363 里の秘訣にゃ~


 わしがイサベレの胸に抱かれて眠った少し前……


 バスでイサベレについて話し合っていたわし達と同じく、白い屋敷でイサベレについて話し合う里の者の姿もあった。


「あの白い髪のイサベレって女……使う事に決めたよ」


 ヂーアイの発言に、屋敷に居る者はどよめく。


「髪の色も娘と似てるから、あの女を生贄にすれば、野人をここから追い出す事が出来るさね」


 野人……シラタマが探知魔法で発見した、鳥を運ぶ大きな空洞の正体だ。


 おおよそ百年前、白い木の群生地を抜けて現れた野人に、この里の者は苦しめられている。空の恵みを奪われる事もそうだが、一番はこの里の生命線、ほこらを根城にされてしまっている事が最大の理由なのだ。

 この祠こそが、イサベレの命運……いや、里の命運を握っている。


 何故、それほど祠が大切なのか……


 長い間、魔力濃度の高い地で暮らしていた里の人間は、体に変異を起こしている。見た目で言うと、皇帝と同じく耳が長く伸び、エルフのような姿になった。

 それだけなら良かったのだが、子供を産む時に、魔力を大量に消費するようになってしまった。その為、子供を産む前には準備が必要なのだ。


 第一段階は、魔力を貯め、耳が横に向けば準備完了。それで出産に耐えられる体が作られる。

 第二段階は、魔力濃度の高い場所で、母子共に三ヶ月の静養が必要になる。実際には母親だけでいいのだが、赤子の頃から魔力濃度の高い場所で生活すれば、強い子に育つと信じられている。

 この段階を踏まなければどうなるか……


 生命力を赤子に奪われ、十年後には、母親の命がれてしまう。


 里にとって、これほど重要な施設が野人に占拠されている事こそが、シラタマが質問した、里の中に子供が見受けられなかった事の答えだ。



 ここで生け贄の話に戻す。


 百年前、突如現れた野人に、ヂーアイ達は指をくわえて見ていたわけではない。里の者を上げて野人と戦い、激しい戦闘を繰り広げた。

 しかし相性が悪く、攻撃がまったく通じない野人に、多くの者が殺されてしまった。殺された者は野人に食われ、里の終焉しゅうえんだとその時は思ったらしい。


 そうして死を待っていたヂーアイ達は、まったく攻めて来ない野人に疑問を抱くが、答えは簡単に出た。祠に手を出さなければ、空の恵みを奪われる事と、たまに農作物を荒らされる程度だったのだ。

 この事もあって話し合いの結果、野人を放置し、いつか出て行ってくれる事を待つ事にした。


 それから数ヵ月後、畑に出ていたヂーアイ家族は、野人と鉢合わせてしまった。だが、そのような事は何度かあったので、今回も手を出さなければ何もされないはずだと、ヂーアイ達は息を殺して野人が去るのを待った。

 しかし、そうはならなかった。


 野人はヂーアイ達に興味を示し、近付いて来たのだ。その中で、野人はヂーアイの娘から視線を外さない。

 ヂーアイ夫婦はこの時、直感で思ったそうだ。


 白い髪を持った特殊な娘を、野人は欲しているのだと……


 もちろんヂーアイ夫婦は、娘を逃がす為に必死に戦った。だが、野人には攻撃が通じず、娘に手が届く距離に……


 その時、娘は言ったそうだ。


「お母さん! 逃げて! 野人は私が始末する!!」


 そうして走り出した娘は、白い木の群生地に向かった。娘の狙いは簡単だ。四神に野人をぶつけること……


 ヂーアイ夫婦もすぐに気付き、必死に追い掛け、野人の体を掴み、振り落とされても向かって行った。その行動で、ヂーアイは足に怪我を負う。

 進めなくなったヂーアイに、夫は必ず連れ戻すと言って走り去ったのだが、戻って来たのは野人だけであった。

 それ以降、二人の消息を知る者は誰も居ない……





 ヂーアイの生け贄発言に、リンリーがそろりと手を上げる。


「なんだい?」

「その……白い髪の女性を野人に見せたら、今回も追いかけてくれるのでしょうか?」

「必ずさね。わたすは目の前で見たんだからね」

「で、でも……猫さんはいい猫さんでしたよ? ずっと敵対しないように説得していましたし……」

「いい猫が、リンリーの言葉をすぐに裏切らないさね。そう言えば、野人の事を知られたと言っていたね。これは急がないといけないさね」

「で、でも……交易は……」

「交易よりも、里の存続さね。この計画には、こちらからも五人の死者を出すんだ。それで里が守られるなら、儲け物さね。いや、娘と夫の命もあったね。その行動がなければ、解決策も浮かばなかったさね」

「………」


 リンリーは止めようとしたのだが、結局はヂーアイの決定に頷くしかない。里の生き残りを賭けた大博打。イサベレを担いで四神に野人をぶつける。これしか方法が無いのだから……


 その後は、シラタマ達をどうやってイサベレから引き離すかの話し合いに移り、夜が更けて行くのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



「ふにゃ~。おはようにゃ~」


 バスの中で目覚めたわしは、イサベレの胸から抜け出し、皆に挨拶をする。コリスはエサをちらつかせれば、すぐに起きるから楽チンだ。

 そうして皆の着替えが終わると、昨日忘れていた念話を教える。コリスは元々使えていたので、先に肉の串焼きを支給して、イサベレは簡単に覚えたので、こちらにも串焼きを支給する。

 リータとメイバイは少し時間が掛かりそうなので、慣れるまで念話で会話をさせ、外のテーブルでわいわいと朝食を食べていたら、リンリーがやって来た。


「おはよう」

「おはようにゃ~。リンリーも食べるにゃ?」

「ううん。もう、食べて来たから……」

「にゃんか元気ないにゃ~。目のクマも酷いけど、ちゃんと寝たにゃ?」

「あ、あの……」

「なんだかうまそうな物を食ってるね」


 リンリーが何か言い掛けたその時、車イスを高速で走らせてやって来たヂーアイが割り込んで来た。


「婆さんは朝から元気だにゃ~。そんにゃに車イスが気に入ったにゃ?」

「そうさね。朝の運動には持って来いさね」

「飛ばし過ぎて、怪我しても知らないからにゃ~?」

「猫のせいにはしないさね。それより、わたすにも食べさせておくれよ」

「わかったにゃ~」


 老人にはやはり和定食がいいかと振る舞い、リンリーは突っ立ていたので、紅茶を出して座らせる。

 皆で和やかに朝食をとっている間、二人はチラチラとイサベレを見ていたので、昨日の話の続きを聞いてみる事にする。


「それで、子供の事を聞きたいんにゃけど、イサベレが安全に産むには、にゃにか秘訣とかあるにゃ?」

「ああ。その話もあって来たんさね。結論から言うと、わたす達に任せてくれたら母子共に、健康に百年以上は生きられるさね」

「本当にゃ!?」


 ヂーアイの言葉に、わし達は喜びに満ちあふれる。


「イサベレ……聞いたにゃ?」

「ん。そんな方法が…あるなんて……う、うぅぅ」

「イサベレさん……よかったです。よかったです」

「これでイサベレさんが助かるニャー! ニャーーー!」

「なんかよくわからないけど、よかった!!」


 イサベレが涙すると、リータとメイバイも自分の事のように喜び、涙を流す。コリスはいまいちよくわかっていないけど、リータ達が喜んでいると感じて、空気を読んだようだ。

 ちなみにわしはと言うと……


「にゃ~~~! よかったにゃ~~~!!」


 号泣だ。あの鉄仮面のイサベレの涙を見たからには、貰い泣きは必至。誰よりも大きな声で泣いてしまった。


「大婆様……」

「リンリー……」


 わし達の涙を見たリンリーは、ヂーアイをなんとも言えない表情で見て、ヂーアイは首を横に振って止めていた。



 それから泣きやんだわし達は、ヂーアイとの話を再開させる。


「それで、どうやったらいいにゃ?」

「これは里の秘訣だから、猫には教えられないさね」

「にゃ……にゃんでもするから教えてにゃ~」

「待ちなよ。猫には教えないってだけで、イサベレと言ったね。イサベレには教えてやるさね」

「にゃんでわしはダメなんにゃ?」

「よそ者で、女じゃないからさね。今回は特例で、塩なんかも分けてくれたから教えてやるんさね。もちろん、イサベレには口止めするから、誰にも言ってはならないさね」


 女の秘密ってヤツか? それとも出産の立ち合いに男は不要って事か? まぁどちらでもいいか。


「それにゃらいいにゃ! イサベレも誰にも言っちゃダメだからにゃ?」

「ん。守る」

「よし! ひとまずイサベレはうちに来な。猫達は……リンリー。とっておきの場所を案内してやんな」

「……はい」


 自信の無さそうなリンリーに、ヂーアイは耳打ちする。


「くれぐれも……わかっているさね」


 わし達は嬉しさのあまり騒いでいたので、二人の意味深なやり取りにまったく気付かずに、イサベレを送り出してしまった。


 イサベレを見送ったわし達は、リンリーのあとに続き、里から出て北に歩かされるのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 シラタマ達と離れたイサベレは、白い屋敷に通され、イスに座ってヂーアイと対面する。その席に、女性がお茶を運び、退室して行った。


「飲まないさね?」


 イサベレは無口で、出したお茶にも手を出さないので、ヂーアイから勧める。


「ん。何か危険な感じがするから飲みたくない」


 そのイサベレの発言にヂーアイは驚くが、顔には出さずに喋り続ける。


「わかるのかい?」

「ん」

「そうかい。わかるのなら、先に言っておいたほうがよかったね。そのお茶には毒が入っているさね」

「やっぱり……」

「毒と言っても、少量さね。その毒が体を強くして、子を産む体に作り変える里の秘訣さね。飲んでも死ぬ事はないし、里の者は毎日一杯、欠かさず飲んでるさね」

「お婆ちゃんも?」

「わたすはもう年寄りだからね。子供は諦めているさね」

「……そう」


 イサベレは、納得はしていないようだが、一縷いちるの望みにかけて湯飲みを持ち上げる。そして一口飲んで味を確かめ、速効性の毒ではないとわかると、チビチビと飲み干した。


「それでいいんさね。少し眠気が来るけど、時間が経てば治まるさね。じゃあ、詳しい秘訣を話すさね」


 それから数分、ヂーアイは里の秘訣を包み隠さずイサベレに聞かせ、イサベレも自分の体の謎が解明する。

 しかし、ヂーアイの話が後半になった頃、イサベレはうつらうつらとし、徐々にまぶたが開かなくなるのであった。


 そうしてイサベレがテーブルに突っ伏すと、ヂーアイは手を叩いて、部屋の外に待機させていた者を呼び寄せる。


輿こしに乗せて運ぶさね」

「「「「はっ!」」」」



 こうしてイサベレは、四人のスキンヘッドの男に眠ったまま神輿のような乗り物にくくりつけられ、南へ向けて運ばれるのであった。

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