449 ぐったりにゃ~


「に~し~。猫の王~。猫の~王~」


 何度目かも数えるのが面倒になった勝ち名乗りを聞きながら、わしは宮本武志たけしに手を差し伸べる。


「ありがとにゃ。これで侍の剣が、完璧に使えそうにゃ~」

「くっ……わざと斬られていたのは、拙者の剣を盗む為だったのか……」

「にゃはは。それもバレてたんにゃ~。これから、心の中で師匠と呼ばせてもらうにゃ~」

「負けた拙者が師匠……か」

「たった一敗にゃろ? 少なく見積もっても、わしは宮本先生に百回は負けてるにゃ~」

「ふっ……ならば弟子に負けぬように、これからさらに修行を積み、どんなに硬い物でも斬れるようになろうではないか。剣とはくも面白い。まだまだ拙者を楽しませてくれる」


 わしの言い分を聞いて、宮本はようやく笑顔を見せ、短く握手をしてくれた。


 お~。弟子にしてくれるんじゃ。じゃが、ご老公のあの顔はちょっとヤバイかも? 自分で真剣勝負と言い出したくせに、負けた罪を宮本先生に押し付けそうじゃ。最悪、切腹まであり得るかも……


「せっかくにゃし、剣の修行にわしの国に来にゃい? 強い獣、硬い生き物だって居るんにゃよ?」

「諸国漫遊の修行の旅か……それはいいな」

「ちにゃみに、家族や親族縁者は居るかにゃ?」

「西に親兄弟が居たはずだが、江戸で仕官されてから、かれこれ数十年会っていないな」

「江戸では親しい者は居たにゃ?」

「剣の修行に明け暮れていたから特には……何故、そのような事を聞くのだ?」

「ご老公の顔を見てみろにゃ」


 わしの指摘で宮本が振り向くと、家康は毛を逆立てて怒りの形相でわし達を見ていた。


「少しばかりマズイかもしれない……」

「じゃあ、わしがかくまってあげるにゃ。いますぐあの建物に走れにゃ~」

「かたじけない……しからば!」


 宮本がわしの指差したオクタゴンにすたこら走ると、家康はズカズカと舞台に上がって来るので、わしが前に出て止める。


「ご老公……どうかしたかにゃ?」

「宮本はどこに向かったのじゃ!」

「修行の旅に出るとか言ってたにゃ~」

「お主……まさか、宮本まで囲おうとしておらんじゃろうな?」

「欲しいんにゃけど……くれにゃい?」

「ふざけた事を……」


 わしはボケてみるのだが、家康はますます怒りが膨らむ。その時、玉藻がわし達の元へやって来た。


「ほれ。次の準備があるのだから、そち達もさっさと舞台から降りんか……何か揉めておるのか?」


 玉藻が問うと、家康は無言で自陣に戻ろうとしたが、数歩進んだところで振り返る。


「そうじゃ。お主は、刺客を送っていいと言っていたな。覚えておるか?」

「言ったけど……それがにゃに?」

「まだまだ楽しませてやると言う事じゃ。覚悟して待っておれ」


 捨て台詞を吐いた家康は、東軍タヌキ侍を引き連れて帰って行き、わしは玉藻と隣り合って、出場者と一緒に控え室に戻る。


「刺客とはなんの事じゃ?」

「送るにゃら、わしだけを狙えって言っておいたんにゃ」

「おいおい。勝手な事をするなと言っておろう。また変な前例を作ってしまうじゃろうが」

「別にわし一人にゃらいいにゃろ。たぶん、さっきわざわざ口にしたのは、玉藻にやるからって宣言したんにゃ。わしに来る分は許してやれにゃ」

「しかし、他の王族に被害があっては……」

「だから釘を刺したおいたんにゃ。もしもさっちゃん達が怪我した場合は、徳川を滅ぼすから覚悟しておいてくれにゃ」

「なっ……」

「大義はわしにありにゃ~。にゃははは」

「待て待て~! 勝手な事を言うな~!!」


 玉藻が驚いて足を止めるので、わしは笑いながら先に進むと、「ギャーギャー」言いながら追いかけて来るのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 一方、五重塔に戻った家康は、歯をギリギリと鳴らして秀忠を睨んでいた。


「あの猫……どうしてくれようか……」

おそれながら。先ほどの負けで、東軍の敗北が王手となってしまいました」

「わかっておる! 任せていた買収は上手くいったのか!!」

「はっ! 金を掴ませ、脅しておきましたので、裏切る事はないでしょう」


 どうやら家康がわざわざ足を運んで剣道対決を見に来ていたのは、次の競技の為であったようだ。目立つ家康に視線が集まっている内に、秀忠が買収工作を仕掛ける。

 その買収工作は上手くいったにもかかわらず、家康はさらなる一手を用意する。


「よし! その間、あの猫には死んでもらう。切り札を使え」

「え……」


 家康の切り札発言に秀忠は一瞬固まるが、聞き間違いかと思い、確認を取る。


「玉藻に見られてもよろしいので?」

「かまわん。元よりこういう事態の為に用意しておったんじゃ。さっさと行け!」

「は、はは~」


 秀忠が深々と頭を下げて出て行くと、家康は大窓からオクタゴンを見つめる。


「よくもこのわしを虚仮こけにしてくれたな……目に物見せてやる!!」


 こうしてシラタマ暗殺計画は、ひっそりと進行して行くのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 オクタゴンに戻ったわし達は、さっそく観覧場に戻って王族から労いの言葉をもらう。


「モフモフ~~~!」

「ゴロゴロゴロゴロ~」


 いや、労いの言葉はイサベレにだけ送られて、半裸で帰ったわしは、さっちゃんにおもちゃにされている。


「それにしても、シラタマちゃんが斬られた時は驚いたよ~。どうして避けなかったの?」

「ゴロゴロ~。侍の剣は異質で、すんごく避けにくいんにゃ。ゴロゴロ~」

「え~? イサベレは避けてたじゃない? そのイサベレより速いシラタマちゃんが避けられないわけないよ~」

「ゴロゴロ~。先生を連れて帰って来たから、デモンストレーションでも見せてもらおうにゃ」

「本当!?」


 わしは宮本を呼ぶと、王族護衛にも竹刀を持たせて闘ってもらう。ちなみに宮本には、合意の上で契約魔法を掛けさせてもらったので、王族の安全は守られている。

 宮本はスタミナ切れにも関わらず、何人もの護衛を相手にしても、一本も取られない。それどころか、わけもわからず一本を取られる護衛逹。

 その謎の剣は好評で、王族から引く手数多の勧誘合戦が起きてしまい、わしは慌てて護衛に雇ったと嘘をつく。


 忍者と侍を手に入れたんだから、コレクション心に火がつくってものじゃ。次は、クノイチが欲しいのう。


 わしが舌舐めずりしながら玉藻の連れて来ていたおりんを見ていたら、玉藻に「やらんぞ!」と騒がれ、リータとメイバイにめっちゃ怒られた。


 浮気じゃないですって~。猫の国に欲しい人材だと思っただけですって~。


 まったく言い訳を聞いてくれないリータ達にガミガミ言われていると、玉藻に「行くぞ」と手を引かれたが、振り払った。


「次って、囲碁にゃろ?」

「そうじゃ」

「素人のわしが勝てるにゃ?」

「そのとぼけた顔は……賢そうな顔には見えんのう」

「顔の事は言わないでくれにゃ~」


 わしを侮辱した玉藻は会場に向かって行き、暇になったわしは、しばし休憩……


 ダメ? ボードゲームが好きでじゃない王族女性陣が外に遊びに行きたいって言ってる? リータ逹で守ってください! お願いします!!


 公衆の面前で土下座をしたら、皆から変な目で見られたけど、その目のおかげでリータ逹が折れてくれた。

 でも、オクタゴンはわしの管轄となってしまったので、オニヒメと共に警備する。いちおうヂーアイも残るようなので、巡回警備を頼んでおいた。

 その他の猫の国組とエルフ組の三人は、外に行く人の護衛。コリスとエリザベスが居るから、何が起こっても安全だろう。


 ルシウスも頼りにしてるから、恨めしそうに見ないで! 帰って来たら超高級串焼きも食べさせてやるから、しっかりやるんじゃぞ~。


 マスコット組はエサに釣られ、やる気に満ちて護衛任務にあたってくれるようだ。これでリータとメイバイの負担が減るはずだ。



 残ったわしはというと、ベンチに寝転んでぐったりしているイサベレと、ピンピンしているオニヒメに挟まれ、ぐったりしている。わしとイサベレは、先ほどの試合がこたえたようだ。

 慣れない闘い方をしたからには致し方ない。集中力が切れてしまったのだ。なので、危機管理はオニヒメ担当。何か危険があったら叩き起こしてくれと頼んでおいた。

 おそらくイサベレと同じような能力を持っているから、危険が迫れば起こしてくれると信じている。まぁイサベレが残っているから、もしもの時は目が覚めると期待している。

 全て予想の範囲だが、眠たいんだから、わしはうとうとと寝てしまった。



 それからおよそ二時間後、「わっ」と騒ぐ声で目が覚めた。どうやら、会場で行われていた囲碁対決の決着がついたようだ。

 オクタゴン側にもよく見えるように、大判解説が向けられていたようだが、初めて見る王族ばかりなので、玉藻に派遣されていた公家から説明を聞いていたみたいだ。

 ほとんどは対決を見るよりも、自分で打っていたようだが、半数は宿場町に出ていればよかったと悔やんでいる。しかし、そんなに多くは一度に出せないので、残ってくれていて助かった。


 そんな周りを確認していると、勝敗も聞こえて来た。どうやら東軍が僅差で勝ったようだ。

 こんなに早く終わるのかと公家に聞いてみたところ、一手一分の早碁だったとのこと。その公家は、何やら首を傾げていたのでその事も聞いてみたら、負けるとは思っていなかったらしい。

 まぁ勝負は時の運、体調も関係する競技だ。そんな事もあるだろう。それにいつもと違う早碁なんだから、勝手も違ったはずだ。


 そうして少し元気が出たわしは、王族のテーブルを回り、感想を聞いていたら外に出ていた王族逹が戻って来た。どうやら女王が上手く立ち回り、交代を兼ねたお昼休憩を納得させたようだ。

 上から見ていたわし逹も関ヶ原も、休憩になったので食堂に移動する。そこで、何故か玉藻とちびっこ天皇がテーブルに居たので、わしとオニヒメはまざってみる。


「にゃんでちびっこが居るにゃ?」


 わしはオニヒメに餌付けしながら質問すると、玉藻が答える。


「陛下も他国の料理を食べたいらしく、連れて行ってくれと頼まれてのう」

「別にいいんにゃけど、女性に唾を付けるにゃよ?」

「モゴッ!?」


 多国籍料理を頬張っているちびっこ天皇に釘を刺すと、喉を詰まらせてしまい、ゲホゲホ言っている。


「ゲホッ……そんな事はしないぞ!」

「にゃんで玉藻に言ってるにゃ?」

「だってお仕置きが……」

「もう乳を触らせんと言っただけじゃろうが」

「うぅぅ……」

「どこがお仕置きなんにゃ~!!」


 どうやらちびっこ天皇は、ご褒美とお仕置きを勘違いして、玉藻に怯えているようだ。その事にツッコンでも首を傾げるだけ。どうしてわからないのかが、わかりかねる。


「あと、オニヒメを見すぎにゃ。絶対にやらんからにゃ?」

「うっ……元服した際には、考え直してくれんか? ちょうど同い年ぐらいだろ?」

「全然違うにゃ」

「へ?」

「オニヒメは、少なく見積もっても百歳超えにゃ」

「こんなにかわいらしいのに、ババア……」

「わしのオニヒメをババアとか言うにゃ~!!」


 またしてもちびっこ天皇にツッコンでしまうわしなのだが、冷たい殺気が飛んで来て、わしとちびっこ天皇は同時にブルッと震える。


「シラタマも妾をババアと呼んでおったな……。陛下もオニヒメをババアと言う事は、妾の事も、ババアだと思っておったのか……」

「「にゃ!? 思ってにゃいです!!」」



 玉藻の怒りの表情に恐怖したわしとちびっこ天皇は、すぐさま言い訳。しかし、同時に飛び出た言葉がまったく同じとは、ちびっこ天皇もわしを馬鹿にしておるのかもしれない……

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