052 王女、帰還にゃ~


 わしの必死の説得によって、やっとこさキョリスの威圧を引っ込める事に成功した。もう少し長かったら、さっちゃん達は威圧だけで死んでいたかもしれない。

 子リスとも、小まめに戻って来るから縄張りを出ないようにと約束を交わし、やっと落ち着いたところで、キョリスがおかしな事を言い出した。



「そっちのワレーの連れている者は殺さないのか、ワレー!」

「なんで友達を殺すんですか?」

「そいつらは我の敵だ、ワレー! 昔はよくやり合ったんだ、ワレー!」


 キョリスと昔やり合った? さっちゃん達が言っていた伝説の話か。少し興味があるから聞いておくか。


「なんでやり合ったんですか?」

「我を大勢で殺しに来るからだ、ワレー! 全員返り討ちにしてやったぞ、ワレー! あんまりしつこいから、巣に乗り込んだりもしたぞ、ワレー!」


 ガハガハ笑いながら武勇伝を語っておるが、いったいこの化け物は人間を何百人殺しておるんじゃ。百じゃ足りんか……千? 万? おお怖っ。よくもまぁ、この化け物に挑もうと思ったのう。


「つい最近も、我の縄張りに一匹入り込んで来たぞ、ワレー!」

「ちなみに、そいつはどうなったんですか?」

「ここだ、ワレー!」


 聞くんじゃなかった。腹をさすっておる……。しかし、人間がキョリスの縄張りまで行ったのか? なかなか骨のある人間じゃが、もうこの世に骨も無いのう。


「そこの、ワレー!」

「ヒャイッ!」


 ゲッ! キョリスの奴、さっちゃんに念話を繋ぎやがった。さすが伝説の化け物。なんでもありじゃのう。人 (リス)のこと言えんが……って、感心してる場合じゃなかった!


「お父さん! さっちゃんはまだ幼い子供です。怖がらせないでください」

「子供でも、この中で一番偉いんだろ、ワレー!」

「わかるのですか?」

「なんとなくだ、ワレー!」


 なんとなくって……昔の戦いの記憶と野生の感か。


「あ、あの……キョリス様。わたしに何か御用でしょうか?」

「怖かったら無視していいぞ」

「シラタマちゃん……大丈夫」

「キョリスってなんだ、ワレー!」

「お父さんの名前です。呼ぶ時に便利ですよ。わしの名前も、この子に付けてもらいました。わしの名前はシラタマです」

「なるほど……キョリスか。ワレーも、お父さんと呼ばずにキョリスと呼べ、ワレー!」

「またまた~。お父さんとわしの仲じゃないですか~」

「だからお父さんと呼ぶな、ワレー!」

「プッフフフフ。す、すいません!」


 さっちゃんが、わしとキョリスのやり取りに吹き出しおった。ソフィ達は……肩が震えておるが、アレ、絶対笑っておるな。さっちゃんだけ話をさせていると不安だろうから、全員に念話を繋いだのは失敗じゃったな。


「よい。それより話が逸れていたぞ、ワレー! え~と……そうだ、ワレー! お前達は、また我を狙っているのか、ワレー?」

「いえ! そんなおそれ多い事はしておりません。それに、こんなに山奥まで私達では来れませんし、国でも奥深くには行かないように指導しております」

「そうなのか、ワレー? お前達は、どこに住んでいる、ワレー?」

「え~と……」

「だいたいあっちの方です」

「我の縄張りと真逆か、ワレー。我のところに来た者は山を越えて来た方が近いか、ワレー。毛の色も違っているか、ワレー」

「知らんがな。とりあえず、さっちゃん達は何も悪い事をしていないって事でいいですね?」

「う、うむ。だが、我を殺しに来るなら、我が容赦しないと、ワレーより偉い奴に伝えておけ、ワレー!」

「はい! 承知しました」

「あと、妻と娘にも名前を付けてやってくれ、ワレー」

「は、はい! 少々お待ち下さい」


 さっちゃんはソフィ達の元へ行くと、わいわいと名前を考え合う。


 さっきまで怖がっておったのに、本当にいい根性しておる。わしは子リスと遊んでおかないといけないから参加できんな。何度もわしの縄張りに、キョリスもセットで来られたら、地形も生態系も変わってしまいそうじゃからな。



 わしが子リスと遊んでいると、兄弟達が寄って来た。


「さっきはゴメンね」

「なんの事じゃ?」

「その子の事よ。家の前でモフモフって泣いてるから、私達が外に出ちゃったのよ。それで慰めていたら、ご主人様が安全だと勘違いしちゃったの」

「それでみんなで遊んでいたのか。肝は冷やしたが、みんな怪我も無いし、もう済んだ事じゃ」

「あいつ凄く強いな。あれだけ強ければお母さんを……」

「そうじゃな……でも、キョリスには近付かない方がいいぞ。わしも何度も死にかけた。ハハハ」

「なに笑っているのよ」

「あいつに勝負を挑む、お前はおかしい」

「モフモフおかしい~」



 わし達が話をしていると、ついに名前が決まったらしく、さっちゃんが発表を始めた。


「命名します! 奥さんの名前はハハリス。子供の名前はコリスです!」


 わしは一人でずっこけるが、皆、不思議な顔をするだけだった。


 だって、心の中で呼んでいた名前そのままじゃぞ? ずっこけるに決まっておる。リス家族も満足しておるし、ソフィなんか「素晴らしい名前ですね」と来たもんだ。なかなか立てなかったわ!



 その後、コリスが満足するまで、わしやさっちゃん達と一緒に遊ぶ。しばらく遊んであげていたら、疲れて船を漕ぎだしたのでキョリスに運ばれ、リス家族は自分の縄張りに帰って行った。

 リス家族が帰ると、わし達も家の中に入る。


「コリスちゃん、かわいかったね~」

「はい。でも、キョリス様が来た時は生きた心地がしませんでした」

「同じ大きさのハハリス様もいましたからね」

「私なんて、もう少しで漏らしちゃうとこだったよ」

「ドロテは大丈夫だったにゃ?」

「シラタマ様!!」

「ドロテがどうしたの?」

「にゃんでもないにゃ」


 危ない危ない。ドロテが漏らした事がバレるとこじゃった。バレたらかわいそうじゃしな。


「そろそろ帰るにゃ。戸締まりするから、アイノは【ライト】を頼むにゃ」

「は~い」



 わしは来た時に開けた穴を土魔法で全て塞ぎ、出した物は次元倉庫にしまう。ルシウスに、おっかさんの匂いの付いた毛皮も入れてくれと頼まれたので、何枚か入れた。忘れ物や塞ぎ忘れが無いか、指差し確認をしていたら何故か笑われた。

 わしの今の魔力量は吸収魔法で回復させたが、半分ほどしかない。転移するには九割必要だからストックから魔力を満タンにさせた。


 諸々の準備が終わるとマーキングしている場所に立ち、手を叩く……が、柔らかい肉球のせいで音が鳴らなかったので、普通に呼ぶ。



「みんにゃ、集合するにゃ~」

「「「「は~い」」」」

「忘れ物は無いかにゃ?」

「「「「は~い」」」」

「それじゃあ、こっちに来て固まるにゃ。行っくにゃ~。【転移】にゃ!」


 わしの魔力が皆を包み込み、一瞬にして景色が変わる。


「わ! 部屋だ」

「部屋ですね」

「部屋です」

「部屋だね」


 デジャヴ? 行きと同じ事を言っておる。


「にゃ~? わしの言った通り、行っても何も無かったにゃ」

「「「「あり過ぎだよ(です)!!」」」」


 怒られた……何故じゃ?


 この後もまだまだツッコミは続き、夜遅くまで寝かせてもらえないわしであったとさ。




 翌朝……さっちゃん達と兄弟達を乗せた馬車は、王都に向けて出発した。馬車はセベリと一緒に作ったサスペンション搭載馬車なので、乗って来た馬車はどうするかと聞いたら、後日、人を雇って送り届けてくれるそうだ。

 いまさらさっちゃん達も、揺れのひどい馬車に乗りたくないみたいだし、わしも出来れば勘弁して欲しい。


 馬車は順調に進み、皆とぺちゃくちゃ喋りながら、王都に向けてひた走る。


「やっぱり、この馬車は揺れが少なくて素晴らしいですね」

「いいけど、シラタマちゃんの魔法ならすぐだったのに~」

「昨日はあの山にいたのですよね。信じられません」

「猫ちゃん、あの転移魔法? 原理だけでも教えて!」

「昨日も言ったけど、無理にゃ」


 昨日は山から帰った後、大騒ぎじゃった。キョリスに我が家、石像に転移魔法。質問だらけで困ったもんじゃった。

 特に転移魔法。さっちゃんは転移魔法で帰りたいと言い出したので、マーキングしていないと嘘をついた。

 アイノには使いたいと言われたが、わしの魔力量あっての技。アイノに直径6メートルの【火球】を見せ、百個作れたら教えてやると言っておいた。


「猫ちゃんは、この小さい体にどれだけ魔力が入ってるんだか」

「速いし力も強いですよ」

「あのキョリス様も倒したのですよね」

「それにかわいいしね」


 ん? 強さの話をしてなかったっけ? さっちゃんだけズレてる。


「猫ちゃんの【ファイアーボール】見た? あんなの城の上位魔法使いでも一発、撃てるかどうかよ」

「それを言ったら、剣も達人クラスですよ」

「ソフィは直に闘ったから身に染みてるでしょう」

「それにモフモフだしね」


 さっちゃん、ズレてるって! 無理に話に入らなくていいんじゃぞ?


「「「「本当に猫??」」」」


 あ、そろった。強さはさておき、かわいいとモフモフは猫で合っていると思う。まぁわしの言う事は、ひとつだけじゃ。


「猫だにゃ~」

「「「「嘘つけ~~~!!」」」」


 仲がよろしいこって……今日も平和じゃな~。



 わしは皆の疑いの目を流す。そんなわしを問い詰めるのは諦めて、皆はわしをモフモフしながら馬車は王都へ走る。

 休憩中に一度、食事の匂いに誘われた狼が三匹現れたが、兄弟達があっと言う間に処理をして、わしとソフィ達の出番は無かった。

 夜には野営をし、また車とお風呂を出して旅の汚れを落とす。さっちゃんの提案で、全員でお風呂に入る事になるとは思わなかった。

 皆、一度は一緒に入った事があるので、わしは喜んで……じゃなく。仕方なく、一緒に入ってやった。わしをバススポンジ代わりに、体を洗うのだけはやめて欲しかった。ホンマホンマ。





 翌昼、順調に進んだ馬車は王都に入り、城の門を潜る。城の玄関近くまで馬車を進ませ、停止すると皆で馬車から降りる。さっちゃんは馬車から降りると、体のこりをほぐすように両手をあげて、大きな声を出す。


「やっとお家に帰って来れた~」

「サンドリーヌ様、お疲れ様でした」

「ううん。みんなと一緒で楽しかったよ。あ! う、うんっ……ソフィ、ドロテ、アイノ。御苦労であった」

「「「はっ!」」」

「にゃっにゃっにゃっにゃ」

「シラタマちゃん! なんで笑うのよ~」

「「「プッ……フフフフ」」」

「みんなまで~。アハハハハ」


 さっちゃんも、自分の言葉遣いの似合わなさに笑い出す。わし達の笑い声は大きく城に響く。だが、その声をさえぎる人物が現れた。


「「サティ!!」」


 さっちゃんの双子の姉が揃って走って来る。するとわしは、一気に警戒を強める。その緊張が兄弟達に伝わり、兄弟も警戒態勢を取る。

 そんなわし達を制して、さっちゃんは姉に近付く。走り寄って来た姉達は、泣きながらさっちゃんを、二人で抱き締めた。


「わたくし達が喧嘩ばかりしていたせいで、あなたには怖い思いをさせたわね」

「サティ……ごめんなさい」

「お姉様……」



 この涙は……本物? ラスボスだと疑ってごめんなさい!

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