054 新たなる旅立ちにゃ~


 ふう……ここまで逃げて来れば、大丈夫じゃろう。


 わしは玉座の間に集まる錚々そうそうたる顔ぶれに嫌な予感を覚え、脱兎(猫)の如く逃げ出した。

 さっちゃんの胸から飛び降り、猫の姿のまま無理矢理ドアノブを回し、廊下の窓から飛び出して、屋根のてっぺんまで登って来た。



 なんとなく逃げて来たけど、アレはなんだったんじゃろう? さっちゃんの王位継承の儀式とか? それなら逃げる必要はなかったか。まぁあんな堅苦しい場面はごめんじゃし、逃げて正解じゃろう。

 ソフィ達も来ていたから、なんらかの授与式があったのかもしれん。さっちゃんを肉体的にも精神的にもしっかり守ったんじゃ。それなりの報酬を貰ってしかるべきじゃろう。てか、騎士の報酬ってなんじゃろう? 昇進とかかな?

 剣ひとつで立身出世か……戦国時代みたいじゃのう。猫のわしには関係無い話じゃ。猫として生まれたからには、自分のやりたいように自由に生きる。これでいいはずじゃ。


 さて、さっちゃんの暗殺騒動も収まったし、これからどうしようか? 我が家に戻って縄張りを守るか。こっちは転移魔法もあるし、時々戻れば事足りるかな?

 そうなると、遠くに旅にでも出るか? 歴史の授業で習った失われた文明なんて、歴史好きからしたらそそるのう。

 そうじゃ! アイやマリーと、王都で会う約束をしておったな。王都の周りをウロチョロしていれば会えるかのう?

 ハンターギルドで聞けば簡単に見付かるんじゃが、この姿ではなぁ。人型もほぼ猫じゃし、ドロテやソフィに頼んで探してもらうか。





「こんな所で何してるのよ」

「ご主人様が呼んでいるぞ」

「エリザベス、ルシウス……」


 空を眺め、先の事を考えていると、兄弟達が屋根に飛び乗り、わしの元へとやって来る。


「これからどうしようか、考えておったんじゃ」

「どうするって……あんたもここに残るんじゃなかったの?」

「いや、おっかさんの残した縄張りもあるし、どこか遠くにも行ってみたいのう」

「遠くって、また変なこと言って……」

「シラタマの変は、いつものことだ」

「うるさい! それよりお前達、首に何を付けておるんじゃ?」

「いいでしょ。似合う?」

「かっこいいだろ?」


 似合うって……そりゃ猫に首輪は似合うじゃろう。ペットのしるしじゃが、猫としてそれでいいんじゃろうか? エリザベスは赤の首輪で、ルシウスは青の首輪か。


「似合っているが、そんなもんどうしたんじゃ?」

「ご主人様が、ご褒美ってくれたのよ」

「ご褒美って……え? エリザベスはさっちゃんの言ってる事がわかるのか?」

「あんたのように上手くはないけど、聞くくらいなら出来るようになったわ。ご主人様には言わないでね。あんたのように、こき使われるのは嫌だからね」

「たしかに。それぐらいがちょうどいいな」

「俺はわからない方がいい」

「ルシウスは、エリザベスにこき使われておるからな」

「なによ~!」

「「アハハハハ」」

「もう! 行くわよ」



 わしは兄弟達と一緒にさっちゃんの部屋に向かう。部屋に入ると、怒ったさっちゃんの姿があった。


「シラタマちゃん。どこ行ってたのよ!」

「ちょっと急用を思い出したにゃ」

「急用って……今日はシラタマちゃんが主役だったのに、台無しよ」

「なんで猫が主役にゃ?」

「わたしを守ってくれたじゃない? だからお母様が、騎士にしてくれる予定だったのよ」


 そんな式典じゃったのか! だからさっちゃんは、逃がさないようにわしを抱いていたんじゃな。しかし、浪人侍の憧れ、立身出世じゃったとは……

 猫が騎士って、女王はとんでもない事を考えよるな。誰も反対せんのか? それ以前に、女王の頭を疑うじゃろう。


「女王の頭は大丈夫にゃ?」


 あ、言っちゃった。


「お母様が聞いたら怒るよ。反対はあるだろうけど、シラタマちゃんの変身を見せて無理矢理しようとしてたみたい。わたしも止めたんだけどね」

「逃げて正解にゃ」

「やっぱり逃げたんだ……」

「あ……」


 さっちゃんにジト目で見られた。怒ってらっしゃる?


「ごめんにゃ~」

「逃げると思っていたし、もういいよ。それより、お母様が夜に部屋に来るように言っていたわ」

「え~~~! 行かないとダメにゃ?」

「ちゃんとお礼を言いたいみたいだから、行ってあげて」


 う~ん。言葉くらいなら素直に受け取るか。



 その夜、さっちゃんに連れられて女王の寝室にお邪魔する。


「なんで逃げたのよ!」


 入るなり、いきなり怒られた……お礼じゃなかったのか?


「シラタマは騎士ペットになりたくないの? 騎士ペットになれば、私の側で一日中守らせてあげる。騎士ペットにとって、これほど名誉な事はないの。今からでも、私専属の騎士ペットにしてもいいのよ」


 わしの耳が悪いのかな? 騎士がペットに聞こえるんじゃが……騎士にしても、ペットにしても、答えはひとつじゃ。


「お断りするにゃ」

「な、何故……」

「わしは自由を愛する猫だにゃ~」

「シラタマのどこが猫なの!」


 え~! どこからどう見ても猫なんじゃが……女王の目はどうなっておるんじゃ?


「お母様……シラタマちゃんにお礼を言うんじゃなかったの?」

「そうだったわね……。シラタマ、娘を守ってくれてありがとう」

「気にするにゃ」

「褒美に騎士にしてあげようと思っていたけど……何か欲しい物はない?」

「いらないにゃ。兄弟達から頼まれたから、兄弟達を良くしてやってくれにゃ」

「シラタマは、何もいらないの?」

「わしは勝手に友達のさっちゃんを守ったにゃ。ただそれだけにゃ」

「シラタマちゃん……」

「そう言う訳にもいかないわ。王女を守った英雄に、何も褒美を出さないなんて女王の名折れよ。なんでも言いなさい。私のペットでもお金でも地位でもペットでも、なんでもしてあげるわ!」


 女王……完璧にペットって言っておるぞ? しかも二回も……

 欲しい物ね~。これと言って欲しい物は……あった!


「それじゃあ、出来るかどうかわからにゃいけど……」

「ペットなら簡単よ!」

「いや、ペットはお断りにゃ」

「それじゃあなに?」

「わしをハンターにして欲しいにゃ」



 それから一週間……



「シラタマ様、撫でさせてもらってもいいですか?」

「ちょっとだけにゃ~」

「シラタマ殿、今日も兵舎にお出掛けですか?」

「ソフィ達の訓練を手伝うにゃ~」



 わしは城内を人型で歩き、声を掛けられる。女王にハンターになりたいと言ったら、いろいろ考えた結果、城内の者にわしの人型の姿を見せて慣れさせようと言う事になった。

 これは、わしが街中を歩くと騒ぎになるから、せめて兵士にだけは姿を覚えさせようと言う事らしい。


 初日は騒がれた。もの凄く騒がれた。獣が城内を歩く事に危険視する者。わしの見た目でさげすむ者。かわいいと撫で回す者。ペットになって欲しいと頼む者。猫かぬいぐるみかで言い争う者。

 あまりの騒ぎに、女王が親友宣言をして無理矢理鎮静化させた。これによって危険視する者、蔑む者、ペットにしようとする者の声は消えた。

 わしとさっちゃんは、ペットにしようとした者の口を塞ぐ為だと、意見が一致した。


 女王の公式な親友宣言に城内は揺れたが、わしの女性陣からの絶大な支持で、こちらもすぐに鎮静化する事となった。どうもこの国は、男より女が強いみたいだ。

 騎士の数も職員らしき貴族も、男の方が圧倒的に多いが、女性の意見が強く反映されているように見える。男が優しいのか、女が恐いのか、どちらじゃろう?


 わしが歩く事で騒動は起きたが、早く収まり、今では気軽に話し掛けられるようになった。たった一週間で収まるなんて、お人善しにも程がある気もするが、嬉しい誤算と受け取っておこう。

 この分なら城外に出ても、すぐに受け入れてもらえるかもしれない。



 わしは城内の者と言葉を交わしながらトコトコと歩き、ソフィーとドロテのいる訓練場にお邪魔する。


「シラタマ様、今日はこの者達も一緒に、相手をしてもらってもよろしいでしょうか?」

「また増えたにゃ~」

「シラタマ様は人気ですからね」

「女性ばっかりにゃ~」

「そんな事はありませんよ。ほら」


 わしはソフィの指差す方向を見る。そこには四人の男が立っていたが、わしは悪寒を覚える。


 たしかにいる。たしかにいるが、あれは男なのか? ウ、ウィンクされた! あれでは人数の半分じゃ。……見なかった事にしよう。


「始めるにゃ~」

「「「お願いします!」」」



 剣の訓練を始めて二時間後、全ての兵が倒れ伏す。



「ハァハァ……シラタマ様は疲れないのですか?」

きたえているからにゃ」

「私ももっと鍛えないといけませんね」

「頑張るにゃ~」

「はい!」

「しかし、わしと闘って練習ににゃるのかにゃ?」

「なりますよ。シラタマ様のアドバイスは的確でわかりやすいです」

「それに、シラタマ様の剣は私達と違うから勉強になります」

「それはよかったにゃ」


 さっちゃんの事件も終わって、けっこう長く居候いそうろうしとるしのう。ちょっとは働いて、メシ代ぐらいにはなったかな?


「シラタマ様は、明日、発たれるのですよね?」

「寂しくなります」

「王都を拠点に働くにゃ。いつでも会えるし、遊びに来るにゃ」

「そうですよね。すぐ会えますね」

「住む場所が決まったら教えてください。私も遊びに行きます」

「猫ちゃん! いた~~~!!」


 ソフィとドロテと話をしていると、アイノが大声をあげて訓練場に飛び込んで来た。


「なんにゃ! 離れるにゃ~」

「モフモフ、モフモフさせて!」

「もうしてるにゃ~」

「アイノ。訓練はいいのですか?」

「終わったから走って来たのよ。今日でモフ納めじゃない!」

「シラタマ様は……」

「シーーーにゃ!」

「猫ちゃん……なにか隠しているわね。モフモフ攻撃~!!」

「いにゃ~~~ん! ゴロゴロ~」


 しばしアイノに撫で回され、わしはゴロゴロと悲鳴をあげ、口を割る。


 洗いざらい吐かされてしまった。アイノは触り過ぎるから、王都で働く事は黙っていたのに……。胸が当たり過ぎて気持ちいい……じゃなく。気恥ずかしいのじゃ!



 翌朝、出発前に女王の執務室にお邪魔する。


「それでは、これを持って行きなさい」

「これはなんにゃ?」

「ハンターギルドの推薦状よ。ギルドマスターに渡せば、ギルド証を発行してくれるわ。生活に必要な物も用意しておいたわ。それと、少ないけど生活費に使いなさい」

「重っ! 金貨何枚あるにゃ?」

「百枚??」

「多過ぎるにゃ! ……いちおう、二枚だけ貰っておくにゃ。生活用品は有難く使わせてもらううにゃ」


 わしが金貨を返すと、女王は少し残念そうな顔をするが、気付かないふりをして、渡された物は忘れないように次元倉庫に入れてしまう。


「あとは、本当にハンターランクは正規の手続きで上げて行くの? 私の口添えがあれば一番上とは言えないけど、Bランクから始める事が出来るわよ」

「自分の力で上がって行くにゃ。それもまた楽し、にゃ」

「そう。わかったわ。娘を守ってくれて本当にありがとうね。いつでもペットになりに来てね」

「そこは遊びに来てにゃ!」

「あら? やだ~」



 近所のおばさんみたいになった女王を置いて、わしは執務室を後にするのであった。



    *    *    *    *    *    *



 コンコン。


 シラタマが執務室を出て行った直後、ノックの音が響き、入室を許可された初老の男が入る。


「行かせてよろしかったので?」

「よい」

「しかし、あれほどの戦力はもったいないかと……」

「あの者は金で動かないわ。ハンターならば、如何様いかようにも使えるでしょう」

「そうでよければいいのですが……」

「心配しなくてもいいわ。いざとなれば、娘の為に助けてくれるわ」

「確かにそうですな」

「それに、すぐに戻って来るわ」

「??」

「フフフフ」



 初老の男に女王の意図が伝わらず、不思議そうな顔を向ける中、女王は微笑を浮かべるのであった。



    *    *    *    *    *    *



 執務室を出て、わしは城門に向かう。すると城門には、さっちゃんが待ち構えていて、わしを見つけると駆け寄り、泣きながら抱きついて来た。


「シラタマちゃん!」

「うんにゃ」

「ありがとう」

「にゃん度も聞いたにゃ」

「また会えるよね?」

「会いに行くにゃ」

「わたしも会いに行くね」

「住む場所が決まったら教えるにゃ」

「うぅぅぅ」

「もう泣くにゃ~」

「だって~」

「さっちゃんは大袈裟にゃ。王都にいるから、いつでも会えるにゃ~」

「だって、だって~」

「兄弟達を頼むにゃ」

「……うん」


 わしは懐(次元倉庫)からハンカチを取り出し、さっちゃんの涙をぬぐう。


「わしの新たな旅立ちにゃ。笑って見送って欲しいにゃ~」

「……うん!」



 こうしてわしは、笑顔で手を振るさっちゃんに見送られ、振り返る事もせずに、城を後にするのであった。

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