?


 まぁそんな虐待は無かったはずなので、朝食を終えたらさっそく出掛ける準備。わし達が着替えを終えてぺちゃくちゃ喋っていると、玉藻が部屋に入って来たので移動する。

 三ツ鳥居集約所の蔵に向かっている途中でちびっこ天皇と遭遇したら、目的地は一緒とのこと。どうやら検証には、ちびっこ天皇も立ち合うみたいだ。


 大きな蔵に入ると、とある三ツ鳥居の前に集合し、玉藻の呪文のあとに潜った。



 着いた場所は伊勢神宮。わし達は蔵から出て敷地内を歩き、二つある正宮でちびっこ天皇達の厳かな作法をマネしてから、大神宮へと足を踏み入れた。

 そこで玉藻は簡単な準備。八咫鏡やたのかがみが入っているであろう桐の箱が乗っている台座の近くに、【大風呂敷】から台座ごと入れていた天叢雲剣と八尺瓊勾玉やさかにのまがたまを取り出して、慎重に並べて紐をほどく。

 それからちびっこ天皇と玉藻は拝んでいたように見えたので、わし達もマネして拝んでおいた。


「シラタマ。陛下にも、虫眼鏡をを貸してやってくれ」

「わかったにゃ~」


 玉藻のお願いに、わしは【魔力視】の入った魔道具を二つ取り出し、玉藻とちびっこ天皇に渡す。二人は台座に置かれた三種の神器に虫眼鏡をかざして、何やら盛り上がっているようなので、わしも話に入る。


「鏡はどうにゃ?」

「思った通り、こちらにもアマテラスオオミカミの名が刻まれておる」

「にゃ? ツクヨミノミコトかと思っていたにゃ~」

「鏡と言えば、アマテラスオオミカミじゃろう」

「そうにゃけど、三兄弟にゃんだから、名前があってもおかしくにゃい?」

「ツクヨミノミコトは謎の多い神じゃからな~」


 たしかに、二人と比べて出番の少ない神様じゃったな。一人だけ「夜の食国ヨルノオスクニ」なんて、どこにあるかもわからない国に派遣されていたし……あ、そうじゃ。


「そう言えばリータって、ツクヨミ様に会ったんだったにゃ。どんにゃ人だったにゃ?」

「そうですね……あの時は、景色のひとつと捉えていたので……」


 元の世界で岩だったリータでは、人への美的感覚が無かったらしく、こちらで長く生活をして、ようやくツクヨミの容姿が絶世の美男子であったと気付いたようだ。

 それも、貴族の男子よりも遥かに美しい顔をしていたらしく、キラキラして見えたそうだ。きらめくほど綺麗な顔だったとわしは受け取ったのだが、ちょっと違う。物理的にキラキラ光ってたんだって。


「意外だにゃ~。もっと根暗にゃ神様だと思っていたにゃ」

「あ! みんなに忘れられていると、ずっと喋っていましたよ」


 どうやらツクヨミは、古事記や日本書紀から一人だけ省かれていた事を根に持っていたみたいだ。

 その事を長い時間愚痴られたらしいが、人とお喋りすること事態がリータにとっては珍しい体験だったので、ツクヨミが転生を言い出すまで聞いていたようだ。


 それって……何日ぐらい聞いていたんじゃろう? リータも元々岩だから、時間にうとそうじゃからな~。

 ま、キラキラしてた理由はなんとなくわかった。忘れられないように、ピカピカ目立っておったんじゃろう。



「また、ありもしない神の話をしておるのか」


 リータと英語で喋っていたら、念話を繋いでいた玉藻が割って入って来た。


「別に信じられないにゃらいいにゃ~。それより、鏡にはにゃにが書かれていたにゃ?」

「『完、壁、硬』……。読み取れたのはこんなもんか」

「ふ~ん……ちにゃみに、勾玉はにゃんだったにゃ?」

「『陽、熱、光』じゃ。何を表しておるんじゃろうな」


 いや、アマテラスの名前が入っておるんじゃから、ぜったい太陽じゃろう……魔法書さんに、【太陽】とかいう魔法が書いてあったぞ。地球上でそんな魔法を使ったら、確実に地球が蒸発してしまう。

 まぁ魔力消費量が地球の質量のうん十倍じゃったから、小さな魔道具では、それほどの出力を出すなんて不可能じゃろう……不可能じゃろ? 正直、アマテラスの事が信じられん。

 やはりここは、鏡を使うべきか? あれも剣と同じ白銀の物質が使われているような色をしておるから頑丈じゃろう。それに、『完、壁、硬』ならば、あまり怖い印象は持てない。アマテラスの名が入っていなければ……


「検証は、鏡にしにゃい?」

「何故じゃ?」

「効果的に、安全そうじゃにゃい?」

「そちは臆病じゃな。こんな小さな呪具に、何をおびえておるのじゃ。それに八咫鏡は御神体じゃから動かせん。ヒビでも入ったら一大事じゃ。検証は天叢雲剣でやるぞ」

「え~~~!」


 玉藻はわしの忠告を聞いてくれず、天叢雲剣での検証が決定してしまった。



 とりあえず安全面を考え、海岸に移動するとわしが勝手に決めて、飛行機に皆を乗せる。

 玉藻の操縦で近場の砂浜に向かっていたが、操縦桿そうじゅうかんを奪って、かなり遠くの海岸、おそらく伊勢志摩にある御座岬まで移動してやった。


「まったくそちは心配性じゃな。こんな誰も来ないような海岸に来てどうするんじゃ」


 機内で「コンコン」と口喧嘩しまくったのに、降りてまで愚痴る玉藻。


「安全面を優先するにゃら、徹底的にやったほうがいいにゃろ~。それより、剣を出してくれにゃ~」

「わかったわい」


 その愚痴に付き合わないわしが天叢雲剣を要求すると、玉藻は【大風呂敷】に台座ごと入れていた天叢雲剣を取り出す。そして、慎重に紐をほどき、布に乗せたままわしの元へ差し出した。


「にゃ? わしが振っていいにゃ?」

「いちおう約束じゃったしな。それにわらわは、ウソつきケチキツネババアでもないからのう……」


 おおう……凄い殺気じゃ。ババアなんて口にしてないはずなのに、勝手に足して、怒りを膨らませないで欲しい。

 しかし、わしは正直振りたくないんじゃが……ま、思ったより拍子抜けって事もあるか。頼むぞスサノオ~!!


「じゃ、その大役、引き受けさせてもらうにゃ~」


 わしは手を合わせ、お辞儀をしてから天叢雲剣の束を握る。そうして持ち上げると、慎重に目線にまで移動して、曲がりがないかを確かめる。


 おお~。真っ直ぐじゃ。何千年も保管されていたのに、歪みも曲がりも一切ない。なんじゃったら、わしの【白猫刀】のほうがぐにゃぐにゃしているように見えるわい。誰が作ったんじゃろう?

 それに、軽い気がしない事もない。【白猫刀】に慣れてしまったからか? これでは手加減の仕方が難しい。慎重に事を進めるには、ちょっと練習したいな……


 わしは天叢雲剣の確認を終えると、皆の顔を見渡してちびっこ天皇にて視線を留める。


「ちょっと持ってくんにゃい?」

「ボクが!?」

「にゃんか軽い気がするんだよにゃ~。でも、わしでは力がありすぎて些細にゃ違いがわからないんにゃ。陛下にゃら、天叢雲剣を持つのは相応しいにゃろ?」

「……うん」


 ちびっこ天皇は玉藻が頷く姿を見て、わしが差し出した柄を神妙に握る。


「うん? たしかに、普通の刀よりは軽いかもしれないな。でも、それほど持った事がないから、ボクもわからないや」

「う~ん……じゃあ、これを持って見てくれにゃ。たぶん、同じくらいの重さにゃろ」


 今度は次元倉庫から、西の地で一般的に使われているソードを取り出して、天叢雲剣と慎重に交換する。


「おもっ……倍は重みが違うぞ。それにこの形は……どうして、西の剣と天叢雲剣は形が似ているんだ?」

「さあにゃ~? 人を斬るのに適していたとしか思い付かないにゃ」

「人を斬るか……」


 たぶん中国から伝来したから両刃だとは思うけど、その中国はどうして両刃なのかはわからん。

 それよりも、そろそろ天叢雲剣の検証と行こうか!



 何か考え込んでいるちびっこ天皇からソードを返してもらうと、数度振ってから次元倉庫にしまう。そして天叢雲剣を利き手に握って、魔力を補充しようとする。


 あれ? すっからかんじゃと思っておったけど、魔力が入らん。満タンって事かな?


「それじゃあ振るからにゃ?」

「やっとか……さっさとやってくれ」


 わしが慎重に慎重を重ねていたせいで、玉藻は呆れていた。しかし、それには気付かない振りをし、リータ達に構えているように注意を促して、皆が見やすい位置に移動したら、天叢雲剣を上段に構える。


 さて……思いっきり振らず、陛下にも見えるようにゆっくり振ろう。たぶん魔道具と使い方は一緒じゃから、切っ掛けの魔力を流しつつ……ちぇすと~。


 わしがゆっくりと振った天叢雲剣は、それなりにスピードがあり、ヒュンッと風切り音が鳴り、ビシッと止まった。


「なんじゃ? 何も起こらぬではないか」


 その上段斬りは、玉藻達には普通に振ったように見えたようで、一同首を傾げている。

 だが、天叢雲剣を振った当の本人は……


 ヤバイヤバイヤバイヤバイ……


 ただならぬ力を感じて、冷や汗が止めどなく流れ出ている。


 な、なんか、空間に亀裂が出来てるしぃぃぃ!!??


「みんにゃ! いますぐ伏せて、飛ばされないようにしろにゃ!!」

「だから、そちはいったい何を心配しておるんじゃ?」

「いいから伏せろにゃ~~~!!」


 わしの怒声に、リータ達は何かを感じ取ってすぐに伏せるが、玉藻とちびっこ天皇は動こうとしない。


「な、なんじゃ!?」

「うわ~~~!!」


 その刹那、玉藻とちびっこ天皇とわしは浮き上がり、天叢雲剣が作り出した空間の亀裂に吸い寄せられるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る