356 クワガタと来れば……にゃ~


 わしが大白クワガタと決着をつける少し前……


 リータ達は、10メートルはある白クワガタと防戦を繰り広げていた。


「皆さん! 大丈夫ですか!?」


 空から降り注ぐ白クワガタの【風の刃】が無数に放たれる中、リータは何度も、メイバイ、コリス、イサベレの無事を確認している。


「大丈夫ニャー!」

「わたしも~!」

「ん。無事」

「引き続き、避けてください!」


 空を飛ぶ白クワガタへの攻撃は届かないので、リータ達には選択肢が無い。無理をすれば届く可能性はあるが、相手は手負いでも格上。下手な攻撃をすると、失敗の可能性が大きい。

 失敗だけならまだしも、一撃でも反撃を喰らえば、大怪我は必至。死すら有り得るので、攻勢に出られないようだ。


 そんな膠着こうちゃく状態が長く続く中、白クワガタからの攻撃がやみ、リータ達は一ヶ所に集まる事となる。


「魔力切れかニャー?」

「私達の前にシラタマさんと戦っていたので、可能性はありますね」

「次の攻撃が気になる」

「ですね。降りて来てくれたらいいのですが……」


 メイバイやイサベレの声に、リータが応えていると、コリスが空を指差す。


「あ! くるよ~」


 白クワガタが、降下する体勢を取ったからだ。


「皆さん。私の後ろに……コリスちゃんは、私を支えて!」

「うん!」


 リータが盾を構えると、コリスは前脚でリータを後ろから支え、両脚、両尻尾を地面に固定して、メイバイとイサベレは、その後ろで神経を研ぎ澄ませる。

 準備が整うと、白クワガタが凄い速度で急降下するのを待って、リータは魔法を使う。


「【光盾】にゃ~!」


 リータが使うは、コリスより大きな光の盾。一枚を盾にくっつけ、もう一枚をその直前に展開する。

 凄い速度で迫り来る白クワガタは、顔を包むような六枚のハサミの刃を大きく開いて【光盾】に体当たり。その攻撃で、一枚目の【光盾】は霧散する。そして二枚目の【光盾】にも衝突した。

 その衝撃は大きく、踏ん張っているリータとコリスを大きく押し込み、メイバイとイサベレも、コリスを押して耐える。


 その数秒後、なんとか止まった白クワガタだが、ハサミを閉じて【光盾】割ろうとする。


「長くは持たない! 行ってください!!」

「わかってるニャー!」

「任せて!」


 【光盾】にヒビが入る中、リータが叫ぶが、メイバイとイサベレはすでに盾から飛び出していた。

 二人は左右に分かれて飛び上がると空中で交差し、着地と同時に白クワガタの羽が切断されて地に落ちる。

 白クワガタにダメージがあったかわからないが、押す力が弱まったと感じたリータは【光盾】を解除。白クワガタのハサミはガキーンと閉じるが、リータ達は挟めなかったようだ。


「コリスちゃん!」

「うん!」


 そこをリータが指示を出し、コリスはハサミを持ってブレーンバスターの体勢に入る。しかし、傷を負っていない二本の脚で地面を掴む白クワガタを、持ち上げるのは至難の技だ。


「おもい~」

「どっせ~い!」


 コリスが苦しんでいる最中、少し浮いた白クワガタの下に潜り込んだリータは、大きな声をあげてパンチ。その攻撃で白クワガタの体は、さらに浮き上がる。


「私もやるニャー!」

「押す!」

「私に続いてください!」


 リータのジャンプ。少し遅れてイサベレ、メイバイと続いてジャンプする。そしてリータのパンチが白クワガタの腹にヒットしたほぼ同時に、メイバイのナイフとイサベレのレイピアが突き刺さった。

 その衝撃で白クワガタの脚は地面から離れ、体は垂直になる。そこからゆっくりと倒れ、大きな音と砂煙を巻き上げ、背中を地につける。


「一斉攻撃~!」

「はいニャー!」

「ん!」

「うん!」


 リータの指示に、皆は一斉に白クワガタに襲い掛かる。

 メイバイとイサベレは、武器を白クワガタに突き刺したまま一緒に倒れたので、そのまま腹を切り開く。

 リータは二人に遅れて胸元に飛び乗り、パンチパンチ。マウントポジションで殴りまくる。

 コリスはブレーンバスターをしたので、背中を地面につけて出遅れたが、白クワガタの顔にリス百烈拳。前脚と尻尾で殴りまくる。


 リータ達の一斉攻撃によって白クワガタは地面に沈み、身動きが取れなくなり、体がひび割れ、腹を裂かれ、至る所から体液を撒き散らす。



 そうして数分後、イサベレの危険察知から反応が消え、リータ達の大勝利となった。


「さて、シラタマさんに報告しに行きましょう」

「たぶん、あっち」


 皆は喜びに顔をほころばせながら、イサベレの指差す方向に走り、シラタマを発見するのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



「シラタマさ~ん」

「シラタマ殿~」

「モフモフ~」

「ダーリ~ン」


 大白クワガタが息を引き取ったあとも見つめ続けていたわしは、リータ達の声が聞こえたので振り返る。


「にゃ? もう終わったんにゃ……」

「はい! 勝ちましたよ!」


 しまったな。もう一匹おったんじゃから、そいつに聞きに行けばよかったんじゃ。リータ達が合流したと言う事は、もう事切れておるじゃろう。


「お疲れさんにゃ~」

「あれ? どうしました?」

「浮かない顔をしてるニャー」

「ちょっとにゃ。あとで話すから、休憩しておいてくれにゃ~」


 リータとメイバイへの返答はあとにして、わしは戦場を走り回り、巨大クワガタの死骸を片っ端から次元倉庫に入れて行く。まだ息のある黒クワガタも見付けたが、残念ながら念話を繋げるのに手間取り、話も聞けないまま息絶えてしまった。

 そうして全て回収すると、皆と合流して東に向かう。白い木の群生地ギリギリまで走れば、そこでティーセットを出して、わしも小休憩。その席で、大白クワガタの最後の言葉を伝える。


「なるほど。そんな事があったのですね」

「シラタマ殿のルーツって事は、私たち猫耳族のルーツニャー。私も知りたいニャー!」

「可能性の話にゃ。この地にわしみたいなのは、そこかしこにいるにゃろ」

「たしかにそうですね。でも、尻尾二本の獣が、この森で生き抜けるのでしょうか?」

「あ~……リータ達って、歴史の勉強をした事があったにゃ?」

「ないです」

「ないニャー」

「私は少し……」

「れきしって、おいしいの~?」


 イサベレ以外は歴史の授業を受けた事がなかったので、わしは簡単な講義を始める。

 まず説明した事は、歴史は食べ物じゃないこと。食べ物じゃないと知ったコリスは、わしの話をつまらなさそうに聞く。


 その話は千年前にさかのぼり、東の国の山向こうに文明があったこと。遠い昔は交易があったこと。そして突如滅び、黒い森が誕生したこと。


 そこからは、現在知り得た歴史をまじえて説明してみた。


 山向こうに生き残りが居て、国や猫耳の里があったこと。七百年前に白い猫又が実在したこと。その子孫が猫耳族だと説明する。


 コリス以外はわしの話を熱心に聞き、全ての話が終わると、リータとメイバイが口を開く。


「ほへ~。壮大な話なんですね~」

「凄い物語ニャー」

「だから、森が出来た時期には、強い生き物が少なかったんにゃ。仮にクワガタがわしの先祖と戦っていたとして、伝承には大きいとなっていたけど、そこまで大きくなかったんじゃないかにゃ~?」

「たしかに……猫の姿のシラタマさんから見たら、5メートルぐらいの生き物でも、凄く大きく感じそうですね」

「それでも、ご先祖様は凄いニャー!」

「にゃはは。まだ仮説だけどにゃ。この旅で、そんにゃ情報も手に入ったら面白いんだけどにゃ。それじゃあ、そろそろ行って来るにゃ~」



 話が一段落すれば、疲れた皆を休ませ、わしは猫又の姿に戻って白い木の群生地に入る。一歩足を踏み入れると、その地に巣くう生き物の力が感じ取れた。


 おおう……なかなかの圧力があるな。わし達が近くで暴れたから、警戒しておるのか? 戦闘は面倒じゃし、話を聞いてくれたらいいんじゃが……


 わしは息を殺し、足音を殺して慎重に歩を進める。そうして木の隙間から白い岩山が見えると歩みを止めて、木の陰に隠れる。


 ヤベ……わしより強い。岩山に見えたけど、やっぱり生き物じゃったか。カブトムシじゃ。

 白い巨象よりは小さいけど……おおよそ30メートルってところか? 角がたくさん付いておるな。ひいふうみい……七本!? 強いわけじゃ。

 戦うとなったら、ちと厄介じゃな。弱った巨象より強いから、まともにぶつかるとわしでも勝てるかどうか……

 泊めてもらう説得に失敗したら、逃げるとするか。まずは挨拶からじゃ。


 わしは草を掻き分け、猫撫で声を出しながら白カブトムシの前に姿を現す。その間も念話を繋ぐ事に集中し、白カブトムシの動作を注視する。

 白カブトムシはわしに気付いたが、いきなり襲う事はせずに睨むだけ。隠蔽魔法で力を隠しているので、弱い生き物だと考えているのかもしれない。


 白カブトムシに近付く中、念話が繋がり掛けたその時、わしの頭に言葉が響く。


「小さき者よ。立ち去れ」


 うお! わしより先に繋ぎよった。虫に話し掛けられるのは慣れんから、ビックリしてしもうたわい。

 それにしても、第一声が立ち去れなら、話がしやすいかも? 丁寧に泊めてもらえるか頼んでみよう。


「縄張りに入ってしまい、申し訳ありません。実は寝る場所に困っていまして、あなた様を頼りたいのです」


 わしの念話を聞いた白カブトムシは、考えているのか黙り込む。おそらく数秒の沈黙だったのだろうが、白カブトムシの迫力で、わしはその倍もの時間に感じてしまう。

 そうして長い数秒が過ぎた頃、白カブトムシは口を開く。


「死にたくなければ、立ち去れ」


 ダメか~。でも、二度もわしを見逃そうとするならば、話は通じる。お供え物と関西弁の押しの強さで押し切ってやる!


「まぁまぁそう言わんといてくださいな。これ! これなんてどうでっしゃろ? 甘くて美味しいでっせ~」


 わしは壺に入ったドロッとした液体を深い皿に移し、土魔法を使って白カブトムシの目の前に持って行く。


「こ、これは……」

「ささ、一杯やってくんなまし。あまり手持ちはありまへんが、これでどうか夜だけ滞在させてくれまへんか~?」

「むっ……まずは、吸ってからだ」

「へい!」


 白カブトムシはわしの出した皿に、物凄く興味を示し、早く吸いたそうにしていたが自制心を持って態度を崩さない。

 それから白カブトムシはゆっくりと顔を皿に近付け、管を伸ばして液体を味わう。その瞬間、目がカッと開き……開いたかどうかはさっぱりわからんないが、興奮した声を出す。


「う~ま~い~ぞ~~~!」


 ……どこの味っ子の美食家じゃ。


 その声に、白髪頭の着物を着たジイサンの顔が浮かぶわしであった。

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