434 関ヶ原、開会式にゃ~
オクタゴンで前夜祭を行った次の日、ついに関ヶ原の幕が開く。
西の地の出席者は、オクタゴン屋上観覧場に設置されたテーブル席に着き、今か今かと開幕を待っている。
宿場町側には、大きな
会場を挟んで、オクタゴンの対面にも複数の建物があり、雛壇には多くのタヌキが並んでいるように見える。
わしは玉藻に呼び出されていたので、
「おはようにゃ~」
「おはようございます」
「ああ。おはよう」
わし達が挨拶をすると玉藻が返してくれるが、ちびっこ天皇は元気がない。目が赤いところを見ると、昨日のお仕置きが尾を引いているようだ。なので、服を褒めて機嫌を取ってやる。
「にゃんとか間に合ってよかったにゃ~。似合っているにゃ~。超かっこいいにゃ~。さっちゃんもそう思うにゃろ?」
「うん! とっても似合っていますよ」
わしの褒め言葉には耳を貸さない燕尾服を着たちびっこ天皇だが、さっちゃんが褒めると顔を上げた。
「さっちゃん……」
「今度、東の国の舞踏会に連れて行ってあげるから、元気出すにゃ~」
「舞踏会……」
「そうにゃ。さっちゃんに似た貴族の美人さんが集まるにゃ~。ちびっこにゃら、モテモテだろうにゃ~」
「お……おお! モテモテ!?」
わしの励ましの言葉に、ちびっこ天皇はフゴフゴ言って元気が出たようだ。だが、さっちゃんにも言い寄ろうとしたので、わしが間に入って止める。
「これ。変な事を言うでない。本気にするじゃろうが」
玉藻もそれを
「それぐらい許してやれにゃ。主催者が元気がないと、元も子もないにゃろ」
「それはそうじゃが……」
「てか、ちびっこをここまでへこませるって、玉藻はいったいにゃにをしたんにゃ?」
「ちょっと逆さ釣りにしてこちょばしただけじゃ。今まで
いや、逆さ釣りって、拷問の一種じゃろ? それをちょっととは……さっちゃんも驚いておるぞ。
それにこちょばすって……それはそれで、違う扉を開けないか心配じゃ。
「おはよう御座います」
わし達が雑談していると、見知った紋付き袴を着た白タヌキが入って来た。
「時間通りじゃな」
「秀忠。久方振りだな」
見知った白タヌキとは、徳川将軍秀忠。玉藻は少し嫌み臭く声を掛け、ちびっこ天皇は気にする事なく声を掛ける。
「天皇陛下にあらせましては……」
そうしていつもの挨拶なのか、
「シラタマ王も、お元気で何よりだ」
「会ってから、それほど時間が経ってないにゃ~」
「ははは。そうであったな。それでそちらの、
「東の国の王女様にゃ」
「お初にお目に掛かります。私はサンドリーヌと申します」
秀忠の問いに、わしがさっちゃんの紹介をしようとしたら、先に頭を下げて、念話入り魔道具を使って挨拶をする。さっきまで大きなタヌキを見て目を輝かせていたけど、自制を効かせたようだ。
「東の国とは?」
「言わなかったかにゃ? 世界は広く、国もいっぱいあるにゃ。その中のひとつ、東の国の王女様が、さっちゃんにゃ。今日、参加するって聞かされているはずなんにゃけど……」
「き、聞いておりませぬぞ!」
「玉藻~。また意地悪したにゃ~?」
秀忠が驚いているので、わしは玉藻を
「妾も忙しかったから、すっかり忘れておったわ。コンコンコン」
嘘くせ~! ぜったい驚かそうとしてたじゃろ!!
「まったく……。今回の関ヶ原には、多くの国の王様、王族がやって来てるにゃ。挨拶したいにゃら、いつでも言ってくれにゃ~」
「かたじけない。時間が出来たら、必ず顔を出すと伝えておいてくれ」
「わかったにゃ~」
そうして秀忠を含めて雑談していると、係の者が呼びに来たので、わし達はレッドカーペットを歩く。
その光景は、いつもの関ヶ原の光景と違ったからか、観客からどよめきの声があがる。
猫のわしを見て、どよめいているのではない。ちびっこ天皇の燕尾服姿を見て、どよめいているわけでもない。
長い金色の髪を揺らし、凛と歩く、さっちゃんを見てだ。
この為に、玉藻にさっちゃんを連れて来いと言われ、この為に、わしとちびっこ天皇は燕尾服を着ていたのだ。そのせいで、わしとちびっこ天皇は、主役をさっちゃんに奪い取られてしまった。
どよめきの中、レッドカーペットが直角に曲がれば、先を歩く玉藻と秀忠が直角に曲がり、続いてちびっこ天皇が曲がり、最後にさっちゃんの手を引くわしも直角に曲がる。
そうして、レッドカーペットが途切れる関ヶ原の舞台中央辺りまで着くと振り返り、わしとさっちゃんはちびっこ天皇の右側。玉藻と秀忠は左側に立ち、観客が静まるのを待つ。
公家装束の警備員が観客を静めると、ちびっこ天皇が
『驚かせてすまなかった』
ちびっこ天皇の第一声に、固唾を呑んだ観客の視線が集中する。
『本来ならば、関ヶ原を開会する言葉を宣言するだけなのだが、今日はその前に紹介したい者が居る。二人とも、前に出てくれ』
ちびっこ天皇のお願いに、わしはさっちゃんの手を取り、共に一歩前に出る。
『この者は異国の者……猫の国シラタマ王と、東の国サンドリーヌ王女だ。今日、関ヶ原を見に来ている者は、この者だけではない。右手の建物を見てくれ』
ちびっこ天皇が右手をかざすと、観客は一斉にオクタゴンを見る。
『あそこには、十を超える国、十を超える王、百を超える異国の者が、我らの祭りを観覧している』
ちびっこ天皇は一度言葉を切ると、高らかに宣言する。
『異国の者に、恥じぬ祭りにしようぞ! 関ヶ原の開幕だ~~~!!』
「「「「「わああああ!!」」」」」
ちびっこ天皇の言葉に、観客は今まで溜めていたモノが弾け、爆発のような歓声が響き渡った。その大歓声を聞きながら、玉藻と秀忠はお辞儀。
わしは足を引いてお辞儀するボウ・アンド・スクレープで、さっちゃんは足を引いてスカートを軽く持ち上げるカーテシー。これで文化の違いが少しでもわかってくれるだろう。
それから行きと同じく厳かに下がり、控室に戻ると、わしとさっちゃんは大きなため息を吐く。
「「はぁ~~~。緊張したにゃ~~~」」
「「にゃ??」」
お互いため息を吐いたあとは、疑問の声が重なってしまった。もちろんお互い「にゃ」に引っ掛かったわけではない。わしはちょっと引っ掛かったけど……
「シラタマちゃんが緊張なんて珍しいわね。いつだってふざけているのに……」
「それを言ったら、さっちゃんだって凛としてたから、緊張してないと思ったにゃ~」
「だって、新天地で言葉の通じない他国よ? 緊張だってするよ~」
「わしだって、またスピーチさせられるかと思って、ビクビクしてたんにゃ」
「あははは。シラタマちゃんも?」
「にゃははは。玉藻はたまに無茶振りして来るからにゃ~」
わし達が笑っている横では、玉藻がちびっこ天皇を説教している姿がある。
「最後のアレはなんじゃ? 式典で天皇陛下が叫んではいけないと、あれほど言ったじゃろうに」
「うぅぅ。つい、勢い余って……ごめんなさい」
あらら。怒られておる。たしかに、元の世界でも天皇陛下が大声を出している姿なんて見た事がないな。大声なんて、
でも、天皇だって人間なんじゃから、笑い、泣き、何かに心を動かされる事もあるじゃろう。この歳で、天皇の重圧を耐えているのじゃ。少し助けてやるか。
わしは説教をしている玉藻の前に立ち、ちびっこ天皇を守る。
「今日はお祭りにゃんだから、そんにゃ小さにゃ失敗を
「しかしだな……」
「天皇にゃんて、国民に愛される存在にゃ。歴代の天皇のように愛されにゃくても、ちびっこならではの愛され方をされたらいいんじゃないかにゃ? もちろん、歳相応の礼節は必要だけどにゃ」
「それはシラタマの、元の世界の天皇陛下も、違ったという事か?」
玉藻の質問に、チラッとさっちゃんを見たらわしの事をガン見していたので、秀忠の太い尻尾を抱かせる。
「モフモフ~!」
「な、何をする!」
「ちょっとだけ、さっちゃんに撫でさせてやってくれにゃ。あとでそれ相応の対価を支払わせてもらうにゃ~」
早口で捲し立てると、わしは玉藻の手を引いてその場を離れる。
「元の世界の事は、口にしないでくれにゃ」
「あ、ああ……すまない」
「それで質問に答えるけど、元の世界の天皇陛下は、異国と大きな戦争を経験したあと、人間宣言ってのを行ったにゃ」
「神から人になったのか!?」
「そうにゃ。そのせいで、天皇のあり方が、ガラッと変わったにゃ」
「ま、まさか戦争に……」
玉藻は驚愕の表情を浮かべて言葉を詰まらせるので、わしがその先を重苦しく口に出す。
「……負けたにゃ。でもにゃ、制度として残って、どの陛下も試行錯誤しながら、天皇のあり方を考えていたにゃ」
「天皇のあり方……」
「もしかしたら、いまが変革の時かもしれないにゃ。だから、ちびっこにも自分の天皇像を探させたらどうにゃ?」
「天皇のあり方か……なるほどのう」
玉藻はもう一度呟くと、難しい顔をしながら納得する。これならば、今日のちびっこ天皇の説教は無くなると思い、わしはさっちゃんの元へ戻った。
「モフモフモフモフ~~~!!」
「こ、これ! 女子が男の尻尾をまさぐるでない!!」
さっちゃんは、三本の太い尻尾にご満悦。それとは違い、秀忠はかなり迷惑そうにしている。なので、わしはさっちゃんの顔に飛び付き、モフモフチェンジ。
たぶんだらしない顔をしているだろうけど、わしのおかげで恥態を
ひとまずさっちゃんは落ち着いたので、わしは尻尾を抱えて涙目の秀忠に詫びる。
「いきなりすまなかったにゃ。わし達はこれ以降、あまり外に出ないから、大事にゃ祭りを邪魔しないからにゃ。それじゃあ、わし達は行くにゃ~」
「モフモフ~」
さっちゃんは返事らしき声を出して歩くが、明後日の方向に歩くので、顔から飛び降りて手を引いて帰ろうとする。
「待たれよ」
「にゃ?」
しかし秀忠に止められたので、振り返る。
「父上がシラタマ王と会うと言ってくださっておる。そなたも会いたがっていただろう?」
「にゃ! そうにゃ。挨拶したかったんにゃ~!」
「我々は、これほど多くの王が集まっているとは聞いておらなんだから、ひとまず一人で来てくれるか?」
「わかったにゃ。すぐにさっちゃんを送って戻って来るにゃ~!」
「ならば、妾が送ってやろう」
わしと秀忠の会話を玉藻が聞いていたらしく、さっちゃんを預ける事となった。これほどの護衛はわし以外には存在しないので、安心して任せるが、さっちゃんは九本の尻尾に包まれて嬉しそうだな……
わし達は、凄いスピードで離れる歓喜の「モフモフ~!」を見送り、徳川の観覧場に向かうのであった。
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