033 王女様を守るにゃ~


 昼食を食べ終え(少ししか食べれなかったけど)勉強を再会すると、さっちゃんが休憩で庭に行くとの事で二人の騎士を引き連れ、わし達兄弟も同行する。

 もちろん人型の変身魔法は解き、猫又スタイルだ。広い城内をトコトコと歩き、到着した庭は絶景だった。


 おお! 色とりどりの花が咲いておる。綺麗じゃのう。昨日は夜に侵入したから気付かなんだわ。あの花は見た事がないが、こっちの花は元の世界にもあったな。森の我が家の前にも花壇を作ろうかな?

 香草を植えたプランターしかなくて殺風景じゃからのう。綺麗な花が咲いておれば、エリザベスも戻ると言うかもしれんしな。帰る時に種を譲ってくれないか、さっちゃんに聞いてみよう。


 わしが庭の景色を楽しんでいると、エリザベスが話し掛けてくる。


「花ばっかり見てないで仕事しなさい!」

「わかっておる。エリザベスも気付いたか?」

「ええ。どうする? ルシウスで守る?」

「え、ええ~! アニキ助けて~」


 泣くな! エリザベスじゃないが情けない。


「いい。気になる事もあるから、わしがやる」

「ア、アニキ~!」



 わしはさっちゃんに念話を送り、抱き上げるように指示をする。さっちゃんは、わしを抱き抱えるとそのまま庭の中央に歩き出す。わしはさっちゃんの進行方向とは逆にいる人物を見ながら、探知魔法をこまめに使う。

 さっちゃんがしばらく歩き、中央を抜け、庭に出た建物と反対にある建物に近付くと、屋根に隠れていた賊が動き出し、ボーガンを構えてさっちゃんを射ようとした。


 もう動いても無駄じゃ。わしの準備は終わっておる。



 わしは事前に探知魔法で賊の位置と距離を正確に把握し、賊の後ろに小さな【風玉】を配置していた。

 賊が潜んでいた場所から身を乗り出してボーガンを構えた瞬間に、【風玉】を賊の背中に軽くぶつける。すると賊はバランスを崩し、あっけなく屋根から転落した。


 やり過ぎたかのう? 建物の二階じゃし、生きているはず! さっちゃんを殺そうとしたんじゃからこれぐらいいいか。

 こんな世界じゃ。王女を暗殺しようとした罪は重かろう。生きていようがこの後、拷問と処刑が待っている。わしが殺した方が賊にしたら楽じゃったかもな。

 それよりも……


「キャーーー!」

「なんだ!」

「サンドリーヌ様! こちらに!」

「私が見てくる。ドロテはサンドリーヌ様を頼む」



 ソフィはさっちゃんをドロテに託し、屋根から落ちた賊に剣を抜いて駆け寄る。ソフィが動かない賊を確認していると、悲鳴に気付いた見回りをしていた警備兵が駆けつけ、ほどなくして賊は、縛り上げられて連れて行かれる。


 わしはそんな中、行動を起こす。


「ひっ!」

「ドロテ?」

「いえ。なんでもありません」


 わしはドロテだけに聞こえるように念話を繋げ、小さな声でおどろおどろしく「み~た~ぞ~~~」と声を発した。その声を聞いたドロテは小さく悲鳴を上げ、キョロキョロと周りを見ている。


 わしは見ていたぞ。ドロテが賊に合図を送っていた事も、さっちゃんがあの場所に近付くように誘導していた事も。ちょっと脅かしてやったら焦っておったし。犯人は、お前だ~!……決まったな。

 もう少し泳がして上の者を知りたいけど、時間が掛かるし面倒じゃ。夜にでも直接聞きに行こう。


「サンドリーヌ様。お怪我はありませんか?」

「ええ。大丈夫よ。ソフィ、さっきの男は何者なの?」

「それは……わかりません。ただ、サンドリーヌ様を狙っていたのは間違いないかと……他にもいないとは限りません。今日はお戻りになられた方がよろしいかと思います」

「わかったわ。戻りましょう。みんな行くわよ」

「「「にゃ~」」」


 う~ん。賊の正体を聞かれた時のソフィの反応が気になる……知り合いか? それとも仲間か? さっちゃんを守る騎士、ふたりとも暗殺犯だけはやめて欲しいな。



 そして部屋に戻り、しばらくすると代わりの騎士が来て、ソフィとドロテは帰って行った。わしは二人を見送るとエリザベスに話し掛ける。


「ちょっと気になる事があるから、ここを頼めるか?」

「どうしたのよ? ご主人様を狙っていた奴なら連れて行かれたじゃない」

「あれは下っ端じゃ。元を絶たないと、まだまだ来るぞ」

「そうなの? じゃあここは見てるから任せて」


 わしはこっそりと部屋を抜け出す……前にさっちゃんに捕まった。


「どこに行くの? もうすぐ晩御飯よ」

「ちょっと散歩にゃ。すぐに戻るにゃ~」

「ほんとに?」

「ほんとにゃ~。晩御飯までに戻るにゃ~」


 わしは強引にさっちゃんの手から抜け出し、窓から飛び降りてドロテの後を追う。誰にも見られないようにひっそりとつけていると、ドロテは兵士宿舎と思われる建物の中に入る。

 宿舎はわかったが部屋を確認する事に時間が取られてしまう。しばらく窓を見張り、ドロテの姿を見付け、無事に確認が取れると走り出す。


 わしは夕食に間に合うように急いで戻るが……


「もう食べてる~! わしの分は!?」

「もう無いわよ」

「なんでじゃ~!」

「遅いのよ」

「うぅぅぅぅ」


 わしがエリザベスと「にゃ~にゃ~」言い合っていると、さっちゃんが近寄って来る。


「シラタマちゃん、遅かったわね。はい、ごはんよ」


 さっちゃんはわしに、何かを挟んだパンを手渡してきた。


 サンドイッチじゃ! この国にもサンドイッチ伯爵はおるのじゃろうか? いまはそんな事はいい! サンドイッチを頂こうとしよう。


「さっちゃん、ありがとうにゃ。命の恩人にゃ!」

「そんな大袈裟な……じゃあ、恩人のわたしのお願い聞いてくれる?」

「断るにゃ」

「え~! まだ言ってない~」


 さっちゃんはまたペットになれと言って来るに違いない。それよりも、いまはサンドイッチじゃ。うん。うまい! これはハムかのう。豚っているんじゃろうか? これはチーズみたいじゃし、地球の食材と変わらんのう……さっちゃん。食べ辛いから揺らさないで!


「聞いてよ~」

「嫌にゃ」

かたくなだな~。じゃあ、これはあげない」


 さっちゃんはわしの目の前にねこじゃらしを……ではなく、パウンドケーキをちらつかせる。


「いいのかな~?」


 さっちゃんは意地悪じゃ。しかし、そんな物、見せられてもわしが揺らぐわけがないじゃろう。


「さっちゃん様。わしに何か御用でしょうかにゃ?」


 心と裏腹に口が勝手に……わしのアホー!


「ペットはシラタマちゃんが嫌がるから、友達はどう? わたし、友達が少ないからなってくれると嬉しいな」


 友達……か。わしに友達はいたかな? 元の世界ではみんな死別してしもうたし、近所のジジイ連中は全員年下じゃった。そう考えると友達らしい友達はおらんかったのう。

 ここに来てから仲良くしていたのは、リス家族と熊家族か。友達と言うより家族ぐるみの付き合い? 黒狼はどうじゃろう? う~ん。友達が全然おらん。


「いつまでここにいるかわからないけど、いいにゃ。わしも友達が出来て嬉しいにゃ~」

「やった~。私も嬉しい! これからもよろしくね」

「よろしくにゃ~。それでケーキはくれないかにゃ~?」

「はい、あ~ん」

「あ~ん」


 甘くてうまい! けど、友達同士はこんな事するのか? どっちかと言うとアベック? アベックと言ったら、また孫に古いと馬鹿にされるのう。カップルじゃ。

 まぁ猫に、あ~んとする姿はペットに食べさせる主人にしか見えんな。まさか……既成事実を作ろうとしているのか! さっちゃんはなかなかの策士よのう。その手には乗らんがな! しかし、久し振りの甘味は甘くてうまいのう。


 その後、昨日と同じようにさっちゃんが眠るまでわしゃわしゃされた……




 その夜、草木も眠る丑三つ時……か、わからない、深い時間に猫は動き出す。


「モフモフ~」

「ッ!?」


 なんじゃ。エリザベスの寝言か。ビクッとなったわい。それじゃあ行きますか。



 さっちゃんの部屋からバルコニーに出ると、わしは念の為、探知魔法で辺りに危険が無いか確認する。また屋根に人の反応があり、忍び寄ってネコパンチで意識を刈り取る。


 またこいつか。急いでおるのに……どこかで縄を拝借して、縛っておくか。



 わしは急いで兵士宿舎に走り、ドロテの部屋に忍び込む。


 若い女子おなごが窓を開けて寝るとは、無用心じゃのう。楽が出来ていいけど。

 しめしめ、ドロテは寝ておるな。薄着の寝巻がはだけてなまめかしいのう。って、何を考えておるんじゃ。しかし、かなりうなされて寝苦しそうじゃな。ちょっとやり過ぎたかも……



 わしはドロテにやった所業を思い出す。ドロテがさっちゃん暗殺犯の仲間だと気付いたわしは、数十分おきに念話で語り掛け続けた。内容はたいした事ではない。

 「み~た~ぞ~」から始まり「呪う」「殺す」「危ない」「後ろ」等を、事あるごとに呟いて聞かせた。


 う~ん。途中から面白くなってやり過ぎたかもしれん。だって反応が面白かったんじゃもん。

 「危ない」って言ったらしゃがみ込んだり「足元にゴキブリ」って言ったら跳びはねてたからのう。後半はどう驚かそうとやってしまった。帰り際はゲッソリしておったな。反省反省。

 いや、さっちゃんを殺す犯人に荷担しておったドロテが悪いんじゃった。心を鬼にして驚かせておったんじゃ……またわしは誰に言い訳してるんじゃか。

 しかし、麗若き乙女の部屋に忍び込むのは気が引けるのう。何か悪い事をしているみたいじゃ。もう住居侵入罪で、この後、脅迫罪じゃからすでに犯罪者か……それならちょっとぐらい……いかんいかん。わしの道徳帰って来~い! おかえり。

 目のやり場に困るし、さっさと終わらせよう。



 わしは人型に変身して身を隠すと、鉄魔法で盗賊から没収した剣を二本、天井に浮かす。次に念話で「殺す」「殺す」とドロテが目を覚ますまで呟く。そして、ドロテが覚醒した瞬間に一本の剣を落として顔の横に突き刺す。

 ドロテは「ヒッ」と声をあげるが、わしは続けて反対側に剣を突き刺す。ドロテは「ごめんなさい、ごめんなさい」と何度も謝罪の言葉を繰り返す。

 そこに、人型のわしが二本の尻尾を揺らし【白猫刀】を抜きながら姿を現す。


「ひっひ~! やめて、助けて、来ないで~」


 すんごいおびえておる……お化けとかダメな口か? 失禁までして、かわいそうじゃのう。でも、やらねばならん。


「わしの質問に素直に答えれば殺さん。答えなければ殺す。どちらにする?」

「答えます。答えます! 答えるから許して~」

「何故、お前は王女を襲う手伝いをしておる?」

「指示を受けたからです」

「誰から指示を受けておる?」

「そ、それは……わかりません」

「言わないなら殺す」

「本当です! わからないんです!」


 う~ん。必死さ加減から言うと、本当っぽい?


「信じてください! 私も弟が人質に取られ、指示に逆らえないんです」


 え~。マジで~。ドロテからすぐに親玉に辿り着くと思っていたのに。これは、思っていたより面倒になりそうじゃ。昨日もあんまり寝てないのに……ねむた~い!



 わしは渋々、ドロテから詳しい話を聞く。


 三日前、ドロテの部屋に差出人不明の一通の手紙が届いたそうだ。そこには「弟は預かった。助けたければ指示に従え」等の事が書かれており、心配になったドロテは王都に住む家族の元に走ったとのこと。

 手紙の内容は忠実で、いくら捜しても弟は見つからず、宿舎に戻ると、また部屋に手紙が置いてあった。

 その手紙には、サンドリーヌをいついつに、ある場所まで連れて来るように指示が書かれていた。実際に連れて行くと、サンドリーヌに危険が起きたとのこと。この時の指示で、ルシウスに邪魔をされたとにらんでいたらしい。

 なぜドロテが選ばれたかを聞くと、サンドリーヌの護衛につく場合は、いつも選ばれていた為、白羽の矢が立ったのではとドロテの推測だ。


「すぐに誰かに相談すればよかったのでは?」

「人に話すと弟を殺すと書かれていました。指示の期限が間近だったので悩んでいる暇も無く、仕方なく……」

「そんな事をすれば、脅しのネタが増えるじゃろうに」

「私も一回で終わると思っていました。一度目の指示で弟が帰って来ると……」

「その指示書は取ってあるのか?」

「はい……」


 ドロテは引き出しの奥から三枚の紙を取り出し、わしに手渡す。わしは手紙に目を通すが、まだ勉強を始めたばかりで読めない。仕方がないので、ドロテに手紙の指示とさっちゃんの暗殺方法を聞く。


 指示内容的に、ドロテは実行犯と言うより誘導役か。実行犯の隠れているところにさっちゃんを案内し、確実にしとめようとしているのかな?

 そんな事せずとも、ドロテにヤラせれば早そうなんじゃが……ドロテじゃさっちゃんに情が湧いて、直接暗殺なんて出来ないとでも思っておるのかもしれんか。


「毒の事は書かれておらんが、どうしてじゃ?」

「私にもわかりません」

「指示書はいつも部屋に置いてあるのか? せめて置いて行く人間の目星ぐらいはついておらんか?」

「いつも私がいない時に置いて行くので、見当もつきません」

「弟の居場所もか?」

「はい」


 嘘じゃろ? こんなにも証拠が出ないの? 尻尾を掴んだつもりじゃったのに……。う~ん。どうしたものか。手紙を置いて行く奴を捕まえたいが、さっちゃんの側を長時間離れるのは心配じゃ。

 これは……わしじゃ解決できん! 面倒臭いが各個撃破しつつ、ポロを出すのを待つしか無いようじゃのう。


「あい、わかった。とりあえず、お前にはわしの情報源になってもらう。指示が来たら詳しく話せ」

「え? サンドリーヌ様には報告しないのですか?」

「弟さんが捕まっておるんじゃろう? 戻ってから自首するなりしたらいいじゃろう」


 弟には罪が無いからのう。生きておればいいんじゃが……


「あ、ありがとうございます」

「それじゃあ、わしは行くからの」

「あの……勝手な都合だと承知していますが、この事も黙っておいてくれますか?」


 ドロテはモジモジと恥ずかしそうに、失禁で濡れたベットを指差す。わしはいたたまれなくなり、ドロテの服とベットを水魔法で洗い、火魔法と風魔法で乾かしてから帰るのであった。

 もちろんドロテの生着替えは、背にしてのぞいたりしておらん。これはホンマ!


 帰ってベットに潜り込んだ時に、行きしに気絶させた男を思い出し、ロープを借りようとドロテの部屋に猫又の姿で飛び込んだら悲鳴をあげられた。

 これが元の姿だと説明をしてなんとかロープを借り、男をぐるぐるに巻いて屋根から降ろしておいた。



 もう明け方じゃ……連日これでは、毛並みが荒れてしまうわい。身嗜みだしなみも紳士な猫又の嗜みじゃからのう。



 それから、紳士な猫又とはなんだろうかと自問自答していたら、眠る事は出来なかったとさ。

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