398 平伏すにゃ~
う~ん。なんだかな~……
五条城で開催された宴の席で、わしは
メシは質素で少ない……城主があれほど太っているから、もっと豪華なモノが出て来ると思っておったのに……
わしはオカラや五目豆をつまみながら、隣に座ってお酌をしている者をチラッと見て目を戻す。
タヌキ……なんか中央で女物の着物を着たタヌキが踊っておるし……タヌキ侍達は惚けておるから、美人なんじゃろうけど……リータ達は尻尾を撫で回しておるから嬉しいんじゃろうけど……
楽しくな~~~い!!
なんじゃこのメシは! なんじゃこのタヌキどもは! わしをもてなす宴じゃろ? もっとわしを楽しませんか! お前達だけ楽しむな!!
百歩譲ってメシは許そう。この時代では、これでも豪華なのかもしれんからな。じゃが、タヌキが着物を着て化粧をしているのは違うじゃろ! 質屋といい、城主といい、わしに趣味を押し付けるな~~~!!
わしが黙り込んでおちょこに注がれる酒をグビグビ
「いい加減、こちらも見ておくんなまし。こうも酷い扱いを受けてしまうと、わっち、悲しくなりんす」
喋り方は色っぽいんじゃけどな~……それは胸を押し当てておるのか? 柔らかいとは思うが、全体が柔らかいからスケベ心がいっさい湧かん。
「あ、ああ。すまないにゃ……もしよければ、全員、人化させてくれにゃい?」
「あら? 王様はそちらがお好きでありんしたか。変わった趣味をお持ちでありんす。わかりました」
変わった趣味? わしをマニアックと言っておるのか!? どノーマルじゃぞ!!
タヌキ太夫はわしから離れると、舞子を中央に集めて全員で手を繋ぎ、後方宙返りをする。すると、「ボフン」っと鳴る音と煙りが立ち込め、シルエットが着物姿の女性に変わっていた。
そうしてどこからともなく風が吹き、煙が晴れると、タヌキ耳と尻尾を持つ美人が現れた。
おお! 見違えたのう。これじゃよこれ! あ、全員で踊り出した。うん、
タヌキ侍達がテンションが下がる中、わしは旨い肴に酒が進み、手酌でグビグビ飲んでいたら、タヌキ太夫が戻って来て酒を注ぐ。
「ようやくわっちも見てくれたでありんす」
「いや~。やっぱり、わしはその姿のほうが好きにゃ~」
「あら? そうでありんしたか。同じ種族なのに、ホント変わったお人でありんす」
「にゃ? わしはタヌキじゃなく、猫にゃ」
「猫?? ちょいと失礼するでありんす」
そう言うとタヌキ太夫はわしの尻尾に触れ、耳に触れ、
「ゴロゴロゴロゴロ~」
「猫でありんす……」
驚いてる? そのわりには撫でまくって来るな。猫好きなのか? あ、そこは……ヤバイ! リータ達が睨んでおる!!
「ちょ、立場が逆にゃ~。そういう事をするのは、わしの仕事にゃろ~?」
「あ、つい……そうでありんすね。どうぞわっちの尻尾も撫でておくんなまし。着物の中も触りたければどうぞ」
うっ……乳を揉んでいいのか? てか、お触りオッケーといい、この喋り方といい、舞子さんかと思っていたけど
わしはリータ達の殺気に怯えながら丁重に断る。
「妻が同席してるから無理にゃ……出来れば、撫でるのも勘弁してくれにゃ……」
若干、後ろ髪を引かれつつであったが……
タヌキ太夫も睨んでいる二人に気付き、わしを撫でる事をやめ、席を外して他のタヌキ花魁達にはタヌキ化するように言って戻って来た。
タヌキ太夫のファインプレーで、リータ達はわしから目を逸らし、何やらモフモフ言っている。
「そう言えば料理が質素に見えるけど、これが普通なのかにゃ?」
「料理でありんすか……ここだけの話にしてくれますか?」
「いいにゃ」
「実はですね……」
どうやらタヌキ太夫は三日連続呼び出され、内情は熟知しているようだ。
その話では、毎回豪華な料理が用意されていたらしいのだが、わしが現れないので全てタヌキ城主の腹に入ったと、料理番がコソコソと話をしているところを聞いてしまったとのこと。
どうしてわしにそんな話をしてくれるのかと聞いたら、タヌキ太夫達は二日連続呼ばれたのに、城主に追い返されて支払いもしてくれなかったので、恨んでいるようだ。
「ふ~ん……それは悪い事をしてしまったにゃ」
「い、いえ。王様が謝る事では御座いません」
「まぁ少なからずわしのせいでもあるし、給金代わりにうまい物でも食って帰ってくれにゃ」
わしは注目を集めると、白や黒の獣肉で作られた洋風の料理をたくさん並べ、何も無い場所から料理が現れて驚いているタヌキ達に語り掛ける。
「これはわしからの奢りにゃ。すんごくうまいから、ほっぺが落ちるにゃ~。芸者さんも、わし達の事は忘れて遠慮なく食ってくれにゃ~!」
わしの出した料理を食べたタヌキ達は、先ほどの
わしたち猫の国組は、それを笑いながら眺めて酒を飲む。そうして酒を飲んでいると、次々にわしの前に人が集まり、感謝の言葉を述べて行く。
「にゃははは。気にするにゃ。まだまだあるから、好きにゃだけ食って騒げにゃ~~~!!」
こうして宴は騒ぎ声の中、お開きになるのであった。
タヌキ花魁達は礼を言って去って行き、残っているわしの前にはタヌキ城主尚之を筆頭に、タヌキ侍達がずら~っと並んで土下座をする。
「大変、美味な物を振る舞っていただき、誠に感謝いたします」
「城主の最後の仕事へのはなむけにゃ。最後の最後に、いい思いが出来て幸運だったにゃ~」
「はっ! この思い、墓まで持って行かせていただきます。それと、此度の度重なる非礼、重ね重ね、お詫び申し上げ
「にゃははは。よきにはからえにゃ~」
こうして五条条訪問は、タヌキ侍が全て平伏す結果で終わり、頭を下げ続けるタヌキ達に見送られ、バスに揺られて帰るのであった。
御所に向かう車内では、運転するわしに玉藻がからんで来る。
「まったく……あのタヌキ供を手懐けるとは、そちは凄い奴じゃのう」
「たんに金をばら撒いたみたいにゃもんにゃ」
「金だけで、あそこまでにはならんぞ。いや、その金も力のひとつか……そちの国は、どれだけ金持ちなんじゃ?」
「わしの国にゃ? 我が国は……わりと貧乏にゃ」
「あれほどの料理を出す国が貧乏なわけなかろうが」
「たぶん、お隣の東の国ってところが、一番金を持ってるんじゃないかにゃ? 我が国はいいとこ、四番手にゃ」
「嘘じゃろ……」
「まぁ料理だけで言ったら、わし個人が持っている物は最高品質にゃ。前に、自分で狩りをしてると言ったにゃろ?」
「そうであったな……」
わしの話を聞いていた玉藻は、何やら考えてから口を開く。
「
「玉藻をにゃ?」
「そうじゃ」
「いいんにゃけど、名代の仕事はどうするにゃ?」
「そこは妾の娘に任せる。そろそろ代替わりをしようかと考えていたし、ちょうどいい機会じゃ」
「娘なんていたんにゃ~。でも、エロガキが玉藻から離れるのを拒みそうにゃ~」
「陛下をエロガキって……妾そっくりに
内密にするとは、玉藻ほどの戦力が離れると知られると、徳川に何かされる心配があるのかな?
「にゃるほど~。それじゃあ、数日後に帰るから、準備しておくにゃ」
「数日じゃと!?」
「にゃんで驚くにゃ?」
「徳川と会って帰らんのか?」
「あ~。会いたいけど、祭りの前後でもいいにゃろ。玉藻が言ってたにゃ~」
「それはそうじゃが、あそこまでしておいて、会わずに帰るとは……」
「こっちにも予定があってにゃ。そろそろ帰らないと間に合わないんにゃ」
「そうか。そちも忙しいのじゃな」
玉藻も納得してくれたところで、徳川には書状を届けてもらう事や他の話をしながら御所まで送り届けると、牛車の先導のもと、池田屋へ帰って就寝となる。
翌日は、クノイチのおりんさんがわし達の前に現れ、工場見学に連れて行ってくれた。天皇家御用達の蔵元と聞いていたのでわしは面白かったのだが、コリスがつまらなそうにしているので、リータ達に寄席に連れ出してもらった。
それからも工場見学や観光を続けて数日……帰る前日に、わしだけ平賀家に顔を出す。
また爆発音が聞こえて来たのでそちらに案内されると、源斉がアフロヘアーで消火活動中だったので、【水玉】をぶつけてあげた。
「おお! 師匠。ありがとうございます! お前達は準備を進めておけ!!」
「「「「「う~い」」」」」
筋肉だるま達が片付けや物を運ぶ中、源斉は尻尾を振りながら寄って来たので、渋々声を掛けてやる。
「相変わらずだにゃ~。今度は、にゃんの実験なんにゃ?」
「水で電池を作れないか始めたのですが、どうも爆発してしまいました。がはははは」
笑いごと? また蔵が破損しておるんじゃけど……
しかし、ニッケル水素電池に着手したのか。元の世界でもあったんじゃけど、リチウムイオン電池のほうが容量が大きかったはず。こっちを作って欲しいんじゃが……て、わしもそんな知識なかったわ。
煮詰まっているようじゃし、ヒントになるような物があれば天才揃いの平賀家なら、ビックリするような物を作ってくれるかもしれん。たしか、カーボンなんとかがどうのこうの……
「炭を使えば、電気をためられないかにゃ~?」
「炭? 炭ですか。炭で……」
お! 何か考え込んでおる。でも、このままでは、わしの用件が進まなさそうじゃ。
「源斉! わしは明日には国に帰るんにゃけど、現像のほうはどうなっているにゃ?」
「炭……現像?」
「写真にゃ~!」
「あ、え~と……妻に任せたような、そうでないような……」
ダメじゃ。数日前に源斉に頼んだはずなのに、奥さんに丸投げしやがったな。
「そっちは奥さんに聞くにゃ。それと、わしの国について来たい弟子はいたにゃ?」
「たしか、遠い分家が行くと言ってたような、そうでないような……」
「もういいにゃ! 奥さんの所に聞きに行くにゃ~」
「では、俺はさっきの案を考えてみます。炭か……」
源斉は心ここにあらずとなってしまったので、わしは奥さんに会いに行って、写真を受け取る。猫の国について来たい弟子の話も聞いてみたところ、研究以外に興味のない平賀家では、遠い分家の者しか手を上げなかったらしい。
その者は源斉達のような天才では無く、卒業論文で落ちた劣等生らしい。なので、行きたい部署に行けずに時計工場で働いているようだ。
だが、勉強熱心で学んだ事は一通り出来るらしいので、わしからしたら何も問題ない。有り難く知識を借りる事にする。それに、源斉みたいに扱い難いとこちらとしても面倒なので、劣等生のほうが助かるかもしれない。
ひとまず、現像に必要な道具だけは持って来させるように頼んで、名前と容姿だけ聞くと、明日の時間だけ厳守するように言っておいた。
それから、また来る時には綺麗な写真を撮って来ると言って、別れを告げる。
平賀家をあとにし、次の目的地にブラブラ歩く。一本道だと聞いていたが思ったより距離があったので、遅れてはいけまいと走り、街を抜けてあっと言う間に、上賀茂神社に着いた。
そこで、モギリの男に天皇家の御紋の入った招待状を見せて中に通してもらい、リータ達の座る升席を探していると、「わっ!」と場内が沸き上がった。
あら? 小兵キツネが太ったタヌキを倒したみたいじゃな。
ここは相撲会場。多くの観客の騒ぐ中、手を振るリータを見付けたわしは、駆け足で升席に向かうのであった。
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