083 孤児院の子供の服を買いに行くにゃ~


 孤児院の子供達は食事の挨拶をし、食べ始める。それに続き、わしとリータもいつも通り、食事の挨拶をして食べ始める。


「「いただきにゃす」」


 夕食はレシピに載っていた肉じゃが風か。こりゃまたうまい! うまいけど肉じゃがと言うには、一味足りないかな? 何が足りないんじゃろう……醤油? なるほど。醤油がないから、違うもので似せているのか。


 わしが肉じゃが風の食べ物を懐かしみ、目に涙を溜めて噛み締めていると、不思議そうな顔をしたエミリが尋ねてくる。


「ねこさん?」

「どうしたにゃ?」

「食べる前に、なんで『いただきにゃす』って言うの? おかあさんみたい……」


 あ……エミリはこの言葉を知っていたか。どうしよう? 母親はエミリに転生者だと言って「いただきます」の意味を教えたのじゃろうか? う~ん……同郷だと言っても信じてもらえんじゃろうし、ここは……


「昔、誰かが食べる前に『いただきにゃす』って、言ってたからマネしてるにゃ」


 うん。無難な答えじゃな。


「おかあさんは『いただきます』って言ってたけど、他でも言っている人がいたんだ」

「猫さん! 食事の前に言ってる言葉って『いただきにゃす』じゃなくて『いただきます』だったのですか!?」


 リータには無難な答えじゃなかったみたいじゃ。


「そうにゃ。『にゃ』はわしの癖にゃ」

「それならそうと言ってくださいよ~」

「さっちゃんには言ったけど、リータには言い忘れていたにゃ」

「そう言えば、王女様も『にゃ』がついたままですね。どうしてですか?」

「『いただきにゃす』の方が、かわいいって言っていたにゃ」

「たしかに……」

「それじゃあ、今度から食事の挨拶は『いただきにゃす』にしようか?」


 横でわし達の話を盗み聞きしていた、ババアがいらない事を言い出した。


「ババアは黙ってるにゃ!」

「いいじゃないかい。この料理はエミリの母親のレシピだし、母親にも感謝できる」

「院長先生……ありがとう」

「それなら、『にゃ』は、いらないにゃ!」

「エミリが決めな」


 わしが「にゃ」を断固拒否すると、ババアがエミリに答えを振り、無情にも決定が言い渡される。


「『にゃ』があった方が、かわいいかも」


 わしの反対を他所に、この日を境にして、孤児院での食事の挨拶は『いただきにゃす』と『ごちそうさにゃ』に、なってしまった。



 食事も終わり、そろそろおいとますると言うと、マルタが感謝の言葉を述べる。


「猫ちゃん今日はありがとうね。食料をこんなに貰ったのに、家まで直してくれて、本当にありがとう」

「気にするにゃ」

「猫が気にするなと言っているんだから、気にすることないよ」

「ババアはもっと気にしろにゃ!」

「なんだと~」

「シャーーー!」

「猫ちゃん。院長は嬉しい時は、逆の事を言うのよ。本当はすっごく喜んでいるよ」

「よけいな事は言うんじゃないよ!」


 ババアのツンデレは、誰も萌えないはずじゃ。絶対にデレないで欲しい。


「なんか変なこと考えてないかい?」


 このババア……心まで読めるのか!


「ニャンデモナイにゃ」

「そうかい……まぁアレだ。ありがとよ」


 だからデレるな!


 わしがマルタの感謝を受け取り、ババアの感謝の言葉で気分が悪くなっていると、エミリが悲しそうな顔で声を掛ける。


「ねこさん、帰っちゃうの?」

「また食材を持って来るから、エミリの美味しい料理を食べさせてくれにゃ」

「うん! 待ってる!」



 わしとリータは、手を振る孤児院の子供達に、別れの挨拶を告げて帰路に就く。


「みんないい子でしたね」

「そうだにゃ。でも、ババアは気に食わないにゃ」

「猫さんは、やっぱり若い女の子が好きなんですか?」

「にゃんでそうなるにゃ?」

「猫さんの周りには、いつも女の子がいますから……今日もエミリちゃんを気に掛けていましたよね?」


 まさかリータは、わしをロリコンだと思っておるのか? そんなに若い女の子が、わしの周りにおったかな? うん。いっぱい居るな。若いにしても若すぎる。

 魂年齢百二歳のわしからしたら、孤児院のババアですら若い女の子に入るのかな? それはそれで気持ち悪い。


「それはエミリの料理が美味しかったからにゃ」

「本当に美味しかったですね。でも、エミリちゃんをお持ち帰りしちゃダメですからね?」

「にゃんでそうなるにゃ~」

「猫さんが怒った~」


 わしの訴えをリータは聞こうとせず、走って逃げて行く。わしは仕方なくリータを追い駆け、家に帰るのであった。



 翌日はハンターの仕事をして、次の日に、また孤児院に向かう。その道中で、リータに相談を持ち掛ける。


「安い服ですか?」

「リータは、どこで売っているか知らないかにゃ?」

「すみません。わからないです。フレヤさんに聞いてはどうですか?」


 餅は餅屋か……たしかにフレヤの方が詳しいな。前にも、リータに服の事を聞いたら、知らなかったもんな。


 リータの提案に乗り、孤児院に行く前に、フレヤの仕立屋に寄る事にする。


「邪魔するにゃ~」

「猫君! やっと来た。リータちゃんも久し振りね~」

「久し振りにゃ。でも、やっと来たとは、なんにゃ?」

「忘れてたの? 生地の染色を頼まれていたじゃない」

「あ~」


 すっかり忘れておった。大蚕の生地の染色を頼んでおったな。


「それでどうなったにゃ?」

「なんとか成功したわよ。でも、染色する素材と時間が掛かるから、ちょっと値は張るわね。どうする?」

「とりあえず、一着だけしてもらうにゃ」

「毎度あり~」


 わしは染めて欲しい色を伝え、予備の着流しと代金を手渡す。たしかに少し高かったが、着流しは白しか持っていないので迷わず支払う。ちなみに、パジャマに使う予定だ。


「今日は何か買いに来たの?」

「そうにゃ。ここって、安い中古の子供服は売っているかにゃ?」

「子供服? 猫君なら子供服じゃないと着れないか」

「わしじゃないにゃ。孤児院の子供達にプレゼントするにゃ」

「孤児院?」


 わしはフレヤに孤児院での出来事を話す。


「なるほどね。それで大量の服が欲しいのね」

「にゃんとかなるかにゃ?」

「どんなものでもいいなら、三十着ぐらいあるわ。足りないなら仕入れておくけど、どうする?」

「そうだにゃ~……今日はあるだけ貰っていくけど、もう三十着欲しいにゃ」

「オッケー。来週には用意出来ると思うから、また来てちょうだい」

「わかったにゃ。それと、リータに冬服も見繕みつくろってくれるかにゃ?」


 子供達の服の相談が終わり、リータの服を催促したら、焦ったリータが止めに入る。


「ね、猫さん! そんなの要りませんよ」

「そろそろ寒くなるから必要にゃ。リータが風邪を引いたら、わしが困るにゃ~」

「猫さんが私の心配をしてくれている……」


 リータは急にモジモジし始めたけど、なんじゃろう?


「わかりました。フレヤさん! 猫さんが気に入りそうな服を選んでください!」

「リータちゃんも乙女ね。とっておきのを出して上げるわ」

「宜しくお願いします!」


 わしは、フレヤとリータの服選びを待つ間、店の中を見て回る。すると、棚に飾られた、とんでもない物が目に入る。


 わしがおる……


 そこには、等身大の猫又(人型)ぬいぐるみが三体、ちょこんと座っていた。


 前にフレヤに体を測ってもらった事があったな。あの時は、また来た時に服でも作ってもらおうと思って測ってもらったが、まさかぬいぐるみになっているとは思いもよらんかった!

 思えば、耳の先から尻尾の先まで測っていたのは、この為じゃったのか。ここは絶対に阻止しなければならない!


 わしは固い決意を持ってフレヤを呼ぶ。


「フレヤさん? ちょっといいですかにゃ?」

「ちょっと待って~」


 わしは黙ってフレヤを待つ。そうしてしばらく待っていると、リータは試着室に入り、フレヤはわしの元へやって来る。


「はいはい。どうしたの?」

「こ、こ、これは、にゃんですかにゃ?」


 わしは猫又ぬいぐるみを指を差して尋ねる。


「あ、そうそう! これも販売許可が欲しかったのよ。売ってもいい?」

「それはまだ、売り物ではないって事かにゃ?」

「猫ちゃんの許可待ちだったからね」

「じゃあ、わしが全部買うにゃ! そして金輪際、作るにゃ!!」


 こんなもん、持っている人を見たら、わしのHPが削られてしまう。販売前に、ここに来れてよかった。


「それはダメよ。予約取っちゃったもん」

「いや……わしは許可しないにゃ。だから、作った分は買い取るから売らないでくれにゃ~」

「許可はもらええないか~。ティーサも欲しがっていたのにな。予約してくれた多くの子供達も悲しむだろうな~」

「うっ……」

「十人以上、予約してくれていたのにな~」

「うぅぅ……」

「ちゃんと猫ちゃんに、売上の一部も払うから、売らせてくれない? お願い!」


 お金はどうでもいいけど、子供達を悲しませるのは気が引ける……じゃが、この一線だけは引いてはならないと、野生の感が言っておる。断るぞ!


「やっぱり、ダ……」

「猫さん。どうですか?」


 わしが断ろうとしたその時、着替えを終えたリータが試着室から出て来た。


「にゃ……」

「私……綺麗ですか?」


 リータは頬を赤らめて、純白のドレス姿をわしに見せる。


 なんでドレスを着ておる? 冬服を頼んだはずなのに……


「やっぱり似合いませんか……しょぼ~ん」


 リータが言葉通りしょぼんとするので、わしは慌ててお世辞を口にする。


「似合っているにゃ! すっごく綺麗にゃ~!」

「本当ですか?」

「本当にゃ! でも、にゃんでドレスを着てるにゃ?」

「フレヤさんがこれを着れば、猫さんも気に入ってくれると、おっしゃいましたから……」

「フレヤ~! 冬服を頼んだにゃ。やっぱりぬいぐるみは売らせないにゃ!」

「そんなに怒らないで。ちょっとしたサプライズよ。リータちゃんが乙女の顔をしていたから、遊び心が出てしまったの」


 まったく。リータも断ればいいのに、なんでわしに見せたがるんだか……


「ぬいぐるみって、なんですか?」

「これよ。リータちゃんも欲しいでしょ?」

「は、はい! すっごく欲しいです。いくらですか?」

「それが猫ちゃんは、売りたくないみたいなの。一緒に猫ちゃんを説得してくれたら、プレゼントしちゃおっかな~?」

「猫さん!」


 リータの目の色が変わっておって、ちょっと怖い。


「ダ、ダメにゃ」

「そんな~。お願いしますよ~」


 リータがさっちゃんみたいに駄々をこねておる。こんな子じゃったか? さっちゃんと違って、力が強いから揺さぶりが尋常じゃない。酔いそうじゃ。


「じゃあ、こうしない? 猫ちゃんの売上以外に、私も孤児院に寄付をするわ。中古の服を毎月二着寄付するから……お願い!」


 うっ。嫌な取引を持ち掛けよる。こんなのわしが断れば、孤児院の寄付は無くなって、わしが悪者みたいじゃ。

 この世界の一年も十二ヶ月。二十四着か……一年で孤児院の子供達全員に行き渡る。それが毎年続くなら、服に掛けるお金も減るな。うぅぅ……


「……わかったにゃ」

「「え?」」

「わかったと言ってるにゃ!」

「「やった~!」」

「じゃあ、さっそく契約書、書いて! リータちゃんはこの服を着てみて」


 結局、わしのぬいぐるみ販売は阻止できず、多くの猫又ぬいぐるみが街を歩く姿が見られるようになるのは、まだ少し先のお話……





「似合ってますか?」

「似合っているにゃ」


 フレヤの仕立屋を後にして、孤児院に向けて歩いていると、リータが新しい服について意見を求めてくる。わしは少し面倒くさそうに、無難な答えを返している。


 何回目の質問じゃ……新しいコートに喜ぶなんて、リータも女の子だったんじゃな。出会った頃なんて、ボロボロで汚い服を着ておったのに。


「えへへ~」

「ほれ。もう着くにゃ」


 フレヤの店を出て、リータの質問に六回答えたところで孤児院に辿り着いた。わしはノックもせずに扉を開けて、声を掛ける。


「邪魔するにゃ~」

「邪魔するなら帰りな」

「ほな、さいにゃら~」

「本当に帰る奴があるかい!」


 わしの渾身のノリツッコミ……ババアに取られた! 悔しい!!


 わしの言葉に応えていた院長のババアは、玄関に出て来て質問をする。


「今日は何の用だい?」

「少ないけど、子供達に服を持って来たにゃ」

「有り難いんだけど……なんでそこまでしてくれるんだい?」

「ただの偽善者にゃ。いや、偽善猫かにゃ?」

「どっちでもいいよ。感謝する」

「ババアに感謝されると気持ち悪いにゃ!」

「なんだと! もう感謝なんてしてやらんわ。バカ猫!」

「誰がバカ猫にゃ! バカって言う奴がバカなんにゃ! バーカバーカ!」

「院長……」

「猫さん……」

「「あ……」」


 わし達がケンカしていると、リータとマルタに、冷ややかな目で見られてしまった。このままケンカを続行するのもばつが悪いので、軽く咳払いすると、真面目な話に戻す。


「ゴホンッ……とりあえず、子供達を綺麗にしようにゃ」

「そうだね。せっかく綺麗な服を持って来てくれたんだ。それに、今日は体を拭く日だったね。マルタ、お湯を用意してくれるかい?」

「はい。わかりました」

「ちょい待つにゃ」

「猫ちゃん。なに?」


 そうじゃったな。お風呂の設備は高いから、孤児院なんて施設にあるはずがない。かと言って、体を拭くだけってのもかわいそうじゃな。

 う~ん……ここは庭も広いし、ちょっとぐらい増設しても大丈夫じゃろう。


「わしが作るにゃ」

「作る?」

「そんな事、出来るわけないだろう」

「ちょっと待ってるにゃ」


 わしは勝手口から出て、土魔法でちょちょいのちょいでお風呂場を作って、話をしていた食堂に戻る。

 そして、ババア達を連れて風呂場に入るとババアとマルタは目を見開き、お互いに目で語り合ってから、わしを見て叫ぶ。


「「なんでもう出来てる(のよ!)んだ!」」


 よかれと思って作ったのに、怒鳴られるわしの姿があったとさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る