197 女王誕生祭 七日目 3
伝説の白い巨象の解体が終わりに近付くと、辺りでは白い巨象の肉を食べた民衆の嬉しそうな声が聞こえる。
わしも早く食べたかったが後始末があるので、渋々、巨象を出した土地を整地する。
う~ん。巨象はバラして次元倉庫に入れたけど、穴にいっぱい溜まった血はどうしたものか? このまま埋めてしまうと、この辺一体の土が赤黒く変色して、異臭が凄い事になりそうじゃな。
次元倉庫に入れて、いろんな所で捨てるか。産業廃棄物の不法投棄みたいじゃけど、致し方無い。
わしは巨象の血を次元倉庫に吸い込むと穴を埋め、辺りの土も、出来るだけ血が目立たないように、上から魔法で作った土を覆い被せる。
それから作業を終わったと伝える為に、解体組の集団に入り、おっちゃんに声を掛ける。
「終わったにゃ~」
「ん? 猫……山が無い!!」
見てなかったんかい!
「にゃんでおっちゃん達まで先に食べてるにゃ~!」
「いや、ちょっとつまみ食いだ」
「……その山積みの皿が、つまみ食いにゃ?」
「うっ……うまいんだから、仕方ないだろ!!」
逆ギレかい!!
「チッ。仕方ねえ。野郎ども、作業に戻るぞ!」
「「「「「え~~~!」」」」」
舌打ちするは、作業員も拒否するは、仕事じゃろう?
おっちゃん達が作業に戻ると、リータとメイバイが駆け寄って来た。
「シラタマさん。お疲れ様です」
「お疲れ様ニャー」
「二人は……見てなかったにゃ?」
「見てましたよ!」
「見てたニャー!」
二人が焦りながら返事をするので、わしは二人の手に持つ物をジッと見る。
「……その皿は、なんにゃ?」
「これはその……」
「シラタマ殿に持って来たニャー!」
「そうです。あ~ん」
「私も! あ~んニャー」
「あ~ん。モグモグ」
あ、うまい……この甘い脂。この濃厚な味わい。A5ランクの和牛も真っ青なうまさ。何気にわしも、白い生き物の肉は初めて食ったな。こんなにうまかったんじゃ……。
そりゃ、みんな肉に夢中になるわけじゃ。白蟻、二匹とも売るんじゃなかったか。いや、うまくても蟻は食いたくないな。
「美味しくないですか?」
「いや、うまいにゃ!」
「今日は泣かないんだニャー?」
「食べ物が美味しいくらいで、泣かないにゃ~」
「あ、そっか。故郷の味ではないのですね」
「そうだったニャ? これもすっごく美味しいから、シラタマ殿の故郷の味かと思ったニャ」
リータとメイバイの顔が少し曇ったので、わしは笑顔で言い聞かせる。
「故郷でも、これほど美味しい肉は無かったにゃ。大発見で嬉しいにゃ~」
「シラタマさんの故郷にも無い味ですか……。シラタマさんの初体験ですね」
「わしだけじゃないにゃ。ここに居るみんにゃの初体験にゃ」
「シラタマ殿と一緒に初体験が出来て嬉しいニャー」
う~ん。初体験、初体験と言われると恥ずかしい。アレにしか聞こえん。おっと、下手な事を考えると心を読まれて、二人に何されるかわからんな。無心!
「おっちゃんの所と、女王の所に顔を出して来るにゃ。二人もいっぱい食べるにゃ~」
「「はい(ニャー)!」」
わしはおっちゃんの元へ行き、指定されていた肉を大量に預け、テントを離れる。壁に向かって歩いていると、アイパーティとアダルトフォーがテーブルを囲んでいたので声を掛ける。
「食ってるにゃ?」
「シラタマちゃん! 何よあの山!!」
「象にゃ」
「それはわかっているわよ!!」
「おっきいって言ったにゃ~」
「そうだけど、現物を見るとね……」
「みんにゃこんなに驚くにゃら、サプライズにする必要なかったにゃ~」
わしがスティナを宥めていると、アイとマリーが会話に入る。
「巨象にも驚いたけど、猫ちゃんの魔法も凄かったわね」
「本当です。あんな大魔法見たことがありません」
お! アイ達は、わしの雄姿を見てくれていたのか。さすがはわしの弟子。ここまで巨象の肉が行き届いていなかっただけかもしれんけど……
「わしは魔法特化だからにゃ。あれでまだ、中級ってところにゃ」
「アレでですか!?」
マリーが驚くので、巨象の強さも入れて説明する。
「生きてる時はもっと硬かったから、さっきの魔法では切れなかったにゃ」
「伝説卿でも鼻を切り落とせなかったのに、猫ちゃんはどうなっているんだか」
「修行の成果にゃ」
「その修行をしたら、私達でも強くなれますか?」
「なれるけど、マリーだと、まず死ぬにゃ」
「え……」
「わしの師匠はキョリスにゃ。アイ達と別れた後に出会って、何度死に掛けたかわからないにゃ」
わしがキョリスの名を出すと、一同に驚き、アイが代表して質問する。
「うそ……キョリスって、生きてたの?」
「生きているし、イサベレの10倍以上強いにゃ。人間嫌いだから、絶対に近付くにゃ」
「伝説卿の10倍!?」
「あまり噂を広めないでくれにゃ? 無茶して狩りに行くハンターが増えたら、王都に攻めて来るかもしれないにゃ」
「うっ……そんな怖いこと出来ないわ」
「ハンターギルドでも、東の森は、あまり深く入るといけないと決まっているから、行く人はいないですよ」
「そうにゃの? そんにゃ説明受けてないにゃ~。またティーサの説明不足にゃ~」
マリーから初耳の話を聞いてボヤいていたら、スティナが詳しく説明してくれる。
「王都のギルドではめったにしていないからよ。東の最前線か、東の森での依頼を受けないと説明は無いわ」
「……東の森にアジトがあった、盗賊の依頼を受けたにゃ」
「なんですって!? 今度はどんな衣装を着せてやろう……」
キャットガールは罰だったの? 説明不足はわしのせいって言っていたのに、ティーサは普段から説明不足だったのか。じゃが、結婚前の女の子に、あんな肌の露出が多い服を着せるのはかわいそうじゃ。
「それはかわいそうにゃ~。もう聞いたから、許してやってくれにゃ~」
「シラタマちゃんがいいなら……。でも、またミスするようなら……」
頑張れティーサ! わしはやるだけやったからな!!
「それじゃあ、ボチボチ行くにゃ。みんにゃも、いっぱい食べるにゃ~」
アイパーティとアダルトフォーとの会話を済ませると、女王の居るであろう外壁の下からジャンプして飛び乗る。そこで騎士に剣を向けられたが、非礼は許してやろう。
「だから、一言、声を掛けなさい!」
残念ながら、わしの非礼は許されないみたいだ。なので、怒る女王を宥め、巨象の話をする。
「女王達は、まだ食べてないにゃ?」
「ええ。まずは民に優先させているわ」
「そうにゃんだ。じゃあ、わしの勇姿は見てくれてたにゃ? みんにゃ食べ物に夢中で、見てた人は少なかったにゃ~」
「見させてもらったわ。あれがシラタマの大魔法なのね」
おお、さすがは女王。いや、どちらかと言うと、わしの強さが気になるのかな? また勘違いしておるし……
「違うにゃ。中級にゃ」
「まだ上があるの!?」
「声が大きいにゃ~。カリカリして、お腹すいてるんじゃにゃいかにゃ? わしが切り分けた物があるから料理してもらうにゃ~」
「わかったわよ! 向こうに料理長がいるから、持って行って!!」
女王に怒鳴られたが、きっとお腹がすいているせいだろう。振り向いた時にブツブツ「化け猫」とか言っていたが、きっと気のせいだろう。
料理長の元に行くと、わし専用に食べようと思っていた各部位のブロック肉を取り出し、軽く説明をして料理をしてもらう。
料理長は生のまま食べて、目を見開いていたけど、これも気にせず無視をする。
巨象の肉は料理長に渡したので、用件を済ませたわしは、お
ガシッ!
「シラタマちゃ~ん。何か忘れてな~い?」
だが、さっちゃんに捕まってしまった。
「忘れるにゃ? ……にゃ!? 忘れてないにゃ!!」
「忘れてるじゃない!!」
「まあまあ。あっちで話そうにゃ~」
わしは怒ってポコポコしているさっちゃんの手を握り、女王の集団から離れる。十分距離を取ると土魔法で椅子を作り、そこに掛けてもらう。
「何するの?」
「前にさっちゃんにあげた指輪を貸してくれにゃ」
「うん……でも、返さないよ?」
「わかっているにゃ」
わしはさっちゃんから指輪を受け取ると、次元倉庫から宝石を取り出し、指輪に嵌め込む。そして
「きれ~い」
「それは風の玉が入った魔道具にゃ。危険にゃ時には使うにゃ。それともうひとつにゃ」
「うわ! 髪飾り? 前に見せてもらった宝石も付いてる!」
「そうにゃ。いま付けてあげるにゃ~」
「うん!」
わしはさっちゃんの後ろに回り、金色の髪を撫で、髪飾りを付ける。さっちゃんは自分の姿を見たそうにしていたので、次元倉庫から全身が映る鏡を取り出して、さっちゃんの前に置く。
「どうにゃ? 気に入ってくれたにゃ?」
「すっごく綺麗! シラタマちゃん、ありがとう!」
「それも魔道具になっているにゃ。女王のティアラみたいに、さっちゃんを守ってくれるにゃ」
「本当!? やってみていい?」
「いいにゃ」
さっちゃんが立ち上がると、わしはさっちゃんの隣に立つ。さっちゃんは嬉しそうに、髪飾りに魔力を流す。すると、さっちゃんとわしは光のベールに包まれた。
「うわ~~~」
さっちゃんは気に入ってくれたみたいじゃな。この魔法はティアラを見て、魔法書から類似する魔法を時間を掛けて探した物じゃ。
その副産物が、女王にあげた光の短剣になる。わしの【光一閃】も、ぶっちゃけ副産物じゃ。
さっちゃんにあげるなら、この魔道具だと決めていた。
「ありがと~」
「うん……それでにゃんだけど……」
「なに?」
「言い辛いんにゃけど……」
「だから、なに?」
「わしはさっちゃんと結婚出来ないにゃ」
唐突なわしの発表に、さっちゃんから笑顔が無くなる。
「………」
「ごめんにゃ~」
しかしすぐに笑顔を作り直し、言葉を発する。
「そんなこと? わかってるよ~。冗談で言ってただけよ。本気にするなんて、シラタマちゃんはバカだな~」
「さっちゃん……」
「次期女王が猫なんかと……グズッ……猫なんかと……うぅぅ」
「……ごめんにゃ」
「うわ~~~ん」
さっちゃんは強がりを言っていたが、最後まで言えずに泣き出した。わしはさっちゃんが泣き止むまで、抱き締める事しか出来なかった。
しばらくして、さっちゃんの泣き声が小さくなると、わしはさっちゃんを椅子に座らせ、視線を合わせて語り掛ける。
「落ち着いたにゃ?」
「……うん」
「さっちゃんとは友達にゃ。ずっと、ずうっと友達にゃ。いつしかさっちゃんが女王になったら、その指輪と髪飾りをさっちゃんの子供に譲ってあげて欲しいにゃ」
「……うん」
「わしはさっちゃんと結婚できないけど、その指輪と髪飾りが、さっちゃんだけでなく、さっちゃんの子供も、いつまでも守ってくれるにゃ」
「……うん」
「もちろん、さっちゃんとはずっと友達にゃ。一緒に笑って、一緒に喧嘩して、一緒に怒られようにゃ」
わしは真面目な顔で話をしていたのだが、さっちゃんが吹き出す。
「ぷっ。なにそれ~」
「にゃはは。やっぱりさっちゃんは、笑った顔が一番かわいいにゃ」
「もう! そんなこと言われたら怒れないよ~」
「出来れば、怒るのはやめて欲しいにゃ~?」
「出来ません!」
「そんにゃ~」
「あはははは。あ、料理が出来たみたい。行こう!」
「にゃ!? 待ってにゃ~」
さっちゃんは笑いながら駆け出し、わしもそれに続き、走り出す。
その後、料理長の絶品巨象フルコースを王族と食卓を囲んでいたら、双子王女がさっちゃんの涙の跡に気付き、さっちゃんがわしに泣かされたとチクりやがった。
そのせいで、王族全員に長時間、こっぴどく怒られた。さっちゃんは家族全員に愛されているようだ。
やっと解放されたところで、わしが怒られていたのに後ろでニヤニヤしていたさっちゃんに文句を言ったら、喧嘩が勃発。
結局、さっちゃんも一緒に女王に怒られていた。ざまぁみろ!
「にゃははは」
「なによ!」
「早速、一緒に怒られたにゃ~。にゃははは」
「ぷっ、あははは」
わしとさっちゃんが笑っていたら、目の前にいた女王が呟く。
「まだ説教中なんだけど……」
「「ごめんにゃさい!!」」
「そろそろ誕生祭の閉会時間ね。この続きは城に帰ってからするわ」
「「そんにゃ~~~」」
女王はそれだけ言うと外壁の端に立ち、閉会の言葉と民衆に感謝を述べる。女王の言葉に感動した民衆は、大きな声をあげていた。
その中を、王族とわしを乗せた馬車は、民衆に見送られながら城に向かってゆっくり進む。城に帰ると、本当に説教の続きをされた。
女王の説教で夜も更けてしまい、今日はさっちゃんと兄弟達と一緒に、眠りに就く。
さっちゃんが立派な女王になった夢を見ながら……
翌日、家に帰ると無断外泊の罰で、リータとメイバイのポコポコを甘んじて受けて、庭に埋められたのは言うまでもない。
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