119 懐かしい飲み物にゃ~
「お姉さん。一杯貰えるかにゃ?」
「ちょ、ちょっと待って。気持ちを整理させて!」
広場で異彩な匂いを放つ露店のお姉さんは、後ろを向き、ブツブツと何かを言い出した。なのでわしは、近くに居たおっちゃんとおばちゃんに、最近の景気はどうかと世間話に花を咲かせる。
しばらくすると、答えが出たのかお姉さんは振り返り、わしを指差し、声をあげる。
「猫は喋らない! って、世間話してるし!!」
「まぁそうだよな」
「そうよね~」
「そうかにゃ~?」
「そうです! なんでそんなに馴染んでるんですか!!」
「馴れたからな」
「かわいいしね」
「みんにゃ優しいにゃ~」
「馴れたって……あなたは何者ですか!」
「猫だにゃ~」
「見ればわかります! はぁ……あたしの反応が変なんですか?」
「いや、普通だぞ」
「それが普通ね」
「普通にゃ」
「わかってますよ!」
「まあまあ。それ飲ましてくれにゃい? みんにゃの分も払うから、お願いにゃ~」
「はぁ。この街に来て、一杯目が猫だなんて……」
お姉さんはやり取りに疲れたのか、渋々飲み物を
豆の形状……あれは布のフィルターかな? 豆の砕き方はおかしかったが、間違い無い。コーヒーじゃ! やっと見付けた。エミリのレシピで見付けてから、王都を探し回っておったんじゃ。どんな味なんじゃろ~?
「どうぞ……」
お姉さんは粉にしたコーヒー豆に、沸かしたお湯をザッと掛け、抽出した黒い液体をわし達に出す。わしは待ちに待ったと、一口すする。
う~ん。コーヒーじゃが……うまくない。期待値が高過ぎたか? いや、このお姉さんの淹れ方が悪い。
「なんだこれは!」
「こんなの誰が買うのよ」
「においもそうだが、こんなモノ売れねえよ」
「わかったでしょ? ここでの商売は禁止。早く出てって!」
「そんな……」
おっちゃんとおばちゃんはそれだけ言うと、自分の露店の準備に戻って行った。するとお姉さんは、項垂れて小さく呟く。
「何が悪かった……」
「全部にゃ」
「猫!!」
「猫だにゃ~」
「あんたに何が分かるんだ!」
「誰も満足させられないのはわかったにゃ」
「それは……」
「お姉さんも、これが美味しいと思って出したのかにゃ?」
「そ、そうだ……」
口では肯定しておるが、味はわかっているみたいじゃな。豆だけ買って帰ってもいいが、ここまで来て、美味しいコーヒーを飲めないのは悲しい。ちょっとお店を借りるかな。
「これ、さっきのお代と迷惑料にゃ」
「迷惑料?」
「露店を貸して欲しいにゃ」
「ちょ、ちょっと!」
わしはお姉さんにお金を握らせると露店の中に入り、作業を始める。
一人で飲むのもアレじゃし、お姉さんの分も淹れてあげるかな。二杯分淹れるとして、まずは豆の選別じゃな。大きさを合わせ、割れが無い物を選んで焙煎じゃ。フライパンでコロコロと黒くなるまで煎ってから、また豆の選別。
次はお湯を用意して、コーヒー豆の粉砕じゃ。お湯はさっきの感じだと、あまりいい水を使っていないみたいじゃし、わしの水魔法の水を使うとして、ミルは無いんじゃよなぁ。
さっきお姉さんの豆の砕き方を見ていたけど、叩き割っていたな。魔法でやるか。【風の刃】入り【風玉】で粉微塵にしてっと……お湯が沸いたな。少し置いて九十度に冷ます。
その間にカップを温め、布でネルドリップの準備。土魔法で作ったドリッパーに布を設置して粉を入れる。そこにお湯を回し掛ける。が、一気に行かずに、ここで蒸らす。う~ん。待ち遠しい。よし、投入!
出来上がったコーヒーをサーバーからカップに注ぎ、お姉さんに手渡す。
「お姉さんもどうぞにゃ」
「あたしのも?」
「いただきにゃす」
この薫り! この色!! 上手く出来たんじゃないか? どれどれ。ズズッ……うまい! これじゃよ、これ! 深煎りの豆から抽出されたコーヒーは格別じゃ~。
惜しむらくは少し甘さが際立つところか……。この豆はモンスーンコーヒーかな?
わしが幸せを噛み締めてコーヒーを飲んでいると、お姉さんもカップに口を付け、驚いた顔になった。
「美味しい……」
「よかったにゃ。それで気になっていたんにゃけど、お姉さんはどこの国の人にゃ?」
「あたしとしては、猫が喋ってコーヒーを淹れているのが気になるんだけど……まぁいいわ。あたしは……」
お姉さんは猫の件を諦め、簡単な自己紹介と、この国に来た理由を話し出す。
名前はガウリカ。年齢は二十四歳。遠い南の小国、「ビーダール」から移住して来たとのこと。
ガウリカの母国でも雨が少なく、食糧難に陥っていて、このままでは飢えてしまうと家族で国を出たらしい。どうやら国にも不満があったみたいだ。
移住費用は大量のコーヒー豆を馬車に積ん来たらしく、これを捌けば生活に困らないとのこと。
ガウリカの母国と王都の間には、もうひとつ国があるで、遠い東の国の王都より、そっちで暮らせばよかったのではと聞くと、コーヒーはその国では珍しく無いから売れなかったみたいだ。
だから北上して、現在に至るらしい。
「売れなかったのは、お姉さんの淹れ方が悪かったんにゃ……」
「ああん!?」
「にゃんでもないにゃ。じゃあ、もうコーヒー豆は仕入れられないのかにゃ?」
「売れないんじゃ、仕入れるわけないだろう」
「ああ。コーヒー豆は、わしが全部買い取るにゃ」
「ええぇぇ!?」
「でも、この値段設定、高過ぎるにゃ~。貴族にでも売りつけるつもりだったにゃ? もっと安くして欲しいにゃ~」
「高かったか?」
「これだと、あっちの串焼きが十本買えるにゃ~」
「うそ! そんなに……故郷の物価が高かったから、他の国でも同じだろうと、それに合わせてしまった。あたしとした事が、価格調査を
「安く出来そうにゃ?」
「家族と相談してみるよ。それにしても、この額を即金で払うなんて……金持ちなのか?」
「ボチボチにゃ~」
ガウリカとコーヒーの商談をしていると、辺りに鐘の音が響き、わしは待ち合わせの事を思い出して焦る。
「にゃ! 朝二の鐘にゃ! 待ち合わせがあるから、この続きは明日でもいいかにゃ?」
「あ、ああ……」
「それじあ、明日のこの時間に、ここで待ち合わせにゃ。さいにゃら~」
ガウリカの露店をあとにし、わしはダッシュで時計台に向かう。時計台では人が多く集まっていたが間を擦り抜け、待ち合わせ場所に到着し、すでに待っていたイサベレに声を掛ける。
「遅くにゃってすまないにゃ~」
「大丈夫。いま来たところ。シラタマも来たことだし、デートを始めよう」
「デートじゃないにゃ~!」
コーヒーを堪能し、遅れて待ち合わせ場所に着いたが、今日、会う理由が、わしとイサベレには隔たりがあったみたいだ。
「デートじゃなかった……」
う~ん。落ち込んでる? まだ付き合いが短いから、イサベレの表情が読み取れん。わしはおっかさんの最後を聞きに来ただけなんじゃけど……
「そんにゃにデートしたいにゃ?」
「ん。初デート」
「それがわしみたいにゃ猫じゃ、台無しにゃ~」
「そんな事ない。シラタマ以外、考えられない」
重い……重過ぎる。百年生きた、伝説の守護者の初デートは重過ぎじゃ。でも、かわいそうにも思える。うぅぅ。ひと肌脱ぐか。わしの場合は毛皮を脱ぐか?
「わかったにゃ。初デートのお相手、光栄に務めさせてもらうにゃ」
「嬉しい」
喜んでいるのか? 無表情のままじゃからわからん。それに……
「ところで、デートしに来たのにその服装はなんにゃ? 剣まで差して……」
「私の正装。これ以外持ってない」
いつもと変わらず白い胸当てにマントが正装か。戦いに行くならまだしも、デートに行くのには向かんな。あ、デートなら服を買いに行くってのもアリか。
「じゃあ行くにゃ。手を出すにゃ」
「ん」
わしはイサベレの差し出した手を握り、歩き出す。
「手繋ぎ……デートっぽい」
いま笑った? 一瞬過ぎてわからんかったな。笑えるのか……ちょっと笑顔を見てみたくなったかも?
わし達はしばらく歩き、時計台から大通りに移動すると、すれ違う人々から声があがる。
「おい、あれ……」
「伝説卿……」
「伝説卿が街中を歩いてるぞ!」
「素敵……」
「猫もいる」
「おかあさん、あの人キレ~イ」
「猫ちゃんって伝説卿のペットだったの?」
「美しい……」
おお! わしよりイサベレの声のほうが多い! 男も女もイサベレに見惚れておるな。わしはペットじゃないとだけ言っておこう。
わしが街行く人の声に聞き耳を立てていたら、イサベレがキョロキョロとしてからわしに声を掛ける。
「見られてる」
「みんにゃイサベレを見てるにゃ」
「違う」
「イサベレが綺麗だから、みんにゃ見てるにゃ」
「シラタマが、かわいいからみんな見てる」
「そんにゃ事ないにゃ~」
「そんな事ある」
「周りの声に耳を傾けてみろにゃ」
「………伝説卿って、私?」
「そうみたいにゃ」
「新事実」
またか! 自分の長生きの理由も知らなかったし、誰かイサベレに一般常識教えてやってくれ。
イサベレは周りの声を聞きながら歩き、わからない事があれば、わしに尋ねる。わしはイサベレを口数の少ない人物だと思っていたが、そのおかげで沈黙が少なくて助けられた。
そうこうしていると目的の場所に辿り着き、扉を開ける。
「フレヤ。もう開いてるかにゃ?」
「あら、猫君。いらっしゃ……伝説卿!!」
お! フレヤの驚いた表情。わしが初めて来た時と同じじゃ。わし以外でもそんな表情できるんじゃな。
「ちょっと猫君。こっち来てくれる?」
「にゃ?」
フレヤが凄い速度の手招きをするので、一緒に店の奥へと移動する。
「なんで伝説卿が、うちの店に来てるのよ!?」
「服が売っているから、服を買いに来たにゃ。変かにゃ?」
「伝説卿が、私の服を……」
「こにゃいだの打ち上げにイサベレも居たにゃ。にゃんでそんなに緊張してるにゃ?」
「あの時は女王陛下の印象が強かったから……それに伝説卿は、王都で買い物してる姿どころか、出歩いている姿なんて誰も見た事がないの。私も打ち上げの日に、初めて近くで見たんだから」
いまのわしよりレアなのか……少し仲間意識が出て来て嬉しいかも。
「まぁ緊張せずに服を選んで欲しいにゃ」
「わ、私が!?」
「フレヤならプロだから出来るにゃ。こんにゃに良い素材ないにゃ~」
「たしかに……。こんなに美しい人に、私の服を着せれるなんて、そうそうない。でも、選択肢が多過ぎて選べない!」
「じゃあ、お題をあげるにゃ。テーマはピクニックにゃ。これでどうにゃ?」
「それなら……うん。いける!」
「あとは任せるにゃ~」
フレヤはさっきまでの自信の無い目とは打って変わり、闘志を燃やした目になった。次々とイサベレに服を当て、候補を絞っていく。
そうしてついに決まったのか、イサベレを連れて、試着室に入って行った。
「じゃじゃ~ん! どう? どう!? 私の実力!!」
そんなに自信満々に言われても、わしはたいした事は言えないぞ? イサベレの格好は……白のワンピースを主軸にして白の唾の広い帽子とベージュの上着か。白い髪に合わせたのかな?
「シラタマ……どう?」
「似合っていて綺麗にゃ。でも……」
「でも?」
「その剣は外そうにゃ?」
「それは無理。いつ敵が現れるかわからない」
「イサベレはわしが守るから大丈夫にゃ」
「私を守る?」
「そうにゃ。イサベレは誰にも傷付けさせないにゃ」
また笑った。一瞬じゃったけど、今度は確認できた。やっぱり女の子は笑った顔が一番かわいい。百歳を超えるイサベレを、女の子と言っていいのかわからないけど……ん? いま、店の小窓から誰か
「わかった。私の剣を預ける」
「あ、うんにゃ」
わしはイサベレから剣を受け取ると、着ていた服と共に次元倉庫に入れる。
「それでお代なんですが……」
「わかっ……」
「わしが払うにゃ」
「シラタマが?」
「デートってのは男がかっこつけて、女に財布を出させないものにゃ」
わしの台詞に、フレヤは驚きながらも注意してくれる。
「猫君が伝説卿とデートしてるのも驚きだけど、そういうのは言わないほうがいいんじゃない?」
「普通はにゃ」
「普通?」
「わかった。デートとはそういうものなのだな」
「こういう事にゃ」
「なるほど」
この短時間で、フレヤもイサベレの常識の無さに気付いたみたいだ。
服の購入の済んだわし達は、フレヤの店をあとにして、露店の出ている広場に向かう。広場でももイサベレに多くの声が集まるが、少し買い食いして、昼食用の食料を買い、北門から外に出る。
そして、次元倉庫から車を取り出して発車する。
「速い。どこに行く?」
「綺麗な場所にゃ~!」
わしとイサベレを乗せた車は北に向けてひた走る。目指すはベネエラ。綺麗な湖を見に行こう。
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