132 調査開始にゃ~


「この酔っ払いが依頼主にゃ?」


 酒場の奥で酔い潰れて寝ている老人を指差し、わしはガウリカに問い掛ける。


「そうだ。有名な学者だ」

「学者にゃ?」

「過去に多くの遺跡を発見している」

「そんにゃお偉いさんが、にゃんでこんなところで酔い潰れているにゃ?」

「いつ頃からか、白い巨象が山になったって言い出したからだよ。そんな有り得ない説を誰が信じる? そのせいで、学会を追い出されたんだ」


 何百年も生きているリスもいるんじゃから、この世界なら有り得るんじゃないのか?


「違う!」


 わしとガウリカが話をしていると、突然、老人は体を起こして叫んだ。


「じいさん。起きたか」

「わしが学会から身を引いたのは白象教のせいじゃ! あいつらが過去の研究まで嘘と言いふらして、わしをおとしめたんじゃ!」

「まぁ宗教にゃら、知られたくにゃい真実は潰すかも知れないにゃ~」

「そうだ! 民衆も白象教を嫌っているくせに乗せられやがって」

「長くこの国で信仰されていたんにゃろ? 生活に溶け込んだモノは、なかなか忘れられないにゃ」

「たしかにそうだが……って、猫!?」

「猫だにゃ~」


 今まで会話してたじゃろうに……


「まだ夢の中みたいじゃ……おやすみ~」

「もうそれはいいにゃ!」

「じいさん。この猫があんたの依頼を受けたんだよ。詳しい話を聞かせてやってくれないか?」

「あんな依頼を誰が受けるんだ?」

「わしにゃ! ジジイが出した依頼にゃろ!!」

「ああ、そうだった……」


 老人は、何故依頼を出したのかを、恨み節を交えてわしに説明する。

 ほとんどが白象教の誹謗中傷だったから割愛して、有益な情報は、白い巨象が山になったと言い出した発端の場所だ。

 発端は南西の森、深くにある遺跡。そこに刻まれた文字を解読し、森の中にある岩山が白い巨象なのではと推測したらしい。


「う~ん……キャンセルかにゃ?」

「なんでだ!」

「わしは岩山を探しに来たわけで無く、白い獣を狩りに来たにゃ。生きてなきゃ狩れないにゃ」

「わしの予想では生きている」

「にゃ?」

「文字の中には、山の声という、文字があった」


 山の声? やまびこみたいなものかな? それか、風の音が声に聞こえたとかは、よくある事じゃ。


「にゃにかの聞き間違いじゃないかにゃ~?」

「そうとも思えない。痛いだとか、賢者と聞こえたと書かれていた」

「痛いにゃ? 賢者にゃ?」

「推測だが、なんらかの理由で、賢者と呼ばれる者が白い巨象を岩山に変えたと考えている」

「そうにゃると、白い巨象が人間の敵だった……て、事になるにゃ」

「じいさんが干された理由には十分だな」


 神話の謎解きは面白いんじゃが、わしの目的と違うんじゃよなぁ。明日、ハンターギルドに顔を出して、そこで白い獣の情報が手に入らなかったら、森に入って探索する片手間でやるか。


「森に行くから、にゃにか情報が見つかったら持ち帰るにゃ。ジジイは他に、白い獣の情報を、にゃにか持ってないかにゃ?」

「……目の前にいるぞ」

「わしじゃないにゃ!」


 情報を仕入れたわし達は、宿屋に帰る。帰る途中で公衆浴場があったから入ろうとしたら、ここもペットお断りで入れなかった。

 ガウリカは入って行くとのことで、わしは渋々宿屋に帰る。リータとメイバイもわしについて来るから、二人には悪い事をしてしまったので、森の我が家に転移して湯船に浸かり、すっきりしてから宿屋で就寝となった。



 翌朝は早くから起きて行動を開始する。ガウリカに出掛ける旨を伝え、リータ達に抱かれて、ハンターギルドにお邪魔する。何故か猫騒動は起きなかったが、気にせず依頼ボードを確認する。

 残念ながら、ここでも白い獣の有益な情報は無かった。猫騒動が起きなかった理由はわからない。ぬいぐるみと間違われた訳ではないだろう。


 その後、門から王都の外に出たわし達は、飛行機に乗り込んで出発するのであった。



 しばらく空を行くと、リータとメイバイが見える景色に感動して声を漏らす。


「きれいです~」

「おっきいニャー! あれが海ニャ?」

「そうにゃ。きれいだにゃ~」


 双子王女の地理の授業で、ビーダールから南に向かうと海があると聞いていたので、南西の森に向かう前に、飛行機の進路を南にとった。昔は行けたらしいが、王都から何日も掛かり、危険な森に阻まれ、人間には到達できないと言う話だ。


「もっと近くに行って欲しいニャー」

「私も近くで見たいです」

「仕事が終わったら寄ってみるにゃ。それまで我慢してくれにゃ」

「ニャー……」

「そうですね。遊びより、仕事が優先ですよね」

「そうだったニャ! 早く終わらせるニャー!」

「これから西に向かうから、にゃにか見付けたら報告してくれにゃ」

「「はい(ニャ)!」」


 リータとメイバイには左右の監視を頼み、南西の森の上空を飛ぶ。森は大きく地平線まで見え、奥に行くほど真っ黒になっていく。しばらく飛ぶと、お昼も近付いて来たので、いい着陸地点はないかと探す。

 メイバイから、大きな岩山を発見したとの報告を受けたので、岩山を活動拠点として、頂上に着陸する。だが、垂直降下は、二人とも怖いみたいだ。


「シラタマさん!」

「おこらにゃいでくれにゃ~。ゆっくり降りたにゃ~」

「真下に降りるのは怖いニャー」

「ここしか降りるポイントがなかったにゃ~」

「まだここから降りるのですよね。どうやって降りるのですか?」

「それは……まぁ……ゴニョゴニョ」

「飛び降りるニャ……」

「わしが抱くにゃ! 抱くから大丈夫にゃ!」

「「それならいい(ニャ)です」」


 いいの? 懸案事項が早くも解決した……


「さあ、お昼にするにゃ~。いただきにゃす」

「「いただきにゃす」」


 わし達は岩山の頂上に広げた食事を食べながら会話を交わす。


「ここで街からどれぐらい離れているんでしょう?」

「飛行機で三時間は飛んだから、徒歩二十日ってところかにゃ? 森があるから、もっと掛かるかにゃ?」

「そんなにニャ!?」

「シラタマさんの実家より、黒い木が多いですね」

「白い木もまじっているニャー」


 メイバイのセリフに、わしは周りを見て、類似した風景を思い出す。


「キョリスの縄張りの近くに似てるにゃ~」

「あのキョリスは、こんな所に住んでいるのですか……」

「住み処は、もっと白い木があるにゃ」

「この森は、ちょっと怖いニャー」

「怖いにゃら待ってるにゃ?」

「シラタマ殿がいるから大丈夫ニャ!」

「そうですね。シラタマさんがいるから安心です」

「じゃあ、抱いて飛び降りにゃくても……」

「「それは怖い(ニャ!)です!」」


 わしも怖いのを我慢しているのに……二回も飛び降りたくないんじゃけど~? あれ? わしの心の声は聞こえるんじゃなかったっけ?


「あの……何か聞こえませんか?」

「風の音かにゃ?」

「いえ、何か頭に響くような……」

「ホントニャ! シラタマ殿の念話の感覚に似てるニャー」


 たしかに……集中すると念話が繋がっている感覚と、うっすらとうめき声のようなものが聞こえる。


「これは……お化けにゃ!」

「違いますよ。おじいさんの言っていた、山の声じゃないですか?」


 ボケたのに、乗ってくれない……しゅん。


「あ! よしよし」

「カミカミ」


 そっちじゃない! 心を読むならちゃんとして!!


「ジジイが言っていた「痛い」や「賢者」にゃんて、聞こえないにゃ」

「そうですね。小さな呻き声が聞こえているだけですね」

「なんだか苦しそうニャー」


 まさか適当に降りた岩山が伝説の白い巨象だったとは……簡単に伝説に出くわすなんて、孫から借りた漫画の主人公みたいじゃな。

 さて、どうしたものか……。あんな酔っ払いのジジイの話は眉唾物じゃと思っていたが、発見したからには山の声の解明はしたいな。


「この岩山が象だとして、頭はどっちかにゃ?」

「大きいですからね。こっちじゃないですか?」

「私はこっちだと思うニャー」

「わしはこっちかにゃ?」

「全員違います……」

「にゃんけん、ポン!」

「勝ったニャー! こっち行くニャー」


 わしは虚をいたにも関わらず、じゃんけんで負けてしまい、悔しい思いを我慢して、メイバイのあとを追う。身軽なメイバイは起伏のある岩山を軽々と進んでいくが、リータはそうはいかない。

 仕方なくおんぶしようとしたら、前がいいと聞かなかった。そのせいでメイバイが文句を言うので、平らな所ではメイバイをお姫様抱っこして進む。


「全部違うかにゃ?」

「上からじゃわかりませんね」

「気付いたニャ!」

「なんにゃ?」

「あっちのほうが、声が大きい気がするニャー!」

「じゃあ、交代してください」

「わかったニャー」


 仲が良いのはいいんじゃが、いつまでお姫様抱っこを続けないといけないんじゃ。わしは二人より小さいんじゃぞ? ……この心の声はスルーか!


 わし達は声の大きく聞こえる地点に向かう。


「少し大きく聞こえますね」

「ニャー? 褒めてニャー」

「えらいえらいにゃ~」

「むう……適当にやられた気がするニャー」

「いまは仕事中にゃ~。さて、崖も近いから見て来るにゃ」


 わしは怖いのを我慢して、崖のでっぱりを足場に、ぴょんぴょんと飛び降り、形を確認する。


 う~ん……さっき回った場所よりは、凸凹している気がする。でも、象っぽくないんじゃよなぁ。大き過ぎてわからんし、ここに当たりをつけるか。


 わしはまたぴょんぴょんと崖を登り、リータとメイバイの元に戻る。


「どうでしたか?」

「よくわからにゃいけど、ここから降りてみるにゃ。どっちから行くにゃ?」

「「じゃんけん、ポン!」」

「勝った! 私からです」

「わかったにゃ」


 わしはリータをお姫様抱っこをして、岩山から飛び降り、【突風】を使ってふわりと着地する。そうすると、リータは辺りを見ながら感想を言う。


「木も大きいから暗いですね」

「そうだにゃ~。急いで戻るけど、もしもの時は耐えてくれにゃ」

「え! 私、一人で……?」

「そうなるにゃ」

「き、聞いてないです!」

「言わなくてもわかるにゃろ?」

「じゃんけんに勝った嬉しさで忘れてました~」

「う~ん。【お茶碗】作っておくから隠れて待ってるにゃ」

「はい……急いでくださいね!」

「わかってるにゃ~」



 わしは土魔法でお茶碗をひっくり返したような形の防御壁を作ると、突風を使って再び岩山の頂上まで飛び上がる。すると、ナイフを構えたメイバイが、大きな鳥と睨み合っていた。


 デカイ黒鳥!? 下で時間を食い過ぎたか。すぐに戻ると言ったけど、ちょっと時間が掛かりそうじゃな。まぁリータのほうは、近くにいっぱい動物の反応はあったけど、まだ距離があるから、しばらく大丈夫じゃろう。

 ……うん。この考えはやめておこう。孫の言っていたフラグになりかねんからのう。いまはメイバイじゃ。


 わしは岩山に着地すると、すぐにメイバイの元に駆け寄る。


「大丈夫にゃ?」

「シラタマ殿! 最初の攻撃をかわしたとこニャー」

「じゃあ、一緒に戦うにゃ~」

「ウフフ」

「どうしたにゃ?」

「初めての共同作業ニャー!」


 狩りはそうかもしれんが、家事なんかは一緒にやってるぞ?


「下に残して来たリータが心配にゃ。急ぐにゃ!」

「はいニャー」


 わし達は臨戦態勢に入るが、黒い鳥は空から、なかなか降りて来ない。


 くそっ! 急いでおるのに早く来んか! メイバイに花を持たせたいんじゃげど、そう言うわけにもいかんかのう。致し方ない。追い払おう。力を隠す隠蔽魔法を解いて、威嚇するか。


「にゃ~~~ご~~~!」

「ヒッ」


 わしの威嚇の咆哮が辺りに響く中、メイバイは恐怖に声を上げ、へたり込んでしまった。高い位置を飛んでいる黒い鳥の反応はわからないが、旋回を続けているところを見ると、逃げるようには思われない。


「シラタマ殿~。怖いニャー」

「すまないにゃ。威嚇して追い払おうと思ったにゃ。ちょっと待つにゃ」


 隠蔽魔法を掛け直してっと……。やはりわしの本来の力は強過ぎて、常人には耐え切れないか。もう少し長く威嚇すれば、鳥にも届きそうなんじゃが、メイバイの精神に悪そうだから、ここまでじゃな。


「もう大丈夫にゃ」

「怖かったニャー。でも、鳥は逃げなかったニャー」

「降りる時に後ろを取られると厄介だから、やるしか無いにゃ」

「どうするニャ?」


 ちと遠いからハッキリとはわからんが、5メートルぐらいのたかかな? 黒の角付きで尾が二本。スティナの依頼の保険になるから、出来ればキレイにお持ち帰りしたい。メイバイじゃ斬り刻まれるか……


「わしがあいつを落とすから、首だけ斬る事は出来るかにゃ?」

「わかったニャ」

「もしもの時は自分の身を優先するにゃ。これが一番大事だから守ってにゃ?」

「シラタマ殿の体に、傷ひとつ付けないニャー!」

「う、うんにゃ……行って来るにゃ。【突風】にゃ~」


 わしの周りの女の子は、こんなのばっかりか? ハンターに怪我は付き物じゃけど、怪我でもさせたら、本当に責任取らなくてはいけなくなるかも……



 わしがどうでもいい事を考えていると戦闘が始まる。

 黒鷹目掛けて一直線に打ち上がるわしに、複数の【風の刃】が襲い掛かる。


 避けたいところじゃが、下にメイバイがいるからそうはいかん。【中風玉】!


 わしの【中風玉】は【風の刃】を呑み込み、黒鷹目掛けて飛んでいく。だが、黒鷹に【中風玉】を避けられてしまった。


 やはり空は鳥の独壇場じゃな。しかし、【中風玉】を避けてくれたから、軌道にいたわしは、黒鷹の上を取れた。でも……高くて怖い! 早く終わらせよう。


 黒鷹は、メイバイからわしにターゲットを変えて、下からくちばしで貫こうと突進してくる。わしは望む展開といわんや、落下していく。

 黒鷹の嘴がわしを貫こうとしたその瞬間、わしは真剣白刃取りならぬ、真剣肉球取りで嘴を挟み、受け止める。そして、首に足を掛け黒鷹の背に乗る。


 おお! 新しい乗り物ゲットじゃ。と、遊んでいる場合じゃないな。高い所は怖いから、着陸してもらおう。重力魔法、五十倍! ……耐えるか。六十……七十……八十……


 わしは黒鷹に乗ったまま、自分の体重を徐々に増やしていく。重力魔法は指定した範囲しか重力を掛けられず、動く物に対して使いづらい。

 自分なら、魔力を中心に放出しながら動いていられるので、この方法で傷無く、黒鷹を着陸させてやろうという算段だ。

 黒鷹はバタバタと翼を羽ばたかせるが、わしの重さに耐えかねて、高度を落としていく。


 そして岩山に近付くと、待ち構えていたメイバイに合図を出す。


「いまにゃ!」

「はいニャー!!」


 メイバイは黒鷹に向けて飛び上がると、すれ違い様に喉元へ、二発の斬撃を加えて通り過ぎる。黒鷹は岩場に落ちると、わしの体重の負荷で、傷口から派手に血を吹き出し、事切れる。

 それを見て、わしは重力魔法を解き、飛び上がったメイバイを受け止めるのであった。


「よくやったにゃ~」

「シラタマ殿のおかげニャー。それより、シラタマ殿は鳥に乗って、なんで『にゃ~にゃ~』言ってたニャ?」

「そ、それは……呪文にゃ!」


 子泣きじじいみたいだと思って「にゃ~にゃ~」言っていたわけではない。妖怪は猫又だけで間に合っておるからのう。

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