252 人と猫と犬にゃ~


 唐辛子モドキの霧に包まれた帝国兵は、為す術もなく叫びながらうずくまるか、落とし穴に落ちて行く。その地獄絵図を見た猫耳兵は、恐怖に固まる。


 しかし、我に返ったコウウンが、大声を張りあげた。


『帝国軍は総崩れだ! 突撃準備~~~!!』

「「「「「お、おおおお!!」」」」」


 コウウンの声を聞いた猫耳兵も我に返り、大声で応える。


「王よ。あの霧を消してください」

「わかったにゃ。リータ、メイバイ。突撃するから、もうポコポコはやめてくれにゃ~」

「……わかりました」

「……わかったニャ」

「水魔法【雨】にゃ~~~!」


 リータとメイバイの重たいポコポコをやめさせると、霧を雨に変える。すると、唐辛子モドキ入りの雨が帝国軍に降り注ぎ、霧は消え去った。


「もう大丈夫にゃ」

「……本当ですか?」

「大丈夫って言ってるにゃ~。心配にゃら、先にわし達が突撃するからそれに続くにゃ~」


 コウウンがわしの言葉を信じてくれないので、自分達が実験台になると言ったが、リータとメイバイも信じていなかった。


「私達が行くのですか……」

「あんなひどい事にならないニャー?」

「大丈夫にゃ~! ……念の為、ケンフを先に走らすかにゃ?」

「ワ……ワフン!」

「シラタマ君……かわいそうだからやめてあげて」


 わしの耳には、ケンフの犬語は「任せろ!」と言ったように聞こえたのだが、ノエミには「勘弁してください!」と聞こえたようだ。ケンフの目に涙が溜まっているところを見ると、わしの耳が正しいはずだと思われる。


「もういいにゃ! わし一人で行くにゃ~~~」

「あ!」

「待ってニャー」

「もう! 行けばいいんでしょ!」

「ワオーン!」


 誰もついて来てくれそうにないので、わしが一人で駆け出すと、リータ、メイバイ、ノエミ、ケンフの突撃班は、渋々走り出すのであった。


 わし達が走り去ると、コウウンは猫耳兵に命令を下す。


『あとは残党を穴に落とすだけだ! 全軍突撃~~~!!』


 コウウンの命令を聞いた猫耳兵も駆け出し、帝国軍に向かうのであった。



 先陣を切っていたわし達は、辛さでのたうち回っている帝国兵は無視。進路上の落とし穴のふちにうずくまっている帝国兵がいれば落とすだけで、敵将目掛けてひた走る。


 猫耳兵はその後ろから続き、帝国兵を一兵残さず、次々と落とし穴に放り込んでいく。

 時間が経てば、少しは回復して向かって来る帝国兵もいるが、目もろくに開けられず、ケツをを押さえた者など恐るるに足らず。落とし穴行きとなる。

 落とし穴から這い出そうとする者もいるが、猫耳兵には唐辛子モドキの入った水と魔道具を支給しているので、水を操作し、再び地獄に叩き落とされる。



 わし達の後方では、猫耳軍の残党狩りが順調に進められ、そんな中、セイチュウ将軍が居るであろう陣営に到着した。


 う~ん。土で出来た鎌倉がある。ちゃんと射程範囲じゃったのに、ガードされてしまったか。まぁアレぐらいなら、少人数しか入れないじゃろう。


「シラタマさん。大将はあの中ですか?」


 わしが鎌倉を眺めていると、リータが質問して来た。


「たぶんそうかにゃ? 開けてみるから、構えて待ってるにゃ」

「「「「にゃ~~~!」」」」


 皆の気合いの入ったかどうだかわからない声を聞いて、わしは鎌倉に使われている土を、土魔法で一気にひっくり返す。

 すると、驚いた顔の男四人と女一人が顔を出し、すぐに得物を抜いて、臨戦体勢を取る。


「「「「「猫!!」」」」」


 どうやら、わしにはあとから気付いたみたいだ。


「猫だにゃ~。それで、誰がセイチュウ将軍にゃ?」

「私だ!!」


 わしが質問すると、ガタイの良い軍服の男が前に出た。


「にゃ! これは初めましてにゃ。わしは猫耳族の王をしているシラタマにゃ~」

「猫が丁寧に挨拶するな! いったい何が起こっているんだ!!」

「まぁ中から様子が見れないにゃら、現状はわからないんだにゃ。簡単に言うと、帝国軍一万は、猫耳軍に敗北したにゃ」


 わしが簡潔に説明してあげたら、セイチュウ将軍は周りの惨状をを見て、驚愕の表情を浮かべながら呟く。


「三千人に満たない兵に……。嘘だろ……」

「あとは敵将を残すだけにゃ。降伏してくれたほうが楽なんにゃけど……どうするにゃ?」

「ハッ! 知れたこと! 私が戦わずに敗けを認めるはずがない。この命、尽きるまで戦い続ける!」

「はぁ……だってにゃ~?」


 わしはため息まじりに、ノエミとケンフに愚痴る。


「またなのね」

「将軍ですから、仕方がないですよ」


 その緊張感の無いやり取りに、セイチュウは怒る。


「なんだその言い方は!!」

「もう聞き飽きたにゃ~」

「だから、なんなんだ!!」

「どうせ負けても約束しても、自害するんにゃろ? もう敗け決定なんにゃから、自害してくれにゃ~」

「なっ……ふざけるな!!」

「じゃあ、敗けても自害しないにゃ?」

「敗ける訳が無いだろう!」


 何度も行われるやり取りに辟易しているわしは、情けない声でお願いする。


「もう敗け決定しているにゃ~。諦めてくれにゃ~」

「まだ私は敗けていない! それに目の前に敵の王がいるんだ。お前を倒せば我が軍の勝ちだ!!」

「そうにゃけど~」

「グズグズ言ってないで、かかって来い!」

「じゃあやるにゃ~」


 わしはやる気の無い返事をしてから、刀を鞘から抜く。するとセイチュウは、ずっしりと腰を落とし、右拳を前に構えた。


「武器は無いのかにゃ?」

「私の体より弱い武器は持たないんだ」


 あら? 武術家か。ケンフみたいじゃな……。それなら……


 わしは刀を鞘に戻す。そして、ケンフに声を掛ける。


「ケンフ。任せるにゃ~」

「い、いいのですか?」

「闘いたかったんにゃろ? 譲ってあげるにゃ~」

「ありがとうございます!」


 わしが下がり、ケンフが前に出ると、セイチュウは拳を降ろしてわしを怒鳴る。


「大将どうしの一騎討ちじゃないのか!」

「そんにゃこと、一言も言ってないにゃ~。それに、軍で大敗しているお前が、選べる筋合いもないにゃ」

「こいつに勝てば、お前が受けるのか?」

「勝てたら相手してやるにゃ~」

「……わかった。準備運動代わりに相手してやる。来い!」



 セイチュウは再び拳を前に構えると、ケンフはお辞儀をし、トウロウケンの構えを取る。二人の闘いを、わし達は固唾を呑んで見守り、残っていた帝国兵は胸に手を組み、祈りながら見守っている。


 数秒の睨み合いの後、ケンフが仕掛ける。


 ケンフはひとっ跳びで間合いを詰めると、抜き手を放つ。だが、セイチュウはその攻撃に合わせ、前に出ると順突きを、ケンフの腹に放つ。

 ケンフは順突きが抜き手より先に届くと判断し、抜き手を変化させて順突きを払おうと腕を振る。


 あ! 順突きを払ったのに、まったく動かなかった。力が強いのか? ケンフはガードが間に合ったみたいじゃけど、拳が重たいのか、腕を痛そうにしておるな。


 ケンフは痛みに顔を歪めたがすぐに復活し、体を沈め、回り込むように移動する。しかし、セイチュウは拳を前に構えたまま、ケンフから照準を外さない。

 ケンフは隙を見つけられないならと、さらに体を沈め、倒れ込むように水面蹴りを放つ。これも、セイチュウは足に攻撃が当たっても気にも留めず、軽く踏み込むと、下方向に拳を振るう。


 かったい奴じゃな。リータといい勝負かも? ケンフは転がりながらかわしたけど、セイチュウの拳は地面にめり込んでおるな。力もリータ並みか?


 わし達が二人の闘いを見守っていると、セイチュウがケンフに声を掛ける。


「貴様……帝国軍で見た事があるぞ!」

「今頃ですか。何度か尊敬しているとお声を掛けたのですが、覚えてらっしゃらなかったのですね」

「尊敬している?」

「はい。拳ひとつで将軍にまで成り上がったあなたは、俺のヒーローでした。あなたを目指して、俺は力を付けたのですよ」

「そう言えば、そんな奴がいたな……。そんな奴が、何故、帝国を裏切っているんだ!」

「そちらのシラタマ王に負けて、犬になったのですワン」

「人間が猫の犬??」


 うん。言葉にしたら、意味がわからんな。一言で、種族がみっつも出てきた。皆も苦笑いしておるわ。


「尊敬するセイチュウ将軍と手を合わせ出来て光栄ですが、俺が勝たせてもらいます」

「フッ。若僧がふかしよるわ。軍規律では、逃亡兵は死刑。死をもって償わせてやる!」



 二人は会話が済んだのか、同時に構える。そして、ケンフの怒濤の連激。抜き手、パンチ、キック。セイチュウの顔や体に次々とヒットする。

 しかし、セイチュウはどっしりとした構えを崩さず、逆に重たい拳をケンフに放つ。カウンターとなった拳では、ケンフは避けられず、かろうじてガードは間に合うが、しだいにダメージは蓄積される。


「シラタマ君……」


 ケンフが自身の血で染められる中、ノエミがわしの袖を引っ張った。


「もう少しやらせてあげるにゃ。ケンフは、まだ余裕がありそうにゃ」

「……うん」


 ケンフの奴……闘いながら、ずっと笑っておるわ。そんなに闘いが好きなのか? これだから、バトルジャンキーは気持ち悪い。

 しかし、セイチュウ将軍……あれほどの猛攻を避けずに受けるって、硬過ぎじゃね? 肉体を鋼に変えるという硬気功ってヤツか? あんなもん、ただの気合じゃと思っていたわ。


 わしの見立てでは、それほど力の差があるように感じなかったんじゃが……。もしかして、硬気功では無く、魔法か? それにしても硬過ぎる。これは一人ではなく、バーカリアンみたいに複数か……。

 セイチュウ将軍の仲間が、全員両手を胸に組んでいるのは、祈っているのでは無く、詠唱しているのでは? 怪しい……


「ノエミ。魔法を無力化するような魔法は無いかにゃ?」

「あるにはあるけど、開発中だから、数秒しか効かないわよ。それがどうしたの?」

「セイチュウ将軍の仲間が怪しいにゃ。試しにやってみてにゃ~」

「たしかに……。わかったわ」


 ノエミはわしのお願いを聞いて、呪文を唱える。すると、ケンフの攻撃にセイチュウは顔を歪め、体をぐらつかせる。セイチュウはいきなり通じた攻撃に驚き、大きく距離を取って仲間を睨んだ。


「決定みたいだにゃ」

「本当ね」

「にゃら、やる事はひとつにゃ。みんにゃ、ケンフを援護するにゃ~」

「「「にゃ~~~!」」」


 リータ達の気の抜けた声を聞いたセイチュウはこちらを見るが、ケンフがその隙を見逃さずに飛び込み、抜き手の連激。

 魔法が復活していたのか、ダメージになっていなかったが、その攻撃に合わせて、わし達はセイチュウの後方に控える者に突撃する。


 わしは一番強い男を峰打ちで斬り飛ばし、リータとメイバイは残りの二人の男の相手。ノエミには女の魔法使いを任せる。

 敵の男二人は剣で応戦しているが、そこまでの手練れでもないようだ。魔道具の【肉体強化】で跳ね上げられた、リータとメイバイのスピードとパワーに追い詰められて倒される。

 最後に倒されるのは、女の魔法使い。ノエミの風魔法で斬り刻まれ、ギブアップを宣言している姿があった。


 敵兵は全員倒したので、手当てをする。わし以外は手加減の出来る相手ではなかったので、怪我が酷かった。

 メイバイの相手は血塗れ。リータの相手は、肋骨が肺に刺さって吐血。ノエミの相手は切り傷だが、ほぼ全裸。

 皆、魔法で怪我を治していくが、女の胸の傷を治そうと触ったら、誰にとは言わないが、殺気を放たれた。なので、そっと毛皮を渡してあげる。


 応急処置が終わると拘束。皆、魔法使いだったので、目隠しをしてひつぎに入れておいた。これで魔法を使ったとしても、目測を誤って不発で終わるだろう。



 そうこうしていると、ケンフとセイチュウの対決は佳境に入る。


 セイチュウは仲間をやられたのを見ると、ケンフの攻撃を避けだすが、速さで上回るケンフの攻撃を何度も喰らったのか、動きが鈍っている。

 ケンフも同様に、ダメージの蓄積があったので、動きに精彩を欠かない。


 お互い同じくらいのダメージを負い、歯を食いしばり、殴り合いが続く。


 ケンフは素早さを活かし、回り込んでセイチュウの死角からの抜き手。セイチュウの後ろ首に放つ。しかし、闘いの経験からかセイチュウは反応し、ケンフを正面に見据える。

 そこで、元々頑丈な体を持つセイチュウが、ケンフの抜き手を胸に喰らっても強引に前に出て、順突きを放つ。


 違う! フェイントじゃ!!


 ケンフは咄嗟とっさに両手でガードするが、セイチュウは拳を止めると、さらに踏み込んで、ケンフの背中に自分の背中を向け、そのまま体当たりでケンフを吹っ飛ばす。

 その攻撃で、ケンフはわしの足下まで飛ばされる事となった。


 鉄山靠てつざんこう……ゲームの世界だけじゃなかったんじゃな。これほど吹っ飛ぶ技だったとは知らなんだわ。



「ハァハァハァ……私の勝ちだ! 次はお前だ!!」


 セイチュウは、疲れた自分を鼓舞するように叫ぶ。


「だってにゃ? もう降参するかにゃ?」


 わしの足下で、小鹿のようにプルプルと震え、立ち上がろうとしているケンフに声を掛けてあげる。


「ご、ご冗談を……。これこそ、俺が求めた闘い。やっと楽しくなってきたところです」

「馬鹿だにゃ~」

「ははは。自分でも、そう思います」

「にゃら、しっかりやるにゃ~」

「ワン!」


 ケンフは返事をして、フラつく体でセイチュウの元へ歩き出す。すると、ノエミが呆れたような顔をして、わしに声を掛ける。


「行かせていいの? 死ぬまで闘うんじゃない?」

「それが本望じゃないかにゃ~?」

「なにそれ? 馬鹿ね。大馬鹿よ」

「にゃはは。本人も自覚しているから、馬鹿は褒め言葉にゃ」

「ここにも馬鹿がいるわ」

「わしは違うにゃ~~~」


 わしとノエミが軽口を言い合っていると、ケンフとセイチュウ将軍の最後の攻防は始まる。互いの利点を使い、何度も攻撃は当たるが、それでも歯を食いしばり、殴り合いは続く。



 その長い殴り合いの末、ついに決着がつく。


「「ああ!!」」

「シラタマ君!!」


 セイチュウの順突きがケンフの腹に突き刺さり、ケンフは前のめりにゆっくりと倒れる。リータとメイバイは驚きの声をあげ、ノエミはわしを見る。

 セイチュウが完全に息の根を止めようと、追い撃ちの拳を振るおうとしたからだ。

 わしはそれを見て、二人に割り込もうと、グッと足に力を込めた……


「まだだ!」


 ケンフは声を張りあげ、足を踏ん張り、沈み込んだ力を使って、両拳をセイチュウの胸にぶつける。

 セイチュウは油断もあったのか、ケンフの拳を避ける事は出来ずに、空高く打ち上げられる事となった。


 前にわしに使った寸勁すんけいの応用か……。風魔法を両手にまとって殴りよった。人間が直接当たると、ああなったんじゃな。

 さすがに、勝負ありじゃろう。あのダメージで空から落ちたら、死んでしまうな。致し方無い。



 わしは空高く舞い上がったセイチュウの落下地点に急ぐ。その後ろでは、ケンフが声高々に勝利の雄叫びをあげる。


「ワオーーーン!!」


 その遠吠えのせいでずっこけそうになって、セイチュウを落としてしまい、急いで回復魔法で治す事となってしまった。


 もうこの設定、やめさせようかな……

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