039 野営するにゃ~
盗賊の襲撃を難無く退け、わし達を乗せた馬車はベネエラへの道を進む。だが、盗賊と出会ったのが夕方前だったため、すぐに日が暮れてしまった。
「今日はここまでですね。野営の準備をしましょう」
馬車を街道の脇に寄せ、ドロテの合図で野営の準備を始める。わしは次元倉庫から昼に使ったテーブルセットと宮廷料理人が作った夕食を取り出す。
皆がテーブルに着くと「いただきにゃす」と言い、食べ始める。
「この食事も温かい……猫ちゃんの収納魔法はどうなってるの?」
王国魔法使いの収納魔法でも、温度の維持は出来ないのか。次元倉庫なら時の止まった別次元に入れるから、温度変化も劣化も無い。考えてみればチートな魔法じゃな。この世界の常識を知らないから、黙っておいた方がよいかのう。
「わしにもわからないにゃ」
「そうなの? 種族による特異魔法かしら」
「そんにゃのあるにゃ?」
アイノの説明によると、動物の生活環境によって得手不得手があり、属性にあった魔法だと大きな力を出せるようだ。動物によって得意な魔法の中に、その動物特有の魔法が存在するらしい。
おっかさんも風魔法と土魔法では雲泥の差があったな。こう聞くと、おっかさんの【咆哮】は特異魔法なのか?
まぁアイノは特異魔法と仰々しく言っておるが、単に事の本質を理解しているかどうかじゃろう。土に触れている動物が代々、理解をDNAに刻み込んでいるから魔法も上手く使えるのじゃろう。
わしは小難しい魔法書で勉強したし、言霊も使っているからそんなこと関係無いがのう。アイノはわしの収納魔法が特異魔法だと勘違いしておる事じゃし、わざわざ教えてやる必要も無いじゃろう。
「お腹いっぱ~い。ごちそうさま~」
アイノと魔法談義をしていると、次々と食事を終えていく。食べ終えたさっちゃん達は、何やら寝床の相談を始める。
「では、私どもは見張りもあるので外で休ませてもらいます」
「そうなの? 一緒に寝てもいいよ」
「いえ。見張りの交代で、サンドリーヌ様の睡眠を害する訳にはなりません」
「気にしなくていいのに……わかったわ」
「お気遣い感謝します」
「汗もかいちゃったし、寝る前にお風呂に入りたいな」
「それなら私が。魔法で水を出せますから、体を拭かせてもらいます」
「野営だからそんなもんよね。アイノ。お願いするわ」
さっちゃんがお風呂に入りたそうにしていたので、わしは声を掛けてみる。
「お風呂、入るかにゃ?」
「え? シラタマちゃん、野営でお風呂なんて無いよ?」
「前に作った物があるにゃ。ちょっと待ってるにゃ」
わしは、以前作ったシャワー付きお風呂設備を次元倉庫から取り出す。誰も周りにいない事は探知魔法で確認済みだが、念の為、覗き防止で車を隣接させて配置する。
車の中で着替えて、誰にも見られないように出入りが出来るので、馬車の隣より安全だ。
「設置完了にゃ~」
「シラタマちゃん。何から質問したらいい?」
「質問しなきゃいいにゃ」
「「「「出来るか~~~!」」」」
まさかの総ツッコミじゃ。あのソフィまで、敬語を忘れておる。
「誰か整理して質問してくれる?」
「はっ! 私が。まず、この馬のいない馬車はなんでしょうか?」
「住居兼馬車にゃ。馬がいないから車かにゃ?」
「ひとつ質問したら、ふたつ質問する事が増えたわよ!」
「馬車と言うからには動くのですか?」
「土魔法で車輪を回転させて動かすにゃ。馬車より速く走れるにゃ」
「また質問を増やす~」
「住居を兼ねているとおっしゃいましたが、どう言う事ですか?」
「ベッドとキッチン完備にゃ」
「何故そこまで……」
「趣味にゃ」
「趣味って……」
「それより、お風呂が冷めるにゃ。早く入るにゃ~」
わしは質問をやめさせ、お風呂を勧める。皆、聞き足りない顔をしていたが明日も早いからと急かして入らせた。わしは一番風呂のさっちゃんと兄弟達と入り、残りはわし達兄弟と見張りを交代して入る。
ソフィ達にお湯が足りないと言われ、タンクにお湯を足しに中に入ったが、皆の体は見ていない。ホンマホンマ。
お風呂が終わるとやることも無いから寝るだけ。わしがお風呂を片付け、車も仕舞おとしたら、さっちゃんの「こっちで寝たい」と待ったが入ったので、使わせる事にした。
さっちゃんと兄弟達は車で寝てもらい、ソフィ達には空いた馬車を使ってもらう事になった。
「うわ~。本当にベッドがある」
「わしのお手製だから、さっちゃんの部屋のベッドより出来が悪いにゃ」
「ううん。この生地、スベスベしてて、シラタマちゃんの服と一緒で気持ちいいよ。ありがとう」
「それじゃあ、わしは見張りに行くにゃ。おやすみにゃ~」
「うん。おやすみ」
わしが外に出ると、ドロテが焚火の側に座り、見張りをしていた。わしはドロテの横に行き、お座りをする。
「シ、シラタマ様! お風呂ありがとうございました」
「まだわしが怖いにゃ?」
「そ、そんな事は……」
「もう何もしないにゃ。漏らした事も誰にも言ってないにゃ」
「シー! 誰かに聞かれたらどうするのですか!」
ドロテは慌ててわしの口を塞ごうとする。わしはドロテの手をするりと避けて膝の上に乗る。これはセクハラでは無い。アニマルセラピーじゃ。ホンマホンマ。
「今日は疲れたにゃ。少しだけこうさせて欲しいにゃ」
「シラタマ様……」
ドロテは少し緊張が解けたのか、わしを優しく撫でる。わし達は黙り、辺りには焚火の弾ける音しかしない。長い沈黙の中、わしが口を開く。
「弟さん。無事だといいにゃ~」
「……はい」
わしの何気ない一声を受け、ドロテはわしを強く抱きしめる。わしはドロテの心配している事を思い出させてしまい、慌ててフォローする。
「ドロテには、まだ指示書が届いているから大丈夫にゃ! 他の人の人質がどうなっているか心配にゃ」
「そうですよね……。陛下の国民を守るのも騎士の勤めですよね。それなのに、私はなんて馬鹿な事を……」
「一緒に早く解決するにゃ。それが何よりもの
「はい!」
それからしばらくドロテに抱かれ、弟自慢を右から左に聞き流していると見張りの交代になり、アイノがやって来た。
「あ~! またイチャイチャしてる~!」
「「シー--!!」」
「あ……」
ドロテはアイノに静かにするように言い聞かすと、逃げるように馬車に走って行った。アイノは焚火の前に座ると両手を広げる。
「はい。どうぞ」
「なんにゃ?」
「え~! 私にも抱かせてよ~」
アイノは撫で方が雑じゃからな~。じゃが、アイノの大きくて柔らかい物は捨て難い……何を言っているわし! わしは猫。わしは猫。
しかし、さっき風呂場を覗いた時……いや、タンクにお湯を追加した時、チラッと見えたアイノの胸は立派じゃったのう。チラッチラッとしか見てないぞ。ホントにチラッチラッチラッとしか!
人としてアイノの胸に飛び込んではいけないと思うが、猫(男)の本能が飛び込めと言っている。どうする、わし!
「も~う」
「にゃ!?」
人の理性と猫(男)の本能が戦っていたが、アイノに抱き抱えられてしまった。
これは不可抗力じゃ。わし、悪くない。うむ。気持ち良くもない。余は満足ではない。
「猫ちゃん、モフモフして気持ちいい~」
「ゴロゴロ~」
アイノも気持ちいい。わしも気持ちいい。ウィンウィンじゃ。あ、本能が……
「猫ちゃんはこんなに小さくてモフモフなのに、どこにあんな量の魔力が入っているのかしら?」
それはわしも知りたい。次元倉庫に入れている魔力は次元倉庫に容量があれば、いつしか入らなくなるはず。
では、体は? わしの現在の魔力量はイメージ的に、わしの体の数千倍は軽くある。いつか破裂しないか心配じゃ。
「それに風、土、水、火の魔法。四属性の使える動物なんて聞いた事もないわ」
でしょうね。火はおっかさん達もビビっていたしな。まだ鉄魔法や雷魔法、他にも使えるけど、いちいち言わなくともいいじゃろう。
「私も、もっといろいろ魔法が使えたらな~」
「通信魔法が使えるにゃ。便利にゃ~」
「あれは魔道具があれば、そこそこ魔力がある人は、みんな使えるよ」
「そうにゃの?」
「私の実力じゃないの。昔のすごい賢者様が開発したと言われているわ」
「へ~。光の魔道具は教えてもらったけど、他にもあるのかにゃ?」
「他だと、お風呂に使っているのが有名ね」
「お風呂にゃ?」
「城の上の部屋にタンクと魔道具がセットされていて、城の魔法使いの魔力を注いで、大量のお湯を作り出しているの。火と水魔法は難しいから、魔道具があると苦手な人でも簡単に使えるわ。魔道具のおかげで、公衆浴場、高級宿屋、貴族のお屋敷でもお風呂に入れるよ」
なるほど。城にはボイラーらしき施設が見当たらないのに、お湯が出ていたから不思議に思っておったが、やっと謎が解けた。
「それはわしも欲しいにゃ」
「猫ちゃんは簡単にお湯を作れるじゃない?」
「毎回自分でタンクに補充するのは面倒にゃ」
「たしかに猫ちゃんのお風呂に付いていたら、私でも補充できるわね。でも、魔道具はすごく高いから、猫ちゃんじゃ買えないよ。それともお金持ちなの?」
「金貨一枚持ってるにゃ」
「盗みは犯罪よ?」
「違うにゃ~!
「じゃあ、どうやって手に入れたの? 吐きなさい!」
「にゃ!? やめるにゃ! ゴロゴロ~」
わしはアイノのモフモフの刑(雑な撫で回し)を受け、洗いざらい話す事となった。そんな事しなくても話したのに……
「東の街で起こった、領主の娘誘拐事件を解決したのって猫ちゃんだったの!? それに盗賊も捕らえて、捕まっていた人も助けたんだ……」
「正当な報酬にゃ!」
「正当って……ふつう、もっと高いわよ」
「それは被害者に貰って欲しかったにゃ」
「うふふ。いい子だね~」
子供を褒めるみたいに褒めるのはやめて欲しい。わしゃわしゃされると毛並みが乱れるんじゃ。
子供じゃないと言いたいが、生まれて二年じゃ反論できん。魂年齢、百二歳なんじゃが……それにお客さんも来たしのう。
わしはアイノから飛び降りると、次元倉庫から着物一式と女王にもらったフード付きマントを自分に掛けて、変身魔法を使う。変身が終わると【白猫刀】を腰に差す。
「その恰好もかわいい! でも、どうして?」
「敵にゃ。数は五人にゃ」
「どこ? みんなを起こす?」
「すぐ終わるから起こす必要無いにゃ。それじゃあ、行って来るにゃ~」
わしは人型で闇夜に紛れ、音も無く走る。すると、すぐに五人の賊を発見する。
全員黒装束か。暗殺犯で間違いなさそうじゃが、一応聞いておくかのう。
「わし達に何か用かにゃ?」
「誰だ!?」
「どこにいる!?」
「質問に答えるにゃ」
「ふざけるな!」
「探し出して殺せ!」
そこそこの手練れかと思うたが、馬鹿じゃったか。殺せと言われて反撃せんと思わんのかのう。質問には答えてくれなかったが、まぁいいや。やっちゃおう。
違っていれば、回復魔法をかけて謝ればいいじゃろう。
わしは【白猫刀】を抜き。刀を半回転させて賊に忍び寄る。
「ぐあっ」
「どこだ!」
「ギャー」
「どこにいる!」
「うっ」
「おい!」
「があ……」
「おい、お前達……」
「お前で最後にゃ~」
「ギャーーー!」
わしは五人の賊を斬り伏せ【白猫刀】を鞘にカチャリと戻す。そして、日本男児なら誰しも、一度は言った事のある言葉を言い放つ。
「ふんっ。峰打ちにゃ」
猫の口のせいで、締まらんのう……
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