032 夢にまで見た食事にゃ~


 ふぁ~。眠い……昨夜はさっちゃんに、元の猫又に戻ったら散々撫で回されたあげく、夜遅くまで兄弟の話を聞かされて眠い。今日からさっちゃんの警護をすると言うのに、起きていられるかな?


「おはよう。エリザベス、ルシウス、シラタマちゃん」


 なんでわしだけちゃん付けなんじゃ? たしかにスタイリッシュな兄弟達と違って、ちょっとモフモフでちょっと愛らしいけど、ちょっとだけじゃぞ? ホンマホンマ。


「それじゃあみんな、朝ごはんに行くよ~」

「「「にゃ~ん」」」


 つられて返事してしまった。朝ごはんか……何が食べられるんじゃろう? 魚か? 卵か? 朝食ならオムレツなんかもいいですね~。

 米はあるのかな? 久し振りに米が食べたい! でも、西洋文化っぽいから期待できんか。王宮の食事ってだけでも、今までの食生活と比べれば遥かにレベルが上がるから、贅沢は言わんがのう。



 わしが朝食に思いを馳せながら部屋を出ると、二人の若い女騎士が立っていた。わしは慌てて念話を繋ぐ。


「「おはようございます」」

「あら。ソフィとドロテ。朝からどうしたの? 今日は外出の予定は無いよ」

「今日からサンドリーヌ様の護衛を強化せよと、女王陛下の指示でございます」

「私達がサンドリーヌ様のお側に付かせて頂きます」

「昨日の毒の件で?」

「いまだ犯人の特定に至っておらず、またサンドリーヌ様に被害が及び兼ねません。今日より城内であっても、お側にいさせてもらいます」


 ふ~ん。さっちゃんのお母さんは、ちゃんと守ろうとしてくれとるのか。王族だから我関せずも覚悟しておったが、心配をしておるんじゃな。にしても、騎士にしては二人とも若くてべっぴんさんじゃのう。

 ソフィと呼ばれたロングヘアーの女騎士は、少し堅物そうな顔じゃが整った顔をしておるし、ドロテと呼ばれたミディアムヘアーの女騎士は、優しそうな顔でとっつきやすそうじゃ。

 これだけの器量好しなら縁談などもありそうなもんじゃけど、なんで騎士などしておるんじゃろう?

 行き遅れんのだろうか? 中世なんかじゃ十代から結婚もざらじゃないじゃろうし……ひょっとして、二人とも十代後半に見えるけどすでに行き遅れておるのかもしれん。


「そんな大袈裟な。それにわたしには、この子達がいるから大丈夫よ」

「それなんですが……一匹増えてませんか? その尻尾の二本ある猫は、去年王都を騒がした猫じゃないですか?」

「あ! そんな話があったわね」

「連れて歩くなら、契約魔法はお済みですか?」

「心配しなくても、おとなしいから大丈夫よ。すっごくかわいいでしょ! シラタマちゃんですよ~」

「は、はあ」


 さっちゃんはわしを抱き抱えて、わしの手を振り、かわいいアピールをする。


 女騎士二人は、どう答えていいかわからず返事に困っておるな。まぁ危機的状況の中、怪しい猫又が増えていればわからんでもないが……わしも挨拶ぐらいしておこう。


「にゃ~ん」

「ふたりによろしくって言っているわよ」

「はぁ。シラタマ様、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 ふたりとも納得がいっているわけではないが、丁寧に挨拶を返したのう。王女様には意見ができんのか。時代背景から見ると、身分の差で首が簡単に飛んでしまうのかもしれんのう。

 しかし、ドロテは猫が好きなのかな? ルシウスをずっと見つめているように見えるけど、気のせいかのう?


「それでは、食堂に移動しましょう」



 ソフィの指示に従い、わし達は食堂に移動する。わしは食事に心躍らせ、「にゃんにゃん」と鼻歌を歌いながら気分良くスキップしていたら、エリザベスに「はしたない」とネコパンチされた。


 うぅ。元人間のわしが、猫にマナーを教えられるとは……人間失格じゃ。猫じゃけど……



 しばらく歩くとドアを開き、食堂に入る。食堂には大きな縦長のテーブルがあり、豪華さをかもし出している。さっちゃんは自分の定位置があるのか迷い無く席に着く。

 わしはどうしたものかと兄弟達を見ると、さっちゃんの足元へ行くのでそれに続く。さっちゃんが席に着くと同時に、メイドがテーブルに食事を運ぶ。

 わしは行儀よくお座りをし、わくわくしながら運ばれる食事を眺めている。


 いい匂いじゃのう。あれはスープかのう? 焼きたてのパンの入った篭にサラダトフルーツかな? 朝食じゃからこんなもんか。もうちょっと豪華かと思ったが、昼と夜に期待じゃな。



 わしがテーブルに乗る料理に目を奪われていると、メイドがわしと兄弟達の前にひとつずつ皿を運ぶ。わしは何度も目を擦って確認するが、皿の中にはミルクに浸されたパンが細切れで浮かんでいるだけだった。


 なんじゃこりゃ~! こんなもん、人間様の食べる物じゃない。猫飯じゃ! ……合ってるな……いや、猫じゃけども……猫じゃけども! わしの期待を返せ!

 兄弟達は……文句も言わずに食べておるな。まさか三食これか? ちょっと聞いてみよう。


「エリザベス! エリザベス!」

「食事中になによ?」

「いつもこれを食べておるのか?」

「朝はだいたいこれね。昼と夜にはお肉が多いかしら?」

「う、うまいのか?」

「まぁまぁってとこね。それより食事中は静かにするものよ。はしたない」


 エリザベスに食事の事を尋ねると、マナーが悪いと怒らる。また猫に注意を受けたと落ち込んでいると、さっちゃんが話し掛けてくる。


「シラタマちゃん。どうしたの? 口に合わなかった?」


 わしは「にゃ~ん」と一声あげて、首を横に振ってから猫飯に口を付ける。


 むう……パンに新鮮なミルクの甘味が程よく染みて……まずくは無い。山の暮らしからすれば、確実にレベルアップはしておるが……なんだかな~。

 猫飯ってのに違和感がな~。なんとかテーブルの上に並んでいる物に変えてもらえんじゃろうか? いまはこれで我慢して、あとでさっちゃんに相談してみよう。



 さっちゃんは食事を終えると、わし達を連れて部屋に戻る。


「それでは、私どもは部屋の前で待機しておりますので、何かありましたらお声を掛けてください」

「わかったわ。ありがとう」


 さっちゃんは部屋に入るとソファーに座り、大きなため息を吐く。


「どうしたにゃ?」

「昨日の事があったでしょ? だからちょっと怖くてあんまり食べれなかったの」

「さっきの食事は嫌なにおいがしなかったから大丈夫にゃ。嫌な臭いがしたら、すぐに気付くにゃ……」


 お! いい案が浮かんだぞ。


「そんなに心配なら、わしが同じ物を食べるにゃ。わしなら毒くらいで簡単に死なないにゃ。毒味するにゃ~」


 これなら催促しているわけでもなく、人間様の食事が食べられる。一石二鳥じゃ。


「そうね。シラタマちゃんなら普通の食事も食べられそうね」

「人型はあんまり、人に見られたくないにゃ」

「それじゃあ、食事は部屋に運んでもらいましょう」

「そう言えば、食事はいつも一人なのかにゃ?」

「ううん。いつもはお父様と食べているわ。お父様は、いま、お仕事で他国に行っているの」

「女王様やお姉さん達とは食べないのかにゃ?」

「お母様は忙しい方だから、なかなか時間が合わないの。お姉様達とは、昔は一緒に食べていたんだけど、仲が悪くなってからは自室でとるようになったの」

「寂しくないのかにゃ?」

「いまはエリザベスもルシウスもいるから寂しくないよ」


 笑って見せているが少し寂しそうじゃのう。


「これから何をするにゃ?」

「勉強よ。しっかり勉強しないと怒られちゃうからね」

「エライにゃ! じゃあ、わしも暇だし勉強したいにゃ」

「シラタマちゃんが勉強? 文字は読めるの?」

「ちょっとだけにゃ。絵本とか無いかにゃ?」

「シラタマちゃんは変わってるね。派閥とか知ってたし、本当に猫なのかしら?」


 あ、疑ってる。やり過ぎか……


「でも、誰かと一緒に勉強できるのはうれしいわ。いつ振りかな? ちょっと待ってて。侍女に持って来させるわ」



 こうして、わしとさっちゃんの勉強会は始まる。兄弟達は静かなもので、スヤスヤと寝息を立てている。さっちゃんは時々、飽きたと言い、わしをわしゃわしゃしたり、尻尾をニギニギしたり、わしの勉強の邪魔をするので何度か叱った。

 そうこうしていると楽しみなお昼の時間がやって来て、部屋に二人分の料理が運ばれてくる。わしはメイドが出て行くと、すぐに人型に変身して椅子に座り、唾を飲み込む。


 これじゃ、これ! これこそ人間の食卓じゃ。我が家にも椅子とテーブルはあったが、わしのレパートリーが無いから並ぶのは決まってスープと肉と草。

 ここには、パンとスープ、サラダに肉と果物。あれは紅茶かのう? うまそうじゃ~。


「さあ、食べましょう」

「いただきにゃす」


 わしは手を合わせ、食事の挨拶をするとさっちゃんが不思議な顔をする。わしはそんなさっちゃんはさておき、おかまい無しに食べ始める。



 まずはスープからかな? スプーンですくって一口。んまい! 手の込んでるコンソメスープじゃ。次はパンを一口。これまた美味じゃ。

 盗賊から没収したパンと比べ物にならんくらい、柔らかくてうまい。サラダもドレッシングが掛かっていてうまいのう。

 そろそろメインのローストビーフに行きますか。ナイフとフォークで切り取って口に運ぶと……そりゃうまいじゃろう。この肉は牛とは違うのかな? じゃが、この絶品のソースと合間って、うま過ぎじゃわい。


 わしが夢中になって味わって食べていると、さっちゃんが声を掛けてくる。


「どうして泣いているの?」


 どうやらわしは泣いていたみたいじゃ。さっちゃんは料理に手をつけないで、ずっとわしを見ておったのか。はずかしい! とりあえず、言い訳ぐらいしておこうかのう。


「料理があまりにも美味しくて、感動して泣いてしまったにゃ~」

「シラタマちゃんのお口にあって良かったわ。朝は美味しそうに見えなかったから心配してたのよ。それにしても上手じょうずに食べるのね。まるで人間みたい」

「れ、練習したにゃ~! 昔、ハンターに教わったにゃ~!」

「ふ~ん……それで、私も食べて大丈夫?」


 あ、仕事を忘れてた……それにしても食事に気を取られ過ぎて、わしが猫なのを忘れてしまっておった。ポロが出ないように気を付けなくては。


「大丈夫にゃ。毒なんて入ってないにゃ。美味しいにゃ~」

「よかった。シラタマちゃんがあまりにも美味しそうに食べるから、食べたくて仕方なかったの。いただきにゃす」



 さっちゃんは何故かわしの食事の作法を真似、両手を合わせてから食べはじめる。わしは「にゃ」はいらないとツッコミたかったが、それよりも食事を優先する。

 だが、わしが残りを食べようと皿に目を戻すと、料理は無くなっていた。


 あれ? わしの昼飯はどこかのう。半分も食べておらんかったはずなんじゃが……ボケたか? いや、まだ二歳じゃ。元の世界でもそこまでボケておらん。

 犯人はこの中にいる。じっちゃんの名にかけて! わしのじい様は探偵でも無いんじゃが、わしの孫がこう言えって教えてくれたのは、なんでじゃろう?

 いまはそんな事より、メシじゃ!


「コラー! わしのメシを返せ~!!」

「あんただけズルいのよ」

「うん。ズルいズルい」

「うっ……」

「それにもう、この中よ」


 エリザベスは勝ち誇った顔で、腹をポンポンと叩く。わしはさっちゃんにエリザベスに取られたと泣き付いたが、二人分しか用意してもらっていないから、おかわりは出来ないと言われ落ち込んだ。

 でも、夜はもっと多く用意するからと慰められ、「ひゃっほ~」と小躍りしたら笑われる事となってしまった。



 わし……チョロくないもん。

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