120 猫とイサベレ


「逃げられた~~~!」


 北へと向かうシラタマの乗る車を見送ったサンドリーヌの叫び声が響く。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 時はさかのぼり、朝……


「行って来にゃす」

「「行ってらっしゃい(ニャ)」」


 シラタマを家から見送り、手を振るリータとメイバイの姿があった。


「今日は狩りに行こうと思っていたのですが……」

「うん。気になるニャー」

「追いましょう!」


 二人はシラタマをこっそりつけて、広場のベンチに座る様子を遠くから眺める。


「ベンチに座って動きませんけど、ここで待ち合わせでしょうか?」

「それにしては、なんだか寂しそうニャー」

「もしかしたら、私達に気を使って早く出たのかも」

「リータがそわそわしてたからバレたニャ」

「メイバイさんだって……あ! 走った」

「行くニャー!」


 突然走り出したシラタマを追う二人。しかし、嗅いだ事の無いにおいに、鼻のいいメイバイは顔を歪める。


「うっ。このにおい……なんニャ??」

「そのにおいの元に向かっていますよ」

「うぅぅ。くさいニャー!」

「が、我慢して下さい」


 二人は鼻を押さえながら身を潜め、シラタマの様子をうかがうのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 その少し前。城では……


「お姉様! こんな事をしている場合ではありません!」


 双子王女に、ビシッと意見をするサンドリーヌの姿があった。


「サティ。何を言うのですか」

「勉強以外に大事な事はありません」

「うぅぅ。あのイサベレが仕事以外で外に出るんですよ。お姉様方も気になりませんか~?」

「まぁ少しはね。私が生まれてから、休みの日に外に出たなんて、聞いた事は無いですからね」

「イサベレにも、良い殿方でも出来たのでしょうか?」

「ほら! 気になっています。ですから、あとをつけて見ませんか?」

「私達が揃って街を歩けば、すぐにバレますわよ」

「そこは変装して……。何をしに行ったかだけ、見に行きましょうよ~」

「サティは、まだまだ子供ね」

「仕方ありません。このままじゃ勉強にも身が入りませんね」

「やった~! いつもの護衛、頼んで来ます!」


 城門に集められたいつもの護衛、ソフィ、ドロテ、アイノと何故かオンニ。皆、普段着で集められて困惑している。そこに庶民と同じ服を着て現れた三王女。

 末王女のサンドリーヌが高らかに宣言する。


「これより秘密任務に取り掛かる!」

「サンドリーヌ様……宜しいですか?」

「ソフィ。申せ」

「秘密任務とは、どの様な任務なのでしょうか?」

「イサベレの外出の理由を確かめるのよ!」

「「「やっぱり」」」


 サンドリーヌの予想通りの答えに、ソフィ達は呆れて声が揃ってしまう。その姿に、サンドリーヌは頬を膨らませて反論する。


「何よ~! みんなも気になるでしょ!!」

「まぁ……」

「それは……」

「そうですね……」

「なんで俺まで……」


 ソフィ達は渋々肯定するが、オンニはそんな事で呼ばれたのかと呆れたまま小さく愚痴る。なので、それを見兼ねた双子王女がオンニのやる気を引き出そうとする。


「私達三人の護衛を少ない人数で行うには、あなたしかいないでしょう?」

「期待していますわよ」

「はっ!」


 三王女一行は城門を出て街を練り歩くのだが、しばらく歩いたところで、双子王女はサンドリーヌの行動を怪しく思う。


「サティ。イサベレは何処にいるのでしょうか?」

「それは……」

「まさか何の情報も無く、城を出たのですか?」

「いえ、あの……そうです! イサベレが歩けば、きっと人だかりが出来るはずです。そこに必ずいます!!」

「そんな安直な……」

「ほら! あそこに人だかりががあります。行きましょう!」


 時計台の下に集まる人を見て、サンドリーヌは駆け出す。その姿に、一行はため息混じりに追い掛けるしか出来ない。

 それから時計台に集まる人混みに紛れ、皆の視線を集める人物が目に入ると、王女一行は心の中で声をあげる。


(((((本当にいた~~~!)))))


「ね? 私の言った通りでしょ!」


 サンドリーヌのドヤ顔に一行は思う。


(((((うぜ~~~!)))))


 サンドリーヌは皆の考えを読み取ったのか頬を膨らませ、双子王女が宥めている中、一向に動こうとしないイサベレを見ていたソフィ達は、雑談を始める。


「誰かと待ち合わせでしょうか?」

「時計台で待ち合わせをするのは、よくあります。例えばデートとか……」

「「デート!!?」」


 ドロテのデート発言で、ソフィとアイノは物凄く驚く。おそらく二人には、経験の無い事だからであろう。


「な、なんでドロテはそんな事知っているのですか!」

「そ、それぐらいの経験ありますよ!」

「「嘘~~~!!」」

「みんなしてなんですか!」


 ドロテはソフィとアイノに嘘つき呼ばわりされて声が大きくなったため、双子王女の耳に入ってしまった。


「静かにしなさい!」

「動きがあるまで待機!」

「「「はい!」」」

「はぁ……」


 双子王女の叱責で、ソフィ達は気を引き締めるのだが、蚊帳の外に出された唯一の男、オンニはため息しか出ないのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 三王女一行がイサベレを見付けたその頃、広場ではシラタマがガウリカと出会い、コーヒーを飲んでいた。

 その姿を、リータとメイバイは広場の影からずっと眺めている。


「イサベレさんと会うって言ってましたよね……」

「また新しい女が出来たニャー」

「そんな事ないです!」

「でも、楽しそうにしているニャー」

「何をしているのでしょう?」

「また臭い飲み物を飲んでるニャー!」

「今度は幸せそうな顔してますね」

「あんな顔、初めて見たニャ!」

「私は何度か見た事ありますよ」

「いいニャー。私もあんな顔させたいニャー」

「あ、動きました!」


 二人がシラタマの行動を観察していると朝二の鐘(午前九時)が鳴り響き、シラタマはガウリカと別れて走り出した。


「走るニャ!」

「は、速い……」

「しっかりするニャー」


 当然、二人も追い掛けて走るのだが、しだいにリータが遅れる。そうしてメイバイに励まされながら、なんとか離れずにシラタマを追う二人であった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 リータとメイバイがシラタマを追い掛け、三王女一行がイサベレを監視する中、朝二の鐘が鳴り響く。


「誰も来ませんね」

「朝二の鐘で待ち合わせると思っていたのですが……」


 ソフィの言葉にドロテが予想を述べると、双子王女が苛立った声を出す。


「女性を待たせるなんて失礼ですこと」

「イサベレには悪いですが、そんな殿方は私が許しませんわ」

「オンニ! さっさとイサベレの心を射止めなさい!!」

「お……私がですか!?」


 双子王女に突然話を振られたオンニは、焦りながら答える。


「あなたはイサベレの事を好いているのでしょう?」

「それだけ鍛えているのは、イサベレの為だと聞いていますわよ」

「うっ。いったい誰がそんな事を……」

「城中の皆、知っていますわ」

「ええぇぇ!!」

「シッ! 誰か来たみたいですわ」


 驚愕の事実を知ったオンニが驚いているにも関わらず、双子王女は黙らせてイサベレに視線を移す。

 そこには、人混みを縫いながら、イサベレの元へ白いモノが駆け寄っていた。


「遅くなってすまないにゃ~」


 シラタマだ。いきなりのシラタマの登場で、三王女一行は心の中でツッコんだ。


(((((お前か~~~!)))))


 皆が驚く中、サンドリーヌが双子王女に目をやる。


「イサベレとシラタマちゃんがデート!?」

「どうなっているのでしょう?」


 口々に理由を探すが、誰も答えを知るわけがない。だが、ドロテが何かを思い出したようだ。


「そう言えば……」

「ドロテ。何か知ってるの?」

「この前の打ち上げの日に、シラタマ様とイサベレ様が、夜遅くに一緒にいるのを見ました」

「なんですって!!」


 ドロテの報告にサンドリーヌが詰め寄っていると、双子王女が止めに入る。


「あなた達、声が大きいですわ。動いたから追いますよ」

「「「「はい」」」」


 三王女一行はイサベレとシラタマに気付かれないように、人混みに紛れて追跡する。


「シラタマちゃんが手を繋いで歩いてる~」

「やはりデートなのでは?」

「でも、イサベレ様の服装は、デートのように見えませんね」

「そうだ! 絶体違う!! あれは散歩だ!」


 デートと言う単語に反応したオンニは、サンドリーヌとソフィ達の会話に入ってしまい、それを見ていた双子王女が微笑みながらオンニに問う。


「あら、オンニ。妬いていますの?」

「ち、違っ……」

「まぁ私から見ても、ペットの散歩にしか見えませんけどね」

「シラタマちゃんは、わたしのなの! ペットもダメ~!!」

「サティまで嫉妬ですか……、もっとドンとかまえないと、殿方は逃げてしまいますわよ」

「うぅぅ」


 サンドリーヌが双子王女に言い負かされながら歩いていると、シラタマの動きに変化があったとソフィが報告する。


「サンドリーヌ様。お店に入りましたよ」

「なんの店!?」

「仕立て屋みたいですね。あの窓から中が見えそうです」

「行くわよ!」


 三王女一行は、シラタマの入ったお店を遠巻きに眺めるのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 一方、リータとメイバイは……


「フレヤさんのお店に入りました」

「イサベレと仲良さそうに歩いていたニャ。突撃するニャ?」


 メイバイの問いに、リータは店に近付く集団を指差して答える。


「いえ。王女様達も来てるので、少し様子を見ましょう」

「王女様? あ! 本当ニャー」

「あれで変装しているつもりなのでしょうか……」

「みんな見てるニャー」

「シラタマさんが居ないのに、王女様と話すのは私の精神に悪いので、遠くから見守りましょう」

「……それはもう手遅れニャ」


 リータの案に、メイバイは首を横に振るのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 一方、三王女一行は店に近付くとサンドリーヌ直々に窓から覗き、中の様子を報告する。


「イサベレの服を買うみたい」

「イサベレが鎧以外の服を着るの!?」

「王都の歴史、始まって以来の事よ!!」

「これはシラタマちゃんに感謝かしら」

「ブーーー! ……アイノ。どうしたの?」


 双子王女がイサベレの行動に驚き、サンドリーヌが納得できないような声をあげていると、遠くを見つめるアイノの姿があった。


「いえ、あちらにも人の集団があるのが気になりまして」


 アイノのセリフに皆は集団に目をやり、ソフィ達は人だかりが出来ている理由に気付いたようだ。


「あれは……シラタマ様のパーティメンバーじゃないですか?」

「あの二人もつけて来たのかしら?」

「メイバイさんの猫耳じゃ、隠れてつけるなんて出来ませんね」

「ホントに……ちょっと行って来る!」

「サンドリーヌ様、お待ちください!」


 サンドリーヌは突然走り出し、ソフィが追い掛ける。そして、リータとメイバイを捕まえて一行に加える。


「お、王女様……この度は……」

「そんなに緊張しなくていいわよ。それよりあなた達もつけていたのね」

「はい……」


 リータがかしこまる中、サンドリーヌの尋問が始まる。


「シラタマちゃんは、なんでイサベレと会っているか聞いてる?」

「お母さんの最後を聞くと言っていました」

「やっぱりデートじゃないわ!!」

「「デート(ニャ)??」」


 デートと聞いて、リータとメイバイは首を傾げてしまった。


「イサベレが休みの日に出掛けるのは、とっても珍しい事なの。で、みんなデートじゃないかと噂していたのよ」

「あ……」

「ドロテ。どうしたの?」

「中を見てください」


 ドロテに促され、一同、代わる代わる店の中を覗き、感嘆の声をあげる。


「きれ~い」

「あれがイサベレ……」

「イサベレも普通の服を着れば、あんなに変わるのですわね」

「伏せてください!」


 窓から覗いていたソフィが指示を出し、皆はしゃがんでしばらくすると、中をゆっくり確認したサンドリーヌは安堵の声を出す。


「危なかった~」

「シラタマ様に見られるところでしたね」

「シラタマ様がお金を払っていたみたいですし、もう出てくるかもしれません。離れましょう」



 三王女一行は人混みにまぎれ、店から出て来たシラタマとイサベレを追う。広場に入ると、シラタマ達は買い食いをしたり、食料を買い込んでいた。


「むう……楽しそう」


 二人の姿を見ていたサンドリーヌが頬を膨らませるので、ソフィ達は何故かと思い、質問する。


「そうですか?」

「イサベレ様の表情は読めません」

「シラタマちゃんの横にいる自分を想像してみなよ。ぜったい楽しいよ!」

「「「「「たしかに……(ニャ)」」」」」


 皆はイサベレの立ち位置に自分を重ね、サンドリーヌの言葉を納得する。だが、双子王女だけは、そうではないようだ。


「サティ。何をバカなこと言っているのですか」

「イサベレの動向もわかったのですから、帰りますよ」

「え~~~!」

「帰って勉強です」

「ま、まだです! 最後まで見届けさせてください!」

「そんなこと言って、また勉強をサボりたいだけじゃなくて?」

「ち、違います……」


 サンドリーヌの言い訳の声が小さくなる中、双子王女はため息を吐きながら釘を刺す。


「はぁ。イサベレの邪魔だけは、してはいけませんよ?」

「はい……」

「やっぱり、帰……」

「わかりました!」

「オンニ。帰りましょう」

「え? あ、はい……」

「あなたまで……」

「ソフィ達は、サティをお願いしますわね」

「「「はっ!」」」


 双子王女はオンニの護衛のもと、城へ帰って行った。サンドリーヌ一行はと言うと、広場から出て行ったシラタマを追い、北門へと向かう。


「このままじゃ外に出ちゃうよ~……止めて来る!」


 サンドリーヌが走り出そうとするので、ソフィ達は優しい物言いで止める。


「サンドリーヌ様。王女様方に邪魔をしてはいけないと言われたばかりですよ」

「だって~」

「外に出られたら、さすがにサンドリーヌ様を連れて出るわけに行けませんね」

「王女様。ここまでです」

「ああ、行っちゃう……逃がさないわよ!」

「サンドリーヌ様! ダメです!!」


 サンドリーヌはいきなり走り出し、虚をつかれた一行は、サンドリーヌを追う。しかし、サンドリーヌの姿に気付いた門兵は、焦って止めに入ってくれた。

 そんな中、シラタマは次元倉庫から車を取り出し、走り去って行った。


「逃げられた~~~!」

「これじゃあ追えませんね」

「あきらめましょう」


 叫ぶサンドリーヌに追いついたソフィ達は説得するが、まだ納得のできないサンドリ―ヌは、リータをバッと見る。


「リータ! 何か方法ない?」

「にゃ、にゃいです!」

「なんでシラタマちゃんのマネしてるの?」

「サンドリーヌ様に緊張しているのですよ」

「そんなに緊張しないでよ~。それで何かない?」

「ないです。あの車なら馬車で二日かかる場所でも、二時間で着いてしまうので、誰にも追い付けません」

「前に乗せてもらったけど、そんなに速いんだ!」

「飛行機ならもっと速いニャー」

「「「「飛行機?」」」」


 リータが説明しているとメイバイがよけいな事を言い、全員の声が揃う事となる。


「メイバイさん! それはちょっと……」

「どうしたニャ?」


 リータが焦って口を塞ごうとするが、時すでに遅し。サンドリーヌは目を輝かせてリータに歩み寄る。


「詳しい話……聞かせてくれるわよね?」

「王女様が興味持ったじゃないですか~」

「ごめんニャー」

「さあ、シラタマちゃんの家に行きましょう!」



 こうして、リータとメイバイは、サンドリーヌ一行に連れ去られて行くのであった。

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