275 村の視察 ケース3ー1


 村の視察を行って四日目。今日のノルマをこなせば半分を超える。もしも猫騒動が起こっても折り返し出来るので、いいペースだと思う。


「予定より遅れているので、なんとか二件回りたいですね」


 美少女秘書のリータが、機内で厳しい意見を述べる。だが、わしはいいペースだと思う。


「今日も猫騒動が、上手く収まるといいニャー」


 美少女猫耳秘書のメイバイも、わしのせいにして来る。わしのせいではないはずだ。でも、心の中で美少女と言ったせいか、それ以上の追求は無かった。ただ、撫でるだけだ。

 今日は前列に座らせたのが仇となって、五番目の村に着くまでゴロゴロ言わされてしまった。


 村に着くと例の如く、マスコットキャラを残して村人の説得に走らせる。わし達はその間暇なので、コリスの相手だ。

 ワンヂェンと二人でコリスを撫でたり揉んだりしていれば、「ホロッホロッ」とご機嫌だ。コリスもお返しとばかりに抱き抱えて頬擦りする。猫サンドイッチもお気に入りのようだ。



 そうこう遊んでいると、リータが飛行機に駆け込んで来た。


「シラタマさん! 大変です!!」

「ゴロゴロ~。獣でも出たにゃ?」

「盗賊です! 村の人も怪我人がいっぱい居ます」

「にゃ!? ワンヂェン。コリス。行くにゃ~」


 わし達はリータのあとに続いて、汚い掘っ立て小屋に入る。ちなみにコリスは小屋の入口が狭かったので、シェンメイと遊んでいるように言っておいた。


 掘っ立て小屋の中では、十人の村人が傷の痛みにうめき声をあげていた。


「メイバイ。傷の酷い人はわしが診るにゃ。浅い人は、ノエミとワンヂェンにゃ。指示してくれにゃ」

「それじゃあ、シラタマ殿はこの二人をお願いニャー」


 応急処置をしていたメイバイの指示に従い、わしは死にかけていた者を、回復魔法で治す。ノエミとワンヂェンも回復魔法が使えるので、命に別状のない傷なら問題ない。


 刀傷か……。治す事は出来たが、血を流し過ぎている。このままでは今夜が山じゃ。輸血が出来たら助かるんじゃろうけど、そんな知識は無いし……奇跡を信じるしかないか。


 わしはリータとメイバイを外に連れ出すと、キッチンを取り出す。


「炊き出しですか?」

「その前に、ジャガイモの料理を作ってくれにゃ。ジャガイモをすりおろして、牛乳で煮詰めてくれにゃ。あと、薬草も刻んで入れてくれにゃ」

「いいけど、なんでニャー?」

「二人は長くは持たないかもしれないにゃ。だから、奇跡を起こすにゃ。使うジャガイモは巨象の血を八倍に薄めた物にゃ。わしの言ってる意味、わかるにゃろ?」

「はい! 急いで作ります!!」

「任せてニャー!」


 料理を二人に頼むと、わしは小屋に戻る。ノエミとワンヂェンはよくやってくれているが、わしより治す速度が遅いので、十人中、六人をわしが担当した。

 最後の一人を治している時の二人の真剣な目は、わしの魔法をパクる気まんまんだった。なのでノエミとの約束もあったので、レクチャーしながら治す。


 皆の処置が終わると、料理が出来たと鍋を持ったリータ達が入って来たので、その鍋を氷魔法で急速に冷ます。

 巨象の血のジャガイモで作られた、ビシソワーズ素人風の完成だ。味は二の次。すりおろして牛乳で喉を通りやすくしたので、病人でも食べやすい。これで、体力の回復をうながす。



 ここはひとまずリータとメイバイに任せてわしは、村長の息子から聞き取りをしていたケンフのそばに寄る。


「猫!?」


 村長の息子は驚いているので、ケンフから話を聞く。


「それで、にゃにが起きたんにゃ?」

「昨日、盗賊の襲撃を受けたみたいです。食べ物が無いと言うと信じてもらえず、対応していた村長や村の男が斬られたらしいです」

「にゃるほど。息子さん。そろそろ帰って来てくれにゃ~」

「……はい」


 村長の息子は、まだ若干落ち着きに欠けるが、わしは気にせず質問する。


「それで食糧は全然無いのかにゃ? あ、わし達は奪うつもりはないからにゃ。持って無いにゃら分け与えるにゃ。話を聞いていると思うけど、嘘偽りの無い、王の言葉にゃ。信じてくれにゃ~」

「……わかりました。本当は食糧はあります。ただ、これが無くなると、次の収穫まで食べる物が無くなるので嘘をつきました」

「そうにゃんだ。住人の為、村長は危ない橋を渡ったんだにゃ」

「はい……」

「それにしてもわしだったら、この村を見ても食糧があると思えないにゃ」

「それが……確証は無いのですが、盗賊に見た顔があったのです。たしか、貴族様の使いだったような……」


 貴族の使い? 貴族でこの村の事情を知っていれば、収穫量も把握しておるのかも? ここはソウの街に近いし、逃げ出した貴族が盗賊になったのかもしれん。わしの失策じゃ。


「貴族だとしたら、すまないにゃ。わしが完全に息の根を止めなかったのが、この事態を招いたにゃ。本当に申し訳ないにゃ」


 わしは頭を下げて、村長の息子に謝罪する。するとケンフが慌てて止める。


「シラタマ陛下! 王がこの様な者に、謝罪をしてもいいのですか!」

「わしは王でも、自由を愛する猫にゃ。悪いと思えば謝るにゃ。これがわしのやり方だから、口を出すにゃ」

「……わかりました」


 わしとケンフのやり取りを見た村長の息子は、取り乱した声をあげる。


「ね、猫王様! 頭をお上げください。誠意ある対応、心より感謝します」


 その言葉を聞いてわしは頭を上げ、盗賊の逃げた方向を聞き、炊き出しを行う旨を伝える。村の者にも手伝ってもらい、今回は贅沢に、エミリ特製焼肉タレを使ってあげた。



 その匂いに誘われ、コリスがモフッとわしに抱きつく。


「モフモフ~。いいにおい~」

「そうじゃろ? いつもの肉より、すっごく美味しいぞ」

「……もうたべていい~?」

「まだじゃ」

「……もういいよね?」

「出来たら一番に食べさせてやるから、もうちょっと待とうな?」

「うぅ……まつ~」


 コリスは我慢の出来るいい子。でも、わしの頭を噛んでモグモグしなければ、もっといい子なのに……


 肉が焼き上がると宣言通り、コリスに皿を手渡す。急いで食べるから、あっと言う間に平らげた……かのように見えたが、頬袋に入れて、おかわりを要求して来やがった。

 わしは頬袋に入っている肉を食べ終わったら用意すると言って、頭を撫でる。コリスはわかったと言って、ムシャムシャしている。その間に、おかわりを取りに行って帰って来ると、その皿もコリスに手渡す。


「……ん~」


 しかし、コリスは食べないで返して来た。


「どうしたんじゃ?」

「モフモフたべてない。モフモフがたべたら、つぎのをたべる~」


 気を使っておるのか? 本当にコリスはいい子じゃな。だが、まだお昼になっていないから、わしは食べる気が起きてないだけじゃ。

 それにやる事も出来たし、それが終わってから食べるのがベストなんじゃがな。コリスの優しさは嬉しいから、ひと切れもらおうか。


「これだけもらうな?」

「もういいの~?」

「わしはあとから食べるから大丈夫じゃ。全部食べていいぞ」

「う~ん。わかった~」

「ケンフ! シェンメイ! 出番じゃ!!」

「「モグッ!」」


 わしの大声に、二人も声をあげて応える。片手に皿を持ち、モグモグしながら……

 視察団はわしのそばに集まると、リータとメイバイ以外、肉をモグモグとしながら話を聞く。どうやら初めて嗅いだ匂いなので、お腹もすいていないのに我慢できなかったみたいだ。


 怒るほどの事でもないので軽く打ち合わせをすると、わしはコリスと一緒に東側から村を出て、大きく回り込みながら北に向かうのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 その間、村では……


「ケンフ様! 奴らがまた来ました!!」

「シラタマ陛下が言った通りだったな。クックック。早く来い!」

「村の入口で応戦すればいいのよね? 腕が鳴るわ。フフフ」


 見張りをしていた村人の慌てる声を聞いて、ケンフとシェンメイは妖しく笑っていた。


「二人とも、ちゃんと手加減してくださいよ?」

「シラタマ殿は、捕らえろって言ってたニャー」

「うっ。わかっています」

「わかってるわよ。でも、一番多く捕まえるのは競争してもいいでしょ?」

「それぐらいなら……」

「ならば、俺が一番多く捕まえて見せます!」

「私が一番に決まっているでしょ!」


 リータとメイバイが止めに入るが、話が数の争いに変わってしまった。そこを、冷ややかな口調のノエミが割って入る。


「はいはい。早く入口に移動しましょ。ワンヂェンは、もしもこっちに来たら頼むわね」

「わかったにゃ~!」

「行くわよ~」


 さすがはノエミ。東の国の魔法部隊副隊長は伊達ではない。シラタマがリータを指揮官に指名したにも関わらず、奪ってしまった。

 ノエミが先頭を歩き出すと、皆、追い抜いて歩き、誰が一番先に到着するかを競い合う。そんな争いに興味のないノエミは最下位だ。一番子供に見えるが、この中で最年長のおばさんだから当然だ。



 そうこうすると一行は、村の入口に近付く二十人ほどの盗賊の姿を発見する。盗賊は村の入口が近くなると陣形を組み、その後方に、馬に乗った盗賊の親分らしき男が剣を抜く。

 そして、親分らしき男が馬上から、リータ達に声を投げ掛ける。


「お前達! やはり食糧が無いと言うのは嘘だったようだな。これほど匂いを放って馬鹿なのか? それでバレないとでも思ったのか! 者ども、今回は誰一人残すな。他の村への見せしめにしてやる。殺れ……へ?」


 ゴンッ! バシッ!


 親分が喋り終わる前に、ふたつの打撃音が響いた。


「あ~あ……」


 ノエミがその事態に、あきれた声を出す。ケンフとシェンメイが先走って、盗賊の集団に殴りかかったからだ。

 ケンフは盗賊を殴り飛ばし、シェンメイは斧の腹で、こちらも吹っ飛ばした。二人の盗賊は地面と平行に飛んだあと、地面にバウンドして止まる事となった。


「き、貴様! 何をする!!」

「それはこちらの台詞だ。シラタマ陛下の国民に傷を負わすとは、死んで詫びろ!」

「そうよ。剣を抜いたんだから、死んでもいいって事よね?」

「なっ……」


 親分がわめき散らすと、ケンフとシェンメイは妖しい笑みを浮かべて言葉を返す。親分は言葉を失うが、頭をフル回転させて事態を把握する。


「お、お前達は……武術バカに、筋肉猫だと……」


 その発言を聞いた、シェンメイとケンフは顔を赤くする。


「殺す……」


 シェンメイは怒りをあらわに低い声を出し、ケンフは……


「それほどでも~」


 何故か照れていた。ケンフにとって、バカは褒め言葉だったみたいだ。その姿を見た、リータ、メイバイ、ノエミはと言うと……


「「「はぁ~~~」」」


 大きなため息を吐くのであったとさ。

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