167 デート其の六にゃ~


「露天風呂、最高~~~!」


 湯に浸かったさっちゃんはわしを後ろから抱き締めて、大声で感想を言うのでうるさい。しかし先ほどの事もあるので、わしは強く言えない。


「あの……変身魔法、解いていいですかにゃ?」

「ダメに決まってるじゃない」

「じゃあ、後ろから抱きつくのだけでも……」

「あんな所に閉じ込めておいて? しかも、忘れて帰ろうとしたのに?」

「うぅぅ。すいにゃせんでした!」


 兄弟達とのたわむれも終わり、夕食の後、さっちゃんに露天風呂に入りたいと言われた。寒いので中で入ろうと提案したが、いつも通りのお風呂の入り方を見たいと断られた。

 風邪でも引かれてはいけないので、隣接するシャワールームを土魔法で作り、その中で体を洗う。さっちゃんに洗われると泡だらけになるので、エリザベスにイジメられているルシウスの代わりに、わしが生け贄になった。


「星がきれ~い。この草もいい香り。いつもこんなお風呂に入っていたの?」

「そうにゃ。家族で入っていたにゃ。この草は高級薬草って聞いたにゃ」

「そうなの!? じゃあ、マネ出来ないね」

「さっちゃんはお金持ちだから、出来るんじゃないかにゃ?」

「薬草はこんな事に使えないよ。怪我をした人に使ってもらいたいもん」

「えっと……ごめんにゃさい!」

「これがシラタマちゃんの暮らしなんでしょ? 謝る事じゃないよ」


 ローザといい、さっちゃんといい、この国のお偉いさんの子供は分別があって立派じゃな。わしの知り合いのお偉いさんは、たまたまいい子にしか当たっていないかもしれないが、少なくは無さそうじゃ。


「あとは寝て、帰るだけだにゃ~」

「えっ……。ひとつお願いしていい?」

「なんにゃ?」

大蚕おおかいこの糸、また貰えないかな?」

「またにゃ!?」

「ちょっと足りなくて~」


 さっちゃんはわしが驚いているのにも関わらずお願いを続けるので、わしは諭すように語り掛ける。


「みんにゃから聞いてるにゃ。さっちゃんが独り占めしてるらしいにゃ?」

「あ……バレた」

「バレたじゃないにゃ。それはやめたほうがいいにゃ~」

「違うの。みんなには協力してもらっているの」

「協力にゃ?」


 わしが疑問を口にすると、さっちゃんは後ろから抱いていたわしを180度回して、目を見て説明する。


「お母様の誕生祭が近いでしょ? 大蚕の糸でドレスをプレゼントしたら喜ぶと思って」

「そうにゃの? それにゃら言ってくれたらよかったにゃ~」

「いや、シラタマちゃんはハンターでしょ。高価な糸を無償で手配させるのはダメかな~って」

「さっちゃんの頼みにゃら、それぐらい安くやってやるにゃ」

「安くっていくら?」

「銅貨一枚でいいにゃ」

「安過ぎだよ~」

「友達価格にゃ。だから、みんにゃに嘘をつかせるのはやめるにゃ」

「うん……ありがとう。大好き!」

「にゃ!? ゴロゴロ~」


 さっちゃんはわしを正面から抱き締め、背中をわしゃわしゃするので、変な声が出てしまった。けっして、素っ裸の少女と抱き合って変な声が出たわけではない。事実「ゴロゴロ」だったし……


 かなり気恥ずかしくなったわしは、お風呂から上がるとさっちゃんをわしの部屋に案内する。

 ここなら人間用のベッドがあるから、さっちゃんもゆっくり眠れると思って案内したのだが、家族の寝室で寝たいと言い出したので、一人と三匹でおっかさん用のデカいベッドにダイブする。

 皆、疲れていたみたいで、すぐに寝息が聞こえて来た。わしはしめしめと思い、別室に行こうとしたら、さっちゃんとエリザベスのモフモフホールドを喰らい、そのまま眠りに就く事となった。



 翌朝……


 さっちゃんは毛まみれになっていた。


「ぺっぺっ。口の中まで毛が……」

「だから止めたんにゃ~。ほい、水にゃ。うがいするにゃ~」


 さっちゃんはコップを受け取ると「ガラガラ、ぺっ」としてからわしを責める。


「掃除してないシラタマちゃんが悪いんじゃない!」

「いや……あそこはおっかさんの匂いが染み込んでるから、そのままにしておきたいにゃ……」

「あ……ごめんなさい!」

「いいにゃ。シャワーも浴びるにゃ」


 さっちゃんはわしの寂しそうな言い訳に、自分のせいだった事を思い出してすぐに謝った。わしも「ハッ」として、すぐに違う話に切り替える。

 少し気分の落ちたさっちゃんの手を引き、シャワールームに入り、お湯で体を流す。さっちゃんの綺麗な髪も、肉球で洗ってあげたら早々に立ち直った。


 そうして朝食を食べ、兄弟達にお昼まで自由に過ごすように言い、さっちゃんを抱いて大蚕の縄張りに移動する。


「うぅ……気持ち悪い」


 わし達が大蚕の縄張りに入ると、百匹近い大蚕に囲まれた。


「気持ち悪いにゃ~~~!」

「なんでシラタマちゃんまで!」


 嫌いなモノは仕方ないじゃろ! しかも、過去最高の数! 最近、頻繁に来ていたせいで、噂を呼んで駆け付けたのか? キモイわ~。早く交渉を済ませよう。


 わしは次元倉庫の獲物を確認し、売り物にならない獲物を出して行くが、大蚕の匹数に足りなかったので、虎の子の黒い双頭の蛇を取り出す。

 大蚕には肉だけ渡せばいいので、大蚕が糸を吐き終わる前に解体を済ませ、素材を回収しておく。大蚕の糸も、複数の土の棒を土魔法で回転させて巻き付ける。


 わしが作業を続けていると、大蚕の絵を書いていたさっちゃんが変な事を言いだした。


「慣れたらかわいいかも?」

「うっそにゃ~!?」

「シラタマちゃんは、わたしより会ってるのになんでダメなのよ!」

「ダメなモノはダメにゃ~」

「まったく……でも、すごい量の糸ね。さすがに、こんなにはいらないわ」


 たしかに……。ちょっとでいいと言われたのに、さっちゃんに今まで渡した量の五倍はあるな。まぁいくらあっても困らないんじゃけど……


「さっちゃん達のパジャマはどうなったにゃ?」

「あれはお母様のプレゼントの為の嘘だったの」

「じゃあ、これで作るにゃ。わしも必要になるかもしれにゃいから、少しもらうにゃ」

「いいの!?」

「足りなくにゃったら、また銅貨一枚で雇ってくれにゃ」

「それじゃあ全部の服を大蚕の服に代えようかな?」

「にゃ!? それはちょっと……」

「冗談よ。さっきの黒い蛇も、売ったら高いんでしょ? そんなに無理させられないよ」


 ホッ……冗談か。王女様の服なんて、何着あるかすらわからん。へたしたら、何年も毎日、大蚕にエサをあげに来ないといけないぞ。


「やっぱりさっちゃんはいい子にゃ~!」

「そうでしょ? 婿に来たくなった?」

「いや、それは……」

「冗談よ」


 嘘つけ! さっきと違い、目がマジじゃった! 次期女王のさっちゃんの隣に立つのは、猫のわしであってはいかんと思う。これは一度、ちゃんと話をしたほうがいいかもしれんな。さっちゃんが泣いてしまおうとも……


「終わったみたい」

「あ、うんにゃ。回収してくるにゃ」


 さっちゃんはわしの不穏な考えを読み取ったのか、城に帰るまで捲し立てるように喋り続けた。そのせいで話を切り出す事は出来なかった。

 我が家に戻ると、自由行動させていた兄弟達は我が家の前で寝ており、昨日より大きな獲物を狩って来ていた。



 昼食を済ませ、おっかさんの墓に手を合わせると皆で王都の家、離れに転移する。引き戸を開くと、そこにはリータとメイバイの怒った顔。

 わしは咄嗟とっさにさっちゃんを抱き抱え、兄弟達と屋根を飛び跳ね、無事城に送り届けるのであった。


 わしの無事は……聞かなくてもわかるじゃろ?



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 デート? アダルトフォーの場合……



「うるさいにゃ~」

「今日は一段とうるさいですね」

「眠れないニャー」


 わし達は毎日来襲するアダルトフォーに、頭を悩ませている。


「メイバイ。注意して来てくれにゃ」

「嫌ニャー! フレヤに着せ替え人形にされるニャー」

「じゃあ、リータ。頼むにゃ」

「スティナさんがいるんですよね? ギルマスに意見するのはちょっと……」

「シラタマ殿が注意すればいいニャー」

「そうですよ。この家の主人なんですから」

「わしが行ったら、スティナに挟まれるにゃ。いいにゃ?」

「「うっ……」」


 わしの説得に、リータとメイバイは、スティナの豊満な胸に顔を埋めてにやけているわしの顔を思い出し、言葉が詰まる。


「エンマにも踏まれるにゃ。いいにゃ?」

「「うぅ……」」


 今度は、エンマに踏まれてゴロゴロ言っているわしの姿を思い出す。


「フレヤにゃんて、わしにフリフリの服を着せてくるにゃ」

「それは見たいかも」

「見たいニャー!」

「にゃんでにゃ~!」


 フリフリのドレス姿のわしは、説得に使えないようだ。


「ガウリカさんはどうですか?」

「ガウリカは……ケンカになるかにゃ?」

「「むぅ……」」


 言い争うわし達の姿は、二人には仲良さそうに見えるみたいだ。


「にゃ~? 嫌にゃ~?」

「嫌ですけど、このままじゃ眠れません」

「こうなったら、シラタマ殿と一晩中ゴロゴロするニャー!」

「いいですね。ゴロゴロ!」


 ゴロゴロってなんじゃ? イチャイチャの間違いではないのか? それはそれでわしの精神に悪いな。代案を出さねば、一晩中ゴロゴロ言わされてしまう!


「ゴロゴロ~。みんにゃで注意しに行くってのはどうにゃ?」

「う~ん。ゴロゴロはゴロゴロで捨てがたいです」

「ゴロゴロでいいニャー!」

「でも、明日はみんにゃで狩りに行く日にゃ。ゴロゴロ~。寝不足だと怪我するかもしれないにゃ」


 これでどうじゃ??


「そうでした!」

「仕事はしないといけないニャー」

「じゃあ、作戦会議にゃ~。ゴロゴロ~」

「「はい(ニャ)」」


 いい返事はもらえたけど、撫でるのはやめないんじゃな……


 撫で回しと作戦会議が終わると、わし達は寝室を出て居間の扉を少し開き、中の様子をうかがう。


「ガウリカが、スティナ達に取り囲まれているにゃ」

「本当ですね。怒られているのでしょうか?」

「正座させられて、しゅんとしているシラタマ殿みたいニャ」

「なんだか入りづらいですね」

「どうするニャー?」

「わし達の安眠のため、強行突破するしかないにゃ。行くにゃ~!」

「「にゃ~!!」」


 わし達は勢いよく扉をガラリと開けて叫ぶ。


「「「うるさいにゃ~~~!」」」


 作戦は単純。口調をそろえて、三人でキレる。アダルトフォーに立ち向かうには、一人だと心細いが、三人ならなんとかなると浅はかな考えだ。


「いま……」

「なんて……」

「言った……」

「猫……」

「「「ヒッ!!」」」


 わし達はぬるりと振り返る、スティナ、エンマ、フレヤに恐怖を覚え、小さく悲鳴をあげる。


「へ~~~。リータはギルマスの私に、そんな口を聞くんだ?」

「へ~~~。シラタマさん。眼鏡を取った私の目が見れるのですか?」

「へ~~~。メイバイちゃんは、どの服が似合うのかな~?」

「猫……」

「「「………」」」


 わし達三人の前に立ち、おどすスティナ、エンマ、フレヤ。わし達は毒蛇に睨まれたネズミだ。声も出ない。

 しかし、ガウリカはこれをチャンスと受け取り、スティナ達を説得する。


「みんな。猫の言う通り、静かにしないか? 猫達も困っているだろう?」

「はぁ!? 男と仲良さそうに歩いていたくせに、意見するの!!」

「そうですよ。私達への当て付けですか!!」

「ガウリカが、そっちの趣味だったなんてインスピレーションが湧かなくなるわ! 許せない!!」

「違っ……あれは……」

「「「問答無用!!」」」

「助けてくれ~~~」


 どうやらうるさかった理由は、男日照りのアダルトフォーの内輪揉めだったみたいだ。

 わし達はガウリカに標的が移った瞬間、うなずき合い、そっと扉を閉めて寝室に逃げた。だって、巻き込まれたくないんじゃもん。


 その日は、森の我が家に転移して、仕事の前乗りをしましたとさ。


 ちなみにコタツは居間から撤去。そして離れを少し増築して、防音設備に作り替た。その後、アダルトフォーをコタツで誘い出し、隔離する事によって、わし達の安眠が守られる事となった……



 扉を開けて騒ぐな~~~!!

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