448 天下無双と闘うにゃ~
猫の王と四股名で呼ぶ行司をわしが睨んでいると、宮本
「にゃに?」
おっさんに、無言で舐めるように見られては、さすがに気持ち悪いので質問してしまった。
「お主は強さの欠片も見当たらない。さっきの
「宮本と言ったにゃ……お前の目は節穴だにゃ~」
「なんだと?」
「わしが本気を出せば、お前にゃんて瞬殺にゃ」
「フッ……先鋒にも劣る剣では、万にひとつも拙者に勝てるわけがない」
「ま、やってみればわかるにゃ~」
問答が終わると、わし達は開始線につくのだが……
「待った!!」
家康が大声を出して舞台に上がって来た。この事態には、行司は何も口を挟めないのか、家康に好きにさせてしまう。
「竹刀で闘っても、面白く無いだろう。侍の本領が発揮されるのは真剣じゃ。どうじゃ? シラタマ王は、本気の侍と戦ってみたくないか?」
なんじゃこのタヌキは藪から棒に……刀ごときで、そんなに強さが変わるものなの?
わしが返答に困っていると、玉藻が駆け寄って来る。
「何が本気の侍じゃ。この競技は、剣道対決。竹刀での闘いじゃろうが。勝手に規則を変えるな」
「多くの王が見に来ているから、
「そんな事をすれば、死人が出るじゃろう。それこそ世界に見せられん」
玉藻と家康が言い合う中、わしは間に割って入る。
「わしはにゃんでもいいにゃよ?」
「シラタマ!?」
「最終戦にゃ。揉めてたら、場がしらけちゃうにゃ~」
「よく言った! 出場者がこう言っているんじゃから、決定でいいじゃろう」
「でも、いまのままでの規則では出来ないにゃ~」
わしが出来ないと言うと、東軍控え席から「
一発で東軍ベンチを黙らせて、わしに笑顔を見せる。
「たしかに三本勝負というわけにはいかないな。こちらが言い出したのだから、お主の好きなように決めてくれ」
「じゃあ簡単に……勝敗は戦闘不能か降参するかにゃ。もちろん、呪術無しにゃ」
「ふむ。それが妥当じゃな。あい、わかった」
「それじゃあ、わしも準備するにゃ~。玉藻、一旦下がるにゃ~」
わし達は控え席に戻り、各々で話し合う。
わしと玉藻の場合……
「勝手な事をするでない」
「にゃんで~?」
「こんな前例を作ったら、次回も口出しを許してしまうじゃろうが」
「それを言ったら玉藻もにゃろ~。異国の者を使っているんにゃから、言えた義理じゃないにゃ~」
「うっ……」
玉藻はわしの反論が突き刺さったようなので、安心させる案を提出する。
「次回までに話し合って、競技の最中に規則変更なしと決めたらいいにゃろ。あと、外国人枠みたいにゃの作ったらどうにゃ? 外国人は三人までとかにゃ」
「たしかに異国と繋がったのだから、規則の変更は必要か……じゃが、真剣での殺し合いは看過できん」
「それは今回だけにゃ。わしは斬られても、死なにゃいのは知ってるにゃろ~?」
「あ……」
わしが
* * * * * * * * *
家康と宮本の場合……
「本当によろしいので?」
大小の刀を腰に差しながら、宮本は家康に問う。
「よい。あの猫からは、殺す気で来いと言われているからな」
「しかし拙者が刀を振れば、必ず人死にが出るので気が引けまする」
「そう言いながら、お主の顔は笑っておるぞ」
「も、申し訳ありませぬ」
宮本は緩んだ顔を手で直す中、家康は笑い声をあげる。
「わはは。気にするでない。本性とは、そう隠せるものではない。タヌキ族でもないお主を、儂が大将に置いているのは、お主の本性を使えると思っているからじゃ。今日は思う存分発揮するがよい」
「はは~。この宮本武志……存分に楽しんで参りまするぅ」
仰々しくお辞儀をする宮本が振り返ると、家康は最後の言葉を掛ける。
「殺してもかまわんぞ。殺した場合は、儂が責任を取るからな」
宮本は返事をせずに、背中で語る。その背中は小刻みに揺れ、家康から見えない顔は、笑いを
* * * * * * * * *
わしと宮本が開始線につくと、緊張した行司の声が響く。
「これより、結びの一番~……はぁっけよい!!」
その声を聞いて、わしと宮本は同時に刀を抜く。
「気持ち悪い顔をしているにゃ~。そんにゃにわしを斬れる事が楽しみにゃ?」
「おっと失礼……。この数年、罪人ばかり斬っていたから張り合いがなくてな。真剣でのまともな立ち合いは久し振りだから、少し高揚しておる」
「お前が楽しめるかどうか、疑問だけどにゃ~」
「ぬかせ。先手は譲ってやるから、さっさと掛かって来い」
「わかったにゃ~」
わしは問答を終えると刀を中段に構え、二本の刀をだらりと構えている宮本の隙を探す。
隙だらけ……て、わけにはいかんじゃろう。あれは宮本武蔵の構えじゃ。わしもよくマネをするから、わかっておるとも。自然体ってヤツじゃ。
しかし、アイツの刀……めちゃくちゃ切れそう。さすがは刀の本場。波紋も綺麗に浮かんでおるし、東の国のドワーフより、いい仕事をしておるな。
と、見惚れている場合ではないか。せっかく先手を譲ってくれたんじゃ。待たせていては悪い。一発ビビらせてやるか。
わしは、宮本の射程範囲外から、秀忠と闘った速度で斬り付け、顔の前でピタリと止める。
宮本は伊蔵と同じく、わしの出だしを捉えきれずに驚くと思ったが、ちょっと違う。「ガッキーン!」と、辺りに金属音が響いた。
「くっ……見掛けによらず、重い剣だな」
宮本が、刀を十字にして受けた音。まさかこの速度について来れると思わなかったわしのほうが驚いて、後ろに飛んでしまった。
マジか……寸止めするつもりじゃったのに、受けよった。自分より何倍も速い攻撃を防御するとは、さすがは天下無双ってところか……
お互い見合っていると、今度は宮本から動く。その動作は、まったくわしを警戒していないが如く、二本の刀をだらりと下ろしたまま普通に歩いている。
宮本とは逆に、わしは防御に適した中段の構えを崩さず、どんな攻撃を仕掛けられても跳べるように足に力を入れる。
その刹那、宮本は目の前に居て、右の刀を上段から振っていた。
このくそっ!
わしは刀で上段を弾いた瞬間、後ろに軽く跳ぶ。すると宮本は左の横薙ぎ。わしの腹、数センチ手前を通り過ぎた。
「やはり、拙者より遥かに速いな。だが、速さなど、拙者には関係ない事だ」
「お褒めいただき光栄にゃ。でも、速さだけがわしの剣じゃないにゃ」
「では、その剣、しかと見せてもらおう」
わしとの会話を終えた宮本は、わしの意識外から攻撃を加える。まだ、完全に宮本の間合いに入っていないので、なんとか受けたり避けたり出来るが、それも時間の問題。二本の刀がわしの着流しに触れる。
その劣勢の試合に、後ろから玉藻の声が飛んで来るが、応えている余裕はない。
わしからもなかなか攻撃に移れないから、体勢を整える為に大きく横に跳んで、さらに前に跳ぶ。
わしは舞台を大きく使い、四角を描くように走り回って宮本を
挑発か? 心眼を持っているとでも言いたげじゃな。ならば、乗ってやろうじゃないか!
わしは宮本の背後に回り込むと、ダッシュで胴切り。もちろん峰を使ってだ。
しかし、わしが左から右に刀を振り始めた直後、宮本は振り返っており、両手も万歳。だけでなく、もうすでに半分ほど刀を振っていた。
二刀斬り……。宮本は、右の刀でわしの肩口から斬ったその刹那、左の刀で逆の肩口から斬り、通り過ぎた瞬間に腹を斬り、背中まで斬り割いた。
その流れるような四連斬りは一瞬で、観客は何が起きたか気付いていない。「ドシャッ」とわしが倒れた音が聞こえ、それでも数秒のタイムラグが起こってから、悲鳴や歓声、様々な声が破裂した。
行司も人が斬られた姿を見た事がないのか、固まって勝ち名乗りすらあげない。しかし、宮本は別だ。
「いつまで斬られた振りをしているのだ」
わしはピクリとも動かないのに警戒を崩さず、刀を構えたまま問い掛けて来た。なので、わしはモゾモゾと体を起こす。
「にゃんだ~。バレてたんにゃ~」
当然、わしには宮本の刀は効かず、ピンピンしている。
「たしかに斬った。たしかに死んだはずだ。何故、動けるんだ?」
「先に速さだけじゃないと言ったにゃろ? 頑丈なんにゃ」
「頑丈……では、拙者に勝ち目は最初から……」
やっとルールが悪い事に気付いたか。剣道のルールなら、わしに勝ち目が薄かったんじゃが、ご老公が真剣勝負と言い出してくれてラッキーじゃったわい。いくらでも喰らってやれるからな。
でも、宮本のやる気が心配じゃ。侍の剣をマスターする為に、もうちょっとわしと遊んでくれんとな。
「あるかもにゃ~? その刀、にゃかにゃかの業物にゃろ? ちょっと痛かったから、あと一万回ぐらい斬ったら勝てるかもにゃ~」
「一万……ぶっははは。ならば、一万でも二万でも斬ってやろうじゃないか!!」
「にゃははは。その意気にゃ~」
宮本が元気が出たところで、わしも立ち上がって刀を構える。そして、動く事をやめ、宮本の剣に付き合う。予定通りまったく歯が立たず、斬られまくり、着流しはまたボロボロ。
しかしその甲斐あってか、ついにわしは、侍の剣のコツを掴む。
「なっ……」
数回に一度だが宮本は読みを外し、わしの峰打ちに当たりそうになる。宮本はその修正をするが、わしの学習速度は上がる。そうして長く打ち合っていると、互角とは言い難いが、そこそこの剣撃を繰り広げる事となった。
宮本の剣は、わしにクリーンヒットする事はなくなるが、それでも笑いながら剣を振り続けている。
わしは「キモッ」とか思いながら刀を振り続け、ついにその時は来る。
わしのラッキーパンチ。もう少し練習に付き合ってくれたら、五回に一回の確率で斬れただろうが、体力も限界に近い宮本では致し方ない。
「参った……」
顔前で、ピタリと止まった【白猫刀】に、宮本は敗北を告げる。
「に~し~。猫の王~。猫の~王~」
何度目かも数えるのが面倒になった勝ち名乗りを聞きながら、わしは宮本に手を差し伸べるのであった。
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