400 新婚旅行の終わりにゃ~


 日ノ本の電車見学を終えたわし達は、玉藻と別れて池田屋にて眠りに就いた。そうして朝になると、キツネ女将とキツネ少女に見送られ、宿を立とうとする。


「女将。長い間、世話になったにゃ」

「いえ、こちらこそ料金を受け取っているにも関わらず、美味しいお肉を分けてもらって、ありがとうございました」

「お嬢ちゃんもいろいろとありがとにゃ」

「わ、わたしは……至らないところばかりで、すみませんでした!」

「そんにゃ事なかったにゃ。ありがとうにゃ~」


 わしがキツネ少女の頭を撫でると嬉しそうな顔をしたが、リータとメイバイが妖しい瞳でキツネ少女に近付いたら、尻尾を抱いてキツネ女将の後ろに隠れた。

 どうやら二人にセクハラを受けた事がトラウマになっているようだ。なので、「浮気にゃ」と言って助けてあげた。二人して暗い顔になったけど、わしの浮気認定か、キツネ尻尾を撫でられなかった事か、どちらかわかりかねる。


「それじゃあ、また来るにゃ~」

「「またのご来店、心よりお待ちしております」」


 深々とお辞儀をするキツネ女将とキツネ少女に手を振り、わし達は池田屋をあとにするのであった。



 京の街並みを見て歩き、ぺちゃくちゃと喋っていると御所が見え、門の前には大きな風呂敷を抱えたキツネ店主と、背中に自分より大きな木の箱を背負った茶色いタヌキが立っていた。


「時間通りだにゃ。おはようにゃ~」

「へい。おはようございます」


 キツネ店主が挨拶を返してくれると、わしは少女だと思われるタヌキを見る。


「そっちの君が平賀家の子かにゃ?」

「は、はい。つゆです。よろしくお願いします!」

「よろしくにゃ~。それにしてもわしの所に来るにゃんて、小さいのに勉強熱心なんだにゃ~」

「す、すみません。これでも十五歳なんです」


 十五歳? リータと同い年か。わしより少し大きいくらいのタヌキだから、子供かと思っておったわ。


「こっちこそ、気にしている事を言ってごめんにゃ」

「い、いえ。こちらこそ謝らせて、すみません!」


 また謝っておる……平賀家にしては、珍しく腰が低い子じゃな。それとも、わしが王様だから緊張しているだけかな?


「そう緊張しにゃくて大丈夫にゃ。失礼があっても怒ったりしにゃいからにゃ。それより、その姿でいいにゃ?」

「タ、タヌキですみません!」

「いや、怒ってないにゃ。ただにゃ~……」


 わしがリータとメイバイを見ると、手をわきゅわきゅしてつゆに迫って来ていた。


「まぁ好きにすればいいにゃ。それじゃあそろそろ行こうかにゃ」

「あ、あの……」


 つゆは何かを言い掛けたが、目がハートのリータとメイバイに立ち塞がれて、遮られてしまった。


「あ、そうにゃ、二人とも大荷物みたいだし、荷物はわしが預かるにゃ~」


 キツネ店主とつゆは、王様のわしに荷物を持たせる事を断って来たが、わしは強引に奪い取って次元倉庫に入れてやった。荷物が消えた事に驚いていたが、説明すると、わしに荷物を持たせているように見えないので納得してくれた。

 しかしつゆには魔の手が迫っていたので、至る所をモフられ、涙目になっていた。キツネ店主をモフると、男だから浮気になるんだとか。リータとメイバイの線引きは、いまだにわかりかねる。



 キツネ店主達と合流したわし達は、門に立つキツネ侍に用件を伝え、玉藻の待つ場所へと案内してもらう。

 御所内を歩き、着いた場所は大きな漆喰の蔵の前。ここは三ツ鳥居が設置された蔵だ。

 その入口の前には、町娘とおりんが立って居たので挨拶する。


「おはようにゃ~」

「遅いぞ!」


 町娘姿の玉藻に、わしは会うなり怒鳴り付けられてしまった。なのでわしは、腕時計を見て時間を確認する。


「まだ五分前にゃ~」

わらわは一時間も前から待っておったんじゃからな!」

「いや、早く来すぎにゃ~……もしかして、楽しみで、いても立ってもいられなかったにゃ?」

「わ、悪いか!!」

「にゃははは。悪くないにゃ。でも、わしに当たるにゃら、連れて行くのはやめよっかにゃ~?」

「うっ……意地の悪い事を言うでない」


 玉藻がしゅんとしたところで、つゆの紹介をしてから蔵に入る。普段は神職の者しか入れない施設とあって、キツネ店主とつゆは終始緊張しているように見える。


「ここは誰も来ないにゃ?」

「いや、一週間に何度か、どこかの鳥居と繋がるから、隠し部屋に行くぞ」


 玉藻はそう言って入口の脇にある扉を開ける。その部屋は休憩所と聞いたが、その先の扉は、関係者以外は入れない部屋だとのこと。玉藻はガチャガチャと鍵を開けてわし達を中に通す。

 そうして中に全員入ると、おりんが後ろの扉に鍵を掛け、わし達は玉藻に続いて奥の壁まで進む。その壁に玉藻が触れて何かを呟いたら、壁が半回転して隠し階段が現れた。


「言っておくが、ここは他言無用じゃ。もしも、誰かに言ったら……わかっておるな?」


 振り向く玉藻は鋭い目であった為、キツネ店主とつゆは高速で首を縦に振っていた。わし達はと言うと、「は~い」といい返事を返しておいた。

 何故か玉藻はため息を吐いていたから、不満があるようだ。引率の先生に返事をする生徒のように振る舞ったのに、どこが悪かったんじゃ?


 玉藻は若干呆れた顔になりながら階段を下りるので、わし達も遅れまいと続き、階段を下りた先には頑丈な扉があり、玉藻はまた鍵を取り出してガチャガチャと開く。

 その部屋の中にはつづらが多く積まれており、全員が中に入ると、おりんさんはここでお別れと言って、扉を堅く閉めた。


 おりんさんが外でガチャガチャと鍵を閉める中、玉藻は九尾のキツネ耳ロリ巨乳に変化へんげして振り返る。


「して、ここでよいか?」

「うんにゃ。でも、ここはにゃんの部屋にゃ?」

「いいづらいが、妾の隠し財産が保管してあるんじゃ。その葛には、絶対に触れるでないぞ?」


 触るなと言われると、触りたくなるのが人の……猫の性。隠し財産って事は、大判小判が入っておるのかのう?


「そちに言っておるのじゃ! 言ったそばから、手を伸ばすな!!」


 どうやら、わし以外は玉藻の殺気で身動きが取れなかったようだ。さすがは九尾のキツネ。コリスより強いので、誰も逆らえない。


「ちょっとした冗談にゃ。そんにゃに怒らないでにゃ~」

「疑わしい……はぁ。それで、そちは三ツ鳥居と同じ効果のある魔法を使えると言っておったじゃろ? はようやってくれ」

「わかったにゃ。ちょっと中央を開けてくれにゃ」


 帰るにあたり、飛行機ではかなり時間が掛かるし危険があるので、玉藻には転移魔法を使えると教えていた。日ノ本には似たような魔道具があるので、そこまで酷い詮索は無かった。「教えろ教えろ」うるさかったけど……

 京から外に出て使ってもよかったのだが、玉藻が人の来ない場所があると提案してくれたので、この蔵に来たと言うわけだ。

 ここなら、三ツ鳥居から遠くに居る人が湧き出て来るので、わし達が戻って来た時でも、不思議に思われる事もないそうだ。



 わしは中央でしゃがみ込み、マーキングをすると皆を集めて固まらせる。

 ちなみにコリスにはさっちゃん2に変身させ、わしも猫又になってリータの腕の中に収まっている。これは人数が多いので、質量を減らしてちょっとでも魔力を節約する為だ。


「それがそちの本来の姿か?」

「そうにゃけど……にゃに?」

「こんなちっさい奴に、妾は負けたのか……」


 玉藻は落胆し、二人ほど「タヌキじゃなかったの?」と驚く者が居たが、無視して転移魔法の準備に取り掛かる。


「それじゃあ、そろそろ行っていいかにゃ?」

「ああ。頼む」

「……【転移】にゃ~」


 玉藻の返事と、皆のうなずく顔を見て、わしは転移魔法を使った……


「わ! なんじゃ!?」

「真っ暗ですがな~」

「一瞬で暗闇に変わった……すみません!」

「【光玉】にゃ~」


 初めて転移魔法を経験した玉藻とキツネ店主とつゆは、各々驚きの声を出すので、わしは明かりを灯して安心してもらう。さらに、ここでもう一度、転移魔法については秘密にしてくれるように念を押す。


 そして、土魔法を操作して前方の壁を大きく開いた。


 ここは、猫の街近辺にあるわしの隠れ家。東は森を押し返してしまったので、転移魔法を使うと見られそうだったから、土魔法で四角い建物を作った。

 人の来ない場所ではあるが、念のため見られないように、建物の中を転移場所に指定している。


 建物から出ると、猫の国の者は空気を吸って懐かしみ、日ノ本の者は辺りの景色に驚いている。


「一瞬で、草原に来てしまった……」

「玉藻の三ツ鳥居も、似たようなものにゃろ?」

「そうじゃが……」


 すぐにでも移動しようかと言おうとしたら、玉藻達から質問が来たので、リータ達に任せ、わしは人型に戻って物思いにふける。


 ラサって街の名前は聞き覚えがあったが、チベットの首都の名じゃ。そうなると、猫の国はチベットにあるんじゃな。

 それに皇帝の名前……「キョウイン ソウ」。漢字で書くと、宋だったんじゃなかろうか? いまからおよそ千年前と言えば、宋の時代じゃ。たしか初代皇帝の名は……「ちょう 匡胤きょういん」! 思い出せた!!

 姓は国の名から取って、この時代にまで受け継いだのかもしれんな。街の名前にして正解じゃったかも? これで宋は、後世に伝えられる。わしのファインプレーじゃ~。


 わしが「うんうん」と頷いていると、隣では玉藻が、西にある山を見て「富士山より高い」と肩を落としていた。日本一が負けたのだから、致し方ないのだろう。

 なのでトドメに、富士山より二倍以上高いと教えてあげた。遠巻きに見ているだけだが、それでもエベレストの高さは、雄大さと共に見て取れる。



「まぁここに居てもしょうがないし、そろそろ移動しようにゃ」


 日ノ本の者の質問が減ると、次元倉庫からバスを取り出して皆を乗り込ませる。

 前列には玉藻が座りたそうにしていたので隣に座らせ、リータ達は後部の畳に元の姿に戻ったコリスソファーにもたれ、つゆはメイバイの膝に無理矢理座らされ、キツネ店主が畳みに座ると発進。

 そうして走らせると、日ノ本の者は質問する事が増えたようなので、わしは玉藻を、リータ達はキツネ店主達の質問に答えている。


「おお! アレがそちの住む街か。高い壁じゃな~。アレは……電車が走っておるぞ! 本当にあったんじゃな~」


 玉藻は興奮してうるさい。キツネ店主達も、後部座席で騒いでいるようだ。


「ちょうど猫耳の里から、猫の街に着いたみたいだにゃ」

「猫耳の里? 猫の街?? そう言えば、そちの国は、猫の国と言っておったか。猫ばかりじゃな~」

「ま、まぁにゃ。とりあえず、街に入るにゃ~」


 猫関係の質問が来てしまったので、わしはバスのスピードを上げて黙らせる。もちろん、急にスピードを上げたから非難の声があがったが、キャットトレイン用の門が閉まりそうだったと嘘をついた。

 門に着くと、猫耳族の門兵に挨拶をして中に入れてもらうが、玉藻がよけいな事に気付いて質問して来やがった。


「門にも壁の上にも、猫がおったのう?」

「神社でも、狛犬やキツネがいるにゃろ? それと一緒にゃ~」

「なるほど……猫の国の神使と言うわけか」


 玉藻は変な誤解をしてくれたので、わしはそれ以上の事は、言う事はない。リータとメイバイの趣味で作られたなんて言うと、絶対に笑われてしまうからだ。

 ひとまず最大の危機を乗り越えたわしは、田畑の説明をし、話を逸らしていたら、ちょうどいいモノが現れた。


「おい……あの白い牛……デカくないか?」


 シユウだ。遠近感覚を狂わす巨大牛には、玉藻も驚いたようだ。


「あの牛はシユウと言って、わしの国の農業従事者にゃ」

「はぁ……異国は、あのような危険な生き物も、手懐けられる術を持っておるんじゃな」

「いんにゃ。ここが特別なだけにゃ。あとは、ビーダールって国に、心優しい白い象が居るけど、そこも特別にゃ」

「ほう……聞かぬ動物じゃから、是非とも見てみたいのじゃが……」

「そうだにゃ~……玉藻はこの地を見てみたいだろうし、いろいろと世話になったから、案内してあげるにゃ」

「やった! 絶対じゃぞ!」


 玉藻が喜んで騒ぎ出したところで内壁に到着したので、そのままバスで門を潜る。街の中に入ると、沿道ではわしの帰りに気付いた住人が、手を振って「おかえり」と言ってくれている。


「凄い人気じゃな~。陛下にも負けておらんぞ」

「にゃはは。それは光栄だにゃ」

「しかし、子供ばかりじゃな。大人は田畑に出ておるのか?」

「この街は、不遇の者を集めて、一から作ったんにゃ。いまから一年と二ヶ月ぐらい前の出来事だから、まだ子供が大人になってないんにゃ」

「一年でここまで立派な街を作ったのか!?」

「元は廃墟だったから、一からは言い過ぎかにゃ?」

「それでも驚きじゃわい。建物も日ノ本に似ているのも驚きじゃけど、これではあまり異国に来た実感が湧かんのう」

「ここはにゃ。他の街に行けば、実感が湧くはずにゃ」

「お! 天守閣まであるぞ!!」


 周りをキョロキョロ見ていた玉藻は、ようやく前方にある見た目が和風のお城、役場に気付いて驚きの声をあげ、わしの家だと説明している間に到着となった。

 ここでも門兵に門を開けてもらい、バスに乗ったまま役場の入口に横付けする。そうして皆を降ろして中に入ると、双子王女と職員達に出迎えられた。


「「おかえりなさい……」」


 わしの帰りを歓迎して待っていてくれたのかと思ったが、双子王女は何やら歯切れが悪い。


「えっと……ただいまにゃ~。今回は、けっこう長く旅をしたんにゃけど、また怒ってにゃす?」

「「いえ、そう言うわけでは……」」


 ほっ。セーフみたいじゃ。前回、前々回と、早く戻って怒られたからな。今回は二十日ぐらいか? 今日までの新婚旅行は、合計一ヶ月半ってところかな?

 まだまだ行きたい所はあるが、時の賢者の向かった場所は発見したし、ハネムーンは終了って事でいいじゃろう。

 しかし、双子王女の歯切れの悪い理由が謎じゃ。まぁ新婚旅行は終わったと伝えれば、安心してくれるかな?


「とりあえず、新婚旅行は終わったにゃ。これからは、王様の仕事に邁進まいしんするから安心してくれにゃ」

「そんなこと聞いてませんわよ」

「そうですわ。それよりも説明してくれますわよね?」

「にゃ~~~?」


 わしの質問に、双子王女は声を揃えてツッコム。


「「どうしてまた変なのを連れて帰って来てますの!!」」


 どうやら双子王女は、前回、角の生えたオニヒメを連れ帰った事に続き、今回は、九本の尻尾が生えた幼女と、着物を着たキツネとタヌキに驚いていたようだ。


 ま、そりゃそうか。


「「説明しなさ~い!!」」


 こうしてわしは、旅の成果よりも先に、玉藻やキツネ店主やつゆの説明に手間を取られるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る