177 オッサンが来たにゃ~


 狩りから帰宅し、皆への魔道具を配布すると、ルウの腹が鳴り出す。あまりにうるさかったので、世間話を中断して夕食をどうするかの話に移らざるを得なかった。

 その時、ルウは何かを思い出したようで、わしに質問する。


「そうだ! 小さい女の子が料理を作りに来てたけど、入れてよかったのよね?」

「いいにゃ。料理人として雇っているエミリにゃ」

「あの子が料理人だったんだ!?」

「毎日じゃないけどにゃ」

「それでも豪勢よ~」

「ちょっと行って来るにゃ。ルウは……手伝えにゃ」

「はいは~い」


 わしはルウを連れて、エミリの居るキッチンに移動する。すると、笑顔のエミリが、パタパタとわしに駆け寄って来た。


「ねこさん。お疲れ様です」

「お疲れ様にゃ。今日から人数が増えるけど、大丈夫かにゃ?」

「はい。大丈夫です。ねこさんは、何が食べたいですか?」

「今日はスティナ達も来るから、鍋にしようにゃ~」

「いいですね」

「あと、このルウにも手伝わせるにゃ」


 わしはルウをぐいっと前に出して挨拶させる。


「よろしくね~」

「よろしくお願いします」

「あっちにルウ専用冷蔵庫があるから、ルウにはその肉を使うにゃ」

「なんで分けているのですか?」

「信じられないぐらい食うにゃ。エミリも覚悟しておくにゃ」

「腕が鳴ります!」


 と、エミリが言って、夕食が始まる。


「……腕が折れそうです」


 と、夕食早々にエミリの泣き言が入る。


「みんなでふたつの鍋で食べてるのに、なんでルウさんだけで鍋がふたついるんですか!」


 そう。エミリがツッコんだ理由は、わし達は八人でふたつの鍋を囲んでいるのに、ルウは一人でふたつの鍋を交互につついているからだ。


「にゃ~? あんなののペースに合わせちゃダメにゃ」

「本当です。鍋にしてよかったです……」

「まぁルウは自由にさせて、エミリはこっちを頼むにゃ」

「……わかりました」


 ルウの一人戦場をあとにして、わし達は和気あいあいと鍋をつつく。皆には箸の使い方を教えているので、まだ不慣れだが、鍋を食べるには支障がない。


 ほどよく腹が膨らんだ頃、宣言通りアイツがやって来た。


「シラタマちゃ~ん。てやんで~」


 スティナだ。右手に酒瓶を握って、ガウリカの肩を借りている。


「もう酔ってるにゃ!?」

「酔わなきゃやってられないのよ!」

「みんにゃも止めてくれにゃ~」


 わしが止めろと言うと、エンマ、ガウリカ、フレヤが言い訳する。


「止めたんですけど……」

「酒を買った側から飲みだしたんだよ」

「今日は荒れてるからね~」

「とりあえず、離れに行くにゃ。料理運んで来るから待っててにゃ~」

「私から逃げるの~?」

「すぐ行くから頭に乗せるにゃ~」


 わしの頭に、ふたつの大きな物を乗せるスティナから逃げ出し、エミリに用意してもらっていた鍋を次元倉庫に入れて、アダルトフォーの巣くう離れに向かうのだが……


「本当にギルマスが来た」

「あの綺麗な人は誰?」

「かっこいい女の人もいたわ」

「猫ちゃんって、若い子が好きじゃなかったの?」

「大人もいけるのね」

「これで何又?」

「たしか……九又?」

「獣の伝説クラスね」


 わしがアダルトフォーの食事を運ぶのに居間を通ったら、いつものように、アイ、ルウ、エレナがコソコソと話す。


「だから~。そう言うのは、わしに聞こえるように言わないでくれにゃ~」

「「「あははは」」」


 この三人は、どんだけ他人の色恋沙汰が好きなんじゃ。まるでスティナ達みたい……

 そうじゃ! いっそ、この三人をぶつけてみよう。スティナは荒れているみたいじゃし、このままわしだけ行くとからまれ続けるかもしれんからな。


「アイ達も離れに行くかにゃ?」

「ギルマスと飲むの?」

「さっき言ってた綺麗な人は、商業ギルドのサブマスにゃ。かっこいいのはビーダールから来て、商売を始めるにゃ。もう一人は仕立て屋にゃ。縁を結んでおいたら、もしかしたら、仕事をもらえるかもしれないにゃ」

「たしかに……」

「商業ギルドのサブマスなんて、有料物件ね。大商人や貴族の護衛なんか推薦してくれるかも。みんな、行くわよ!」

「「「おお!」」」

「わたしも……」


 エレナの号令で、アイパーティは離れに向かう。マリーも来ようとしたが、わしは静かに首を横に振って止めた。


「「「「「男がなんだ~!」」」」」


 だって、こうなるんじゃもん。


 男日照りのアダルトフォーに、マリーを除く、アイパーティが加わり、男への愚痴に拍車が掛かった。そんな中、スティナとアイは、再度グラスを合わせる。


「あなた達。気が合うわね」

「ギルマスも、こんなに話が合うとは思いませんでした」

「今日は飲み明かしましょう」

「「「はい!」」」

「シラタマちゃん。酒~!」

「はいにゃ~」


 うぅ。いたたまれない! こんなに女性は男に不満を抱いているのか。わしも男なんじゃが、居酒屋の店主になって空気になるしかない。


「ツマミが無いわよ~」

「黒蛇の炙りでございますにゃ。こちらのタレに付けて食べてくださいにゃ」

「ん! 美味しい」


 次元倉庫から出した料理はすぐにスティナの口に入り、皆に回される。


「これもどおぞですにゃ。魚の一夜干しですにゃ。骨に気を付けてくださいにゃ」

「いいですね。温かいお酒ください」


 エンマの注文に、わしは火魔法で温めていたお湯で割ったウィスキーを目の前に置く。


「はいにゃ。ウィスキーのお湯割り、お待ちですにゃ~」

「「「「「おかわり~」」」」」

「はいにゃ~」


 と、「居酒屋猫」を開店していると、うまいさかなと盛り上がる男の愚痴で、きつい酒のペースが上がり、バッタバッタと倒れて行く離れのメンバー。

 最後のスティナがグラスを持ったまま倒れると、全員に毛皮を掛けて、そっと離れをあとにするわしであった。



 ふぅ。わりと早く酔い潰れたな。女王の誕生際が近いから疲れているのかな?

 まさか、モリーまで参加するとは思っておらんかった。ガウリカと話が合っているように見えたから、モリーもあっちの趣味のお人かもしれん。

 リータ達はさすがにもう寝てるか……。さて、わしは飲み直すとするかのう。


 ガシッ!


「にゃ!?」


 わしは居間に戻り、キッチンに行こうとすると、誰かに足首をつかまれて驚く。


「ねこさ~ん。モフモフは~?」

「マリー!? 起きてたにゃ?」

「むにゃむにゃ」


 ハッキリした寝言じゃな……致し方ない。


 わしはマリーをお姫様抱っこして、アイパーティ用の部屋のベッドに寝かせる。そして猫型に戻って、マリーに抱かれて眠りに就くのであった。


 翌朝、マリーのふくよかな物に挟まって寝ていたらしく、アイ達の殺気を感じて目が覚めたのであったとさ。





「朝風呂、最高ね~」

「こんにゃに人が居るんだから、服を着るにゃ~」

「もう! わかったわよ~」


 下着姿でだらしのない格好のスティナをいさめ、静かな朝食が始まる。なぜ静かなのかと言うと、ほとんどが二日酔いだ。

 朝食が終わると仕事に向かうメンバーと、自室に向かうメンバー、家事に勤しむメンバーに分かれ、わしはスティナと共にハンターギルドに向かう。


「歩けるから降ろしてくれにゃ~」

「冬は寒いのよ~」

「だったら、もっと暖かい服を着るにゃ~」

「私のポリシーよ!」


 肌を出したエロイ格好がポリシーって……


「そんにゃ格好しても、男は寄って来ないにゃ~」

「ああん!?」

「にゃんでもにゃいです」


 こうして、力いっぱい抱き締められながら、依頼の取り合いで騒がしいハンターギルドに入る。スティナが自室に向かうと、やっと解放された。何人かに驚かれたが、ぬいぐるみが動き出したと思われたみたいだ。

 そんな皆の視線は無視して、買い取りカウンターのおっちゃんと言葉を交わし、訓練場に黒アヒルを出して、その場を後にする。

 解体が終わるのが昼以降なので、ドワーフの経営する武器屋に顔を出し、少し手伝ってから昼食を食べに家に帰る。



「シラタマさん! 大変です!!」


 家に帰ると、慌てた様子のリータに出迎えられた。


「どうしたにゃ?」

「お、王様が来ています!」

「オッサンがにゃ?」

「そんな不敬な態度を取ったら、首が飛びますよ!」


 不敬と言われても、わしの中ではオッサンで固まってしまっている。リータもオッサンと喧嘩しているところを見てたはずなんじゃが、忘れておるのか?


「女王が味方だから大丈夫にゃ。だからリータも落ち着くにゃ。てか、女王に何度も会っているから、緊張する事ないにゃ~」

「でも~」

「居間にいるのかにゃ? 会って来るにゃ~」


 リータの心配を他所に、わしは居間に入る。居間には、王のオッサンとオンニが座っていたので、わしはオッサンの対面に座る。


「オッサンがわしの家に、にゃんの用にゃ?」

「またお前は……」

「用が無いにゃら帰れにゃ~」

「貴様! 殿下を愚弄ぐろうするのか!」

「オンニ。よい。この猫に、礼儀を求めるのは無理だ」


 礼儀ぐらいわしだってわきまえておる。ただ、偉そうなオッサンが嫌いなだけじゃ。やろうと思えば……あ、女王にもよく怒られていたな。わしは礼儀が無いのか?


「で……なんにゃ?」

「ハンターギルドのマスターから報告を受けたが、50メートルの白い象を持ち帰ったそうだな。本当なのか?」

「そうにゃ。疑っているのかにゃ?」

「信じられないのは本当だ。出来れば現物を見て確認したい」

「サプライズが無くにゃっていいなら出すにゃ」

「それは困るな……わかった。当日に頼む」

「それだけかにゃ?」

「いや……」


 王は一度立ち上がり、わしの側に来て膝を折り、畳に頭をつける。


「猫殿の母君の命を奪い、大変申し訳無かった。謝罪する」


 なんじゃ? オッサンが土下座までして……前にも謝っていたじゃろうに……怪しい。


「その件はもう済んだ事にゃ。気にするにゃとは言えないけど、終わった事を何度も謝罪されると、わしも困るにゃ」

「そうか。勝手だと思うが、これからもサンドリーヌ、ペトロニーヌ共々、良い付き合いをしてやってくれ」

「二人とも友達だから、言われにゃくても仲良くやるにゃ。もう頭を上げるにゃ」

「ああ。ありがとう」


 本当に謝罪だけしに来たのか? ひとつカマを掛けてみるか。


「国を統治する者は大変だにゃ~。嫌いな者にも頭を下げるにゃんて……」

「そんな事はしない。本心の謝罪だ」

「これから、戦力が必要になるもんにゃ~」

「あの事か……」


 小学生みたいな喧嘩をしていたのに、オッサンは全然ボロを出さんな。おそらく国を思って、巨大な白象を倒せる強大なわしの戦力を確保しに来たんじゃろう。


「オッサンも大変だにゃ~」

「お前は察しがいいんだな。子供みたいな喧嘩をするくせに……」

「オッサンに言われたくないにゃ! オッサンが先に始めたんにゃ!」

「はあ? お前が先だっただろ! このバカ猫!」

「誰がバカ猫にゃ! このバカ王!!」

「バカ王だと~! オンニ。このバカ猫を痛い目にあわせてやれ!」


 オッサンはオンニに命令するが、オンニはわし達の程度の低い口喧嘩に呆れているのか、立ち上がろうとしない。


「にゃははは。オンニがわしに破れたのを忘れたのかにゃ? バカは物忘れがひどくて相手にしてられないにゃ~」

「バカバカ言うな! バカ猫~!」

「先に言ったのはそっちにゃ。バーカバーカ」


 ますます口喧嘩に拍車が掛かり、熱くなってしまったら、わし達は居間に入って来た人物が声を出すまで気付かなかった。


「お父様……シラタマちゃん……」

「サティ!?」

「にゃ!?」


 わしとオッサンが小学生みたいな喧嘩をしていたら、さっちゃんに生温い目で見られていた。その後ろに立つ、リータ達やアイ達にソフィ達まで、同じ目をしていた。


「さっちゃん。みんにゃ……その目はやめて欲しいにゃ~」

「「「「「はぁ~~~」」」」」


 なに、その長いため息?


 わしが皆の生温い目にあたふたしていると、オッサンはさっちゃんに焦りながら声を掛ける。


「サティ。どうしてこんな所に?」

「お父様が、シラタマちゃんに会いに行ったと知ったお母様に、様子を見て来てと頼まれたのですけど……。まさかお母様が言った通り、子供みたいな喧嘩をしているとは思いませんでした」


 女王に予想されていたの? わしでも想定の範囲外だったのに……


「「「「「はぁ~~~~~~」」」」」

「言いたい事があるにゃら、言ってにゃ~~~!」

「「「「「はぁ~~~~~~」」」」」


 この後、皆の生温い目と長いため息に、いたまれなくなったオッサンはわしを置いて逃げ出しやがった。

 わしはと言うと、逃げ出す事も出来ずに、皆にため息まじりに撫で回されたのであったとさ。

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