118 さっちゃんと遊ぶにゃ~


 着流しの乱れたわし達を見たさっちゃんは、頬を赤らめ、はしたないと言い放つ。わし達三人は、あわあわしながらさっちゃんに何も無かったことを説明し、なんとか納得してもらえた。

いや、着流しを作れるように、大蚕の糸をプレゼントする事と、今日のキャットランドはリータとメイバイはお留守番するという事で、さっちゃんの怒りを鎮める事に成功したといえよう。

 リータもメイバイも悲しそうな顔をするかと思ったが、今日はそんな事も無く、笑顔で送り出してくれた。


 急いで朝食を腹に入れ、顔を洗って準備を済ましたのに、今度は行儀が悪いと怒られた。わしがさっちゃんの為に急いだんだからと許しを懇願したら、満面の笑みで許してくれた。さっちゃんの為が効いたみたいだ。相変わらずチョロイ。

 外に出ると馬車が待ち構え、さっちゃんの愉快な仲間達、ソフィ、ドロテ、アイノ、兄弟達が乗っていた。わしとさっちゃんも乗り込み、馬車は走り出すが、さっちゃんが許してくれたはずの、朝の出来事をチクる。


 そのせいで、皆にグチグチと小言を言われ、キャットランドへの道中は続く。


「もう許してくれにゃ~」

「まだよ! みんなも許せないよね!!」

「はい。シラタマさんが、そういう猫だと思っていませんてした」

「私達と寝る時は、いつも猫の姿でしたよね?」

「変身すると、モフモフ度アップなのに!」

「にゃ~~~~~」


 さすがに泣いた。「にゃ~にゃ~」と泣いた。狭い馬車の中で全員に怒られ続けたら、もう泣くしか手がない。


「あ、泣いた……」

「泣きましたね……」

「お母さんの時より泣いてませんか?」

「号泣だ……」

「ど、ど、ど、どうするのよ!」

「サンドリーヌ様がグチグチと言うからですよ!」

「ソフィだって言ってたじゃない!」

「アイノもモフモフしつこかったです」

「ド、ドロテだって……アレ? 怒ってた?」

「にゃ~~~~~」

「シラタマちゃん、言い過ぎたわ。ごめんなさい!」

「グズッ……もう怒らないにゃ?」

「それは……シラタマちゃんしだい?」

「にゃ~~~~~」

「サンドリーヌ様、そこは嘘でも肯定しませんと……」

「にゃ~~~~~」

「ソフィ、言い方が悪いですよ」

「猫ちゃんごめんね~」


 ガチ泣きのわしを、慌てて宥めるさっちゃんと愉快な仲間達。そんな中、わし達を冷めた目で見ていたエリザベスがわしに話し掛ける。


「あんた、何やってるのよ?」

「みんなひどいんじゃ~」

「まぁあんだけグチグチと言われたら、泣きたくもなるか……」

「エリザベス……お前が言うのか?」

「なによ、ルシウス。私が何かしたって言うの?」

「いえ……なんでもないです」

「フンッ! あんたもそろそろ許してあげなさい」


 どうやら猫のエリザベスのほうが、わしより大人だったみたいだ。元人間のわしよりも……。も、もちろんわしも大人なので、さっちゃん達が一生懸命謝ってきたから許してあげた。


「ほら、シラタマちゃんの好きなケーキですよ~。あ~ん」

「パクッ。モグモグ」

「マッサージはどうですか~?」

「ゴロゴロゴロ」

「ソフィ。それは撫でたいだけじゃないのですか?」

「つぎ! 私が撫でる!」


 少しわだかまりがありそうだが……



 最終的には、いつも通りおもちゃにされて撫で回され、やっとの事でキャットランドに到着した。


「どれから遊ぶ!?」

「さっちゃんの好きなのから遊べばいいにゃ」

「じゃあ、あれ! 行こう!!」


 さっちゃんはわしの手を引いて走り出す。ソフィ達も続き、大きな滑り台を何度も滑り、アスレチックやブランコで楽しく遊んだ。

 ただ、さっちゃんが大きな滑り台で勢いよく滑るものだから、コースアウトした時は焦らされた。

 飛び出たさっちゃんをわしがしっかり抱き締めると、怖いのか、面白いのか、嬉しいのか、大声で笑い出す。その笑いに皆も釣られて、大声で笑い出す。

 そうこうしていると、すぐに時間は過ぎ、お昼の時間になる。わし達は孤児院の院長のババアのはからいで、用意していたテーブル席に移動する事となった。


「やっぱり美味しい!」

「エミリの料理はわしも好きにゃ」

「エミリって打ち上げで、シラタマちゃんの家で料理してた子?」

「そうにゃ」

「あの時の料理も美味しかったな~。うちの料理も作ってくれないかな?」

「本人しだいにゃけど、エミリはお店を持つのが夢にゃ。無理矢理、城に連れて行くのだけはやめてくれにゃ」

「そうなんだ。お店が出来たら、シラタマちゃんに連れて行ってもらおっかな~」

「その時は、エスコートさせてもらうにゃ~」

「約束ね!」


 わし達がハンバーガーやポテトを食べていると、院長のババアがやって来て、さっちゃんに挨拶をする。


「楽しんでいただけたでしょうか?」

「ええ。楽しませてもらっています」

「それは良かったです」

「にゃはは」

「なんで笑っているの?」

「二人ともかしこまって、いつもと口調が違うにゃ~」

「もう! わたしだって出来るんだからね!」

「王女様に、そんな口を聞ける猫がおかしいんだよ!」


 うっ。また怒られてしまった。話題を逸らそう。


「ババア。さっちゃんが滑り台から飛び出したけど、事故は無いかにゃ?」

「あれは、王女様が勢いをつけ過ぎだね。普段は監視員が止めてるから、事故なんて起きやしないよ。猫の監督不行き届きだ」


 うっ。話を逸らしても怒られた。わしが悪いのか?


「ああ、そうそう。猫に頼みがあるんだ」

「頼みにゃ?」

「あんた、稼いでるらしいじゃないか?」

「その手と邪悪な笑みをやめるにゃ! さっちゃんが怖がってるにゃ~」

「おっと失礼しました」


 ババアの笑みは怖過ぎて、さっちゃんだけでなく、ソフィー達も恐怖する。


「孤児院は、もうお金に困って無いにゃろ?」

「ああ。孤児院の運用は問題無いんだがね」

「着服しているからお金が無いにゃ?」

「王女様の前で失礼な事を言うな!」

「じゃあ、にゃんで金が必要にゃの?」

「これから冬になるだろ? 王都も不景気だから、キャットランドで儲かったお金で炊き出しでもしようと思ってね。うちだけじゃ足りないだろうから、出資者を募っているんだよ」


 ババアがまともなこと言っている……。このババアは見た目は鬼ババアじゃが、優しいところはあるんじゃよなぁ。まぁそういう事なら、出し惜しむ事も無いな。


「わかったにゃ。一口乗るにゃ」

「ありがとよ。猫なら乗ってくれると思っていたよ。そう言えば、エミリを通い妻にするんだってね。通い妻に給金まで払うなんて、どんだけ稼いでいるんだか……」

「にゃ!?」


 ババアがとんでもない事を言い出したので、わしは驚いて固まってしまった。すると、さっちゃんと愉快な仲間達が殺気を放って質問して来る。


「シラタマちゃ~ん?」

「シラタマ様?」

「こっち向きませんね」

「何かやましいことがあるんじゃない?」

「「「「通い妻ってどういうこと!!」」」」


 わしが聞きたいわ!!


「バ、ババア! 通い妻って、にゃんの事にゃ!?」

「あれ? エミリが嬉しそうにそう言っていたけど、違うのかい?」

「違うにゃ! 料理をする所が無いから料理人として雇っただけにゃ~」

「似たようなもんじゃないか?」

「全然違うにゃ~! みんなもにゃ? わしは料理人を雇っただけにゃ。にゃ?」

「ソウダヨネ~」

「ソウデスヨネ~」

「ソウヨネ~」

「み、みんな……」

 こ、怖い……顔は笑っているけど、目が笑っていない。さっき盛大に泣いたから怒るに怒れないのか。ドロテもおびえている。逃げるか? 逃げたら逃げたで、あとが怖い。また泣かされてしまう。ここは……


「きゃっ!」

「ゴロゴロゴロゴロ」


 わしは変身魔法を解いて、さっちゃんの膝に乗り、スリスリする。


「もう! そんなので許さないんだから……」

「ゴロゴロゴロゴロ」

「うぅ。かわいい」

「ゴロゴロゴロゴロ」

「よしよし。甘えたさんですね~」


 フッ。堕ちたな……。わしの人としての尊厳も地に落ちたけど……


「サンドリーヌ様、そろそろ私にも……」

「ソフィ、次は私よ!」

「私もいいですか?」

「この猫は、何やってるんだか……」



 わしのゴロゴロ攻撃で、怒りの消え去ったさっちゃんと愉快な仲間達は、腹ごなしにキャットランドで楽しく遊ぶ。だが、またさっちゃんが滑り台から飛び出して受け止めるハメとなった。


 わざとやっているんじゃなかろうか?


「あ~。怖かった~~~」

「その割には笑っているにゃ」

「だって、シラタマちゃんがいるんだもん!」


 さっちゃんは満面の笑みじゃな。わしも久し振りに、みんなと長い時間、一緒にいれて楽しかった。長い説教もあったけど……


「楽しかったかにゃ?」

「うん!」

「そろそろ帰るにゃ~」


 わし達は笑い声の中、馬車に揺られてキャットランドをあとにする。城と家の分かれ道が近付き、降りようとしたが、着流しの件を覚えていたさっちゃんに、城までお持ち帰りされてしまった。

 城に着くと城内にある仕立て場に連れて行かれ、ソフィ達も欲しいと、大蚕の糸をカツアゲされた。さすがに四人分となると足りるかどうか……

 後日、ソフィとアイノ、ドロテが催促して来たから、足りなかったのだろう。





 二日後……


「こんな朝早くから、どこに行かれるのですか?」

「え~と……」


 わしは早朝から動き出したのだが、リータとメイバイに問い詰められる。


 コッソリ抜け出そうと早く起きたのに、なんでわしより早く起きて、待ち構えておるんじゃ?


「女の匂いがするニャー」


 たしかに女と会うけど、そんな匂いするのかな? わしの周りには、女ばっかりだから女の匂いがするのは当たり前じゃな。


「どこに行くのですか!」

「誰と会うニャー!」


 こうなるのが嫌で、早く起きたのに……仕方がない。


「イサベレに会いに行くにゃ」

「イサベレ様に?」

「打ち上げに来てた白い髪の人ニャ? あの人、美人だったニャ! 密会ニャー!」

「そんなんじゃないにゃ。おっかさんの最後を聞かせてもらおうと思って、会いに行くにゃ」

「シラタマ殿のお母さんニャ?」

「メイバイさん。シラタマさんのお母さんは……イサベレ様に……その……」


 リータが言い辛そうにするので、わしが続きの言葉を語る。


「イサベレに殺されたにゃ」

「なに!? 許せないニャー! そんな奴に会いに行かせないニャー!!」

「メイバイ……わしの為に怒ってくれてありがとうにゃ。その件はもう片付いたにゃ」

「……シラタマ殿は憎くないニャ?」

「憎しみは……あるにゃ。でも、憎しみは連鎖するにゃ。わしがイサベレを殺したら、誰かがかたきを討ちに来るにゃ。その仇も殺してしまったら、また仇討ちが来るにゃ。逆もあるにゃ。わしが死んだら、リータやメイバイが仇を討ちに行こうとするにゃ。その悲しい連鎖を、誰かが断ち切らないといけないにゃ」


 わしの話を聞いたメイバイは、尻尾を垂らして暗い顔になる。


「シラタマ殿……」

「わかってくれるかにゃ?」

「はいニャ……」

「それより二人は、こんな朝早くに、にゃにしてるにゃ?」

「それは……」

「えっと~」

「怪しいにゃ……」

「は、早く起きたから、メイバイさんに訓練を手伝ってもらおうとしてたんです!」

「私も早く目覚めたから、ちょうどよかったニャー」


 二人とも、目がバタフライかってくらい泳いでおるな。じゃが、わしもコッソリ抜け出そうとしてたんじゃから強くは言えん。


「怪我だけは気を付けるにゃ」

「「はい(ニャ)」」



 待ち合わせにはまだ早いので、居間でのんびりしようと思ったが、二人はわしがいると邪魔みたいに感じたので、朝食を軽く済ますと家を出る。

 それから朝日を浴びて王都を歩き、広場のベンチに腰掛ける。広場には、まだ露店が開いている店はない。準備をする露店商がチラホラいるだけだ。

 やる事も無いので、しばらくボーっとしていると、懐かしい薫りが鼻に付く。


 わしは薫りに誘われ、自然と走り出していた。


「テメー! そんなくさいにおいの物をここで出すな!」

「そうよ! 周りの迷惑よ!!」

「申し訳ありません。しかし、これはそういう物なんです。美味しいので出させてください」

「ダメだ! そんなに臭くては、こっちの商売にならねえ!」

「他を当たってちょうだい!」

「そ、そんな……」


 わしが薫りを辿って、薫りの元に近付くと、褐色の肌をした二十代ぐらいの男っぽいお姉さんが、広場の露店商のおっちゃんとおばちゃんに責め立てられていた。


 揉めておるのか? けど、この薫りは辛抱たまらん! 猫まっしぐらじゃ!!


「お姉さん。一杯貰えるかにゃ?」

「猫か……。こんな臭い飲み物、飲まないほうがいいぞ」

「そうよ。お腹壊しちゃうわよ」


 わしがお姉さんに話し掛けると、露店商達は、わしを心配しながら会話をするが、一人だけ違った反応をする者がいる。


「猫が立って喋ってる! みんなも普通に話してる~!!」


 そう。薫りの元のお姉さんだ。どうやらお姉さんは、猫のわしの存在が納得できないようで、大きな声で叫ぶのであった。

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