018 撤退にゃ~


 わしは壁の上から綺麗な街並みを眺めていたが、目的を思い出して望遠鏡モドキを取り出し、兄弟達の乗った馬車を探す。幸いまだ遠くに行っておらず、門から入った場所で発見したので、屋根を飛び交い追跡を再開する。


 ピョンピョンピョンっと。しかし、でっかい街じゃのう。欧米系の顔立ちの人間がうようよ居る。

 高い所から見ておると、孫から教わった名言を思い出すのう。たしか、人がゴミのようだ……じゃったか。どの辺が名言なのじゃろう?

 それはそうと、あの豪華な馬車の一団はどこに向かっておるのじゃ? 豪華な馬車に乗っておった一人だけ綺麗な服を着ていたオッサンが居たけど、貴族様ってヤツか?

 孫の言っていたラノベのテンプレなら、さぞかし性格も悪かろう。兄弟達を早く救出せねば。


 わしは屋根を移動し、馬車の一団の様子をうかがう。


 う~ん。まだ停車しない。せめて化け物騎士二人と離れてくれたら、なんとかなるんじゃが……このコースは城まで行きそうじゃ。

 城の中には化け物染みた騎士がゴロゴロ居るのかもしれんから、コースを変えて欲しい。ああ、城の通りに入ってしまった。やっぱり目的地は城か~。


 わしは困りながらも侵入経路を探す。だが、探知魔法で確認すると、壁の上にもそこかしこに兵が立っている。なのでわしは侵入を一旦諦めて、城の内部がのぞけそうな高い建物に向かう。


 ここは何の建物じゃろう? てっぺんに鐘が付いてるから結婚式場かのう。まぁ中さえ見れたらどうでもいいか。望遠鏡モドキをセットして……どれどれ~?

 城もデカイし庭も広いのう。ちょうど馬車から兄弟達が入った檻が下ろされたな。化け物騎士二人は……まだこっち見ておる。なんでじゃ? あ、女猫も見てる。兄弟二匹とも、怪我無く元気そうでよかった。


 ん? 城から綺麗な服を着た金髪の女の子が出て来た。貴族っぽいオッサンに抱きついておる。オッサンも頭を撫でておるし、親子か? 女の子は兄弟達が入った檻の前ではしゃいでおるのう。

 これはあの女の子のペットにするって事か? それなら殺される事も無いかも。何かの実験に使われたりしなきゃいいんじゃが……



 わしが城の中を覗きながら悩んでいると城の門が開き、馬に乗った騎士が十人ほど出て来た。


 なんじゃろう? こっちに一直線に向かって来ている。この建物にも兵士がチラホラと集まって来ておる。狙いはわしか! って、知ってた。

 街に入った瞬間から兵士が慌ただしく動いていたし、城の中に居る白い女騎士が指差して指示してたもん。どれぐらい強い奴が居るか、確認しようと待っておっただけじゃ。

 あの二人ほど化け物染みた奴はおらんが、わしと同等ってのがチラホラってところか。戦闘になったら面倒じゃし、兄弟達の安否もわかった。とっとと逃げるかのう。その前に……


「にゃ~~~~~ん!」


 わしは兄弟達に、必ず助けると大きな声で叫ぶ。


 どうせ見付かっておるんじゃし、このぐらいどうって事はない。


 叫び終えるとわしは、高い建物のてっぺんから飛び下り、風魔法を駆使して数十メートル飛行し、包囲網を突破する。そして屋根伝いに壁まで行き、風魔法で飛び越え、王都を脱出する。


 イタタ。ちょっと【風玉】を強く当て過ぎたのう。急ぎとは言え、攻撃魔法を移動手段に使うのは考え物じゃ。また何かあった時の為に、違う方法も考えておこう。

 さて、兄弟達の事は心配じゃが、わしも強くならねば。帰って修行じゃ~~~!



 わしは王都に背を向けて駆け出す。行きとは違い、兄弟達を救えなかった悔しさを噛み締め、全力で走る。

 夜になると眠り。朝になるとまた全力で走り出す。その甲斐あって、二日で森の入口まで辿り着いた。


 はぁはぁ。行きは五日は掛かったのに、思ったより早く着いたのう。

 行きは急いでおったから後ろを見ていなかったが、わしの住んでいた森は、馬鹿デカかったんじゃな。その後ろにそびえ立つ山々は、標高何メートルあるんじゃ? 雄大とは、この事じゃのう。


 しばし山の雄大さに魅入ってから我が家に向けて駆け出す。途中、おっかさんが死んでいた場所も気になったので寄ってみると、狼の群れと遭遇した。


 あちゃ~。探知魔法で確認しとけばよかった。けっこう居るのう。ちょっと前にイジメたばっかりじゃから、相手にするのは嫌なんじゃが……ヤル気かのう? そっちがヤル気ならこっちもヤル気じゃ。


 わしは狼達の威嚇をね退け、堂々と歩き出す。狼達はひるんだのか、後退あとずさって道を開ける。すると、他の狼より大きく黒い見知った顔を見付けた。


 他の狼は見分けが付かんが、あいつは見覚えがある。次期ボス狼じゃ。前のボスは死んだから、現ボス狼か。みんなビビって襲って来ないし、挨拶ぐらいしとくかのう。


「おう! もうかりまっか?」

「なんだそれは」


 あ、関西式の挨拶をしてしまった。そりゃ「ボチボチでんな~」って、帰って来るわけがない。そもそも動物どうしの挨拶ってどうやるんじゃろう? 無難に天気からか? 何か違うな……体調からでいいか。


「元気にしていたか?」

「お前が言うのか?」


 あら。恨んでらっしゃる。前にボスを含め、家族で殺しまくったもんな。致し方ない。


「冗談だ。それで、ここで何をしている?」


 おお! あの堅物そうだった次期ボス狼が、ボス狼になって冗談を覚えている。そのうち前ボス狼みたいに、残念な感じになってしまうんじゃろうか? それは置いておいて、話を続けよう。


「うちもおっかさんがここで殺されてのう。その殺した相手を追ったんじゃが、強過ぎて逃げて来たんじゃ」

「お前の母親をか? ……あいつらなら有り得るか」

「何か知っておるのか?」

「ああ。ここは元々俺達の縄張りだったんだ。お前達と戦う少し前に、二本足で立って歩く動物の群れに襲われた。ボスはその中の二匹の動物を恐れ、戦いもせずに一目散に逃げ出し、俺達も命からがら逃げ出したんだ」

「……で、わし達の縄張りを奪いに来たと?」

「俺は勝てるわけがないと反対したんだがな。ボスは、己が恐怖して逃げた事を恥じていた。だから、負けるのを知りながら強者に挑んだんだ」


 なるほど。あの無謀な戦いには、ボスとして、強者のプライドを保ちたかったと言うわけか。プライドの為に死ぬか……

 気持ちはわからんわけではないが、わしは生きてナンボの精神で逃げてしまうな。それに付き合わされた、こいつらもかわいそうじゃ。


「災難じゃったのう」

「まぁな。それはそうと、残りの二匹はどうした?」

「おっかさんを殺した奴に連れて行かれた。じゃが、わしは強くなって、絶対に連れ戻すつもりじゃ」

「そうか。お前は強いな」

「残された家族じゃからのう。当然じゃ」

「当然か……そいつらはどこに行った?」

「遠くじゃ。もうここには来ないと思うぞ」

「それなら、ここに戻っても大丈夫か。住み慣れた縄張りだからな」

「わしの縄張りに攻めて来たら、わかっておるな?」

「ああ、わかっている」


 現ボス狼は笑いながら答える。わしもそれを笑い顔で返す。お互い失ったものを忘れる為に笑っているのかもしれない。


 狼達に別れを告げたわしは森の中を最速で走り、我が家に戻るのであった。


「ただいま~」


 わしは誰も居ないのを知りながらも、言わずにはいられなかった。ここがわしの家だと言い聞かすように……



 翌日、わしは連日の追跡で疲れていたのか、昼を回った時間に目を覚ます。おっかさんと兄弟のにおいが沁み込んだ寝室は安眠を促し、安心を感じさせる。


 このまま二度寝と洒落込みたいところじゃが、腹も減っておるし外に出るか。


 西日が眩しいのう。もうこんな時間じゃし、やっぱり二度寝を……いやいや、強くなる為に戻って来たんじゃ。初日からこのていたらくはいかん。誰かが言った。明日やろうは馬鹿野郎じゃ! わし、頑張る!!


 しかし、どうやって強くなったらいいものか。まずは戦力比較をまとめるかな?

 わしは野生の勘か、強い奴を何人も見たせいかわからんが、相手の力量が見ただけである程度わかるようになった。

 おっかさんを100として、わしが50で、兄弟達が25ってとこじゃな。おっかさんを殺した二人、黒い大剣を持った剣士が60前後で、白い髪の女が95ぐらいじゃ。白い髪の女が一人だったなら、おっかさんが勝っていたのに……

 ちなみに普通の狼は、3あればいいところじゃ。


 生まれてから一年半で50じゃし、このまま普通に生活していれば、一年後にはおっかさんを超えているのでは? アカンアカン。さっき頑張る誓いを立てたばかりじゃと言うのに、わしのアホー!

 城にはまだまだ強い奴が居るかもしれないから、目標はおっかさんの十倍にしよう。それなら一国を相手にしても十分戦えるじゃろう。どれぐらい時間が掛かるかわからんが……


 戦力分析はこのぐらいにして、具体的に強くなる方法じゃな。

 重力はいきなり増やすと動きが鈍って危険じゃから、いつもより2%ほどアップして、走る時間を作るか。

 走るついでに魔力もいつもより多く吸収しよう。一ヶ所で吸収し続けると効率が悪いと魔法書に書いてあったしのう。


 魔法書も、もっと積極的に強力な魔法の発掘に励むとして……なんだかやっていることは昔と全然変わっておらんな。

 あとは強い敵と戦うとか? 危険な森じゃが、わしより強い動物なんてめったにおらんし……あっ! おっかさんが行ってはいけないって、言っていた場所があったな。何がおるんじゃろう?

 おっかさんが行かないぐらいじゃから、かなり強い敵が多いのか。ここはもう少し強くなってからかな。


 となると、食生活の改善か。あ~……せっかく人里に下りたんじゃから、小麦でも盗んでくればよかった。盗みはアカンか。

 何か動物でも置いておけば、支払いって事にならんかのう? わしが人間だったら……


「にゃ~~~!!!」


 人間じゃ! 人間に変身すればいいんじゃ! 忘れとったわ。最近、物忘れが酷くてのう……わしは何を、元の世界の言い訳をしておるんじゃ。わしはまだ一歳! ……それもどうかと思うな。

 変身魔法は、家族の前ではなかなか試す機会がなかったからのう。今なら誰もおらんし、気兼ねなく出来ると言うもんじゃ。誰もおらんしのう……しんみりしておる場合か!

 気を取り直して、まずは魔法書を出して復習じゃ。



 ひとつ、変身魔法は使える種族と使えない種族がいる。


 これは猫又じゃから疑う余地もなく、問題ないじゃろう。魔法書では、使えない種族の一例はほとんど鉱物の生き物じゃったし。どうでもいいけど「チンプ・ラブーラー」って、ふざけた名前の種族、何語でどこに居るんじゃろう?


 ひとつ、変身魔法は発動に多くの魔力を必要とし、また維持にも魔力が必要になる。


 これも半年間、魔力量も増やしてきたから問題ないが、どれぐらい必要か書かれてないんじゃよな。まぁ足りなかったら倒れるだけじゃ。ストックはあるけど、今回は使わない。わしは貧乏性じゃからのう。


 ひとつ、イメージを強く持つこと。イメージと元の体が掛け離れていると、魔力の使用量が増える。または、魔力の使用量に見合った姿になる。


 これが問題じゃのう。いちおう精悍せいかんで男らしい美男子と騒がれた二十歳の姿をイメージしとるんじゃが……これは本当じゃぞ?

 念の為、ハリウッドスターにしようか……イメージしづらいから自分で行こう。自分に自信を持て!



 よし! 復習も済んだし、次は準備じゃ。倒れても大丈夫なように、しっかり魔法で戸締りをする。次に【光玉】で家の中を照らしながら、水飲み場に水を張る。これで映りは悪いが、自分の姿ぐらいは確認できる。


 準備完了! あとは変身魔法を使うだけ。魔力量はお試しで一割。自分のイメージをしっかり固定して……


「へ~~~ん、しん。とう!!」


 わしの掛け声と共に、体が変化して行くのであった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る