第八章 戦争編其の一 忍び寄る足音にゃ~

198 ローザを街まで送るにゃ~


 我輩は猫又である。名前はシラタマだ。無断外泊は、わしのせいではない。


 女王誕生祭が終わると街は通常運転に戻り、アイパーティも護衛依頼を受けて旅立った。今回は西から北に向けて、最前線を回る予定だとのこと。少し長く王都を離れるみたいだ。


 アイ達を見送ったわしとリータとメイバイは、居間でゴロゴロしている。


「ゴロゴロ~。やっと静かになるにゃ~」

「そうですね。でも、少し寂しいです」

「毎日騒がしかったけど、楽しかったニャー」

「そうだにゃ。ゴロゴロ~」


 居間でゴロゴロしていると言ったのは正確に言うと、居間で二人に撫で回されて、ゴロゴロ言わされていると言う意味だ。無断外泊の件もあって、ここ数日黙って従っている。


 二人に飽きもせず撫で回され、少し早い昼食を済ませると、用事があるのでわし一人で出掛ける。街も賑やかだった様子も無くなり、他の街から来た人も減ったのか、わしを見ても素通りして行く人が多い。

 道行く人と街を眺め歩いていると、目的地のロランスの屋敷に到着し、皆に出迎えられる。


「みんにゃ。こんにゃちは」

「「「こんにちは」」」


 今日の仕事はロランス達の護衛依頼。わしの挨拶に、ロランスもローザもフェリシーも笑顔で返してくれた。


「準備は出来てるにゃ?」

「ええ。荷物はあっちよ」

「わかった……行きより多いにゃ!?」

「久し振りの王都だから、買い過ぎちゃった。てへ」

「お母様……」


 ロランスさんは娘の前で、何をかわい子ぶりっ子してるんだか……何か冷たい視線を感じた! またわしの心を読んでおるのか……怒られそうじゃし、話を変えよう。

 ローザ達にまざって、変な人がいるんじゃよな~……


「もしかして、リスさんも一緒に来るにゃ?」

「仕官先を探していたみたいだから、フェリシーの領に口利きしようと思っているの。ダメだったら私が雇うわ。定員は大丈夫でしょ?」

「まぁ大丈夫にゃけど……」


 ロランスの問いに、わしは軽く許可してリスの着ぐるみを着た女を見る。


「リスさんは騎士になりたかったんにゃ。意外にゃ~」

「なかなか雇い先が見付からなかったから有難いわ。B級になってもどこからも声が掛からなかったのに、やっと声が掛かってホッとしているわ」

「その着ぐるみを脱いだら、いいんじゃにゃいかにゃ~?」

「あんたがその毛皮を脱げって言われたらどうするのよ?」

「肌から生えてるから脱げないにゃ~」

「私も一緒よ」


 え? それ、肌からは生えてるの? どう見ても着ぐるみなんじゃが……試しに、頭のフードを取ってみよう。


 わしは速さに任せてリスの目に写らないように移動し、頭のフードを外してやる。幸いまったく見えていなかったみたいなので、そのまま話を続ける。


「そうなんにゃ。でも、綺麗にゃ髪をしてるにゃ~」

「本当です!」

「リスさん。きれ~い」

「え??」


 わしがリスの髪を褒めると、ローザとフェリシーが乗っかる。だが、リスは何が起こっているかわからずに、恐る恐る頭に手をやる。


 紫の髪なんて、関西のおばちゃんぐらいしか見た事がない。パーマを当ててないロングヘアーだと、こんなに綺麗に見えるのか。いや、リスさんの顔が整っているからじゃな。ローザもフェリシーちゃんも見惚みとれておるのう。


「え? ええ~?? なんでフードが取れてるの!?」

「ちょっと顔が見たかったから、取ってみたにゃ」

「何してくれてるのよ!」

「怒らにゃいでにゃ~。それより、リスさんって綺麗だったんだにゃ」

「な……どこがよ! こんな紫色の髪なんて、親でも嫌ったのよ!!」


 あ……紫色の髪は、リスさんのコンプレックスじゃったのか……親にもその髪のせいで、酷い扱いを受けていたのかもしれない。それで髪を隠す為に、着ぐるみを着ていたのか。失敗じゃった。


「ごめんにゃ~。興味本意だったにゃ。でも、綺麗なのは本心にゃ」

「ねこさんの言う通りです。すっごく綺麗ですよ」

「うそ……」


 わしの言葉にローザが続き、リスは信じられないといった顔に変わる。


「リスさんは髪で悩んでいるみたいだけど、わしよりマシにゃ」

「猫にも悩みがあるの?」

「見ての通り猫だから、悩みは尽きないにゃ~」

「たしかに……」

「ねこさんも、すっごくかわいいですよ」

「モフモフ~」


 リスの納得の早さは気にしない。ローザのかわいい発言と、フェリシーのモフモフ発言は若干気になるが、頭を撫でてあげる。


「ローザもフェリシーちゃんもありがとにゃ。ほら? 悩みは解決したにゃ。受け入れてくれる人は、必ず居るにゃ」

「リスさんの髪、触ってもいいですか?」

「わたしも~」

「え? あ、うん」


 リスさんは慣れていないのか、二人に触られて恥ずかしそうじゃな。あの二人とれあっていたら、髪を出す事に抵抗は無くなるじゃろう。わしは猫の抵抗が、バリバリあるけどな!



 リスは二人に髪をいじられ出したので、ローザ達の旅の荷物を次元倉庫に入れていく。そうして荷物を入れ終わってしばらくすると、さっちゃんを乗せた馬車が現れた。


「間に合った~!」

「サンドリーヌ様!?」

「いきなり、どうしたにゃ?」


 さっちゃんの突然の登場でローザは驚き、わしは不思議に思って質問する。


「別れの挨拶に来たのよ!」

「サンドリーヌ様。ありがとうございます」

「そんなこと言って、勉強から逃げて来たんにゃろ?」

「ち、違うわよ!」

「双子王女に怒られても知らないからにゃ~」

「だから違うって言ってるでしょ!」

「にゃ!? 暴力反対にゃ~。それより、別れの挨拶があるんにゃろ?」

「あ、こんな事してる場合じゃなかった!」


 まったく……わしの髭を引っ張るのはやめて欲しいわい。またカールしてしまった。これでは狭い場所を通るのに支障が出る。……そんな使い方、した事は無いけど……


 さっちゃんとローザが別れの挨拶をしていると、ソフィ、ドロテ、アイノがわしに話し掛けて来た。予約していた馬車はまだ来ないので、誕生祭の話をしながら、皆に撫でられる。

 しばらくゴロゴロ言っていると馬車が来て、ロランスや連れの者が乗り込み、さっちゃんとローザは最後の挨拶を交わす。


「わたしは帰りますが、ねこさんを婿に迎える勝負は譲りません!」

「そう……じゃあ、シラタマちゃんは、ローザに譲るわ。頑張ってね」

「え? サンドリーヌ様……どうしたのですか?」

「べっつに~。でも、ローザも領主の娘なんだから、ちゃんと考えて答えを出すのよ?」

「え? どういう事ですか?」

「ローザには、わたしを支えてもらうって事よ! ほら、みんな馬車に乗り込んだんだから、ローザも乗りなさい」

「……はい。サンドリーヌ様、お元気で」

「ローザもね。また会いましょう!」


 別れの挨拶を済ましたローザは馬車に乗り込む。わしは最後に乗り込むが、さっちゃんに笑顔を向けてから乗り込んだ。

 馬車の中では、ローザからさっちゃんを心配する言葉を聞かされたが、わしはゴロゴロ言い続けた。だって、みんなして撫でるんじゃもん。



 馬車は進み、外壁の門を出ると車に乗り継ぐ。これはロランスやローザが揺れに不満を言って来たからだ。そうして王都から少し離れると、今度は飛行機に乗り継ぎ離陸する。

 今回も、ロランス、ローザ、フェリシーちゃんの前列独占。変身魔法を解いて猫の姿で操縦する。前回と違う点は、リスが騒がしい点だ。


 ロランスは空の旅を満喫したいらしく、わしに方向の指示を出す。わしは東へ飛ぶ方向がズレない限り、ロランスの指示に従う。

 空の移動は順調だが、望遠鏡を覗くローザとロランスは難しい顔をして喋っている姿がある。


「お母様。あの街はどうですか?」

「防御に力を入れているのはわかるけど、街の者が生活しづらそうね」

「なるほど。空から見れば、いろいろとわかるものですね」

「そうね。でも、私の街を見るのが怖いわ。上手く出来ているかしら……」

「きっと大丈夫ですよ!」


 ロランスが指示を出していたのは、他の領地の空からの視察だ。国の為、領民の為の勉強をしている。それが見て取れたので、ある程度のわがままは許している。


「猫ちゃん。フェリシーの領地も見れないかしら? あそこも山に近いから、見ておきたいのよ」

「ゴロゴロ~。わかったにゃ。方向を指示してくれにゃ。ゴロゴロ~」


 ロランスさんは、フェリシーちゃんの領地も戦争の最前線になりそうな立地じゃから見たいのか。自分の領地だけでなく、戦争の要になりそうな場所にも注意を向けるとは、本当に出来たお人じゃ。わしを撫で回さなければ……



 フェリシーの領地も無事見学が終わり、最後の目的地、ロランスの街近くになると、サービスで旋回してあげる。


「ありがとう。これだけ長く見れたら、頭に入ったわ」

「自分の街は、他の街と比べてどう写ったにゃ?」

「自分で言うのもなんだけど、防御も民の暮らしも、まずまずの出来だと思うわ。これなら、どんな軍が来ようとも、籠城すれば数ヵ月は持つわ」

「……たしかに堅そうにゃ」

「何か含みのある言い方ね」


 おっと。また心の声が漏れておったか? 下手なアドバイスはロランスを混乱させるかもしれんから、惚けておくのが吉じゃろう。


「にゃんでもないにゃ」

「猫ちゃんの発想は面白いから、聞かせてくれない? 街の為になりそう」


 失敗。これは、話すまで離してくれんな。わしの尻尾を……


強しいて言うならにゃ」

「なに?」

「絶対に勝てないと思う者が来たらどうするにゃ? 例えばキョリスなんかにゃ」

「伝説のキョリスでも、数週間は持たせるわ。その間に王都から軍が到着するでしょう」

「残念にゃがら、数週間持たないにゃ。よくて二日……わしはキョリスに会った事があるから、実力はよく知っているにゃ」

「え……生きてるの?」


 皆、キョリスは死んでると思っておるんじゃな。百年、姿を見せなかったから当然か。


「生きてるにゃ。はっきり言って、キョリスは天災にゃ。人智の枠を超えてるにゃ。そんにゃ者を相手に籠城するにゃんて、愚の骨頂にゃ。想定していませんでしたって、民に言うつもりかにゃ?」

「じゃあ、どうすれば……」

「避難も視野に入れてはどうにゃ? 民の大移動になるし、受け入れ先も必要にゃけど、多くの命は助かるにゃ」

「たしかに……街を捨てて、避難するなんて発想は無かったわ。やっぱり猫ちゃんは面白いわね」


 わしのどこが面白いんじゃ? あ、見た目か。そうじゃろうともな~。はぁ。



 ロランスの勉強も滞り無く終わり、空の旅を終えて着陸する。車に乗り継ぎ、街に入ると馬車に代わる。その馬車の中では、最後の別れと言わんばかりにロランス親子、フェリシーちゃんに、これでもかと撫で回された。

 わしがゴロゴロ言っていても馬車は進み、屋敷に着くと荷物を出し、諸々の手続きが終わるとローザに作ってあげた馬車の調子を確認する。専門家では無いが、乗った感じと車軸にブレは無かったので大丈夫だろう。

 そのついでに、サスペンション内蔵の馬車を持っていないフェリシーちゃんに、スプリング内蔵ネコハウスを改造して作ったチャイルドシートをプレゼントしてあげた。少し重たいが、大人が居れば馬車に設置するのも簡単に出来るはずだ。


 わしの仕事が全て終わると、別れの挨拶となる。


「猫ちゃん、ありがとう。移動時間が減ったおかげで王都に行けて、楽しめたわ」

「気にするにゃ。ただの仕事にゃ~」

「ううん。空から街を見るなんて、勉強にもなったから、猫ちゃんに頼んで本当によかったわ」

「またのご利用、お待ちしてるにゃ~」

「じゃあ、来月……」

「そ、それは早過ぎじゃないかにゃ~?」

「冗談よ。忙しくなるから、しばらく街を離れられないわ」

「そうだにゃ。でも、無理せず、諦めて逃げる事も考えてくれにゃ」

「ええ。ありがとう」


 ロランスはわしを抱き、撫で回す。そうして撫でられていると、ローザとフェリシーちゃんが別れの挨拶をする。


「ねこさん。すっごく楽しい旅でした。ありがとうございました!」

「ありがと~」

「わしも楽しかったにゃ。来年もみんにゃで楽しもうにゃ~」

「はい! 猫さんの芸、いまから楽しみです!!」

「いや、アレはもうやらにゃいかにゃ?」

「「え~~~!」」


 わしが拒否すると、二人は息ぴったりに残念そうな声を出す。


「もうネタが無いにゃ~。来年はきっと、女王が楽しませてくれるにゃ。わしも見る側に専念したいにゃ~」

「たしかに……聞いたところ、ねこさんは毎日なにかしてたようですね。お疲れ様です」

「ホント疲れたにゃ~」

「あはは。それはそうと、サンドリーヌ様はどうしたのでしょう?」

「さっちゃんにも、次期女王の意識が芽生えたんじゃないかにゃ?」

「そうなのですか……でも、わたしは絶対ねこさんを口説き落として見せます!」


 うっ……さっちゃんは折れてくれたのに、ローザが闘志を燃やしてしまった。ローザはしっかりしてるように見えて、さっちゃんより一歳年下じゃったな。どうしたものか……今回は、こうしておくか。


「立派にゃレディーになったら、落ちるかもしれないにゃ~」

「絶対なります!」

「ローザの成長を楽しみにしてるにゃ~」

「はい!」


 先伸ばしにしてしまったが、ローザなら、きっとさっちゃんのように未来の事を考えてくれるじゃろう。そうじゃろ? あの目は怪しい。今度はローザが抱いて撫で回しているし……


 わしは皆に撫で回されながらも、仲間に入れて欲しそうな目で見ていたリスとも別れの挨拶を交わす。


「リスさんも、フェリシーちゃんを頼むにゃ」

「ええ。事情は聞いているから、さっそくポイント稼ぎするわ。騎士になれたらだけどね」

「ロランスさんも後押ししてくれるし、フェリシーちゃんが、リスさんから離れないから大丈夫にゃ」


 わしの言葉を聞いたフェリシーは、リスに笑顔を向ける。


「ねこさんもリスさんも大好き~」

「ほらにゃ」

「フェリシー様……」

「それじゃあ、わしは行くにゃ……そろそろ、離してくれにゃ~」

「「「え~~~!」」」


 その後、別れを惜しむ、皆の抱き回しのわずかな隙を見て、わしは逃げ出した。無断外泊すると、リータとメイバイに何をされるかわからないからだ。


 そうして逃げるように街を出て、わしはふと思う。


 ローザの街に来ると、帰りはいつも逃げてね? と……

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