624 心の傷にゃ~
リータがジープに乗っていた男を土魔法で拘束し始めた頃、メイバイは最高速のダッシュ。あっと言う間にトラックに着いたのだが、そこには誰の姿も無かった。
しかし隠れている可能性もあるので、トラックの運転席や下を素早く確認している。
時を同じくして、イサベレとコリスは空を飛ぶ。イサベレも空気の塊を蹴って空を飛べるのだが、ここはコリスの風魔法【突風】に乗って、ヘリコプターに迫っていた。
* * * * * * * * *
「お、おい……女と巨大なリスが空を飛んでるんだが……」
ヘリコプターの搭乗員は二人の男。操縦席から下を見ていたパイロットは、後部の扉から大型のマシンガンを構えている男に声を掛けた。
「は? 何をバカなこと言ってんだ。それより横に向けろよ。撃てないだろ」
残念ながらこのヘリは偵察用なので、完全な戦闘用というわけではなく、攻撃手段は扉に付けたマシンガンからのみ。しかし空からの連続した射撃ならば、剣や槍を主体とした戦士には絶大な攻撃力を誇るのだろう。
「うわ!! リスが!?」
だが、想定外の空飛ぶ巨大リスが操縦席の窓にべっちょり張り付いたならば、無力に等しい。
「はあ?? だから何を言っているんだお前…は……なんだそれ!?」
そりゃ、窓からリスが覗き込んで居たならば、マシンガン係も釘付けになってもおかしくないよ。
「死にたくなければ腹這いになれ」
「へ??」
そこに、空を駆けてヘリの開口部から侵入した細身の刀を突き付けるイサベレの声。マシンガン係はとぼけた声を出して振り向こうとしたが、肩口を斬られて言う事を聞くしかなかった。
「ぐふっ……」
イサベレに、不意討ちは通じない。マシンガン係がゆっくり腹を付けても、腰に差した銃に手を掛けたならば、踏み付けられて気絶させられてしまった。
「コリス。こっちへ」
「わかった~」
ずっと視界を奪っていては墜落の危険があるので、イサベレはコリスをヘリの中に呼び込み、乗り込むのを待って操縦席に近付く。
「言うことを聞けばお前は死なない。この乗り物と心中したいなら、勝手にやってくれてかまわない。その前に、お前にはトドメを刺す」
イサベレが刀の切っ先を背中に突き刺して脅すと、パイロットは諦めたように声を絞り出す。
「オ、オーケー……どこに降ろしたらいい?」
「元の場所。それと仲間の人数も言え」
「ああ……」
こうしてヘリはトラックの上に着陸し、エンジンを切ったと同時に、パイロットもイサベレに首を強く叩かれて意識を失うのであった。
ヘリから力尽くで降ろされた男達もコリスの土魔法で拘束されたら、オニヒメの元へ合流。すでに全員集まっていたので男達はそこに残され、リータ達は二手に分かれて、馬から落ちた人間の手当てに向かった。
幸い、原住民のような二人の男は息があったので、コリスとオニヒメの回復魔法で治せたのだが、意識が戻るにはしばらく時間が掛かりそう。これは逆に面倒事を避けられたと思い、背負ってシラタマの元へ戻るリータ達であった。
* * * * * * * * *
「シラタマさん……大丈夫ですか?」
「何があったかわからないけど、もう大丈夫ニャー」
震えてうずくまるわしの耳に、リータとメイバイの優しい声が聞こえる。
「大丈夫。大丈夫ですよ」
「私達がそばに居るニャー」
二人に背中を
「モフモフ……わたしもいるよ」
「私も……パパ……」
「ダーリン……」
コリスもオニヒメもイサベレも、わしを心配していると伝わり、ようやく体の震えが止まった。
「はぁはぁ……はぁ~……はぁ~……」
「シラタマさん、水です。ゆっくり飲んで」
わしが顔を上げて息を整えていると、リータは水筒をわしの口に付けてくれたので少しずつ飲み、なんとか落ち着きを取り戻した。
「ご、ごめんにゃ……」
皆に心配させた事もあり、わしは謝罪から入る。
「いったいシラタマさんに何が起こったのですか?」
「……ちょっと嫌にゃことを思い出してにゃ」
「嫌なことですか……」
「トラウマにゃ……心的外傷ってやつにゃ。わしは心に傷を負っているんにゃ」
トラウマでは伝わらなかったので言い直すと、メイバイは申し訳なさそうに質問する。
「その傷……聞いてもいいニャ?」
「……そうだにゃ。こういうのは、口に出したほうがいいって女房も言っていたしにゃ」
「「「女房……」」」
「ああ。元の世界のにゃ。リータ達の前でいらんことを言っちゃったにゃ。ごめんにゃ~」
わしを心配していた皆の顔が少し引き
「わしは、元の世界でにゃん人もの人間を殺しているんにゃ」
「「「うそ……」」」
「正直、数はわからないにゃ。わしも必死だったからにゃ。銃弾が飛び交い、隣に居る仲間が倒れ、遠くの敵が倒れ、そこかしこから
わしの説明に、イサベレが抜けていた部分を補足する。
「それって、戦争……」
「そうにゃ。わし達の戦争は、千人、二千人が死ぬ戦争じゃなかったにゃ。万じゃきかないにゃ。終わるまでに、五千万人も死んだにゃ」
「「「「「………」」」」」
猫の国どころか、わし達が住む土地の住人全てを足しても桁が違う死者数を聞いて、リータ達は言葉を失う。
しかし、避けては通れない説明なので、わしは続ける。
船、飛行機、車。ありとあらゆる手段で戦地に向かう兵士。
銃、爆弾、ミサイル。ありとあらゆる手段で命を奪い合う国家。
十万人もの命を一瞬で奪う兵器まで……
わしは皆の青ざめる顔に気付いて、自分の話に戻る。
「わしはラッキーだったと思うにゃ。たまたま終戦の引き上げの第一弾に戻れたからにゃ。でも、帰ってから、仲間の死、殺した者、死んでいった者の顔を毎日思い出してにゃ。立ち直るには時間が掛かったんにゃ。もう80年近く前のことだから立ち直っていたと思っていたんにゃけど……ダメみたいだにゃ」
わしが一度言葉を切ると、リータとメイバイは小さな声を出す。
「シラタマさんは過酷な戦場を生きたのですね……だからあの時、苦しんでいたのですね……」
「あ……あの時……ずっと泣いてたニャ……」
二人はソウで、皇帝の命を奪ったわしの行動を思い出して涙を浮かべる。わしもまたその時の気持ちを思い出してしまい、言葉が出て来なくなった。
数分、誰も喋ろうとしなかったが、イサベレが口を開いた。
「そんな昔のことを、どうして思い出したの?」
「あ、ああ……銃声にゃ」
「銃声??」
「あの機関銃は敵国のレイジングM50と言ってにゃ。その銃声を戦地で嫌と言うほど聞いたんにゃ。それ以外では、一度も聞いたことがなかったから思い出してしまったようにゃ。そこに軍服を見て、完全に記憶が戻ってしまったんにゃ」
「そう……」
また沈黙が訪れるが、オニヒメが何か近付いて来ていると言うので、わし達は立ち上がる。オニヒメの指差す方向を見ていると、四頭の馬が走って来ていた。
その馬には頭に羽を付けた少年や少女が乗っており、わし達の目の前まで来て止まり、少年が何か喋り出したので慌てて念話を繋ぐ。
「お前達は敵か!? 敵じゃないなら、仲間を返してくれ!!」
どうやら原住民の少年達は追っ手が無くなったので、倒れた仲間が気になって戻って来たようだ。
「敵じゃないにゃ。言葉が違うからいまは特殊な力で話をしているけど、気持ち悪く思わないでくれにゃ」
わしが前に出て簡潔に答えると、少年少女は……
「「「「猫? ピューマ??」」」」
「猫だにゃ~」
立って歩く猫のほうが気持ち悪いようなので、念話の説明はいらなかったらしい……
「仲間は返してやるけど、ちょ~っと時間をくれにゃ~」
少年達はわしの見た目に驚いているから時間があるので、その間にわしもリータ達から事の顛末を聞いておいた。
「あ~。にゃんか君達の追っ手は、わしの仲間が倒してくれたみたいにゃ。いまのところ安全にゃから、馬から降りても大丈夫にゃよ~?」
状況を把握すると、少年達に説明。わしの説明を聞いてコソコソと何やら話し合っていたが、念話を繋いでいるので丸聞こえ。
その内容の四割はわし。三割がコリス。一割ずつがメイバイとオニヒメ。そりゃ、喋る猫、巨大なリス、耳と尻尾、角の生えた人間のほうが気になるのであろう。
残り一割で「いちおう助けてくれたんじゃね?」って結論に至って、馬から降りた。
「ありがとうってことでいいのかな?」
おそらくリーダーだと思われる少年が前に出て質問するので、わしは笑顔で答える。
「傷も治してあげたから、それでいいにゃ。本当はにゃにか貰いたいところにゃけど、今回はタダにしておいてやるにゃ~」
わしが助けたと言っても少年は不安そうな顔をするので、タダと言ったら少しだけホッとした顔になった。おそらく、いろいろ吹っ掛けられると思ったのかもしれない。
「では、改めまして……。助けていただき、ありがとうございました。僕はモノンガヘラ族のテナヤと言います」
「わしは猫の国で王様をやってるシラタマにゃ。まぁ通じないと思うから、にゃん万人も居る部族の
「何万人も!?」
「驚いているとこ悪いんにゃけど、どうしてあいつらに追われていたか聞かせてくれにゃ~。あ、お茶も出さずにごめんにゃ~」
わしは立ち話もなんだからと、テーブルセットと冷たい飲み物を次元倉庫から出したらテナヤ達を席に座らせる。
「あの……質問したいことが増えたのですが……」
「他にも追っ手が居るかもしれないにゃ~」
「うっ……わかりました」
「まぁジュースでも飲みながら話をしてくれにゃ」
わしも自分の出したアイスコーヒーを飲むと、テナヤ達も続いてわしのマネをして一口飲んだ。
「「「「ゴクゴクゴクゴク……」」」」
原住民では甘くて冷たい飲み物なんて口に入れた事もなかったのか、一気に飲み干すのであっ……
「「「「おかわり!!」」」」
「先に話をしようにゃ~~~」
さらにおかわりまで要求するので、なかなか話を聞き出せないのであったとさ。
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