579 長い夜パート2にゃ~


 ポポルいわく、わしの治療のおかげでルルは治ったらしいが、ヤマタノオロチ肉のうまさで気絶中だから本人に確認が取れない。

 もしかしたら、いまも体の中でウイルスと戦っている最中の防衛本能で眠っているのかもしれないので、このまま休ませる事と、明日、もう一度診るから呼びに来いと言って、ポポルの家をあとにする。


 小一時間ほどポポル家に滞在して外に出ると松明の火が消え、あんなにうじゃうじゃ居たウサギが一匹も見当たらない。

 まるで廃墟となったクリフ・パレスは、わしの記憶にある遺跡そのままの姿となり、ようやくクリフ・パレスに来れたと実感を持つ事となった。


 ポポルに連れられて歩いた道はどこだったかわからないので、崖まで近付き、崖伝いに歩けば、道に迷う事なくバスに到着した。

 中に入ると、皆は驚きの連続で疲れたのか、すでに布団に潜って寝ていた。わしは考えたい事があったので、皆に声を掛けず外に出ようとしたら、さっちゃんが尻尾を掴んで来たので一緒に外に出る。


 そうして崖近くにあるテーブルに着き、さっちゃんにはミルクティー。わしはコーヒーを飲みながらノートを開き、沈黙が流れる。



「状況を把握しろって意味……痛いほどよくわかったわ」


 長い沈黙の中、さっちゃんが口を開いた。


「でも、私はどうしても、民を切り捨てるなんて許せない……シラタマちゃん……なんとかしてあげて!」


 涙目のさっちゃんの懇願に、わしは目を合わせず、ノートを見ながら返す。


「にゃんとかと言われても……わしもどうしていいかわからないにゃ」

「シラタマちゃん……嘘でしょ? いつも真っ先に人を助けていたじゃない? シラタマちゃんなら出来るでしょ??」

「さっちゃんは、わしをにゃんだと思ってるにゃ? 神様とでも思っているにゃ? たった一人の人間に、出来る事は限られているにゃ~。あ、わしは猫だったにゃ。にゃははは」

「なに笑ってるのよ!」


 さっちゃんはわしの態度が気に食わないらしく、わしが読んでいたノートをバシンッと叩いたものだから、遠くに飛んで行ってしまった。

 その怒りにわしは一言も返さず、ノートを拾って元の席に戻る。


「じゃあ、さっちゃんはどうすればいいか、わかるのかにゃ?」

「わからないから聞いてるんじゃない!」

「わしもわからないって言ったにゃろ? わからないから考えているんにゃ。それをさっちゃんは、わし頼りにして、考える事を放棄するにゃ?」

「シラタマちゃんがわからない事なんてないでしょ! だって、未来から来たんでしょ!!」


 わしは、さっちゃんの目を真っ直ぐ見る。


「さっちゃんは勘違いしているにゃ。わしの生まれた世界は、この世界より、とても楽に生活が出来たんにゃ。そんにゃぬくぬく平和に育ったわしが、こんにゃ過酷な世界をよくする方法なんてわかるわけないにゃ」

「で、でも……」

「だから必死に考えているんにゃろ……。さっちゃんはウサギ族を見て、かわいそう以外の事を思わにゃいのか! これは、猫の国でも東の国でも起こる事態にゃ。いま、さっちゃんがする事は、人に頼るでなく、自分で考える事にゃ! 次期女王にゃろ!!」


 わしに怒鳴られたさっちゃんは一瞬下を向いたが、すぐに睨み返して来た。


「わかったわよ! 私がウサギ族を救うすべを見付けてやるわ! シラタマちゃんは黙って見てなさい!!」


 さっちゃんが怒鳴り返してブツブツ言い出したので、わしはそっとちゃちゃを入れる。


「このノート、参考までにどうぞですにゃ」

「ありがとう! でも、黙ってて!!」


 さっちゃんがノートをペラペラ捲りながらブツブツ言うと、またちゃちゃを入れる。


「打開策より、こんにゃ事態にならないようにする方法を考えたらどうかにゃ~?」

「わかってるわよ! 静かにしてて!!」


 またノートがペラペラと捲られ、さっちゃんが必死の形相で考え、時々わしがちゃちゃを入れて怒鳴られる。


 このやり取りは、別にわしはちゃちゃを入れていたわけではなく、さっちゃんの考えの微調整をしていただけ。ノートも、ウサギ族の現状を詳しくメモしたものだ。



 ちなみにノートの内容は、こんな感じ……



1 クリフ・パレス収容人数とウサギ族の人口。


 うっすらとした記憶の中に、クリフ・パレスでは千五百人が暮らしていたとあったのだが、ウサギ族はその四倍。正直、この時点で詰んでいる。


2 食糧問題。


 狩りだけでは到底足りなく、耕作地はあるが、獣の被害、天候によって収穫量が左右されるので、ちょっとの天候不良で詰んでしまう。


3 水問題。


 少し遠くにある川、雨水と魔法使いでなんとか持たしているが、こちらも天候、もしくは魔法使いが流行り病で倒れたら詰み。


4 戦士問題。


 ウサギ族の戦士はオニヒメいわく、全員ザコ。一番強いウサギで、ザコのムキムキ三弟子程度。たしかにザコだけど、本人の前で言っちゃダメだからね?


5 口減らし問題。


 毎年、数人から数十人。さらに数十年単位で、三分の一ほどのウサギ族がクリフ・パレスから追い出される。ちなみにヨタンカが酋長しゅうちょうに就任してからは、口減らしの数はかなり少ないそうだ。

 皆はどこに向かったかと言うと、ありもしない新天地。戻って来たウサギはいないとのこと。これがおよそ五百年間繰り返され、近々ヨタンカが十数人のウサギ族と共に、新天地に向かうらしい。

 

6 過去の酋長の政策。


 集落の拡張、移住先の探索、農業改革、戦士の育成、一人っ子政策、等々。思い付く限りの事はやっていた。

 ただ、一人っ子政策だけは、効果は絶大だったようだが、滅亡しかけて禁忌の政策となっている。


7 ウサギ族の死因。


 一番多いのは事故死。その中で一位は猛獣被害。二位は滑落事故。毎年、百人以上が亡くなっている。

 ウサギ族は弱いので、数で種族を維持しなくてはいけないのに一人っ子政策をしたが為に、数十年経った頃には十分の一以下まで人口が減ったそうだ。


8 ウサギ族の特徴。


 変身魔法を使って立って歩いているのではなく、この姿で生まれる。伝承では、毛のない一族との間になした子供とあったので、おそらくワンヂェンと同じく、ぬいぐるみ第一世代。

 近親婚を繰り返したので、猫耳族のようにモフモフが退化しなかったと思われる。そのせいで、体が1メートル前後で細くて弱いのかもしれないが、医者ではないので予想の範疇。

 毛皮の色は何種類かあって、一色のウサギも居れば、混ざっていたり、点々だったりと、ウサギによって違いがあるしい。ちなみに、白と黒のウサギだけは生まれた事がないようだ。




 さっちゃんがウサギ族を救う方法を考え始めて二時間……


「ぐっ……考えれば考えるほど、酋長が正しい気がする……いえいえ、何か方法があったはずよ」


 さっちゃんは何度も同じ結論に行き着いていた。


「ほい。お茶の代えですにゃ~」

「ありがとう! でも、邪魔!!」

「お茶菓子もどうですにゃ~?」

「食べる! けど、邪魔って言ってるでしょ! いい加減にしてよ!!」


 わしがちゃちゃを入れても一向に顔を上げなかったさっちゃんであったが、さすがに連続してちゃちゃを入れたらわしの顔を見てくれた。


「もう! 何よその顔は!!」


 わしの顔はニンマリ。自分ではどんな顔で笑っているかわからないが、さっちゃんからしたら不快なようだ。


「いや~……さっちゃんはいい子だと思ってにゃ。まさか見ず知らずのウサギにゃんかの為に、それほど汗を流すとは思っていなかったにゃ」

「ウサギ族の為じゃないわ。シラタマちゃんが言ったでしょ? 東の国でも起こる事態だって……これが解決できない事には、女王なんて務まらないわ!!」

「お~。立派にゃ~。かっこいいにゃ~」

「またふざけて……」


 わしがぶにょんぶにょんと拍手すると、怒りの表情でキッと睨まれた。


「ちにゃみに女王にゃら、どうやって解決するんだろうにゃ~?」


 しかし、ニヤニヤしながら女王と口に出してみたら、さっちゃんは怒りの顔から希望に満ちた顔に変わった。


「お母様? そうね。お母様なら……私にはわからない答えにも、必ず正解に辿り着くはず……そうよ! お母様に教えてもらえばよかったのよ!!」


 さっちゃんは長い考えにようやく終止符が来たと興奮して立ち上がった。


「それは無理だにゃ~」

「なんで? あのお母様が答えを知らないわけがないわ」

「残念にゃがら、女王は知らなかったにゃ」

「はあ!? なんでシラタマちゃんがそんな事を知ってるのよ!!」

「わしもさっちゃんぐらいの剣幕で、女王を怒鳴り付けた事があるからにゃ。あれは……」


 興奮したさっちゃんは、わしの話を聞き終わると、ドサッと腰を落とす。


「それじゃあ、お母様も、答えを知らないってこと、じゃない……」


 わしが話した事は、三年前、食糧難であった東の国で起きた悲劇。リータの村がイナゴに襲われ、女王が見捨てようとしたこと。その背景には、帝国との戦争があった事までを教えてあげた。


「だろうにゃ。難しい問題にゃ。ちにゃみに、この問題には答えがないにゃ」

「そうよね。お母様でもわからないんじゃ……え??」


 さらっと答えが無いと言うと、さっちゃんは遅れてわしを二度見した。


「いま……なんつった??」

「答えが無い……ま、正確に言うと、少ない被害で、どれだけ救えるかってのが答えにゃ。あ、これは酋長がやってる事だったにゃ。にゃははは」


 わしが笑うと、さっちゃんの額にニョキニョキと角が伸びるように見えた。


「じゃあ、今まで考えていたのはなんだったのよ!」

「落ち着けにゃ~。この問題は、猫の国でも東の国でも起こると言ったにゃろ? だから、さっちゃんにはあらゆる方法を考えてもらいたかったんにゃ」

「え……なんでそんな事を……」

「答えが無い問題にも、わしや女王は答えを出さないといけない事があるんにゃ。女王の場合だと、食糧難が起きた場合の為に、一年は耐えられるだけの蓄えを用意してたんだろうにゃ。でも、来年も不作だった場合を考えて、少し出し渋ったと思うにゃ。おそらくそれで、餓死者を出すと気付いてはいたけど、断腸の思いだったはずにゃ」

「全部出しておけば……」

「まぁ最後まで聞けにゃ」


 さっちゃんが口を挟もうとしたが、肉球を見せて止める。


「一年目を乗り切っても二年目も不作。女王は正解を出したとその時は思っただろうにゃ。でも、戦争の情報が入って、どうすればいいか凄く悩んだはずにゃ。準備をしてたのに、助けたいのに……それをすれば、もっと多くの民が死ぬ……血を吐く思いで決断したんにゃろ。小を切り捨て、大を守る。こんにゃ決断、誰もやりたくないにゃ。そうにゃろ? でも、誰かがやらないとダメにゃ。それはわしであり女王であり、さっちゃんにゃ」


 女王の気持ちを代弁すると、さっちゃんの肩に重たい物が乗ったように、わしの目には見えた。


「その二年……どれだけ人が死んだか、わしは知らないにゃ。さっちゃんは聞いてるにゃ?」

「ううん……でも、城では騒ぎになってなかったから、そんなに亡くなってないんじゃ……」

「さあにゃ~? ただ、あの当時、わしはいろんにゃ村を回っていたにゃ。どこも酷い状態だったにゃ。王都でも餓死者が出ていると聞いていたし、その他の街でも出ていたんだろうにゃ。お城の中に居ては聞こえない声を、わしは聞いていたにゃ」

「そんな時に、私は……」

「まぁさっちゃんは十二歳と幼かったからにゃ。女王がさっちゃんの耳に入れなかったのかもにゃ。それとも、娘には、自分の決断で人を死なせたと言いたくにゃかったのか……これもわしの通る道だにゃ。わしも伝えるかどうか考えなきゃだにゃ~。あ~あ。王様って、にゃんて大変にゃ仕事なんにゃろ」


 いつの間にかわしの話は愚痴になっていたので、「ハッ」としてさっちゃんを見る。


「にゃんだか締まりが悪くにゃったけど、わしの言いたい事はこれだけにゃ。どんにゃに難しい問題でも、答えが無くとも、非情な決断をしないといけない時が必ず来るにゃ」

「……それを、ウサギ族を使って教えてくれたの?」

「まぁにゃ。わしが答えを言うのは簡単にゃけど、さっちゃんには考えもしない人になって欲しくなかったんにゃ~」

「むぅ……」


 さっちゃんはわしの出した問題に納得はしたようだけど、それでも不機嫌に頬を膨らませる。しかし、その数秒後には、凛とした表情に変わった。


「決断……私にしか出来ない決断が、この先の未来に待っているのね。シラタマちゃん、教えてくれてありがとう。私は今日、民の窮地を救える決断が出来る女王になると、ここに誓うわ」


 さっちゃんの決意の顔は、まるで女王が乗り移ったかのように凛々しくて、わしは自然と立ち上がって拍手を送っていたのであった。

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