098 女王のお願いを聞くにゃ~
わしは
イサベレは本当に百年生きておるのか? 人間じゃろ? わしが百歳の時なんてヨボヨボで骨と皮だけじゃったぞ。見た目は十代後半じゃ……ソフィが嘘をつく理由もないじゃろうし、本当なのか?
ガガガガガ
わしが考え事をしてる間も、イサベレを閉じ込めた土の【お茶碗】から、削れる音が訓練場に響き渡る。
めちゃくちゃ暴れとる……。これは早々に脱出しそうじゃ。この際、百年生きているのは置いておこう。問題はわしの勝利条件じゃ。オンニの場合は、剣に名前を付ける程のマニアじゃったから、心を折るのは楽じゃった。
イサベレはどうしよう? おっかさんの仇とは言えど、女に暴力を振るうのは心情が許さない。う~ん……
ザシュッーーー!
わしが悩んでいると【お茶碗】から、イサベレが飛び出して来た。
もう出て来た! 硬く作ったのに早いわ! まだ考えはまとまっておらんのに~。
わしは刀を構え、いつでも防御できるように中段で構える。だが、イサベレは攻撃を仕掛けて来ない。
お! 止まった。あれだけ動いたから疲れたのかな? 息は乱れておらん……か。となると、次の一手を考えているのか。わしも考えよう!
息は乱れておらんけど、いずれ疲れて動けなくなるじゃろう。そうなれば。わしの勝ちじゃな。じゃが、そんな勝ちよりも、何か一泡吹かせてやりたい。
剣を折るか? 細い剣じゃからレイピアってやつか? わしの刀と同じ色しているけど、オンニが言ってた白魔鉱かな? お高いなら女王に怒られそうじゃから却下じゃ。
ならどうするか? 何かヒントでも……イサベレはずっと睨んでおるんじゃよな~。それはもう、親の仇を睨むが如く。わしの仇なのに……
理由がわからん。ダメ元で念話を繋いでみるか。もしも声が漏れたら儲けもんじゃ。
………
ああ! 繋ぐんじゃなかった! じゃが、ヒントになったか……行くか。
「【肉体強化】にゃ」
わしは強めに【肉体強化】魔法を掛け、イサベレに向けて走り出す。
「……【ブースト】」
イサベレも、わしに対抗して肉体強化魔法を使い、駆け出す。
どちらが速いかな? まぁ分かりきった事じゃけど……
わし達は一瞬で間合いを詰め、わしは上段から峰打ちを仕掛ける。イサベレはそれをかわし、カウンタ-で突きを放つ。が、わしは一気に速度を上げて後ろに回り込み、今度は峰では無く、刃で斬り付ける。
わしの刀はイサベレの軽装の鎧を
「【エアブレイド】」
「【
イサベレは逃げる置き土産に風魔法を放つが、わしは【鎌鼬】で相殺して間合いに入り、斬り付ける。が、また鎧を掠めただけ。
わしの攻撃は、何度も鎧を掠めるだけで、イサベレに逃げられる。そのやり取りが続き……
カラン
「クッ……」
鎧の一部が剥がれ落ちた。それでもやり取りは続き、イサベレの鎧は胸当て、腕当てと、徐々に剥がれ、ついに全ての鎧が剥がれ落ちた。
そこでわしは無防備に歩を進める。
「来るな!」
イサベレは拒否する声をあげ、わしを斬り付ける。だが、わしはその剣を【白猫刀】の峰で受けると、イサベレの手から強引に弾き飛ばす。そして、刀を鞘に収め、イサベレに向けて跳び、抱きつく。
「ゴニョゴニョゴニョ」
「……ま、参った」
「勝者……シラタマ様??」
「「なんで~~~!!!」」
イサベレの降参の声に、ソフィの疑問の有りそうな勝ち名乗り。リータとさっちゃんの質問の声で、わしの勝利が決まるのであった。
「わたしだって、シラタマちゃんから抱きつかれた事がないのに……なんでよ!」
「シラタマさんの浮気猫~!!」
「イサベレ! あなたも抱き締めて何してるの!」
「そうです! シラタマさんを離してください!」
さっちゃんとリータのせいで、さっきまでの緊張が嘘みたいなグダグタな勝利であった。
何故、わしがイサベレに抱きつき、イサベレが抱き締めているかと言うと、念話を使ったからだ。わしからは一切話し掛けていないが、念話を繋いだ瞬間、大きな心の声が漏れて来た。
イサベレの心の声とは、こんな感じ……
「オンニをあんなにやすやすと倒した」
「あれは私の王子様?」
「いや、敵だ」
「私のスピードが、まったく通じなかった」
「やはり私の王子様!」
「でも、敵だ」
「私では、どうあがいても勝てない」
「白馬に乗った王子様では無く、白猫……かわいいからいいか」
「しかし、こんなに強いモンスターを放っておくわけには……」
「陛下の親友だからいいのかな?」
「男の子なのかな?」
「男の子なら結婚して欲しい」
「いますぐ抱きたい。いや、抱いて!」
「せめて子種だけでも……」
との事。さすがに後半で引いた。すぐさま念話を切ったほどじゃ。そんなイサベレの鎧を剥がし、抱き心地を良くしてからイサベレの胸に飛び込んでやったのじゃ。
トドメに一言。「降参するなら夜に遊びに行くにゃ~」と言ったら、この始末となったわけじゃ。無事、騎士の本懐を忘れさせ、一泡吹かせてやったわい。
「「シラタマ(さん)ちゃんのバカー!!」」
わしの無事はないかも知れないが……
わしがイサベレに抱かれて、さっちゃんとリータに恐怖していると、女王が近付いて来る。するとイサベレは、わしを離して直立した。
「これで終了ね。シラタマ、気が済んだ?」
「………」
勝つには勝ったが、楽勝すぎて仇を討った感じがしない。いや……そもそもわしは、仇を討ちたかったのか? おっかさんは笑って
おっかさんを殺した理由は、人間からしたら狩りをしただけじゃ。わしだって多くの動物を狩っておるのに、同じ事をしているわしが恨みを晴らすのも違う気がする。
いや……怒りはある。恨みもある。それを人間にぶつけたくないだけなのかもしれない。戦争で嫌と言うほど見た光景……怒り、恨み、憎しみの感情をぶつけてくる敵兵の顔……恨みの連鎖で散って行った人々……
女王の質問に、わしが長く黙り込んでいると、女王は再度問いただす。
「怒りは消えないようね……ならば、夫の命を取るつもり?」
さっちゃんのお父さんを殺す、か……。皆、わしがなんと答えるか、緊張しているように見えるな。被害者からしたら正当な権利なんじゃろうけど、ここで殺したならば、多くの者に恨まれ、復讐して来る者が少なからずいるかもしれんな。
「殺す気はないにゃ。かと言って、許す気もないにゃ。だから約束してくれにゃ」
「約束?」
「わしが救った命を、民の為、人の為、弱き者の為に使ってくれにゃ」
「……あなた達、こちらに来なさい……」
わしのお願いに、女王は、オッサン、イサベレ、オンニを並ばせ、耳打ちしてから頭を下げさせる。
「私が見張っているから、必ずやその約束は守らせる……シラタマ。母親の件、申し訳なかった」
「「「すみませんでした」」」
「……もういいにゃ」
おっかさん……これでいいかな? わしが出来るのはここまでじゃ。すまないが、恨みの連鎖はわしで止めさせてもらうからな。
そうしておっかさんの毛皮を受け取ったわしは、さっちゃんとリータに慰め……撫でられながら外に出ようとしたら、女王に止められた。
「にゃに?」
「終わったのだから、私の部屋に行くわよ」
「にゃんで~?」
「話があるって言たわよ。それで呼び出したのに、こんな事になって……」
「あ! そうだったにゃ。忘れていたにゃ~」
「さあ、行くわよ」
「リータ~。さっちゃ~ん。またあとでにゃ~」
二人に声を掛けると同時に、わしは女王に連行されて行く。
女王よ……。持ち方はなんとかしてくれんかのう……
わしは女王に首根っこを掴まれ、執務室では無く、女王の部屋に連行される。女王は部屋に入ると、わしをソファーに優しく降ろした。
「にゃ、にゃんでこの部屋にゃ?」
「この部屋のほうが都合がいいのよ」
「にゃ、にゃんで服を脱ぐにゃ?」
「それはね~」
「女王には旦那も子供もいるにゃ~!」
「フフフ。堅苦しいから着替えるだけよ。こんな真っ昼間からそんな事しないわよ」
昼間じゃなかったらしていたのか? わしは猫じゃぞ。どいつもこいつも……
「お待たせ」
「それでにゃんの用にゃ?」
「お昼を用意するから、食べながら話をしましょう」
宮廷料理人の料理をゴチになるのは、やぶさかではないんじゃが、裏がありそうで怖いな。
女王はメイドに指示を出すとソファーに座り、わしを膝に乗せて撫で回す。それは食事の準備が整うまで続いた。
「今日……と、言うか二日前ね。呼び出したのは夫が戻るから、その注意事項を言いたかったのよ。これは呼び出したひとつ目の理由ね。でも、もうその必要は無いわね」
ああ。おっかさんの仇が戻るから、わしに暴れるなと言いたかったのか。お! この味付けはうまいな。
「そんにゃ事で?」
「廊下で鉢合わせたら騒動になったでしょう。今日みたいに……」
「たしかににゃ……その、暴れてすまなかったにゃ」
「もう終わった事でしょ。でも、国宝を……」
「お、終わった事って言ったにゃ~!」
「それとこれとは別よ! いくらすると思っているのよ!」
「ごめんにゃ~。今日は朝から怒られてばっかりで辛いにゃ~。もう勘弁してにゃ~」
「フフフ。王国最強の騎士を、二人も倒せるシラタマでも泣き言を言うのね」
「言うにゃ~」
「わかったわよ。この話は終わり。ふたつ目の呼び出した理由の話をしましょう」
なんじゃろう? それはそれで怖い気がする……
「王都から馬車で五日は掛かる村を救ったそうね。往復十日も掛かるのに、もう解決して王都にいるのは気になるけど、この国の代表として礼を言わせてもらうわ。民を救ってくれて、ありがとう」
「ただの仕事にゃ。礼を言われる筋合いはないにゃ」
「シラタマならそう言うと思っていたわ。でも、ありがとう」
「わしが行かにゃかったら、女王が兵を出していたんにゃろ?」
「いえ。その余裕は無かったから、村は見捨てていたでしょう」
「は? にゃんでにゃ! 民あっての国にゃ!!」
「……あなたは本当に猫なの?」
「そんにゃ事は関係ないにゃ!」
「そうね。前も言ったけど、いまはこの国に余裕が無いのよ」
またそれか……二年連続で不作になれば、余裕は無くなるじゃろうけども、次期王女を守る事にも騎士を出すのを渋っていたし、余裕無さ過ぎじゃないか?
そう言えば、ローザも女王命令で、出費を控えるように言われているって言っておったな。これは……
「……戦争でもするのかにゃ?」
う~ん。違うか。女王の顔色は一切変わらんな。ハズレじゃわい。
「そうよ」
当たりかい! でも、なんでわしに言うんじゃ? さっちゃんも知らないだろうに……。面倒事になりそうじゃし、聞かなかった事にしよう。
「今日はいい天気にゃ~」
「聞いておいて、話を逸らさないでくれる?」
まぁ無理じゃよね。このスープもうまいのう。
「これがふたつ目の理由よ。その件もあって、来てもらったのよ」
「へ~。この香草焼き、おかわりしていいかにゃ?」
「持って来させるから話を聞いて」
「聞いてるにゃ~。モグモグ」
「はぁ……もういいわ。あなたに協力して欲しいの。騎士として、この国に仕えてくれない?」
「断るにゃ」
「シラタマならそう言うと思っていたわ。だから、街や村の害獸被害が発生した時は、要請に応えてくれないかしら?」
あら? あっさり引いたな。もっとぐいぐい来られると思ったが……。これなら救助依頼が村から国に変わっただけじゃし、問題ないか。依頼料も、村より少しは色が付きそうじゃな。
「わかったにゃ。極力応えるにゃ」
「よかった! ありがとう」
「ところで、どこと戦争するにゃ? 西の国かにゃ? 南かにゃ?」
「いいえ。どちらの国も関係は良好よ。さらに夫が強固な同盟を結んでくれたわ」
あのオッサンが? 小学生みたいなケンカしとったくせに……ん? 誰かが自分を棚に上げるなと言っている気がする……
「それじゃあ、もっと先の国かにゃ? 遠征にゃ……国土を広げたいにゃら、やめたほうがいいにゃ」
「それも違うわ。おそらく防衛戦になるでしょう」
「防衛戦にゃ? 同盟国が素通りさせるにゃ?」
「攻めて来るのは東よ」
「東……東って、千年前に滅んで、人が住めないんじゃなかったのかにゃ?」
「そう言い伝えられていたわ。でも、生き残りがいて、国があるらしいの」
「仮にいたとしても、あの山はキョリスもいるし、危険な獣がうじゃうじゃいるから、大人数で越えられないにゃ。戦争にはならないにゃ」
「それが穴を掘っているらしいわ。いつ、何処から出て来るかわからないから、警戒は解けないの」
あの山にトンネル? 無理じゃろう。エベレストみたいな山じゃぞ? この世界の文化レベルじゃ、何年どころか何百年かかるぞ。
「東に国があるにゃ? トンネルを掘ってるにゃ? そんな嘘みたいにゃ話を、誰が女王に吹き込んだにゃ。女王も信じる事ないにゃ」
「シラタマも会えば信じるわよ。疑うなら、今から会わせてあげるわ」
「にゃ??」
立ち上がった女王は、わしを抱っこして部屋を出る。廊下を歩き、階段を降り、さらに歩いて階段を降りる。
むぅ。まだ食べておったんじゃが……しかし、ここはどこじゃろ? だいぶ歩いて階段も降りておるから地下? こんな所があったんじゃな。ジメジメしてカビ臭いから、二度と来ないけどな。
「開けなさい」
「はっ!」
長く移動して、目的地に着いたのか、女王は扉の前に立つ兵士に扉を開けさせて中に入る。
地下牢? こんな所にいる人物にわしが会えと? 犯罪者か……いや、戦犯? どっちにしろ、食べ掛けのごはんが気になる。
「ここよ」
女王は鉄格子の前に立つと、わしを降ろして中を見ろと促す。そこには、十代半ばの女性の姿があり、女性とわしは驚き、お互いの特徴を同時に叫ぶのであった。
「猫ニャ!?」
「猫耳にゃ!?」
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