399 天覧相撲にゃ~
上賀茂神社に設けられた相撲会場に入ったわしは、騒ぐ観客の声を聞きながら、リータ達の座る升席に入る。
「シラタマさん。遅かったですね」
「平賀家は厄介だから、思ったより時間を食ってしまったにゃ。それで、リータ達から見て、相撲は面白いかにゃ?」
「う~ん……ぶつかって転がるだけですから、正直あんまりてす」
「これって、シラタマ殿とコリスちゃんがよくやってた遊びニャ? そっちのほうが、凄いぶつかり合いだから見劣りするニャー」
どうやらリータとメイバイは、派手さが無いので面白くないようだ。コリスに至っては、寝息を立てて寝てやがる。イサベレは……はっきりとはわからないが、目を開けたまま寝てるっぽい。
「この熱いぶつかり合いが面白くないって、ホンマでっか!?」
そんな中、一人だけ騒いでいるキツネがいる。
「質屋には、リータ達への説明を頼んだけど、伝わらなかったみたいだにゃ」
「うぅぅ。わてが悪かったのですか……」
「いんにゃ。わし達が悪いにゃ。わし達の土地では、刀や呪術を使った実戦に近い闘いが見れたからにゃ」
「ほう……たしかにそんな関ヶ原の祭りのような出し物がしょっちゅうあったら、目劣りしてしまいますな」
「関ヶ原の祭りは、そんにゃ出し物があるんにゃ~」
「へい。それはもう、大きな祭りですからね~」
キツネ店主と話をしていたら、次の一番が始まって、すぐに決着がついた。すると、メイバイとリータが残念そうな声を出す。
「またこれニャー」
「これなら、誕生祭のハンターと騎士様の試合のほうが勉強になりますね」
「ほんとうニャー」
久し振りに見て懐かしいと感じるが、わしも面白味に掛ける。あの程度の体当たりでは、一番力の弱いイサベレでもビクともしないもんな。これも、強くなり過ぎた弊害か……
そう言えば、今日は千秋楽で天覧相撲と聞いておったけど、天皇陛下の席は……正面の
まぁいいや。せっかく玉藻が無理して用意してくれた席じゃ。最後まで見させてもらうか。
「どうじゃ? 楽しんでおるか?」
わし達が相撲を観戦していると、後ろから知らない町娘に声を掛けられた。だが、リータ達は言葉がわからないので振り向きもせず、わしも知らない人だったので、すぐに土俵に目を戻す。
「待て!
町娘は慌ててわしの肩を掴むので、仕方がないから相手してあげる。
「えっと……どちらさんにゃ?」
「玉藻じゃ!」
「……玉藻にゃ?」
わしは玉藻と聞いて社に目をやり、町娘と見比べる。
「玉藻はあそこに居るにゃ。お姉さんとは、見ても比べられないにゃ」
「あれは妾の娘じゃ。ちょっと待て。尻尾を出して、すぐに引っ込めるから、よく見ておるんじゃぞ」
「にゃ~~~?」
町娘はそう言うと、尻尾を九本出して、すぐに引っ込めた。
「どうじゃ?」
「どうと言われても……この地の者は、変化が得意だからにゃ~」
「こ、これならどうじゃ!」
「にゃ!?」
町娘は突然抱きついて来て、わしは驚く。
あ……この匂いは、嗅いだ事がある。
「何してるんですか!」
「シラタマ殿から離れるニャー!」
当然、見ず知らずの者がわしに抱きついたものだから、リータとメイバイが怒り狂う。
「浮気ですね……」
「浮気ニャ……」
何故かわしにだ。
「ちょ、浮気じゃないにゃ~。玉藻がわしに匂いを嗅がせて、本人確認したんにゃ~」
「タマモ様??」
「あっちに座ってるニャー?」
「アレは娘にゃんだって。わしもわからにゃかったから、玉藻は変にゃ確認をさせて来ただけにゃ~」
なんとか二人は納得してくれたけど、「玉藻とそんな関係になったらわかっているな?」と、脅さないで欲しい。
ひとまず玉藻に話を振って、恐怖を打ち払わんとする。
「アレが娘なんにゃ。尻尾は、にゃん本あるにゃ?」
「四本じゃ。尻尾は少なくとも、この京では妾の次の使い手ぞ」
「ふ~ん……まぁエロガキは騙せているみたいだにゃ」
「またエロガキって……」
「あの顔を見てみろにゃ。玉藻はあんにゃガキに胸を揉まれていたんだからにゃ」
「うっ……」
玉藻はちびっこ天皇の鼻の下を伸ばした顔を見て、言葉を詰まらせた。どうやら客観的に見たのは初めてだったようだ。
「陛下は、あんな助平な顔をしておったのか……」
「にゃははは。これを機に、女の扱いを教えてやれにゃ」
「そうじゃな……妾の娘の為、ビシバシとしごいてやるぞ」
おお……やる気に満ち
それから玉藻も升席に座って相撲を観戦していると、最後の一番となり、なんとなく見た事のある二人の巨漢タヌキが出て来た。
「あのタヌキは……」
「西方は、京の力士で、いま一番乗っている力士じゃ。まだ若いながらも、大関に王手を掛けておる。シラタマも知っておるのか?」
「こにゃいだ跳ね飛ばされてにゃ。その時、知り合ったにゃ」
「ほう……シラタマを吹っ飛ばしたならば、この大一番も期待が持てそうじゃ」
「相手は強いにゃ?」
「江戸の大関じゃから、それなりにな。さて、待ったなしじゃ」
わし達が見守る中、行司の「はっけよい」の声と、巨漢タヌキどうしのぶつかる音が鳴り響く。
どちらも似たような体型なので、
しかし二人の力は互角。その相撲は長い取り組みとなり、観客が沸き上がっている。
あ! また体が入れ替わった……なんとかわしだけついて行けておったのに、西のタヌキがどっちかわからなくなってしまった。観客はわかっておるのか? わしはいまだに質屋の顔すら区別がつかんのに……
お互い
その静寂の中、二人のタヌキは申し合わせたように、同時に動き出した。
下手投げを繰り出したタヌキに、もう一人のタヌキは流れに合わせて受け切り、その一瞬の隙をついて上手に握り直す。
そうして豪快な上手投げが決まり、決着がついたのであった。
観客は沸き上がり、座布団が飛ぶ中、玉藻も立ち上がって拍手を送っている。
「よくやったぞ~!」
「えっと……西が勝ったにゃ?」
「なんじゃ! そちもこの大一番を見ておったじゃろう!!」
「……はいにゃ」
そんな言い方せんでも……どっちがどっちかわからんのじゃ。わしを吹っ飛ばしたタヌキも、両方同じ体型じゃから気になっただけなんじゃ。
その後、場内が落ち着くとちびっこ天皇が登場して、西のタヌキ力士に金杯を渡そうとしていたようだが、玉藻の替え玉が手伝っていた。
どちらも容姿は幼子なので、観客はナメて見ているかと思ったが、微笑ましく見ている人が大半で、天皇家が愛されているのだと実感させられた。
そうして弓取式も終わり、観客も笑顔で帰って行くと、玉藻がリータ達に質問している姿があった。
「そち達には物足りなかったようじゃな」
「い、いえ。そんな事は……」
「よいよい。文化の違いなのであろう。この相撲というのは神事でのう。豊作を……」
玉藻の相撲講座が始まると、リータとメイバイは聞き入って、コリスとイサベレはエサを催促する。
とりあえずここで飲み食いし、玉藻の話はわしの知っている内容だったので、キツネ店主と商売談義。
それから片付けをする係員に追い出されるまで占拠してから、移動するのであった。
最後の目的地は、電車の駅。ずっと見たかったのだが、朝早くに発って、暗くなった頃に到着するので、なかなか時間が合うわなくて見るのは諦め掛けていた。
だが、今日は点検の為、平賀家が一日掛けて整備をすると聞いていたので、あわよくば乗せてもらおうという腹だ。
帰り道は皆一緒だから玉藻の案で、上賀茂神社近くから船に乗り込み、船頭の観光案内を聞きながら川を下る。船が岸に着いたら、明日の準備があるキツネ店主とはここでお別れ。玉藻はわし達の観光に付き合ってくれるそうだ。
そうしてぺちゃくちゃと街を歩き、到着した場所にはレンガ作りの建物がそびえ立っていた。
「赤いニャー」
「立派な建物ですね~」
「頑丈そうだにゃ~」
「こっちじゃぞ」
わしが足を止めて、リータとメイバイと喋りながら駅を眺めていると、先を行く玉藻(町娘バージョン)に手招きされる。
おのぼりさん丸出しのわし達はその声でようやく我に返り、追い掛けると、玉藻が警備のタヌキに止められていた。
どうやら玉藻の姿がいつもと違うから、顔パスとはいかなかったようだ。なので身分証明書のような効果がある印籠を取り出して、通してもらっていた。
「にゃあにゃあ?」
「なんじゃ?」
「さっきの『ひかえおろう』っての、もう一回やってにゃ~」
「もうやる相手もいないんだから、やる必要はないじゃろ」
「じゃあ、印籠をわしにも貸してにゃ~」
「ダメじゃ。そちに貸すと、何か嫌な予感がするからな」
「え~! ちょっとだけにゃ~。にゃあにゃあ~?」
「え~い! にゃあにゃあうるさ~い!!」
ちょっと水戸黄門遊びがしたかったのに、玉藻を怒らせてしまったわしであった。もちろん調子に乗ったわしの姿は、リータとメイバイの説教行き決定らしく、ガッツりベアハッグで物理的に黙らされるのであった。
そうしてモギリの居ない改札を抜けると、線路に乗っかる二台の電車が姿を現した。
なるほどのう……うちと大きさは一緒ぐらいで色は紫か。阪急電車みたいじゃな。うちは鉄のままの色じゃったし、殺風景じゃから、帰ったら塗らしてみようかな?
線路は二車線……うちも二車線にすれば利便性が上がるんじゃけど、庶民はまだまだ貧乏じゃから、そこまで移動しないからな~。もう少しこのままでいいか。
わし達は電車を見ながら玉藻のあとに続き、責任者の男に挨拶をする。それから整備する模様も見せてもらって、軽く走らすと言うので乗せてもらった。
わし達が先頭車両に乗り込むと、責任者の合図で電車は線路を辿って動き出し、スピードが上がっていく。
「乗り心地はどうじゃ?」
「う~ん……」
「「「「普通にゃ」」」」
「ちょっとは驚け!!」
玉藻の質問に驚きもせずに答えたら、ツッコまれてしまった。キャットトレイン同様、サスペンションが付いているのはわかるのだが、皆が語尾に「にゃ」を付けるのはいまだにわからない。
それでもわしは責任者にいくつか質問して電車談義をしていると、電車は元のホームに向けて走り出すのであった。
「日の本の技術の結晶を見たんじゃから、もう少し驚いてくれてもいいのに……」
納得のいかなそうな玉藻を乗せて……
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