006 計画は失敗にゃ~


 ハァハァ……女猫、走るの速過ぎ! 魔法を使ってやっと勝負になる。もう飽きたみたいじゃから助かったわい。しかし、女猫に秘密練習を見られていたのは驚いたのう。まぁ秘密にしてくれると言ってくれたので安心して帰れる。

 女猫は魔法も見れたし、美味しい水も飲めて嬉しそうに歩いているな。「ニャンニャン」と口ずさんで歩いている姿を見ると、孫娘と歩いた縁日を思い出すのう。

 あの時は、リンゴ飴を買ってやったら大喜びじゃった。あの笑顔は何物にも代えられない思い出じゃ。もう少し、孫達の姿を見守りたかったな。


 昔を懐かしみながら歩いていると、女猫がサッと木の陰に身を隠す。わしも何か危険な動物が近付いたのかと、慌てて身を隠した。


「ねえねえ。アレとれないかな?」


 女猫が目線で指し示した場所には、自分より大きな鳥が木にとまって休んでいた。


「すっごくおいしそう!」


 女猫が物欲しそうに上目使いで尋ねて来る。リンゴ飴を買ってやったあの孫娘にもやられた攻撃じゃ。こんな攻撃は反則じゃ。勝てるわけが無い。わしは美味しそうとはちっとも思わないが、頑張ってとってやるか。


 さて、どうやって捕るかのう。アレはわしかな? わしより鷲の方がデカイ。いまのはけっしてオヤジギャグでは無い。羽を広げれば3メートル以上ありそうじゃ。

 木の高い位置に居るから攻撃を当てるには、ちと遠い。戦闘になったら地の利は向こうにあるな。鷲が逃げようと思えば、追うのは困難じゃ。

 腹が減っていてエサ認定してくれれば、近付いてくれそうじゃが……逃げられたら仕方ないか。やるだけやってみよう。


「難しいけどやってみるよ。逃げられたらゴメンね」

「がんばって!」

「そこで隠れて見ててね」



 わしは鷲に気付いていないフリをしながら近付く。徐々に距離が詰まり、鷲の射程範囲に入った。それと同時に羽音が聞こえる。

 わしは急いで鷲に視線を向ける。すると鷲は、急降下しながら鋭い爪を向けて接近して来た。


 よし。食い付いた! ここで魔法じゃ~!!


 わしは前もって準備していた【突風】を、鷲の上空から下向きにぶつける。すると鷲はバランスを崩し、墜落して地面に打ち付けられる。


 もらった! 喰らえ~!!


 地面に落ちた鷲を、待ち構えていたわしが【風の刃】を飛ばして首をね、命を刈り取ったのであった。


「ふぅ……」

「兄弟すごい!」


 なんとか一人で狩れたのう。思えばいつも、おっかさんの狩りを見ているか、兄弟達と小動物を追いかけるぐらいしかして来なかった。

 これでわしも一人前の狩人、いや、狩り猫か。魔法で狩りする猫なんて、元の世界で見た事も聞いた事もないけど……


「にゃ?」


 鷲の命の灯が消え、わしが緊張を解くと女猫が駆け寄り、抱きついて来た。


 あ、甘噛みはちょっと……あ、そこは……このままではマズイ!


 わしは体を上手くひねって抜け出し、女猫から距離を取る。


「どうどう! 一旦、落ち着こう」

「え~! 兄弟の毛、みんなと違ってモフモフしてるから好きなのに~」

「いまは遊んでる場合じゃないよ。血のにおいに誘われて他の動物が来ちゃう」

「ブー! 兄弟、おかあさんみたい」

「遊ぶのは帰ってからね」

「わかった~」

コレどうする? いますぐ食べる?」

「う~ん……みんなで食べる~」


 女猫はいい子じゃのう。マイペースで時々わがままを言うけど、一番家族思いかもしれない。


 わしは女猫の頭をポンポンとすると、女猫は嬉しそうな顔になる。そうしてわしは、鷲の首を土に埋めて、女猫と一緒に鷲を洞穴まで運ぶのであった。



「「ただいま~」」


 女猫と共に帰宅の挨拶をすると、おっかさんと男猫が出迎えてくれた。


「お帰りなさい。あら? その獲物はどうしたの?」

「兄弟がとってくれたの~」

「あらあら。そんなに大きな獲物、もう一人で狩ったの? ちょっと早くないかしら?」

「ボクだってできるよ~」


 おっかさんはわしに驚きと疑いの目を向けるが、男猫の張り合うような言葉には少し怒りながら語り出す。


「自分より大きな獲物は一人じゃ危ないからダメよ! あなた達も怪我はない?」

「ぜんぜんだいじょうぶ~」

「うん。心配させてごめんなさい」


 おっかさんは心配して怒っているみたいなので、とりあえず謝っておこう。

 しかしまた猫の常識から外れてしまったのか。魔法で狩りをする猫の時点で常識なんてどこに行ったかわからんが、次からは気を付けよう。


「わかってくれればいいのよ。お母さんも狩りをして来たから、一緒に食べましょう」

「ボクも手伝ったよ~」

「そうね。ありがとうね」


 男猫は嬉しそうにおっかさんにスリ寄る。


 男猫はわしが魔法を覚えた時を境に、何かと言うとわしと競って来るが、よくおっかさんに甘えている姿を見る。あれはマザコンの兆候だろうか?

 出来れば巣立った後、わしらのリーダーになって率いて欲しいんじゃが、親離れ出来るか心配じゃ。



 洞穴の前で一家団欒いっかだんらんで食事をしていると、おっかさんはわしの顔を見て尋ねて来る。


「それであなた達は、今日は何をしていたの?」


 フフフ。やはりその質問が来たか。想定通りじゃ。女猫には「今日は日向ぼっこをしていたら二人で寝てしまった」と口裏を合わせてもらえるように頼んでいる。どうじゃ? わしの計画には穴が無いじゃろう。


「今日はね~。兄弟の魔法を見てたの~。風がグルグル~ってなったり、お水おいしかった~。あと土がね~。ブワーってなるの~」

「すぐ言う~~~!!!」


 しまった! 突然の事で、ツッコンでしもうた!!


「あっ! これはヒミツなの~」


 もう遅いわ! 今度は心の中でツッコメた。じゃが、わしの計画があっと言う間に頓挫とんざしてしまった。

 口裏を合わせるという策略は悪くは無かったが、その前提が悪かった。相手は子供。しかも猫! 約束や秘密なんて通じるわけが無い。わしのアホー!!


 しかし、さっきから男猫とおっかさんの視線が痛い。男猫は睨むように見ている。

 わしが自分より優れているのが気に食わないのか、おっかさんを取られて気に食わないのか、どっちじゃろ? どっちにしても、いま相手をすると絶対噛まれるからスルーじゃ。

 男猫とは逆に、おっかさんのキラキラと期待のこもった目が怖い。あの目は、新婚の時に女房に何かをおねだりされた時の目に似ておる。

 何を欲しがっているのか聞くのが怖い。こちらもスルーして、女猫にスリ寄ろう。遊ぶ約束をしていたしのう。


 ガブッ


「にゃっ!」


 男猫に噛まれた。甘噛みじゃないから、ちょっと痛い……


 ガブッ


「にゃっ!?」


 おっかさんに噛まれた。口が大きいから、ちょっと怖い……


 ガブッ


「にゃ~~~!!」


 二人して噛むもんだから、女猫に「わたしも~」って噛まれた。ちょっとこちょばい。


「「無視するな~!!」」

「アハハハ」


 ここには味方がおらんのか~~~!


 わしは皆に噛まれて満身創痍まんしんそういじゃ。別に体は痛くはないけど、これからおっかさんと男猫を宥めないといけないので頭が痛い。どちらから攻めたものか……


 わしが悩んでいると、男猫が前に出る。


「魔法が使えるからって、調子に乗るなよな~」


 先陣は男猫か。選ぶ必要は無くなって楽じゃわい。男猫の怒りの理由はいつも通り嫉妬じゃし、こう言うタイプならこの手でじゃ。


「まっさか~。調子に乗るわけありまへんがな~。君の強さに比べたら、足元にも及びまへん。もし、わしと君が戦ったら間違いなく君が勝ちますがな~。わしが魔法を使う前に、君の速さで距離を詰められておしまい。君の完全勝利でっせ~。ホンマ勝負にもなりまへんわ~」


 最上級でおだててみたけど、我ながら胡散臭い関西弁になてしまったな。今時、関西人のわしでも、こんなコテコテの関西弁は使わないのに。


「お、おう! わかっていればいいんだ。そうだよな。ボクの動きについて来れない奴が、ボクより強いわけがない。ボク、最強~!!」

「そうそう。君が一番強い! これからも君について行くッス!!」

「ふふ~ん。ついてきたまえ」


 相変わらずチョロイな。男猫はどんなに怒っていても、褒めておけば怒りは収まる。あとは、おっかさんとのスキンシップを譲っておけば完璧じゃ。男猫の処置はこれでいいとして、問題はおっかさんじゃ。

 いったい何が欲しいのじゃ? 指輪か? バックか? いかんいかん。何かをおねだりする時の女房の目に似ているから、人間的発想になってしまった。


「あなた、土魔法を使ったって本当?」


 何を聞かれると構えておったが、魔法の事か。また怪しまれるような行動じゃったかのう? まぁそれほど凄い魔法でも無いし、知られても問題ないじゃろう。


「うん。本当だよ。なんか土を見ていたら盛り上がるかな~って思ったら、出来ちゃった」


 土魔法を使えた言い訳を入れたこの答えが無難じゃろう。これで開放されるはずじゃ。


「出来るのね……」


 おっかさんの目が光ったように見えた! なんだか圧が凄い……


「お母さん、昔から土魔法に憧れていたのよ~」


 なるほど。狩りの攻撃手段、防御手段に使いたかったわけじゃな。


「土魔法が使えたら、家の中を広くしたり出来るじゃない? みんなが生まれて少し手狭に感じていたのよね。それに凸凹でこぼこしてるのも気になるじゃない? 体が大きいと気になるのよ~」


 え、そっち? 新築の家を要求する主婦か! わしも女房に子供が大きくなった時の為に、新築の家ををねだられたな。

 まさかのおっかさんのリフォーム希望……猫じゃよな? 本当に猫か?? 混乱して来た……わしはどうしたらいいんじゃ?


「あと水魔法も使えるから、土魔法で囲いを作って水を入れたら、水飲み場も出来るじゃない? あぁ、広い家、清潔な水飲み場、暖かい家……。あなたがいれば、私の夢が叶うわ。お母さん幸せ~!」


 もう一度言おう。猫じゃよな? 発想が主婦みたいじゃけど……具体的な案を述べるし、さらっと火をなんとかしろっておっしゃってますよね? こんな饒舌じょうぜつなおっかさん、初めて見たわ。


 あっ! おっかさんに言い寄られてるわしを見て、男猫が睨みながらこっちに来た。また噛まれそう。


「家の中の高いところに、登れるようにできないか?」


 男猫。お前もか。高い所って……テレビで見た事あるアレか? キャットウォークってヤツか? 土魔法を使えば出来るじゃろうけど……

 あ……女猫もスリ寄って来た。何を作れと言うんじゃ?


「モフモフは~?」


 うん。希望の趣旨が違う。


「お母さんの夢を叶えてくれない~?」

「高いところで寝たい」

「モフモフ~」


 うぅぅ……やってしまっていいのか? 清潔な家はわしも望む所じゃけど……まぁ断れる雰囲気でもないし、わしの返事はひとつしか無さそじゃ。


「や、やってみます……」


 こうしてわしは、猫にリフォームを頼まれ、家の改築に精を出す事になったのであった。


 くどいようだがもう一度言おう……本当に猫なの??

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