016 事件が起きた
我輩は猫又である。名前はモフモフでは無い。
この世界に生まれて一年と六ヶ月経つが、いまだに名前が無い。そろそろ自分で付けるかな?
おっかさん達には、わしの秘密にしていた魔法や知識はバレてしまっておるんじゃから、名付けぐらいいまさらじゃろう。今度おっかさんに、とっておきのマタタビを用意して説得してみようかのう。
しかし、マタタビで猫が酔っ払うとは本当だったんじゃな。皆に出してみたら、女猫は【鎌鼬】を乱発するは、男猫はやたら甘えて来るは、大変じゃった。
おっかさんは変わりないと思ったら、力加減が出来ておらず、何気なく振った手が掠っただけでブッ飛んだ。飛んでいた時間を逆算すると、地球一周したはずじゃ。ホンマホンマ。
狼達との縄張り争い以降、またどこぞの強い輩が来ないとも限らないので、わし直々に魔法のレクチャーを行っておる。風魔法は、皆、ある程度理解できるのじゃが、他はなかなか伝わらない。
おっかさんは土魔法を少々扱えるようになったが、戦闘には使い物にはならん。でも、風以外の魔法が使えるようになって嬉しそうじゃ。
最近では自作の猫皿を作って、気に入らないと割っている。どこの陶芸家を目指しておるんじゃろう?
女猫は探知魔法を会得しようとしておるが、なかなか上手くいかないみたいじゃ。音と感知の複合魔法じゃから難しい。
教えておいてなんじゃけど、わしの平穏の為に、このまま出来ない事を祈る。……まだ会得してないよな? 疑わしい……
男猫は【肉体強化】魔法に磨きを掛けている。こないだこっそり、おっかさんとの練習を
水に映った姿を眺め、ポージングしているのは、見なかった事にしておこう。
風魔法以外あまり進展は無いが、風魔法の威力と種類が増えて、みんな強くなったはずじゃ。
え? わし?? 強くなっておるよ。
魔力を吸収する魔法を常時発動しておるから、毎日着々と総魔力量は増えておる。使わない分は次元倉庫に大量にストックしてあるから魔力の使い過ぎで倒れる事は無い。
おっかさんの試験で倒れた時は、まだストックが少なかったからのう。いまならあの時使った【大竜巻】も、五発は撃てる。
その上、重力魔法も自分に掛け続けているからなおさらじゃ。負荷も二十倍まで来ているから、猫の平均体重で計算するとざっくり80キロぐらいはいっとるじゃろう。
そう言えば、女猫がよくわしの上に乗って来るのは、重力魔法も気付かれておるからじゃろうか? わしが重たいのが好きと思っているとか? まさかな。
こんな状態で毎日、家事に散歩、庭いじりをしておれば、強くならないわけがない! ……見た目がアレじゃから、今度ちゃんとした練習メニューでも作るかのう。
魔力量も増えた事じゃし、ボチボチ変身魔法の練習でも本格的にやってみようか。魔法書には、発動と維持に大量の魔力が掛かると書いておったが、これだけ溜めた魔力があれば、なんとかなるじゃろう。
今日はみんな狩りに行っておるし、チャンスじゃな。人間の姿になれば、手が使えるから細かい作業も出来て、料理のレパートリーも増えるわい……どうも考え方が主婦に向く。
こんな姿を孫に見られたら、せっかく異世界に転生したんだから冒険に行けって怒られそうじゃ。一緒にやったオンラインゲームでも、ポーションばかり作って売っておったら怒られたしな。
昔の事は置いておいて、人間に変身してしまっても大丈夫じゃろうか? みんなが帰って来た時に、襲われたりしないじゃろうか?
女猫に変身しているところをわざと見せて、ワンクッション置いたほうがよかろうか? それともみんなの目の前でやるか?
こっちのほうが、もしも魔力の使い過ぎで倒れた時には安全か……そう考えると、一人でやるのは危険じゃな。
わしが悩み、考えていると「クゥ~」とお腹が鳴った。
もう夕暮れか。変身魔法の事は一旦保留じゃな。しかし、みんな遅いのう。いつもなら朝から出たら、昼過ぎには戻って来るのに……どうしたんじゃろう?
う~ん。おっかさんがついているから大丈夫じゃろうが、散歩がてら捜しに行くか。
わしは家族の匂いを辿り、走り出す。
こっちじゃな。戻って来る時も同じ道を使うから、その内ぶつかるじゃろう。
しばらく走るが、なかなか家族と出会わない。
珍しく、えらく遠くまで来ておるな。こんな所まで来たのは初めてじゃ。みんなで、何か面白い物でも見付けて遊んでいるのじゃろうか? 今度わしも連れて来てもらおう。ついでに何か美味しそうな植物が見付かればいいのう。
新たな食材を思いつつ走っていると、強烈なにおいが鼻に突き刺さる。
ぐお! なんじゃこれは!! 頭がくらくらする。一時撤退じゃ!
ふぅ……いまの異臭はなんじゃったんじゃ? 自然界で
おっかさん達は、デッカいスカンクと戦闘になり、においで帰り道がわからなくなったとかかな?
推理的にはそんなもんじゃろうけど、においの先に皆がいるのか……。あそこに入るのは嫌じゃのう。魔法書にいい魔法があればいいのじゃが、時間が掛かる。風で吹き飛ぶかな? とりあえず【突風】!!
よし。行くか……クッサ~~~! ギブギブ! ちょっと薄くなっただけじゃ。どうしようか? 【竜巻】で上空に霧散させるか? でも、森がえらいことになりそうじゃし……そうじゃ! 威力を抑えて【旋風】×5!!
わしは、木々を超える細長い風の渦を作り出す。そして、五本の【旋風】を操作して、木々を縫うように走らせる。
うん。まだ臭いが、なんとか進めそうじゃ。念の為、二本だけ出したままにするか。さっきのにおいのせいで、鼻がいまいち効かんのう。とりあえず、まっすぐ進んで見付からなかったら帰るか。
わしはわずかに残る異臭に、顔を歪めながらキョロキョロと歩く。
けっこう歩いておるが、こんなに広い範囲に、においが行くものかね? おっ! 戦闘の跡がある。激しい戦いだったみたいじゃのう。ボス狼の時と同じく地形がめちゃくちゃじゃわい。
またおっかさん無茶しよったな。帰ったら「てへぺろ」ってされそうじゃ。
ん? 血のにおい。ちょっと鼻が戻ったか。あっちのほうじゃな。
しばらく歩くと血溜まりの真ん中に真っ赤な大きな肉の塊を見付けた。
なんじゃあの赤い生物は? 四本足で毛が無いから象かな? 象にしては頭の形状が違うし、尻尾も無い。足は先端だけ食べられたのか?
う~ん。毛皮を剥ぎ取られた動物っぽい……
わしの頭に良からぬ考えがよぎる。死体の頭の方に回って確認するが、確証が膨らむばかりだった。
赤い物体の頭部は、牙は抜かれて血塗れだが白い毛皮が所々残っていたからだ。
おっかさん……いや、違う! 嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ!! おっかさんなわけがあるはずない! きっと他人の空似じゃ。おっかさんがこいつと戦って殺したんじゃ!
わしは現実を否定する。おっかさんはこんな殺し方をしないのに……
ふと地面に目を落とすと、ある物が目に入った。
これは……靴の足跡か? あちこちに足跡がある。人間がおるのか? 人間と戦ったのか? 人間なら、毛皮を持ち帰るのは合点がいく。おっかさんは人間に……兄弟! 兄弟達はどこじゃ!?
わしは叫びながら森を走り回る。混乱しているせいで【旋風】が消え、強烈なにおいが襲い掛かるが必死に耐え、わしは叫び続けた。
「女猫~~~!」
「男猫~~~!」
「おっかさ~~~ん!」
わしは頭ではわかっているが、おっかさんを呼ぶ事はやめられなかった。そして日が完全に落ち、辺りが真っ暗になると、おっかさんの亡骸がある場所までトボトボと戻る。
くそ! 見付からん。そうじゃ。強いおっかさんのことじゃ。兄弟を逃がす時間ぐらい作れたじゃろう。今頃戻っているはずじゃ。
わしが帰ったら、きっと家族全員、何食わぬ顔で出迎えてくれるじゃろう。これは……念のため持って帰ろう。
わしはおっかさんらしき亡骸を次元倉庫に仕舞い、急いで、最高速度で、息を吸うのも忘れて、家族の待つ我が家に走るのであった。
そして数十分後……
「ゼーゼーゼー」
わしは一目散に我が家に入る。そして家族の前で使わない【光玉】で内部を照らした。
「女猫! 男猫! おっかさん! どこじゃ! どこに隠れておるんじゃ!!」
返事は無い。あの温かかった我が家は物音ひとつなく、ひっそりとしていた。わしは我が家をくまなく探すと、また外に飛び出して叫ぶ。
「女猫~~~!」
「男猫~~~!」
「おっかさ~~~ん!」
わしは泣き叫ぶが、その声は誰にも届かない。一匹を除いて……
「そんなに泣いてどうしたの?」
おっかさんの優しい声が後ろから聞こえた。
「おっかさん!」
わしは泣きながらおっかさんに跳びつく。
「ギャンッ!?」
だがわしは、おっかさんの体をすり抜け、木にぶつかった。
「あら。大丈夫?」
おっかさんは暢気な声で尋ねる。
いつものおっかさんの声、仕草じゃ。でも、体が透けてる?
わしは矢継ぎ早に疑問を問う。
「おっかさん。どうして!? 兄弟達は!?」
「あなたもわかっていると思うけど。お母さん、死んじゃった。てへぺろ」
軽い……おっかさん、軽すぎるよ。たしかに帰ったら「てへぺろ」って、されそうと思っていたけど、幽霊の状態では無いんじゃ。
「あの子達は捕まって、連れて行かれたと思うわ」
「どこに!?」
「わからない。でも、あなたの作る、箱?って言ったわね。箱のような物に入れられて大事そうに運んで行ったから、生きていると思わ」
「わかった! すぐに助けに行く!!」
「お母さんを倒すほどの動物よ。あなたじゃまだ敵わないわ」
「でも、隙を見て逃げるぐらいなら……そうだ! どんな奴にやられたの?」
「変わった動物だったわね。二本足で立ち、前脚で鋭い牙を振るっていたわ。魔法も強くて、あなたが使う火も使っていたわね。強かったわ~」
自分が殺されているのに何をうっとりしておるんじゃ! おっかさんは思った通り、かなりの戦闘狂じゃったんじゃな……しかし、化け猫なら七代祟るとか言わないのかな? あっさりしておるわい。
「あんなに力を出したのは久し振りで、楽しかったわ」
「悔しくないの?」
「少しはね。でも、弱い私が悪いのよ。心残りがあるとしたら、連れて行かれたあの子達と、あなたのことを見続けられないことかしら」
「わし?」
「あなたは不思議な子だから、これから何をするのか見たかったのよ」
おっかさんは何か気付いておったのかな? わしが話さないから、あえて聞かなかったって事か……おっかさんはもう死んでいるから、本当の事を話してもいいかもしれん。
わしはおっかさんに、
「そう……そんな世界から私の元に来てくれたのね。だから魔法にも住み家、食事にも詳しかったのね。あなたは私の元に生まれて幸せじゃなかったかも知れないけど、お母さんは、私の知らないことをたくさん教えてもらえて幸せだったわ。ありがとう」
「そんなことない! おっかさんに優しくされて嬉しかった。おっかさんの温もりを感じるだけで安心だった。グスッ。わしも幸せじゃった!!」
おっかさんの言葉に、わしは涙ながらに応える。
「そう言ってくれてありがとう。そろそろ時間ね。兄弟達のこと、頼むわね。くれぐれも無理をしてはダメよ。自分のことも大事にしてね。最後に私の体、持ってる?」
「うん……」
「そこの白い木の下に埋めてくれる? 私のお母さんも、そこに眠っているの」
「うん。わかった……」
「それじゃあ行くわね。愛しい我が子。さようなら」
おっかさんは別れの言葉を告げると光の球となって、「死後の世界」へと旅立って行った。
「おっかさ~~~~~ん!! う、ううぅぅ……」
わしは止まらぬ涙を拭いながら白い木の下におっかさんを埋め、それでは寂しいと思い、和風の墓を建てた。
そしたらおっかさんが戻って来てダメ出しが入り、おっかさんそっくりの石像と、おっかさんの母親もセットで建てさせられたのであったとさ。
まだ居るなら言ってくれ!!
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