462 関ヶ原、閉幕にゃ~


「さあ、掛かって来いにゃ~~~!!」


 わしの一際大きな念話を聞いた巨大キツネ玉藻と、巨大タヌキの家康は、ビリビリと緊張感が高まる。

 その二人は目配せすると頷き合って、玉藻から突進。凄まじい速度で突っ込んで、引っ掻きながら通り過ぎた。

 もちろんわしは、ひょいっと避けたが、けっこうギリギリだったので、体勢が崩れてしまう。

 そこに、いつ近付いたかわからない家康の攻撃。前脚を硬くして、わしを叩き潰さんとする。


「ぐっ……」


 わしの何倍も体重のある家康の前脚は、速度が乗ってそこそこ重い。このままでは埋まってしまいそうなので、わしは地面を土魔法で固めつつ、両前脚で受け止めた。


「いまじゃ!」

「おう!」


 そこに玉藻の合図。家康はタイミングよく前脚を引き、玉藻が頭から突っ込んで来た。


「くそ!」


 避けきれないと悟ったわしは、肉球ガード。後ろ脚に力を入れ、地面を削って耐えていたが、玉藻の鼻で弾き上げられてしまった。

 わしが宙を舞うと、またしてもどこから現れたのかわからない家康が、尻尾で叩き落とす。今回はガードが間に合わず、モロに喰らってしまった。


 くう~……効くのう。しかし、【吸収魔法・球】を使うわけにもいかんし、痛がっているわけにもいかん。


「にゃ~しゃっしゃっしゃっ。ぜんぜん効かないにゃ~。それで終わりにゃ~?」


 わしが強がって笑うと、玉藻と家康は各々語り合う。


「効いておるぞ! このまま一気に仕留める!!」

「おう! わしも上手く立ち回るから、玉藻の強烈な一撃を喰らわしてやれ!!」

「任せろ!!」

「だから喋ってる暇があるにゃら、手を動かせにゃ~!!」


 二人が喋っている間も、わしは待ってやらない。家康に最速の肉球をお見舞いしながら、玉藻は【突風】で吹き飛ばす。

 二人はわしの攻撃で地面を削り、辺りに石を飛ばしながら止まる。そうして体勢が整うと、またしても玉藻から突撃。からの家康の攻撃。わしはなんとか食らい付き、ネコパンチネコパンチネコパンチ。両肉球で捌く。


 わし達の戦いは、砂煙、土埃、小石、大きな石を辺りに撒き散らしながら、熾烈を極めるのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 一方その頃リータ達は、観客席側にメイバイと、さっちゃんを抱えたコリスが立ち、徳川陣営前にはリータとオニヒメが立っていた。


 徳川陣営に降り注ぐ小石や大きな石は、オニヒメ担当。風魔法で押し返す。岩や大きな石が、観客席に突っ込みそうな場合やオニヒメに当たりそうな場合は、リータの盾や土魔法でガードしていた。

 そうして一息つくと、リータは通信魔道具をメイバイに繋ぐ。


「メイバイさん。そちらはどんな状況ですか?」

「亀が爆発した時は酷いものだったけど、落ち着いて来たかニャ? コリスちゃんも頑張ってくれたから、怪我人も居ないはずニャー」

「こっちも似たようなものです。それじゃあ引き続き、観客を守ってください」

「わかったニャー!」


 リータはメイバイとの通信を終わらせると、今度はオクタゴンに居るワンヂェンに繋ぐ。


「ワンヂェンさん。王族の方々に怪我人は出ていませんか?」

「大丈夫にゃ~。エルフの人も風魔法を使えるから、砂も埃も押し返せてるにゃ~。でも、こんにゃ闘いを間近にして、みんにゃ驚いてるにゃ。うちもにゃけど」

「あはは。ちょっとやり過ぎですね~」

「前もって知ってても怖いにゃ~。シラタマは、とんでもない化け猫だったにゃ~」

「そんなこと本人に言っちゃダメですよ? 拗ねちゃいますから。では、引き続き、よろしくお願いします」

「わかったにゃ~」


 そうしてリータが通信魔道具を切って、しばらく徳川陣営を守っていると、秀忠がリータの元へやって来た。


「そなたらは、猫の国の王族だろう? 王がこんな事をしでかしているのに、何故、我々を守っているのだ?」

「えっと……すみません。まだ言えません……」


 リータは慌てて念話を繋いで謝った。


「言えない??」

「ただ、これだけは言えます。私達は日ノ本の敵ではありません」

「関ヶ原をめちゃくちゃにしておいて……」

「シラタマさんが迷惑をお掛けして、本当にすみません! 迷惑ついでに、風の呪術を使える人を集めてもいたいのですが……」

「もうやっておる。これが終わったら、詳しく説明してもらうからな」


 リータが丁寧に対応すると、秀忠は渋々だが引き下がる。その後ろ姿を見て、リータはホッと胸を撫で下ろし、引き続き徳川陣営を守るのであった。



「それで……シラタマちゃんは、何をしているか教えてくれるよね?」


 リータ達とは違い、まったく話を聞かされていないサンドリーヌは、コリスに抱きつきながらメイバイに問いただす。


「はいニャー!」


 メイバイはふたつ返事で全てを説明する。サンドリーヌは日ノ本の者ではないから、リータのように気を使う必要はないようだ。


「ですから、女王様も、今頃ワンヂェンちゃんから説明を聞いているはずニャー」

「なるほどね~。あの子、ちっさいのにいろいろ考えているのね。ちょっと見直したわ。でも、それならそうと、私にも教えて欲しかったな~」

「それはシラタマ殿が……」

「シラタマちゃんがどうしたの?」

「王女様に知られると、バレる可能性があるからって言ってたニャー」

「なんでよ~! あいつ……絶対にモフってやる!!」

「あの……私達の夫なんですけど……」


 罰とも思えないサンドリーヌの罰に、メイバイは小さくツッコむが、全然聞いてもらえず。サンドリーヌは目に怒りの炎を灯しつつ、手をわきゅわきゅするのであったとさ。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 リータ達が観客を守っているその中央では、わしVS玉藻、家康の闘いは続いていた。

 二人の直接攻撃は、玉藻のスピードと家康の侍攻撃のせいで避けるのが難しく、ネコパンチを使ってなんとか捌く。

 家康には手加減してネコパンチを喰らわせ、玉藻にはいなす程度。二人のダメージは少ないので、徐々にわしは追い詰められていく。


 しまっ……


「もらった!」


 玉藻に崩されたわしは、家康の硬い尻尾をモロに喰らい、ぶっ飛ばされる。


「家康! 行くぞ!!」

「おう!!」

「ぐはっ」


 そこに回り込んだ玉藻の尻尾。一撃に見えるが、瞬く間に九発の打撃をわしは喰らってしまった。

 さらに、家康の追撃。家康の正面に飛んだのだが、後ろを向いて五本の尻尾ラッシュ。


「「うおおぉぉ~~~!!」」


 そのラッシュに、素早く接近した玉藻も加わり、わしは合計十四本もの尻尾に挟まれる事で、常に同時攻撃を喰らう事となる。


 いたっ! いたたたた……まっずいのう。玉藻が四本の尻尾で包み込むように攻撃するから外には出れないし、ガードができん。まぁそろそろ頃合いか。【吸収魔法・球】!!


 ここでわしはズル発動。それまでのダメージで、体は所々血が付いているからこの姿でぐったりしていれば、すぐに攻撃はやむはずだ。


 ……長くね? もうあまり痛くはないけど、五分ぐらい死んだ振りをしておるぞ? 早くフィニッシュに持って行ってくれ~!


 それから五分が経つと、ようやく二人のフィニッシュ。一度空に打ち上げ、家康が上から叩き落とし、玉藻が追い討ち。二人の尻尾加速を受けたわしは、地面に突き刺さり、何100メートルも地下に埋まるのであった。



「「はぁはぁはぁはぁ……」」


 肩で息をする二人は、穴の開いた地面を見つめ、いまだに緊張の糸を切らない。その頃わしは大ダメージを受けて……


 はぁ~……やっと終わった。きつかったのう。過去最高に埋まったんじゃなかろうか?


 いや、まだまだ余裕があったので、どうでもいい事を考えていた。


 おっと、こんな事をしている場合ではなかった。とりあえず変身魔法。それと、リータに連絡じゃ。


 わしは人型に変身すると、通信魔道具を使ってリータに指示を出す。それから素っ裸のまま土魔法を使って、ゆっくり地上に向かう。

 そうして地上付近になると、穴の縁に手を掛け、辛そうな演技で這い出し、仰向けに倒れる。


『わしの負けにゃ~。新津にいつには手を出さないから、もう勘弁してくれにゃ~』


 わしの声は弱々しくても音声拡張魔道具に乗って観客に伝わり、大爆発の歓声が起こった。

 それでも玉藻と家康は、わしから視線を外さず警戒しているので、もうひと芝居。


『この通り、許してくれにゃ~』


 ジャパニーズDOGEZA……まさか王様みずからの土下座が見れるとは思っていなかったのか、二人は困惑して殺気が消えた。


『シラタマ王……何もそこまでしろとは頼んでおらんだろう』

「「陛下??」」


 そこに現れたのは、秀忠に抱かれたちびっこ天皇と、猫ファミリーとさっちゃん。音声拡張魔道具で喋っていたちびっこ天皇は秀忠から降りると、わし達の元へ近付く。

 それを見た玉藻は九尾のキツネ耳ロリ巨乳に変化へんげし、家康は二足歩行のタヌキに変化して、ひざまずいて敬意を払う。


「陛下……シラタマに何を頼んだのじゃ?」


 玉藻の問いに、ちびっこ天皇は笑いながら答える。


『昨晩、関ヶ原の最後に、二人を焚き付けて欲しいと頼んだのだ。今回の関ヶ原で、一番の盛り上がりだったぞ。あははは』

「「おたわむれを……」」


 ちびっこ天皇の物言いに、二人は納得いかないからか、鋭い視線を向ける。


『まぁまぁ。そう怒るな。周りを見て、皆の声を聞いて、何か気付かんか?』


 玉藻と家康は、キョロキョロして耳を済ますが、ちびっこ天皇の意図する答えに辿り着かないようだ。


『この大歓声を聞いて、まだ気付かんのか……。皆、玉藻と家康を応援し、あのシラタマ王に勝利した事に沸き上がっているのだ。のう? 皆の者……そうだろう??』

「「「「「わああああ!!」」」」」


 観客はちびっこ天皇の問いに、よりいっそう大きな声を出す事で返事とした。


『あははは。そうだろうそうだろう。ちんも、この日ノ本がひとつにまとまった姿を見れて、大変満足だ。これこそ、朕が見たかった日ノ本の姿! 東と西が手を取り合い、共に困難と向き合う。玉藻……家康……』


 ちびっこ天皇に名を呼ばれた二人は、面を下げて、次の言葉を待つ。


『大儀であった!!』

「「はっ!!」」


 これにて一件落着。ちびっこ天皇の立派な姿に、観客達は感動の拍手を送り、最高家臣の二人は、地面に数滴のしずくを落とすのであった。



 もちろんわしは、そんな感動的な雰囲気を邪魔したくないので、お口チャック。着流しに袖を通そうとしていたのだが、さっちゃんに着流しを奪われ、モフモフ攻撃を受けてゴロゴロ言うのであった。



 それから閉会式は仕切り直し。当初の予定通り、西の地の者はわしとさっちゃんだけ参加して、簡単な挨拶をする。


『……と、東の国の王女様は言っていたにゃ』


 さすがに英語では伝わらないので、わしは即興で通訳。いや、前もってカンニングペーパーを貰っていたので、読み上げた。


『次はわしの順番にゃので、このまま続けさせていただきにゃす。わしのせいで、大事にゃお祭りをめちゃくちゃにしてしまった事を、ここにお詫びしにゃす』


 わしが深く頭を下げると、観客からは許しの声が聞こえる。すでにちびっこ天皇から説明を受けていたので、許してくれたようだ。


『にゃはは。ありがとにゃ。迷惑ついでに、ひとつ提案したいにゃ』


 この言葉に、観客だけでなく、ちびっこ天皇達からも「こいつ、また何を言い出すつもりだ?」って、視線が飛んで来た。


『今回の関ヶ原は、先に言った通り、わしの力が大きく関わってしまったにゃ。だから引き分け。新津の使用権も、半分でどうにゃろ? そして、次回からは総取り方式はやめて、綱引き……何分割かして、それを引き合うのはどうにゃろ?』


 わしの案に、そこかしこからうなり声が聞こえるが、わしの後ろに立つちびっこ天皇が賛成の声をあげる。


『おお! それはいいな。片方にだけ使用権があると、民の為にならない。減ったり増えたりすれば祭りも楽しめるし、何より、どちらの民にも恩恵が行き届く……どうだ? 玉藻と家康も、いい案だとは思わないか?』

「「……はっ!!」」


 二人は一瞬、躊躇ためらうようにお互いの顔を見たが、同じ事を考えていたのか、同時に賛同の声をあげた。


『にゃはは。決定のようだにゃ』

『ああ! まだ文書の書き替えはあるが、二人の了承を得たから問題ないだろう』


 ちびっこ天皇は、視線をわしから観客席に移すと、大きな声をあげる。


『今回の関ヶ原は引き分けだ! しかし、この結果は日ノ本の新しい幕開けになろうぞ! 皆の者、これからもよりいっそう、日ノ本を盛り上げてくれ~!!』

「「「「「わああああ」」」」」

『これにて、関ヶ原は閉幕だ~~~!!』

「「「「「わああああ!!」」」」」


 こうして関ヶ原は、ちびっこ天皇の叫び声と、日ノ本の者がひとつにまとまる事で、閉幕と相成った……






 大歓声の中、わし達は控え室に戻ると、玉藻と家康はちびっこ天皇に近寄り、「立派だった」と褒め称えていた。その光景を他国組は微笑ましく見ていたら、三人はわしの元へやって来て手を差し出す。


「一時は、憎らしい猫じゃと思っていたが、終わってみれば気分は晴れ晴れじゃ。楽しかったぞ」

「にゃはは。ご老公と闘えた事は、わしも楽しかったにゃ~」


 わしと家康がガッシリ握手を交わすと、次に玉藻が前に立つ。


「もう闘わないとか言っておいて、さっそく破ってしまったな。じゃが、そちにも非があるのじゃからな?」

「それは陛下の頼み事だったんだから仕方ないにゃろ~」

「そうじゃな……本当に、この数日で陛下はお変わりになられた。これも、シラタマのおかげかもな」

「にゃはは。わしじゃないにゃ。陛下が自分で変わられたんにゃ」


 玉藻とも笑って握手を交わすと、最後にちびっこ天皇と握手を交わす。


「無理を言って悪かったな。体は大事ないか?」

「とっくに完全回復にゃ」

「どれだけ頑丈なのだ……これでは、猫の国との友好を崩せないな」

「にゃはは。末長くよろしくにゃ~」

「あはは。こちらこそだ」


 一部の化け物は、わしの頑丈さに呆れた顔をしていたが、控え室は笑い声で包まれ、和やかな雰囲気で語り合う。



 しばし楽しく語り合っていると、その雰囲気をぶち壊す事態が起こる……



「な、何これ!? シラタマちゃ~~~ん!!」

「「「「「キャーーー!!」」」」」


 突然の出来事に、さっちゃんの叫び声に続き、女性陣から悲鳴があがった。


「大丈夫にゃ! そのうち揺れは収まるから、体を低くして頭を守るんにゃ!!」



 その日、日ノ本を大きな揺れが襲い、宿場町や寺院やオクタゴン、至る所から悲鳴が聞こえる事となった……

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