381 慌ただしくなって来たにゃ~


 わしが池田屋を取り囲んでいる人々に会いに行こうと階段を下りて、玄関に向かって歩いていたら、キツネ少女が気付いてパタパタと寄って来た。


「まだ、お風呂の準備が整っていないのですけど……」

「ああ。別件で外に出るだけにゃ。入れるようになったら、仲間に声を掛けてあげてにゃ」

「はい」


 そうしてサンダルを履いて外に出ると、どう見ても堅気とは思えない風貌ふうぼうのキツネ達と男達が並んでいた。


「こんばんにゃ。間違っているかもしれにゃいけど、もしかして、わしに会いに来たにゃ?」


 わしが質問したら、ザワザワしたあとに道が開き、2メートルほどの頬に刀傷があるキツネが現れた。


「白いタヌキ……間違いなさそうだ」

「やっぱりわしに用があるんにゃ。にゃにか、わしが迷惑を掛けたかにゃ?」

「ある御人が会いたがっている。ついて来い」


 ある御人? このヤクザっぽい奴等は使いって事か。まぁ会ってやってもいいし、時間を指定して、お引き取り願うか。


「行くのはかまわにゃいんだけど、いまからにゃ? 明日の朝ってわけにはいかないにゃ?」

「がはは。俺達に囲まれているのに、肝の据わった奴だな。面白い。だが、急ぎの用があるようだから、そうはいかない。無理にでもついて来てもらうぞ」


 あら。そう来たか。穏便に済ましたいんじゃけど、致し方ない。


「ここじゃあ宿に迷惑になりそうにゃし、河原で遊ぼうにゃ」

「がははは。遊ぶのか? お前が楽しめるかどうかわからないぞ」

「わしはいいにゃ。お前を存分に楽しませてあげるにゃ~」

「おお! 言ったな~。がはははは」


 親分らしきキツネは、わしの発言に気を良くして笑う。そうしてわしとキツネ親分は隣り合って歩き、ヤクザをぞろぞろと引き連れて、鴨川に向かうのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 一方リータ達は、シラタマとヤクザとのやり取りを窓からうかがっていた。


「いっぱい居ましたね」

「なんだか楽しそうだったニャー」

「それに先頭を歩くって……」

「あの集団を引き連れているみたいニャー。さすがシラタマ殿ニャー」


 メイバイの発言に、リータは少し呆れた顔になった。


「まったく何をしてるんだか……それよりイサベレさん。残りは居ますか?」

「ん。五人……いや、六人残っている」

「それじゃあ、暴れて宿に迷惑を掛けてもいけないので、私達も外に出ましょうか」

「賛成ニャー!」

「ん」

「コリスちゃんも、いちおう変身してね」

「わかった~」


 そうして池田屋を出たリータ達は、少し念話でヤクザと話をし、ボコボコにしてシラタマの帰りを待つのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 一方その頃わしは、鴨川の河川敷でヤクザ達に囲まれていた。


「最後通告にゃ。明日に会うから、時間をずらしてくんにゃい?」


 わしの問いに、キツネ親分はニヤリと笑う。


「そうはいかねえ。これでも仕事はきっちりするたちでな」

「じゃあ、お風呂の時間もあるし、早く済ませるって事でいいかにゃ?」

「がははは。お前の心配する事は、まず、自分だ。おい、お前。軽く痛め付けてやんな」

「おう!」


 キツネ親分から指名が入ったムキムキのキツネが、指をボキボキ鳴らしてわしに近付く。


 ヤクザっぽい仕草じゃな。でも、ザコっぽい仕草でもある。エルフの里の男達なら強かったから、まだやる気が出たんじゃが、弱い者イジメはしたくないんじゃよな~。


 筋肉キツネは、ニヤニヤしながらわしに拳を振り落とす。わしはさっとかわし、腹にネコパンチを入れてやった。

 すると、筋肉キツネは前のめりにドサッと倒れて動かなくなった。


「おい、お前……何をふざけているんだ?」


 キツネ親分は、わしの動きが見えていなかったらしく、勝手に倒れたと思っているみたいなので説明してあげる。


「ぶん殴ったけど、見えてなかったにゃ? そんにゃに速く動いてにゃいのに見えないにゃんて……ヤクザにゃんて、ザコの集団なんにゃ~」

「き、貴様……。お前達、生きていればそれでいい。半殺しにしてやれ~!!」


 わしの挑発に、キレたキツネ親分は大声で命令し、ヤクザ達はわしに飛び掛かって来る。ヤクザパンチ、ケンカキック。全てをかわし、ネコパンチ。

 ワンパン……ニャンパンで、バッタバッタと倒れるヤクザは、あっと言う間に最後の一人、キツネ親分だけになった。


「まだやるにゃ?」

「当たり前だ! 俺をそこいらのザコと一緒にするなよ。これでも剣術を……」

御託ごたくはいいから、降参しろにゃ~」

「くっ……死ね~!!」


 キツネ親分の名文句を聞くのは時間の無駄なので、挑発したら、腰の得物を抜いて斬り掛かって来た。わしはさっと避けてやるが、キツネ親分は連続して攻撃して来る。しかしその剣は、わしにかする事すらしない。


 これが剣術じゃと? 師範のじい様が見たら、真剣抜いて追い掛けるレベルじゃぞ? 侍の剣が見れると期待したわしがバカじゃった。


「なっ……」


 わしが目にも留まらぬ抜刀術で、刀を根本から斬り落とすと、キツネ親分は驚いて動きが止まる。その数秒後、柄を投げ捨て、ドカッと座った。


「殺せ!」

「お~。いさぎよいにゃ~」

「一家を全滅させられて、生き恥をさらすよりマシだ!!」

「じゃあ死ぬ前に、雇い主を教えてくれにゃ。気が向いたら会いに行ってやるにゃ~」

「は?」

「連れて来いと言われたんにゃろ?」


 わしの要求に、キツネ親分は意味がわからないって顔をしたかと思ったら、難しい顔になったり、キョロキョロしたりしながらブツブツ言っている。


「雇い主は……いやいや、この場合は……言うわけないだろ!!」

「それじゃあ、会いに行けないにゃ~」

「言うぐらいなら死を選ぶ! さっさと殺せ!!」

「しょうがないにゃ~……」

「なっ……呪術だと……てめぇ! 何しやがる!!」


 わしはキツネ親分の叫びを無視して、作業を続ける。

 ここは鴨川。元の世界では有名な光景があったので、ヤクザ達も同じようにしてあげた。

 ただし、カップルが等間隔に距離を空けて並んでいるのではなく、土から出たヤクザの顔が等間隔に並んでいる。


 全員を土魔法で埋めたら、「ヤクザが綺麗に咲きました」と立て札を立てて、わめき散らしているヤクザ親分に近付き、地面に刀を突き刺す。


「やっと殺す気になったか……」

「いんにゃ。さっき言ってた、呪術ってにゃにか聞きたいにゃ」

「は? お前は侍のフリした神職じゃないのか?」


 また神職か……聞く限り、魔法使いの事を言っておるのかな? 帰ったら、その辺りの事も女将に聞いてみようか。


「どっちも違うけど、その話はもういいにゃ」

「じゃあ、さっさと殺れ!」

「あ、元々殺す気にゃんてないにゃ」

「は?」

「わしはお前達の罪を知らにゃいから、罰を与えられないにゃ。だから死ぬほどの罪があるのにゃら、舌を噛んで勝手に死んでくれにゃ」

「生かすつもりか……ここで殺さないと後悔するぞ!」

「出来るものにゃら、やってくれにゃ。ほにゃ、さいにゃら~」

「く、くそ~~~!!」


 キツネ親分の悔しそうな声を聞きながら、わしは手をヒラヒラとして歩き、しばらくすると飛ぶように移動するのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 シラタマが去ってからしばらくあと、気絶から復活したキツネ子分とキツネ親分が話し合う姿があった。


「お、親分。体がまったく動きません。このままでは、朝まで埋まったままですよ」

「大丈夫だ。女を捕まえる奴を残しただろ? じきに女を捕らえて探しに来るはずだ」

「あ! さすがは親分です!!」

「あのタヌキ……俺を生かした事を後悔させてやるぞ! 女を人質にとって、動けなくなったところを殺してやる! 見てろよ~~~!!」


 こうして、キツネ親分の叫び声が、鴨川に響き渡るのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 わしが急いで池田屋に到着すると、そこにはリータ達と、ボコボコに殴られたヤクザ達の姿があった。


「あにゃ? みんにゃも出てたんにゃ」

「少し残ってましたので、片付けておきました」

「それはすまないにゃ。でも、やり過ぎにゃ~」

「だってニャー」

「にゃにかあったにゃ?」

「この人達が……」


 どうやらリータ達は、ヤクザと接触した時に少し話をしたら、わしを馬鹿にする言葉を言われ、卑猥ひわいな事を言われてキレたらしい。

 それでも優しく対応していたようだが、美人なイサベレにヤクザ達が触れようとした瞬間、イサベレは瞬く間に殴り倒したとのこと。

 イサベレは黒い森で戦い過ぎて力加減がわからなくなっていたようだが、最後の一人は上手く出来たらしく、褒めて欲しそうな顔をしていた。


 わしがチビとかガキってそのままなんじゃから、それで怒らなくてもいいのに……。どちらかと言うと、卑猥な言葉で怒ったのか? イサベレ先生もよく言ってるのに……

 イサベレも、なんで純潔はわしに捧げるとか言うかね。お触り禁止だけでよかろうに……。とりあえず、腕に絡み付いて浮いてしまっているし、頭を撫でておこう。


「まぁやってしまったものは仕方ないにゃ。わしか処理するにゃ」


 わしはそう言って怪我が酷いヤクザを治療し、縄で縛るかどうか悩んでから、地面に埋めてしまう。宿の前に花があって、見映えがいいはずだ。


「こんな所に埋めていいのですか?」

「絶対、宿に迷惑が掛かるニャー」


 よくないようだ。


「そう言われても、安心して寝るにはこれぐらいしにゃいと寝れないにゃ~。あとで女将に事情を説明しようにゃ」


 ひとまずリータ達は納得してくれたが、イサベレがわしに念話で話し掛けて来た。


「さっきの賊、戻って来てる」

「どこじゃ?」

「宿と、向かいの建物の屋根……一人増えてる」

「じゃあ、イサベレは宿を頼む。手加減は忘れるな」

「わかった」


 わし達は念話で軽く打ち合わせをすると、全員で池田屋に入るが、その瞬間にわしとイサベレは消えるように移動する。

 一瞬で建物の陰に入ると賊の後ろに回り込み、ひとっ飛びで屋根に飛び乗る。そうしてわしは、黒装束の賊の後ろから声を掛ける。


「にゃあにゃあ? わし達ににゃんか用かにゃ?」

「……!?」


 わしの声を聞いた賊は、一気に距離を取って、クナイを構えた。


 おお! クノイチじゃ! まさかとは思ったが、忍者も残っておったんじゃな。いい世界じゃ~。クノイチと言う事は、やはり卑猥な術を使って来るのかのう?

 いやいや、何を興奮しておるんじゃ! そんなマンガのようなクノイチはおらんじゃろう。忍者が居るだけで、わしは感動じゃ~……わ!


 わしがキラキラした目でクノイチを眺めていたら、玉を取り出して屋根に叩き付けた。いわゆる、煙玉だ。


 それでわしから逃げられると思うなよ?


 煙がモクモクと上がる中、わしは探知魔法を使って捕捉し、屋根から飛び降りるクノイチの背中にくっついて、そのまま同時に地面に降りる。


「くっ……離せ!!」

「離すから、わしの話も聞いてくれにゃい?」

「こうなったら……」

「にゃ!? 自害はしにゃいでくれにゃ! 離れるからやめてにゃ~!!」


 わしは不穏な空気を感じ、クノイチから慌てて飛び降りる。


「にゃ? 離れたにゃろ? 逃げてくれていいにゃ。でも、ひとつだけ話を聞いてくれにゃ」


 わしが捲し立てるように話すと、クノイチは戸惑っているようだ。


あるじに、にゃにか用があるにゃら、どこにでも行くと言ってくれにゃ。ただし、時間だけは迷惑にならにゃい時間にしてにゃ?」

「……わかった」

「それじゃあ、おやすみにゃ~」

「………」


 何か言いたげなクノイチに背を向け、わしは池田屋に戻る。すると、池田屋の屋根からイサベレが降って来た。


「首尾はどうにゃ?」

「逃げられた」

「イサベレからにゃ!?」

「煙が上がったと思ったら、姿だけじゃなく、気配も完全に消えた」

「ほう……わしが相手をした奴より、数段上の使い手かもにゃ」

「ごめん」

「まぁ下手に捕まえると大変にゃ事になっていたし、それでいいにゃ」


 わしはイサベレに、忍者の特徴を説明しながら池田屋に入る。中ではリータ達が、キツネ女将とキツネ少女に心配されている姿があった。

 わしも心配されたが大丈夫と言って事の顛末を説明し、池田屋の前に埋めたヤクザはどうするか聞くと、明日、官憲に突き出してくれるそうだ。


「女将。にゃんかわし達は、ヤクザと忍者に追われているみたいにゃ」

「そうですか。お代を受け取っているのでかくまって差し上げたいのですが……忍者となると守りきれまへん」

「その気持ちだけ受け取っておくにゃ。でも、にゃにか心当たりがあるにゃ?」

「はっきりとは申し上げられまへんが、忍者を使うとなれば、かなり位の高いお人だと思われます」

「ふ~ん。それじゃあ女将に迷惑が掛かるにゃ。明日には出て行くから、今日だけは泊めてくれにゃ」

「はい……申し訳ありまへん」


 再度、謝罪する女将に気にするなと言って、部屋に戻ろうとする。すると、お風呂の準備が整ったと言われたので、そのまま全員でお風呂に向かった。

 五右衛門風呂だったから少し手間取って時間は掛かったが、綺麗さっぱりとなったわし達は、部屋に戻って書き物をしてから布団に寝転がる。


「なんだか大変な事になっちゃいましたね」

「せっかく楽しめるかと思ったのにニャー」


 リータとメイバイは、わしを撫でながら話し掛ける。


「外国人だとバレたのでしょうか?」

「さあにゃ~? 考えたって仕方にゃいし、早く寝ようにゃ~」



 こうしてわし達の京観光一日目は、謎を残したまま終わるのであった。

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