443 将軍と武術対決にゃ~
我が猫又流合気道は解散したにも関わらず、わしを師匠と呼び続けるムキムキ三弟子には、うるさいから黙って見てろと命令してから離れる。
そうしてわしが舞台に上がって中央に向かうと、秀忠は長椅子から立ち上がってわしの元へ向かう。わしが中央に着き、秀忠は少し遅れてわしの目の前で止まる。
「内輪揉めは、もういいのか?」
「うんにゃ。待たせてしまって悪かったにゃ~」
「問題ない。どうせこのあと、すぐに試合が終わるのだ。余興でもやっておかないと、
「それはどっちが負けるんにゃ?」
「シラタマ王に決まっておる。ずっと試合を見させてもらったが、あの程度の動きでは、私の足元にも及ばない」
「おお~。そんにゃに強いんにゃ。じゃあ、忠告しておくにゃ」
「忠告??」
秀忠が聞き返して来たので、わしは笑みを浮かべながら挑発する。
「初っぱにゃから、わしを殺す気で来いにゃ。じゃなきゃ、将軍は一瞬で負けてしまうにゃ」
「くはっ……面白い奴だ。くはははは」
「その笑い、悲鳴に変えてやるからにゃ~」
「くははは。ならば私は、悲鳴もあげさせない内に終わらせてやろう」
秀忠はそう言うと後ろを向いて位置に着く。わしも問答はここまでにして、開始線に向かう。
「結びの一番……この勝負にて、決着と相成ります~」
行司は小型マイクらしき物を付けているのか、声は観客席にまで届くのだが、それよりも大きなどよめきが起こる。
「ひが~し~。徳川将~軍~。徳川~将~軍~」
将軍である秀忠が呼ばれたからだ。観客席から見えていたのだが、将軍の呼び出しを聞くまで、まさかこんな試合に出るとは信じられなかったようだ。
「に~し~。猫の王~。猫の~王~」
もちろんわしには無反応。ずっと出ているし、将軍のインパクトには勝てない。
「見合って見合って~……は~っけよい!」
行司の開始の合図で、わしは秀忠の目の前から消える。
「どこに行った!?」
いきなりわしを見失った秀忠。なので、秀忠の左上に跳んだわしは、親切に教えてあげる。
「ここにゃ~」
そしてネコパンチ。
「くっ……」
すると秀忠は、右に跳んで回避した。避けられたわしはというと、ネコパンチを振り切り、舞台を殴ってやった。
「なかなか素早いようだな」
「速さだけじゃないにゃ。足元を見てみろにゃ」
「なに?」
わしのネコパンチを受けた舞台は、真っ二つに亀裂が入っている。
「ほう……そこそこ力もあるのだな」
「驚かないんにゃ」
「これぐらい、私でも簡単に出来る!」
そう言って秀忠は、右足を上げて前に落とす。ズーンと鈍い音と共に、わしの作った亀裂と平行に、新しい亀裂が入った。
「では……参る!」
どうやら秀忠は、デモストレーションを兼ねて、体勢を整えていたようだ。その踏み込みで走りやすい体勢になっており、流れるようにダッシュ。射程範囲に入ると、大きな拳が振り落とされる。
その拳をわしは後方に跳んでかわすが、秀忠は追いかけ、何度も拳が飛んで来る。
ふむ。なかなか鋭い。それに当たれば地面に減り込みそうじゃ。しかし、どうやったらかっこよく倒せるんじゃろう?
合気っぽく倒すのはネタがあんまりないし、弟子志願者が居るから使いたくない。やはり、キャット神拳を使うしかないか? それも教えてくれと寄って来そうじゃな。あ、ヤベッ!
わしがびょんぴょん跳んで避けていると、秀忠はスピードアップ。パンチを打ってわしが浮いた瞬間にタックル。空中では避けようがなく、そのまま巨体と床にサンドイッチにされて、次の瞬間にはマウントポジションを取られてしまった。
やっちまった……将軍はデカイから、マウントを取られてしまうと、わしの顔しか外に出ておらん。手も足も出ないとは、このことじゃ。
わしが身動きが取れずにどうしたものかと考えていると、秀忠は声を掛けて来る。
「私のこの体勢からは、脱出不可能。他国の王が見に来ているのに、顔を張らす姿を見せるのは嫌だろう? 降参を宣言したらどうだ?」
「将軍は優しいにゃ~。でも、お気遣いにゃく。わしの不様な姿にゃんて、みんにゃ見飽きているにゃ~」
「フッ。ならば、その不様な姿、拝ませてもらおうか!」
秀忠は喋りながらわしの顔面に拳を落とし、「ゴッキーン」と凄い音が鳴り響く。
「つっ!」
その刹那、秀忠の右手に痛みが走り、腕を引いた。
この結果は、わしが狭い額で受けたからだ。
元々わしの顔面なんて、秀忠の股から少ししか出ていないので、ちょっと首を曲げたらすぐに額だ。
わしの硬い骨に当たったのだから、三尾の白タヌキの拳ぐらい、本来ならば粉々。インパクトの瞬間に、少し後ろに引いたから、痛い程度で済んでいるのだ。
しかしその事に気付いていない秀忠は、当たり所が悪かっただけと受け取り、左拳を振り下ろす。
その攻撃には、マウントポジションを外す効果的な方法を実践。流れに任せて、ブリッジでバランスを崩して脱出してやればいい。
しかし、わしは猫。ブリッジではなく、尻尾でジャンプしてやった。すると秀忠は浮き上がり、パンチを打っていた最中だったので、前のめりに倒れる。
倒れた秀忠は、前回り受け身でダメージはないようだ。わしも背中から着地せず、尻尾で地をついて体を
「器用な事を……」
パンチは避けられる、マウントポジションは脱出される、自分の得意技を破られた秀忠は、次なる手を考えているのか、前に出て来ない。
あちらさんも考え中か。ならば、わしも倒し方を考えよう。
ルールは武術なんじゃから、殴る蹴るに、絞めるか決める。この中で、合気道と違うことをするならば、殴る蹴るじゃな。
かと言って、わしと将軍は身長が倍も違う。腹にパンチを入れるにしても遠いし、顔には超遠い。キックも同じ。せいぜい腰に当たるぐらいじゃ。ダメージを与えられる場所といえば、足しかない。
これでは、将軍は倒れない……。いや、足か……。それで行くか!
方針が決まったわしは、秀忠より先に前に出る。両手を顔まで上げて、重心はやや後ろ。その体勢で躍るように秀忠に近付くと、今度は先に秀忠が動く。
パンチが来たので、わしは横にスライド。
「ニャッ!」
「シュッ!」と言ったつもりでローキック。秀忠のふくらはぎにビシッと決まり、いい音が鳴り響く。
「なんだそれは!」
秀忠は効かないと言わんばかりの大振りフック。それも掻い潜って、内側の太ももにローキック……背丈のせいで、どう見てもハイキックにしか見えないが、離れるついでに、外ももにハイキック。
わしのやっている事は、そう。ムエタイだ。
足はなかなかダメージとならないだろうが、痛みは蓄積される。これならば、時間が来れば倒れるだろうし、合気道とはまったく関係ない。
秀忠があまり痛そうにしていないのならば、徐々に蹴りの力を強くすれば、倒れるまでの時間は早くなる。少し地味だが、元々柔術を主体とした地味な試合だ。絞め技よりも、幾分マシだろう。
しかし、ダメージが蓄積された秀忠は、パンチ主体の攻撃をやめてしまった。前屈みになって足を遠ざけ、殺人タックル。なので、わしも格闘技をチェンジ。プロレスだ。
秀忠のタックルに合わせ、わしは滑り込んでカニバサミ。これで足にダメージと、寝技に持ち込める。しかも狙いの足はすぐそこ。秀忠の巨体では、遠い位置にいるわしに手は届かない。
「ぐあっ!」
アキレス腱固めでねじり絞ってやれば、今まで蓄積された痛みもあり、秀忠は
秀忠の狙いは、足にしがみついているわしを床にぶつけること。そんなわかりきっている攻撃を受けるわしではない。
パッと手を離すと、地面についているほうの足に、力業で膝十字。これも秀忠は嫌がり、わしを地面に打ち付けようとする。
ひとまずわしは、秀忠が足を振り上げた勢いに乗って空中にエスケープ。三回転して着地すると、秀忠が立ち上がるのを待つ。
「くそ~!!」
アキレス腱、膝の靭帯が伸びた秀忠は、足をバシバシと叩いて気合いを入れる。しかし足が前に出ないようなので、わしから近付いてヒットアンドアウェイ。
蹴っては逃げ、蹴っては逃げ、秀忠がパンチを打っても回りながら足を蹴りまくり、尻尾の攻撃も掻い潜って蹴りを入れていたら、ようやくその時が来る。
秀忠は膝から崩れ落ち、横になって足を押さえ、呻き声をあげる……
「勝負あり! ……かにゃ?」
倒れて
「ま、まだだ!!」
しかし、秀忠はまだやる気だ。
「行司さん。これ、続けていいのかにゃ?」
「あ、えっと……」
「まぁ将軍が負けを認めていないんじゃ、行司さんには決められないにゃ~。わかったにゃ。ちょっと酷にゃ事をするけど、二度と立てないように、蹴りまくるにゃ~」
「はい??」
わしは行司を脅すように言うと、今度は観客席に向かって大声をあげる。
『みんにゃ~! これから将軍の公開拷問を行うにゃ~! 負けを認めるか、足が千切れるまで、わしは攻撃をやめないからにゃ~~~!!』
公開拷問……観客はこの言葉に、秀忠を庇うような悲鳴をあげる。特に声が大きいのは、東軍陣営。
一番近く、舞台控え席に座っていたタヌキ武術家は、舞台に上がりたいようだが、上がってしまうと反則負けになってしまうので、口を強く噛み締め、血を流しながら止まっている。
「にゃははは。将軍は家臣に慕われているんだにゃ~」
わしは笑いながら秀忠に向き直ると、キッと睨まれるが、キラッと何かが光った。なので、秀忠を守るように立つ。その一秒後、秀忠の肩辺りに当たりそうだった光った物をわしはキャッチした。
「にゃ? 矢にゃ……」
光った物の正体は弓矢。それも手紙が結び付けられている
「にゃににゃに……」
ご老公からか……ヤベ。将軍宛じゃった。でも、気になるから読んでしまおう! ……めっちゃ怒って、すぐに負けを認めろと書いてあるな。
てか、怒っているのはわかったけど、将軍に刺さるように矢文を出すかね? まぁこの程度の矢なら、将軍に刺さらんか。
「将軍宛にゃのに、読んでしまったにゃ~。すまないにゃ~」
わしが詫びを入れながら手紙を渡すと、受け取って読んだ秀忠は顔を真っ青にして、負けを認めてくれた。その秀忠の言葉を受け取って、行司は勝敗を告げ、武術対決は西軍の勝利となった。
「足、治そうかにゃ?」
まさか将軍が負けるわけがないと思っていた観客が大騒ぎする中、タヌキ武術家に両脇を抱えられて舞台を降りようとする秀忠に、わしは問う。
「敵の温情などいらぬ!!」
「そうにゃんだ~。ま、お大事にしてくれにゃ~」
秀忠に即答されてしまったので、わしは手をヒラヒラと振って舞台を降りる。そうすると、西軍のキツネとタヌキと人間が、目をキラキラさせて寄って来た。
「「「師匠!!」」」
「だから弟子は断るって言ってるにゃろ! わしは打撃専門にゃ~」
「「「ならば、我々も!!」」」
「おい~。ジジイも止めてくれにゃ~……にゃ?」
尻尾を振るムキムキ三弟子を、
どうやらわしが秀忠を簡単に倒し、拷問まですると言ったから、自分もされると思って、とっととトンズラしたようだ。
「「「師匠~~~!!」」」
「だから尻尾を振って寄って来るにゃ~~~!!」
文字通り、キツネとタヌキは尻尾を振ってわしに近付き、人間は「くう~ん」と言いながら近付く。どうやらムキムキ三弟子は、種族を越えてわしの犬になったようだ。
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