501 江戸の食べ歩きにゃ~


 センジが猫の街にやって来て二日……特にやる事がないので、わしはセンジに付き合う。時計工房を見学したり、時計台に入って見学したりもした。

 時計台はわしも初めてだったので、二人で「にゃ~にゃ~」言いながら見ていたら、センジが不思議そうな顔をしていたので愚痴っておいた。さすがに王様不在で式典までしていたと聞いて、わしを慰めてくれた。

 なので、センジを特別家臣に任命。珍しくわしの愚痴を聞いてくれる人が現れたのだ。それぐらいの扱いをしてもいいだろう。


「あの……特別家臣の仕事は、何をするのですか?」

「たまにお茶をして、わしの愚痴を聞いたり、それを聞いても怒ったりしないのが仕事にゃ~」

「……ポソボソ」


 センジは何か言いたげな顔をしてポソボソ呟いていたので、念話で盗み聞きしたところ、「王様の仕事をしないからでは?」と言っていた。

 面と向かって言わないとは特別家臣として合格なので、それは聞き流し、今度から念話は使わないと心に誓った。


 愚痴を聞いてもらうだけでは申し訳なくも感じるので、時計台近くの屋台でお茶やお菓子を奢ってあげるのだが、センジにも言いたい事があるようなので聞いてあげる。


「あの……猫の街は仕事が増えて、人口も増えて税収も上がっているように見えるのですが……」

「税金は取り始めて間もにゃいけど、右肩上がりだと聞いてるにゃ。人口は最初と比べたら1.5倍ってところかにゃ? たぶん税収も比例してるだろうにゃ。みんにゃが頑張ってくれた結果にゃ~」

「そうですか……」

「どうしたにゃ?」


 センジが暗い顔をするので、家臣の愚痴を聞くのも王様の仕事かと思い、質問してみたら、不満が出るわ出るわ。

 ソウはわしの知識を使って製造業でバブルとなっていて、猫穴温泉は観光業で順調だし、猫の街までバブッているのが不満のようだ。それに比べてラサは農業しか取り柄がなく、仕事も増える事もなくて、他の街に住人が流れる始末。

 わしも全然訪ねて来ないし、忘れられているのではと、心配して猫の街に来ていたようだ。


「せめて、月に一度は顔を出してください! 猫耳族の皆さんも待っているんですよ!!」

「わかったにゃ~。わかったからそう怒らないでにゃ~」


 立場は逆。愚痴を聞いてもらうはずが、センジの愚痴を聞いて、わしはたじたじとなってしまった。


「てか、ラサは農業が凄いから、どの街よりも安定してるにゃろ? 観光業は飽きたら終わりにゃし、製造業は売り切ってしまえば、その先は大変にゃ~」

「それはそうなのですが、派手さが足りないというか……」

「地に足がついてるってのが一番大事にゃ。それに猫耳の里や猫の街より税収があったと思うんにゃけど……」

「うっ……たしかにありますけど~」

「軍隊の駐屯所だってあるから、飲食業も賑わってるにゃろ?」

「うぅぅ……」


 わしがラサの現状を思い出しながら口にすると、センジはどんどん小さくなって涙目になってしまった。


 ラサのテコ入れか~……なんも思い付かん。レコードも猫耳の里に譲ってしまったところじゃし、新しい技術で何か使える物があったかな?

 時計は双子王女が手離すわけがないし、鉄工業はラサでは出来ないじゃろう。ここはやはり……


「日ノ本で果物の苗を譲ってもらうんにゃけど、乗らにゃい?」

「また農業ですか……」

「果物だって高級品があるにゃろ? この地ににゃい物を売れば~??」

「……高く売れます!!」

「にゃはは。ちょっとは元気が出たみたいだにゃ。日ノ本は同じ果物でも、各農家でうまさが違うにゃ。一番うまいところの苗を分けてもらって、秘訣にゃんかも聞いてみるにゃ」

「そんなに美味しい果物があるのですか?」

「いまは手持ちが無いからにゃ~。今度行ったら、探してみるにゃ~」


 結局わしの愚痴は聞いてもらえずラサの発展の話ばかりして、センジは休暇を終え、わしの派遣した護衛に守られ、キャットトレインに揺られて帰って行くのであった。





 遣猫使がやって来て二週間……わしに仕事をしろと言う者が、何故か減った。

 双子王女は街の運営で忙しく、玉藻と家康も英語の勉強で忙しい模様。リータとメイバイも訓練で忙しくしているので、わしも旅の準備で訓練をしていると思われていたようだ。

 いちおうわしも、ソウの地下空洞でリータ達の訓練に付き合っていたのだが、猫の街に仕事して来ると言いながら、東の国に遊びに行ったり、各街の視察をして来ると言いながらダラダラしていた。


 そのダラダラに付き合ってもらおうと、コリスとオニヒメも誘ってみたのだが、オニヒメはリータ達との訓練が楽しいらしく、それならば、コリスも強くなるとか言ってついて来てくれなかった。


 どうもわしがオニヒメの事をかわいがる事が多かったから、嫉妬しているようだ。……え、違う? お姉さんだからオニヒメを守るの? いつから姉妹になったんじゃ??


 あとで聞いた話だと、コリスの謎のやる気は、リータとメイバイのせいだったようだ。わしが甘やかし続けるので、意識を高く持たせようと姉妹設定にして、オニヒメに「お姉ちゃん」と呼ばせてみたら、コリスに何やら芽生えたらしい……


 だが、こっそり「美味しいの食べに行かない?」と聞いてみたら、ついて来てくれた。相変わらずチョロイ。


 コリスを無理矢理誘った理由は、日本料理の食べ歩き。エミリと料理長に日本料理を食べさせてあげようと江戸に遊びに来たのだが、二人の胃袋ではすぐに限界が来そうなので、コリスに活躍してもらおうと連れて来たのだ。


 あらかじめ家康から教えてもらった料亭では、家康の書状を見せたら、予約もしていないのにすんなり通された。それも懐石料理のフルコースが一瞬で並んだものだから、無理してないかと聞いてみたら、隣の部屋の料理を奪って来たらしい……

 そんなVIP対応、さすがにお店にもお客にも悪いので、わしは席を外して板長にヤマタノオロチ肉をプレゼント。隣の部屋に出してもらって「謝っていた」と伝えてもらう。

 部屋に戻ると、エミリと料理長が一口食べては、美しい色彩と味の意見を言い合い、残りの料理がコリスの腹に消えて行く。その姿を見ながらわしはチビチビ食べ、まったく話に入れないが、仲睦まじい光景は見ていて飽きない。


 そうして料理が無くなるとお店を出るのだが、お会計は徳川にツケてくれるらしい。しかし、迷惑を掛けてしまった事もあるので、お隣の部屋の料金をわしが出して、その場をあとにした。



 次の食べ歩きは、生鮮食品が並ぶ市に行ってみて、生でも食べられる野菜や果物を皆でかじる。残りはコリスの腹に入るか、エミリと料理長のお土産だ。

 もちろん気に入った野菜や果物は多く買い、生産者の名前と住所をメモ。帰ったらセンジにも試食させ、育てたい物を聞く予定だ。

 ここでも、エミリと料理長は野菜と果物がどんな料理に合うのかと話が弾み、わしとコリスはキュウリをポリポリ齧りながら続く。


 コリスは大根じゃったけど……美味しい? そうか美味しいんじゃ。星はいくつじゃ? みっちゅか~……採点が甘いんですね。でも、言い方がかわいいから許す!


 『リス王女様のお品書き』の点数は、本当にコリスが付けたのか疑っていたが、やはりコリスではなかったようだ。よっぽど辛い物以外は、全て星みっちゅなのだから……


 次の目的地は寿司屋。前回来た事があるので、わしの顔を覚えてくれていたようだ。なので、何か面白い食材は無いかとグイグイ来られた。しかし、食べに来ただけだと言ってみたら、大将だけでなく、職人全員がひっくり返った。


 ここは堺でもないのに、新喜劇みたいな奴等じゃな……。なんかやさぐれておるし……


 手酌で酒を飲もうとした寿司職人をわしは止め、ヤマタノオロチ肉を握ってくれと言ってみたら……


「「「「「ああいぃよおぉぉ!!」」」」」


 全員テンションマックス。どうやら、浜松でヤマタノオロチ肉を食べた人から情報が入っていたようだ。


 当然、わし達の前に寿司はなかなか並ばず、自分達で食ってやがる……コリスがわしをカジカジするから早くして!


 とりあえず、わしの頭を齧っているコリスに、優先的にヤマタノオロチ寿司が並んだので食べさせる。

 コリスが美味しそうに食べる中、エミリと料理長を見ると、熱心に大将の調理を見ていた。食べるよりも、大将の調理姿のほうが珍しいから面白いようだ。

 残暑の厳しい関ヶ原では、ナマ物は怖かったから外したのは悪い事をしたかも知れない。なので、大将に寿司の握り方講座をお願いしてみたら、二つ返事で教えてくれる事となった。



 うん。さすがは料理長。一発でネタを均等に切り分けた。エミリは料理長の包丁捌きに至るまでは、もう少し掛かりそうじゃな。

 逆に握りでは、エミリが一歩リード。うちは米食が多いからな。パンを好む東の国では、おにぎりなんて作った事がないじゃろう。


 わしが微笑ましく見ていたら、二人はわしの目の前に寿司を並べるので首を傾げる。


「にゃ……にゃんですか?」

「「どっちが美味しいですか!!」」


 どうやら二人は、熱くなって料理勝負を始めたようだ。なので、わしは嘘偽りなく答える。


「大将が一番にゃ~」

「てやんでぃ! この道三十年のあっしが負けるわけがあるめぇ!!」

「「そんな~~~」」

「自分で食べ比べてみたらわかるにゃ~」


 わしは答えたくないので大将に押し付けてみたら、即解決。さすがはたくみ、一口で二人を黙らせてくれた。


「なんでこんなにお米がふわふわなんですか!?」

「面白い……熱まで計算して作っているのですね!」

「「弟子に……」」

「みんにゃ二人の料理を待っているんだから、弟子入りにゃんかしにゃいでくれにゃ~」


 今度は二人の弟子入りを食い止めて、厨房から引っ張り出して寿司を食わせる。これでとりあえず寿司に夢中になってくれたので、その隙にヤマタノオロチの肝を切り分けた物を大将に預ける。


「これは??」

「さっき説明したにゃろ? ヤマタノオロチはアンコウにゃ。ここでアンコウの肝は調理できないかにゃ?」

「おうおうおう。誰に物を言ってるんでぃ! あっしに任せやがれ!!」


 威勢のいい大将は、元からあるレシピで握ってくれたのでわしは美味しくいただくが、子供のエミリにはちょっと早かったみたいだ。


「生臭いです~。なんでこんなのが美味しいのですか~」

「にゃはは。これは大人の味だからにゃ。料理長はどうかにゃ?」

「これはこれで面白い味わい……私は身の部分より好きですね」

「うぅぅ……早く大人になりたいです~」

「そんにゃに急がなくても、エミリは美味しい物を作っているにゃ。ゆっくりいろんにゃ味を噛み締めて、大人になったらいいだけにゃ」


 エミリはあまり納得してないようだが、料理長から、将来大人の味がわかるようになったらあん肝料理を教える約束をしてもらって、なんとか落ち着いてくれた。

 それから料理長には、大将が知っている全てのあん肝料理を学んでもらい、わしはシメに持って来いのお店はないかと、あがりをすすりながら職人と話をして、次の店へ向かう。



 こ、この匂い……まさか……


 職人からは蕎麦屋を勧められたのだが、わしは路地から漂う屋台の匂いに誘われ、暖簾のれんを潜って席に着いてしまった。すると皆も席に着き、エミリが不思議そうに尋ねて来る。


「猫さん。ソバ屋さんに行くと言っていませんでしたか? 前に嗅いだ匂いと違うのですが……」

「あ、ああ。その前に一杯、食べてみたくなったにゃ。あんちゃん、人数分お願いにゃ~」

「あいよ。四人分だね」


 エミリは首を傾げていたが、それよりも調理法が気になるのか、料理長と一緒にあんちゃんを凝視し、湯気が立つお椀が並んだら、皆でズルズルとすする。


「わ! なんですかこれ? 美味しいです~」

「少し味が濃ゆい気もしますが、さっきのお寿司が薄かったから、ちょうどいいですね」

「星みっちゅ!」


 エミリは驚き、料理長は感想を述べ、コリスは最高得点。


「これはラーメン……にゃ~~~。ズルズル」


 エミリのお母さんでももどきは作れず、中国人であるはずのエルフも麺を作っていなかったので、この世界には無いと思えたラーメンに出会ったわしは、泣きながらすするのであった。

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