082 この食べ物は……にゃ~!


 わしは孤児院の院長のババアをケンカ相手と認定し、マルタとエミリとの話を続ける。


「ね……シラタマさんは食材を用意しているって、何処にあるのですか?」

「調理場も綺麗になったし、そこの台に出すにゃ」


 わしは露店で買って来た新鮮な野菜と、ハンターギルドで売り物にならない肉を、次元倉庫から台の上に積み上げる。


「こんなに……」

「ねこさんすごいです。いっぱいです!」

「多く買って来たから、残ったら氷室に入れるといいにゃ」

「氷室?」

「外に作ったにゃ。見た方が早いからついて来るにゃ」


 わしは勝手口から外に出て、皆を氷室に案内する。


「え……」

「さむいです」

「あの短時間でこんな立派な氷室を作ったのかい?」

「これで安い食材を仕入れても、しばらく持つにゃ」

「ね……シラタマさん! ありがとうございます」


 マルタは何度も言葉に詰まるので、わしは優しく語り掛ける。


「喋りにくいなら、いつも通り話してくれていいにゃ」

「あ……じゃあ猫ちゃんって、呼んでもいいかしら?」

「いいにゃ」

「ねこさん。このお肉も食べていいの?」

「みんにゃに食べてっもらう為に置いたにゃ」

「ねこさん、ありがとう!」

「あと、井戸も使える様にしたから、また何かあったら言ってくれにゃ」

「本当に?」

「何から何まで……金づるでも有り、便利な猫だねぇ」

「ババアは黙っているにゃ!」


 わしはババアをにらむ。そんなわしを、ババアは睨み返す。すると、マルタがあきれたように、ババアをいさめる。


「院長、失礼にも程がありますよ。今から食事を作るから、猫ちゃんも食べて行ってね」

「いいのかにゃ?」

「それぐらいさせて」

「それじゃあ、有り難くいただくにゃ~」


 マルタは食事の準備に取り掛かると、ババアとエミリも手伝う。わしとリータは手持ち無沙汰になったので、孤児院の中を探索する。


「どこもかしこも、ひび割れがひどいですね」

「貴族の着服と不作が無かったら、改修出来ていたかもしれないにゃ。あのババアは運が悪いにゃ~」

「そうでもないんじゃないですか?」

「にゃんでにゃ?」

「猫さんがここにいるじゃないですか。私と同じ様に、孤児院も助けるのですよね?」

「助けられるかわからにゃいけど、やるだけはやってみるにゃ」

「やっぱり猫さんは、かわいくて素敵です!」


 かわいいの件は置いておいて、リータがわしに、過度の期待をしているのが気になる。だが、子供達がこんな暮らしをしているのを見過ごす事は、わしには出来ん。


「とりあえず、外からいくかにゃ」

「はい!」



 わしとリータは外に出て、壁を修繕に取り掛かる。わしは土魔法で土台をクネクネと動かし、壁のヒビを次々に埋めていく。

 リータは全体を見て、わしに指示を出していたが、しだいに孤児院の子供が集まり出し、相手をするのに時間を取られていく。


 屋根も全体的に、硬くて薄い土魔法で覆っておけば、雨漏りも大丈夫じゃろう。結局、全体を土魔法で覆ってしまったわい。

 ひび割れだけ埋めていくつもりじゃったが、指示を出すリータが子供に捕まっていては仕方ない。次は中か……あの子供達がネックじゃのう。


 わしは土魔法を操作して、屋根から地上に降り立つ。すると、あっと言う間に子供達に取り囲まれて質問攻めに合う。だが……


「ごはんできたよ~」

「「「「「は~い」」」」」


 わしを取り囲んでいた子供達は、マルタのごはんの一声で、一瞬にして消えた。そうして呆然と立ち尽くしていると、リータが声を掛けて来た。


「猫さんが初めて負ける姿を見ました!」

「わしは、にゃにに負けたにゃ?」

「ごはんです……」

「……そうだにゃ。わしの負けにゃ~」

「私の一番は猫さんですよ!」


 最近、リータのアピールが強い気がする……いや、気のせいじゃ。気のせいにしておこう。


「わし達も行くにゃ~」

「はい!」



 リータは笑顔でわしの手を握り、食堂に向かう。食堂に入ると、二十人程の子供達が行儀よく座っていた。わしとリータはマルタに案内され、ババアの隣に座る。

 そうしてわし達が席に着くと、ババアが食事の挨拶をする。


「全員、そろったね。今日はこの猫がたくさんの食べ物を寄付してくれた。おかわりもあるから、いっぱい食べな。それじゃあ、猫に感謝を……」

「「「「「ねこ(さん)(ちゃん)に感謝を……」」」」」


 バラバラ! 恥ずかしいからその挨拶はやめて欲しい。けど、やるならちゃんと決めてからやってくれ!

 しかし、この料理って、城でも街でも見たことないけど……ハンバーグじゃよな? 懐かしい……


 わしが食事が始まったにも関わらず、ハンバーグをジッと見つめていると、エミリが不思議そうな顔で尋ねて来る。


「ねこさん食べないの~?」

「有り難くいただくにゃ」

「??」


 エミリはわしの、仰々しい言い方に首を傾げる。そんなエミリを、わしは気にせず、ハンバーグをフォークで切り分けて口に運ぶ。


 うまい! 間違いなくハンバーグじゃ。煮込みハンバーグってところか。ソースも食べた事がある気がするが、よくわからんな。じゃが、懐かしいのう。


 わしがモリモリ食べ出すと、エミリとマルタが心配する様に話し掛ける。


「ねこさん。泣いてるの?」

「口に合わなかった?」

「いや。美味しいにゃ。涙が出るほど美味しいにゃ~」

「へんなの~」

「よかったわ」


 懐かしい味に、つい涙腺が緩んでしまった。歳を取ると涙もろくなってしまう。身体年齢は二歳じゃけど……


「この料理は珍しいけど、マルタが考えたにゃ?」

「ハンバーグ? これはエミリのお母さんのレシピノートを見て作ったの。肉を使う量が減るし、美味しいから助かっているわ」

「おかあさん……」


 エミリの顔が曇った……エミリも孤児院にいるって事は、両親は亡くなっておるんじゃろうな。わしもレシピを教えて欲しいけど、いまはやめておくか。


「お母さんの料理、すっごく美味しいにゃ~」

「うん!」



 それからわしは、昼食を美味しく平らげ、孤児院の修繕に戻る……が、予定は上手く行かないものだ。


「ねこ~」

「ねこさ~ん」

「ねこちゃん」

「「「「「あそんで~!」」」」」


 案の定、子供達に捕まり、遊んで攻撃が始まった。


「わしは忙しいにゃ」

「「「「「え~~~!」」」」」

「なんだい、ケチくさい」

「ババアはうるさいにゃ! これから内装の修繕をするにゃ~」

「あんた達、この猫を困らせるんじゃないよ! 困らせた奴は晩ごはん抜きだよ!」

「「「「「そんな~~~」」」」」


 ババアは現金な奴じゃのう。子供達の味方をしていたのに、修繕と聞いて、態度をコロっと変えやがった。それに比べ、子供達の落胆がすごいな……遊び道具ぐらい作ってやるか。


「みんにゃ、こっちに来るにゃ~」


 わしは庭に移動して、土魔法で滑り台やブランコを複数作り出す。ついでにジャングルジムも作ってみた。


「これで遊ぶにゃ」

「「「「「わ~~~!」」」」」


 今にも走り出そうとしていた子供達に、完成した旨を伝えると、遊具に突撃して行った。


「順番に遊ぶにゃ~! リータとマルタは、子供達が怪我をしないように見ててくれにゃ」

「はい」

「猫ちゃんは、なんでも簡単に作るのね」

「まぁにゃ。遊び方はリータが知っているから、危ない遊び方をしてる子供には注意するにゃ。それにしても、広い庭だにゃ~」

「私の子供の頃は、ここで作物を育てていたのよ。でも、作物が育たなくなってからは放置してるの」


 マルタも孤児院出身なのか。広い庭だと思っていたけど、農業をしていたんじゃな。で、土地の栄養が無くなったのか。それなら腐葉土等を使えば復活するかも?

 でも、そこまで農業に詳しくないから、アドバイスは保留じゃな。にわか知識で期待を持たせるのも、気が引けるしのう。



 子供達の世話はリータとマルタに押し付け……任せて、わしは孤児院の中に戻る。中に入ると一階から、壁、床、天井を薄い土で覆い、補強していく。


「ねこさん、すごいです!」

「にゃ? エミリはみんにゃと遊ばないのかにゃ?」

「ねこさんといる方が楽しいです」


 そう言ってエミリはわしに抱きつき、撫で回す。


「モフモフ~」

「くっついてたら仕事が出来ないにゃ~。それにババアに怒られるにゃ~」

「はい。ごめんなさい」


 素直に謝るのはいいんじゃが、尻尾を握ったままじゃ。離しては……くれそうにないのう。


「じゃあ、エミリには手伝ってもらうにゃ。部屋を案内してくれにゃ」

「うん!」


 わしはエミリと一緒に全ての部屋を回る。エミリはわしに興味津々で質問攻めに遭うが、適当に相手して、逆に孤児院とエミリの事を聞く。

 ここの孤児院の職員は院長のヨンナ、マルタ、それとヘンリと言う男が手伝いで来てくれているらしい。

 子供の数は全部で二十四人。歳は一歳から十三歳まで。十三歳になると街で仕事が出来るから、今いる十三歳の子供は仕事を見つけ次第、出て行くそうだ。

 院長のババアが浮浪児をを見つけては保護して、最近になって、かなり人数が増えたみたいだ。



「ふ~ん。あのババアがにゃ~」

「院長先生は時々怖いけど、優しいから、みんな大好きだよ」


 あのババアは鬼ババアに見えるけど、慕われておるのか。わりといい奴なのかもしれんな。

 それにしても、この大人数を実質二人で相手しているのか……元の世界じゃ、法令に引っ掛かって一発アウトじゃ。


 わしの作業は続き、エミリの話も続く。


 エミリの年齢は九歳。一年前に孤児院に引き取られたそうだ。あまり深く聞くと辛い事を思い出させてしまうから、早々に切り上げようとしたが、母親の自慢話を聞かされた。

 エミリの母親はハンターをしながらお金を貯めていたらしい。そのお金で王都に飲食店を作るのが夢だったそうだ。母親の料理は美味しく、将来はそのお店を手伝えるように、母親の料理を学んでいたらしい。

 だが、ある日、母親は帰って来なくなったと……


「そうだったんにゃ」

「だから、わたしはこのレシピで、おかあさんの夢を叶えるの」


 この歳で、これほど悲しい目にあうとは……この世界での、わしの境遇に似ておるな。お互い母親も亡くし、父親も……あれ? エミリの話に一回も出て来なかったな。

 わしも生まれた時から居なかったから、エミリも物心付く前から居なかったのかな? それも気になるけど、他にも気になる事が……


「ちょっとそのレシピ見せてくれるかにゃ?」

「うん。いいよ」



 わしはエミリから、レシピの書いてある紙の束を受け取り、ペラペラとめくる。


 え……肉じゃが風? 筑前煮風? キンピラ風? 生姜焼き風にすき焼き風……ひょっとして、エミリの母親は転生者か!? この紙束の表紙の表には英語、裏には日本語で名前が書いてある。


「エミリ……お母さんの名前はなんにゃ?」

「カミラだけど……」


 表紙の表に書かれた英語の名前はカミラ。日本語の名前は恵美里。娘の名前は自分の前世の名前から取ったんじゃろうな。

 会ってみたかったな。恵美里さんに……


「どうしたの?」

「エミリの名前は、素敵にゃ名前だと思ったにゃ」

「うん!」



 エミリと孤児院の修繕を終える頃には夕暮れ時になっており、晩ごはんもご馳走になる事となった。

 食堂で子供達と遊びながら厨房を眺めていると、料理の指示を出していたのはマルタではなく、エミリだった事に驚かされた。


 エミリって九歳じゃったよな? この世界の子供はしっかりしておるのう。毎日三十人前近く作っているんじゃから、エミリはもうお店を出してもいけるんじゃなかろうか?


「できたよ~」


 マルタが大きな声で子供達を呼ぶと、子供達は争うように席に着き、すぐに静かになる。


 さっきまで騒いでおったのに、教育が行き届いておるのか? いや、ババアが睨みを利かせておるから怖いのかな?


 わしが皆の行動を眺めていると、ババアがまた、わしを称えるような食事の挨拶をする。


「それじゃあ、猫に感謝を……」

「「「「「ねこ(さん)(ちゃん)に感謝を……」」」」」


 だから、せめて揃えて!!


 もちろん、わしの心の声は誰にも届かないのであった。

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