435 徳川家康にゃ~


 わしと秀忠が徳川の観覧場へ向かっている途中、東西の踊り子が会場となっているグラウンドに雪崩れ込む。どうやら今日の午前の部は、踊り対決のようだ。

 東軍のさんさ踊り、西軍の阿波踊り、踊る阿呆に見る阿呆。交互に踊り、さらに東西から違う踊り子が雪崩れ込むらしい。


 その騒がしくも面白おかしい踊りを横目に見つつ、秀忠に質問しながら歩き、わしは徳川の観覧場に辿り着いた。


 うん。紋付きタヌキばっかり。こいつらは、全員、徳川の家臣か……女だと思われるタヌキが見付からないな。連れて来てやったらいいものを……宿場町側に着物姿のタヌキが多かったし、違う所で見ているのかな?

 それはそうと、ずっと気になっていた雛壇ひなだんの奥にある五重塔……なんでこんな所にあるんじゃろう? それと複数の屋敷。寺院みたいじゃな。徳川家康は、どこかの屋敷に居るのかな?


 秀忠の案内で寺院内を歩くが、わしの予想は大ハズレ。中央の五重の塔に連れて行かれた。

 秀忠に続いて大きな扉を潜って中に入ると、横長で少し長い階段を上がり、五重塔の中央辺りにあると思われる二階に到着。

 十人のタヌキ侍が頭を下げる真ん中を通り抜け、タヌキ侍が大きなふすまを開けると、巨大な五尾の白タヌキが背を向けていた。


「父上。シラタマ王を、お連れしました」


 秀忠が声を掛けると、浴衣を羽織った巨大なタヌキは、ゆっくり振り返ってわしを見つめる。


 これが徳川家康……本当にタヌキだったんじゃな。秀忠がタヌキだから当然か。

 背丈が五メートルってところ。どうりで五重塔が二階しかないわけじゃ。こんなにデカイと、入らんわな。

 てか、これは人型、獣型、どっちじゃろう? タヌキは見た目じゃわからん。わしぐらいハッキリ変身してくれんとな。……はて? 誰かが「お前も似たようなもん」とか言ってる気がする。2000パーセント気のせいじゃな。


 家康がわしを見て一向に口を開かないので、わしも家康を見つめていると、家康の顔が急に崩れる。


「おうおうおう。そなたがシラタマ王か。楽にしてくれ。すぐに茶を用意させるからな」


 家康はそう言うと、目配せだけで人を使う。秀忠に視線を向けると、秀忠はわしを座布団に案内し、隣り合って座らせる。脇に座る帽子を被った袈裟けさ姿のタヌキに目配せすると、茶をたて始める。

 そうして家康が対面に座ると、自己紹介が始まるかと思えたが、秀忠がサササッと近付いて、耳打ちしてから戻った。


「では、改めて……わしが徳川家康じゃ。隠居して、なんの力もないジジイなのに、ご足労させて悪かったのう」


 まさにタヌキ……将軍の秀忠含めて全員緊張してるんじゃから、現役バリバリじゃろう。


「わしは猫の国、国王のシラタマにゃ。ご老公は病をわずらっていると聞いていたのに、お会いしてくれて有り難うにゃ~」


 わしが感謝の言葉を送ると、家康は笑いながら肩をさする。


「ほっほっほっ。そうなんじゃ。この歳になると身体中痛くてな。肩は痛いは腰は痛いは全部痛い。薬を呑んでも治らんのじゃ」


 うん。タヌキじゃな。おそらく、尻尾の数から見て五百歳代じゃろ? 千年生きるとしたら、まだまだ働き盛りじゃ。隠居するのが早すぎたんじゃね?

 まぁせっかく憧れの徳川家康に会ったんじゃ。ここは下手したてに出ておこう。憧れたのはタヌキじゃないけど……


 わしは次元倉庫を胸元に開いて、紙に乗せた高級薬草を取り出し、自分の前に置く。


「これはわし達の住む土地で、万能薬として使われている薬草にゃ」

「万能薬……」

「打ち身、切り傷に貼ると一日ぐらいで治り、刻んで呑めば、各種痛みが引く優れ物にゃ。どうぞ、これを使って長生きしてくれにゃ~」

「おお~。そのような素晴らしい薬をいただけるとは、助かるのう。秀忠」

「はっ!」


 家康は前のめりになったが、秀忠に持ってこさせて高級薬草の匂いを嗅ぐ。


「なるほど……新津にいつで育てた薬草のように、呪力がみなぎっておる。これなら、儂の病にも効きそうじゃ」


 新津……玉藻から呪力場と聞いておったけど、徳川の領地なのか? そんな場所を独占して、玉藻は何も言わんのじゃろうか?


「お気に召してくれて幸いにゃ~」

「贈り物を貰っておいてこんな事を言うのも心苦しいんじゃが、シラタマ王の住む土地の事を質問してもよいか?」

「お安いご用にゃ~」


 わしの返事のあと、ちょうどお茶が並び、三人で少しすすってから質疑応答が始まる。

 家康の質問は、基本的に秀忠に話をしたことの事実確認。ただ、遠巻きに国力の話を聞いて来たので、そこはお茶を濁しておいた。玉藻は知っているから、わざわざ教える事でもないだろう。

 その他に多い質問は、わしのこと。小さいタヌキと言って来たので、猫だと訂正。どこをどう見たらタヌキだと思われるかがわかりかねる。

 わしの強さについても遠巻きに質問して来たので、玉藻の足元にも及ばないと嘘を言っておいた。その時、鋭い目を一瞬していたが、気付かない振りをしてお茶を濁す。


「なかなか面白い話を聞けたのう。それで、国宝の毛皮を見せてもらったのじゃが、これはお主が狩ったのか?」


 またわしの強さの質問か……どうしてそんな質問ばかりするんじゃろう? まさか、我が国に攻め入ろうとしてるんじゃないじゃろうな?

 もうお茶を濁すボキャブラリーも使い切ったし、これぐらいの白い獣なら、言ってもいいか。5メートルの尻尾三本じゃしな。


「わしと仲間で狩りましたにゃ。けっこう苦労したから、日ノ本で高値が付くと聞いて嬉しかったにゃ~」

「なるほどのう。シラタマ王は、狩りも達人なんじゃな」

「滅相もないにゃ。わしより上は、にゃん人も居るにゃ~」

「またご謙遜を……」


 家康はアゴから伸びた毛を触りながら、鋭い目を向ける。


「ところで、関ヶ原の祭りには、何か出場するって事はないかのう?」

「出場にゃ? わしは見に来ただけにゃんで、出るわけないにゃ~」

「天皇陛下からも、玉藻様からもお声が掛からなかったのか?」


 この質問はなんじゃ? 出してくれるのなら出たいけど、何をするかもしらん。阿波踊りも踊れんしな。


「初めて見て、驚きたいってのもあったから、詳しい内容事態知らないにゃ。てか、わしに出られたら困る事があるのかにゃ?」

「いやいや。出たほうが、もっと楽しめると思っただけじゃ」

「たしかにそれもありだにゃ~。今回見て、楽しそうにゃ事があれば、次回に頼んでみるにゃ」

「そうかそうか。次回、開催の際は、儂に言ってくれたら、どの競技にも参加させてやるからな」

「お~。それは有り難いにゃ。その時は、お頼みしますにゃ~」


 これは、家康に頼まなくとも、玉藻に頼めばいけるって事じゃな。まぁわしが戦闘系の競技に出てしまうと、日ノ本の者なんて無双してしまいそうじゃし、自重するしかないな。


「おっと、客人ばかりに喋らせてしまったな。何か聞きたい事があれば、どうぞ言っておくれ」

「あ~……」


 何から行こう……信長? 秀吉? 関ヶ原? 聞きたい事が多すぎる! やはりここは、うんこ漏らして逃げた事か? 嘘って話もあるし、どっちが本当か知りたい……いやいや、そんなつまらん事を聞いてどうする!

 てか、そう言えば、いま何時じゃ? けっこう話し込んだ気がする。……わ! 一時間近く話しておった。関ヶ原を見に来たのに、タヌキしか見ておらん!

 残念じゃが、ここはもう一度アポイントを取っておくか。


「話をしたい事はいっぱいあるんにゃけど、そろそろおいとましようと思うにゃ」

「もうか?」

「はいにゃ。関ヶ原を楽しみたいからにゃ~。だから、関ヶ原が終わってから会ってくれないかにゃ?」

「おお。そうじゃな。そのほうがゆっくり話せるな。その時には、使いの者を送ろう」

「ありがとにゃ~。あ、そうにゃ。これ、お昼にでも食べてくれにゃ~」


 わしはそう言うと、江戸の寿司屋で握ってもらった白タコ寿司と、白い巨象のステーキを三人分取り出した。


「毒味が必要だと思うから、少し多目に置いて行くからにゃ」

「ほう……気遣い痛み入る。味わわせていただこう」

「それでは失礼しますにゃ~」


 わしが立ち上がると秀忠が送ると言って来たが、「そのまま、そのまま」と断って、部屋の外にいるタヌキ侍に、寺院の外まで送ってもらうのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *


 シラタマが出て行った部屋の中では、家康と秀忠が難しい顔で話し合う姿があった。


「父上……あの者を危険視するなんて、それほど心配する事でしょうか?」

「お前は相変わらず甘いな」

「しかし、強さの欠片も感じられません。そのような言動もありませんでしたし……やはり、伊蔵いぞうは玉藻が倒したのでは」

「儂も呪力で強さを隠しておるだろう。それにな、言動も強さに関しては、慎重にしておったぞ。あやつ、自分の事は猫だと言っておったが、中身はとんだタヌキじゃ。騙されるでない」

「は、はは~」


 家康に睨まれた秀忠は、かしこまって土下座する。


「まぁ関ヶ原の競技に関しては、出場しないのはわかった。これで、今回も新津は我等が徳川の物となるのは磐石じゃ」

「京は明治以降、侍の力の低下が酷いですからね。今回も確実に、徳川に軍配が上がる……いえ、戦う前から決まっていましょう」

「わははは。自信がありそうじゃな」

「それはもう……日々の鍛練はおこたっておりません。十本刀も、前回より、さらに磨きが掛かっております」

「それは見物じゃ。まぁ実力を引き出してくれる者がおったならばじゃがな」

「はい!」

「「わ~はっはっはっ」」

「「ポンポコポコポン」」


 こうして徳川親子の笑い声と腹鼓はらつづみが、五重塔に響き渡るのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 わしは徳川陣営を出ると、オクタゴンに戻る。オクタゴンは会場を挟んで対面にあるので、会場をぐるっと回るのは面倒だが、各種踊りを見ながら歩く道は、暇に絶えない。

 そうして歩いていると、東軍陣営の踊り子の入れ替えに遭遇した。


「にゃ!? ちょっと……にゃに?? やめるにゃ!! わしは違うにゃ~~~!!」


 よそ見をしていた事が仇となって、わしは踊り子集団に呑み込まれ、会場に流されてしまった。


 ヤバイ……何かしないと、わしだけ浮いてしまう。祭りの邪魔になりたくないし……かと言って、踊りなんて自信がない。

 ええい! ままよ!


「あ、よいとせのこらせのよいとせのこらせにゃ、あ、よいとせのこらせのよいとせのこらせにゃ……」


 わしは腕をくねくねと振ってがに股で横歩き。アホの猫となってオクタゴン方面に会場を横切る。

 しかし、起死回生のわしの踊りは、音頭が変わって西軍踊り子の順番になってしまったので、踊りも変更せざるを得ない。


「変にゃ猫さん。変にゃ猫さん。変にゃ猫さんったら変にゃ猫さん」


 柏手を打って、手を空へ。ぐるぐる手を回して胸を張りながら横移動。まさしく変な猫となって、必死に会場を突っ切るわしであったとさ。

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