034 女王様と会うにゃ~
我輩は猫又である。名前はシラタマだ。けっして、食べ物の白玉ではない。
さっちゃんの家に居候する事になってから一週間。人と関わる事でわかった事がある。この世界の事だ。
一番知りたかった時間と暦がわかった。この国も元の世界同様、時間も暦も同じで驚かされた。一日は二十四時間。月は十二カ月。年は三百六十五日。ただし、時計が無いので時間は時の鐘で知らせている。
わしが登った鐘の付いた高い建物が時計台らしく、中に大きな砂時計があるみたいだ。その砂時計の目盛りに合わせて朝六時から三時間刻みに鐘が鳴る。
この砂時計にも賢者が絡んでるらしいが、あまり詳しく聞くと元人間だとバレてしまいそうだから少しずつ聞き出している最中だ。
話しを聞いてから、どうやって鐘を鳴らしているのか気になったので、バルコニーから望遠鏡で覗いていたら、さっちゃんに奪われてしまった。
この世界に望遠鏡は無かったみたいで、最初はよく見ていたが、バルコニーから見える景色が変らないので飽きたみたいだ。
暗殺事件もこの一週間、もちろん起きておる。ドロテと話をしてから毒殺未遂が三件、殺人未遂が九件。多すぎじゃ。もう少し間隔を空けて来んか!
全て未遂なのはこのわしが、このわしが全て未然に防いだからじゃ。このわしがな。大事な事じゃから、何度も言っておいたぞ。
ドロテもわしの忠告通り、ちゃんと指示内容を念話で報告してくれている。ただ最初の内は怖がって、わしを見るたびにビクビクしていたが、眠い時にはドロテの腕で眠り運ばせていたせいか、今では嬉しそうにわしを抱いている。
さっちゃんが、わしとドロテの仲に嫉妬しているのが少し心配じゃ。
心配な事はもうひとつ。ドロテの報告と殺人未遂の数が合わない事じゃ。毒殺は前に聞いておったが、殺人未遂の数がドロテの報告と三件ズレている。ズレがあると言う事は、指示するグループも二組いるのではないかと考えておる。
毒殺犯にズレた殺人未遂の件数を足すと、ドロテの班と同じ回数になるから当たらずとも遠からずじゃろう。さっちゃんの姉の王女も、ちょうど二人じゃからのう。
さっちゃんの双子の姉は、何度か見掛けた。さっちゃんのみっつ年上で、十四歳の少女と聞いておったが、欧米系の血のせいかどちらも大人びて美しく。グラマラスな女性じゃった。さっちゃんも数年経てば美しい女性になると思われる。
一度、双子が罵りあっている姿を見たが、美人だった双子の顔が鬼のように変わっていて恐怖を感じたわい。女性は怖い生き物だと再認識した。わしの女房も……ん、んん! なんでもないぞ。
二人とも、さぞかしさっちゃんの事を恨んでいるかと思っていたが、驚いた事にそんなそぶりを一切見せなかった。それどころかさっちゃんをたいそう心配しておったし、わしも優しく撫でられた。
むしろ双子の後ろに付いて歩いている、おっさんが
いまだに女王の姿を見た事が無い。さっちゃんが言うには、仕事が忙しい時には執務室にこもりきりになる事も多いそうじゃ。
そりゃ、これほどの短期間に十件以上の事件が起きれば忙しくなるじゃろう。でも、ちょっとぐらいさっちゃんの顔を見に来てもいいのに……
それにそんなに忙しく仕事をしているなら、早く解決出来んもんじゃろうか? わしも尻尾すら掴めないから人の事言えんが……さっちゃんは、わしの尻尾を掴んでいないで離そうか?
一向に事態が進展せんし、誰かを味方に付けた方が得策か。さっちゃんのお父さんが一番望ましいが、外交で各国を回っていて、まだ帰って来ないと言うからのう。
ならば、双子の片方を味方に引き入れるか? どちらも王位が欲しそうじゃし、無理じゃろうな。
そうなると女王か……さっちゃんを心配して駆け付けた事が無いんじゃよなぁ。騎士は寄越しているから心配はしておるんじゃろうが……う~ん。
「ほら。シラタマちゃん。手が止まってるよ」
「おっと。この文字はにゃんて読むにゃ?」
只今、わしはさっちゃんと勉強中じゃった。駅前に留学した経験が役に立っているのか、一週間でボチボチ喋れるようになった。念話の力が大きい気もするが、金を払っておった駅前の力が大きいはずじゃ。
もう念話を使う事を減らして口で会話をしている。留学すると喋れるようになるとは本当の事じゃったんじゃな。相変わらず言葉に「にゃ」が付くが……
「またボーっとして。勉強に集中しなさい!」
「さっちゃんもわしの尻尾で遊んでいたにゃ!」
「そ、それは、あんな所にあったら触るでしょ!」
「開き直ったにゃ~」
「開き直りじゃないもん! 趣味だもん!」
さっちゃん……それが開き直りって言うもんじゃぞ? もしかしたら、さっちゃんとの口喧嘩のせいで英語が上達したのかもしれん。子供と喧嘩をしているのも、どうかと思うが……
「何か考え事?」
う~ん。一人で悩んでいても
「さっちゃんのお母さんに会えないかにゃ?」
「お母さんに? どうして?」
「ちょっと相談?かにゃ?」
「どうなるかわからないけど聞いてみるよ。その姿で行くの?」
さっちゃんは、わしを指差す。勉強する時はペンを持つので、今の姿は人型だ。
「移動は元の姿にゃ。この姿は女王様に会ってからなるにゃ」
「そうした方がいいね。ちょっと言伝を頼んでくる!」
さっちゃんは部屋の外にいるソフィに言伝を頼むと席に戻り、わしを撫でる。
「勉強はしにゃいのかにゃ?」
「ハッ! つい……」
「やれやれだにゃ~」
二人で勉強に精を出していると、部屋にノックの音が響き、わしはさっと猫又に戻る。わしの変身が終わるとさっちゃんが許可を出し、ソフィが入って来る。
「どうだった?」
「陛下は今夜、お休みになる前に少し時間が取れるとおっしゃっていました」
「わかったわ。今夜、寝室に行くと伝えてちょうだい」
「仰せのままに」
ソフィは一礼して部屋から出て行く。ソフィが出て行くとまた人型に変身する。
「ソフィは堅いにゃ~」
「あれが普通よ。シラタマちゃんが変なんだからね」
「そうにゃの? 女王様の前で上手く喋れるかにゃ~?」
「いまさら遅いよ。お母様は私がちゃんとフォローするから大丈夫よ」
「女王様に失礼にゃ事を言ったら、わしの首は飛ぶのかにゃ? 心配になってきたにゃ」
「う~ん。お母様がそんなことした事は無いから、大丈夫だと思うよ。それにシラタマちゃんって強いんでしょ?」
「あ、そうにゃ。いざとにゃったらこの城ごと……」
「わたしのお家、壊さないでよ!」
「冗談にゃ」
よしよし。さっちゃんは短い付き合いなのに、ツッコミを覚えてきたな。このまま英才教育を続けて二人で漫才師になるのも……あ、さっちゃんは女王になるのじゃった。残念……って、この世界にもお笑いあるのかな?
「そろそろごはんの時間ね。ごはんを食べたらみんなでお風呂に入るわよ。キレイキレイしようね」
「「にゃ~」」
「わしは一緒に入るのはちょっと……」
「まだ言ってるの? 私は気にしないって言ってるのに~」
「それはそれでどうかと思うにゃ」
そうして食事を終えてお風呂に入る。
「シラタマちゃんも洗ってあげるよ」
「わしは大丈夫にゃ」
さっちゃんに洗われると泡だらけになるから嫌じゃ。エリザベスも、わしが来てからは嫌がってわしのところに逃げて来る。ルシウスは……我慢してるっぽい。エリザベスに何か言われておるのかのう。
それにしても、恥じらいは無いのか? わしは男だと言っておるのに。まぁ魂年齢百二歳じゃから何も感じ無いがのう。ホンマに。見た目はさっちゃんより小さい子供 (ぬいぐるみ)じゃけど……
結局、無理矢理洗われてお風呂を上がる。しばらく談笑しているとノックの音が響き、ソフィが入って来た。
こんな時間にどうしたんじゃろう? いつもは代わりの騎士が部屋の前に立っておるんじゃけど……残業か?
「サンドリーヌ様、陛下の寝室までお供させて頂きます」
「よろしく頼むわね。エリザベスとルシウスは留守番ね」
「「にゃ~」」
「シラタマちゃん。行くわよ~」
「にゃ~」
わしはしゃがんで手を広げるさっちゃんの胸の中に飛び込む。けっして少女の胸の中で抱かれたいわけじゃない。さっちゃんがそうしろと言っているみたいじゃったから意図を組んだ行動じゃ。ホンマホンマ。
ソフィを先頭にしばらく歩き、男の騎士が二人立つ、立派なドアの前で立ち止まる。話は通っていたようなのでソフィはノックし、声を掛け、許可を得てからわしとさっちゃん、二人を中に入れる。
中に入るとさっちゃんは、わしを降ろして女王に抱きつく。
「サティ、久し振り。少し大きくなったわね」
「お母様、半月で大きくならないよ。それより苦しい~」
「久し振りに会ったのよ。これぐらいいいでしょ。一緒に寝てくれたら毎日会えるのに」
「お母様。わたしはもう子供じゃないよ」
「そんな事ないわよ。いつまで経っても、私の子供であることには変わらないわ」
「お母様……」
意外じゃのう。娘が狙われて会いにも来ないから、もっと冷たい人を想像しておった。優しいお母さんじゃないか。ちょっと涙が……年取ると涙腺がのう。って、まだ二歳じゃった。
しかし、べっぴんさんじゃのう。胸もすごい。ハリウッドスターみたいじゃ。歳はいくつじゃろうか? 二十代前半に見えるが、双子が十五歳じゃから少なくとも三十代……全然見えないな。
さっちゃん姉妹はお母さん似じゃったんじゃな。綺麗な金髪も受け継いでおるし、将来はさっちゃんも、あんな巨乳に……いや、べっぴんさんになるに違いない。
親子の対面が終わり、女王はさっちゃんにソファーに座るように
「それで今日は会いたいなんてどうしたの? もっと会いに来てくれていいのに」
「お母様の仕事が大変なのは知っているから我が儘は言えないよ。疲れてるだろうし、ゆっくり休んで欲しいの」
「そんなこと気にしなくていいのに」
「今日はシラタマちゃんが会いたいって言うから会いに来たの。あ、シラタマちゃんは、この子のことね」
「その猫が私に?」
もういいかな?
わしは頃合いとみて、次元倉庫から着物一式と【白猫刀】を取り出し、人型に変身する。もそもそと着流しとわらじを着たら、片膝を着き【白猫刀】を床に着け、前に差し出し、手を離す。
騎士の作法はわからんが、映画で見た武士風の作法で敵意は無いとわかるじゃろう。映画が合っていればじゃけど……
「先程、サンドリーヌ王女様から紹介されました、シラタマと申しますにゃ。この度は……」
ツカツカツカ……ガシッ……
「にゃ!?」
ツカツカツカ、トスン……わしゃわしゃわしゃ……
「して、何用だ?」
わし、パニックじゃ! わしは只今、女王の豊満な胸が頭に乗っておる……じゃなくて、女王におもむろに近付かれ、わしを抱き抱え、膝に乗せて、撫で回されておる。
どうしてこうなったかは察しが付くが、無礼があってはならん。無難にやり過ごす事を第一に考えよう。
「あの~。女王陛下?」
「なんだ?」
「降ろしてもらってもよろしいですかにゃ?」
「なぜだ?」
「喋りづらいかと存じにゃす」
「かまわん」
通じね~~~! しかも撫で過ぎじゃからちょっと嫌じゃ。かと言って普通の猫のように引っ掻くと、手首の先がポトリと落ちてしまう。
あの事を口頭で言うとさっちゃんに聞かれてしまうし……紹介してくれたさっちゃんには悪いが念話で会話しよう。
「あの~。陛下?」
「なんだ?」
「わしは念話が使えまして、ずっと陛下の心の声が聞こえておりますにゃ」
わしの念話に、女王は少し震えながら応える。
「い、いつから?」
「最初からでございます」
「なんですって~~~!!」
突然、大声をあげる女王を不思議に思い、さっちゃんがわしに尋ねる。
「シラタマちゃん。お母様に念話で何を話したの?」
「秘密にゃ~」
そう、わしは女王に粗相があるといけないので、わからない単語が出ても大丈夫なように部屋に入ってすぐ、女王に念話を繋いでいた。
念話は会話をしようとした人物の声を聞けるが、会話をしようとしないで、心の中で考えている事は聞こえない。ただし、強過ぎる心の声は聞こえてしまう。
その強過ぎる心の声の内容は、こんな感じだ。
「なに、あのかわいいの!?」
「猫? 猫よね? 丸くてかわいい!」
「サンドリーヌの飼っている二匹の猫もかわいかったけど、さらにかわいい!」
「去年、王都に現れたと言う猫かしら?」
「報告には危険視されてたけど、あの間の抜けたかわいい顔の子が危険なわけ無いじゃない!」
「どうにかサンドリーヌから私のペットに出来ないかしら?」
「え? 布? 人に変身した? いや、ぬいぐるみ?」
「もう我慢出来ない。抱いてやるわ!」
「なにこの触り心地! モフモフ~」
「ああ、幸せ~~~!!!」
と、女王はずっと心の中で言っておった。
わしが苦笑いするのもわかるじゃろ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます