111 商談成立にゃ~


 ローザの案内でハンターギルドに蟻を売りに来たものの、猫の姿で騒がれ、蟻を見せたら騒がれ、出せと言われて大蟻のクイーンを出したら総ツッコミにあい、わしは散々な目にあった。


 きちんとした報告を受けたいとギルマスに言われたので、クイーンは次元倉庫に入れて、渋々ギルマスの部屋に向かう。


「ねこさんは、なんでそんなに嫌そうなんですか?」

「ローザにも怒られたにゃ。また怒られそうにゃ……」

「さっきのは、ねこさんが悪いんですからね!」

「また怒るにゃ~」


 わしがローザの怒られていると、メイバイがリータに質問している姿があった。


「シラタマ殿はあんなに強いのに、なんで怒られると弱くなるニャ?」

「なんででしょう? 私にもわかりません」


 それは女房と娘に、長年怒られ続けたからです。電気を消し忘れているとか、便座を下げていないとか……ちょっと忘れただけでガミガミ言われたら、こんな性格になるってものですよ。



「さあ、一から報告しろ!」


 ギルマスの部屋に入って全員席に着くと、開口一番、わしに今回の大蟻駆除の説明を求める。わしは「偉そうに」と言いたかったが、また怒られるのは嫌だったので我慢して説明する。


「大蟻が二千……精鋭蟻が二百……ブラックが六匹……クイーンにキング……それをたった三人で殺したのか? いや、二人と一匹?」


 別に言い直さなくても……一人でカウントしていいんじゃぞ? と、ツッコみはいらんか。


「そうにゃ」

「違います」

「違うニャー」


 ギルマスの質問に、わしが肯定すると、リータとメイバイが否定する。


「どっちだ?」

「私達は、少しアシストしただけです」

「そうニャ。私達が倒したのは、一割も満たないニャ」

「一緒だったにゃ~。二人で角三本の黒蟻を倒してたにゃ。こ~んにゃに大きかったにゃ」

「それもシラタマさんがトドメを刺したじゃないですか!」

「トドメを横取りしただけにゃ。二人の手柄にゃ~」

「シラタマ殿の手柄ニャー!」

「わし一人の手柄じゃないにゃ~」


 わし達が言い争いをしていると、ギルマスがため息混じりに割って入る。


「はぁ……手柄の譲り合いなんて初めて見たぞ? お前達だけじゃ、話が進まなそうだから俺が決めてやる。そっちの猫が、ほとんどの蟻を殺したのは間違いないんだな?」

「まぁ、そうにゃ……」

「大蟻のナンバー3は、そっちの二人が追い込んだんだな?」

「そうにゃ」

「それなら二人には、ナンバー3と大蟻の一割の昇給ポイントを分けて、残りは猫の取り分でいいだろう?」

「はい!」

「いいニャ!」


 うっ……このままでは確定してしまいそうじゃ。


「みんにゃでやったにゃ~」

「お前は人が良すぎる。いや……」


 ギルマスが言葉を区切ると、リータとメイバイが先に続きの言葉を口にしやがった。


「「猫だにゃ~」」

「アハハハハ」


 二人の合わさった声に、ローザは大笑いだ。


「にゃんで二人が言うにゃ~」

「なんとなくです」

「なんとなくニャ」


 ローザまで腹を抱えて笑っておる……ひょっとして馬鹿にされているのか? そうなったら今夜は飲むぞ? 飲んで飲んで飲まれて泣くぞ?

 しかし、討伐証明部位は集めるのが面倒だったから持ち帰って来ていないのに、信用してくれるんじゃな。クイーンひとつで、証明になるのかな?

 それに、これだけ大量の蟻を倒したんじゃから昇級ポイントはどれくらい入るんじゃろう? まぁ黒と白だけでも、かなり多くもらえそうじゃな。

 リータは前回の黒イナゴでDランクに上がったばっかりだから、Cランクに上がるのはまだ先かな? メイバイは……あっ!


「昇級ポイントの付与は、ちょっと待って欲しいにゃ」

「急にどうした?」

「明日、王都のギルドで、メイバイの昇級試験があるにゃ。そのあとにもらう事は出きるかにゃ?」

「それぐらいならかまわんが、王都ならここから、五日は掛かるから間に合わないぞ?」

「間に合うから大丈夫にゃ~」

「どうやるかわからんが、猫なら出来る気になるのは俺がおかしいのか?」

「「「おかしくないです(ニャ)」」」

「にゃんで三人が答えるにゃ~」


 ギルマスの質問に、リータ、メイバイ、ローザが同時に答えた。わしが答えたかったのに……


「間に合わなかったら、次の試験のあとに証明書を渡せ。それぐらいの手筈てはずはしてやる。それと少ないが、ギルドから報償金を出す。これは未曾有みぞううの危機を未然に防いでくれた感謝だから受け取ってくれ」


 報奨金ね~……貰えるモノは有り難く貰いたいんじゃが、何か裏がありそうじゃな。


「本心はなんにゃ?」

「このネタと、クイーンとキングの死体があれば、ギルドの評価が上がる! あ……」


 やっぱりか……


「自分の評価に感謝してるにゃ~」

「違うっ!」

「元々クイーンとキングは、ここで売る気は無いにゃ」

「な、何故だ……」

「わしの所属は王都だから、バレたらスティナに怒られるにゃ~」

「シラタマさん、また怒られる心配ですか……」


 リータ達にジト目で見られてしまったので、わしは言い訳のひとつでもしてみる。


「スティナのからみ酒は最悪にゃ~」

「たしかに、あの女は最悪だな……では、ブラック! ブラックだけは売ってくれ!!」

「まぁそれぐらいにゃら……。ところで、大蟻は買い取ってもらえるのかにゃ?」

「それは査定しだいだから、そっちで聞いてくれ」

「わかったにゃ。みんにゃ、行くにゃ~」

「ブラックは置いて行けよ」


 しつこく黒蟻を要求するギルマスを置いてわし達は部屋を出ると、買い取りカウンターに戻る。ギルマスはしつこくついて来ているが、無視を決め込む。



「おっちゃん! 査定はどうなったにゃ?」

「おう。終わってるぞ。残念ながら大蟻の肉は最低ランクだから安いぞ。素材もいまいちだからこんなもんだ」


 う~ん、安い。まぁ予想通りじゃから問題ないか。


「精鋭蟻は、肉も素材もボチボチだから、中の中ってところだ。一匹ずつ足してこれだけだがどうする?」

「ああ。おっちゃんには、いっぱいあるのを言ってなかったにゃ。大蟻が六百、精鋭蟻が二百あるにゃ」

「そんなにか!?」

「ブラックも六匹あるにゃ。どれぐらい引き取れるかにゃ?」

「ブラックは全て引き取るが、大蟻が五十、精鋭蟻も五十ぐらいか……出来れば精鋭蟻、百が望ましいんだが……」

「他でも捌くから、五十、五十で頼むにゃ」

「あいよ! 蟻は外にあるのか?」

「収納魔法に入っているにゃ」

「大蟻が八百もか!? それなら冷蔵庫に出してくれ」


 おっちゃんのお願いに応え、わし達は地下の冷蔵庫に移動する。リータとメイバイの狩った黒蟻はどうするかと尋ねたら、売っていいとのこと。わし達の話を盗み聞きしていたギルマスはヒヤヒヤしていたが、もちろん無視した。

 黒蟻は大きいから冷蔵庫で解体が出来ないとのことで、訓練場に移動。六匹全て出すが、ギルマスの喜ぶ顔は見ないようにする。

 カウンターに戻ると、買い取り額が高額なので、分割となったが了承する。残りはギルドの銀行に振り込まれる手筈となった。買い取り証明書は、ギルマスが受け取り、昇級ポイントと共に、いつでも受け取れるように書類にまとめてくれた。

 さすがに無視できなくなり、お礼を言って、ローザの馬車に乗り込むのであった。



 馬車に乗り込むと行き先を告げようとしたが、ローザが暗い顔をして、先に質問して来た。


「明日は大事な試験があるのですよね? ねこさんはもう帰ってしまうのですか……」


 帰りたいが……ローザが今にも泣き出しそうじゃ。


「試験の時間は朝二の鐘だから、朝一に出れば大丈夫にゃ」

「本当ですか!?」


 わしの言葉で、ローザの顔はパッと笑顔に変わる。


「シラタマさんは女の子に甘いです」

「あまあまニャー」


 リータとメイバイの顔が曇ったのは、言うまでもない。



 ハンターギルドで大蟻を売ったわし達は、ローザの家に向かう。宿屋に泊まると言ってみたが、ローザにまた悲しい顔をされて、リータ達に甘いと言われた。わしだけはペットお断りの可能性もあるから、お言葉に甘えさせてもらう事にしたと思う事にする。

 そうして屋敷に着くと、ローザの両親と王都で会った祖父との対面となったのだが、何故か父親が前に出て来た。


「娘はやらん!」


 この親父は……まだ自己紹介もしとらんのに何を言い出すんじゃ! 猫と結婚するもの好きが……けっこういるんじゃよなぁ。この世界はどうなっているんだか。

 まぁ王都で家を格安で借りてる上に、今日も泊まらせてもらうんじゃ。下手したてに出ておこう。


「シラタマと申すにゃ。こっちの二人はパーティ仲間のリータとメイバイにゃ。それにしても、二人ともわしを見ても驚かないんだにゃ~?」


 わしが父親の言葉を無視して母親に向けて丁寧に挨拶をすると、笑顔で対応してくれる。


「娘から毎日、猫ちゃんの事は聞いていたからね。本当にかわいいわ」

「お母さんも若くて美人にゃ~」

「あら。お世辞でも嬉しいわ。私はペルグラン家当主のロランスよ。こっちは夫のオレール。父のホドワンには会った事があったのね?」


 あ、お母さんが当主だったんじゃ……てっきり、親父さんのほうかと思っておったわい。


「じい様は王都で家を貸してくれたにゃ~」

「孫はやらん!」


 このじい様の孫コンプレックスも相変わらずじゃな……


「二人とも、ローザの命の恩人に失礼ですよ。その節は娘を助けていただき、ありがとう。何かお礼をしたいのだけど、要望は無いかしら?」

「お礼は家を借りてるし、今日も泊めてもらえるから足りてるにゃ」

「ローザの命の対価がそれじゃあ安すぎよ。ここは私が一肌脱いで、今晩は誠心誠意、お相手させてもらうわ」


 何故、肩を見せる? 一肌ってそういう意味? ローザのじい様も親父も、わしを殺すが如く睨んでいるし、隣に座っているリータとメイバイからも殺気が感じ取れる……


 わしが皆の殺気になんとか耐えていると、ローザがロランスに詰め寄る。


「お母様。ねこさんは、今日はわたしと寝るのですから、取っちゃダメです」

「あら。娘の思い人を取るのは悪いわね。でも、少しだけ抱かせてね」

「少しだけですよ」


 そんな約束しておらん! そして勝手にわしの貸し出し許可しないで! 殺気が濃くなったぞ!! は、話を変えねば!!


「そうにゃ! してもらいたい事があるにゃ!!」

「抱っこなら、いますぐに……」

「違うにゃ! 大蟻の処分を手伝って欲しいにゃ!!」


 わしはロランスに、ハンターギルドであった出来事を話す。

 ロランスは大蟻の脅威を知っていたのか慌てるが、駆除された事を聞くと喜び、感謝してわしを抱きかかえて撫で回す。


「そんな事があったのね。知らないところで、また猫ちゃんには助けてられていたのね。領主として感謝するわ」

「お金の為にやっただけにゃ。それより離してくれにゃ」

「いえ。感謝してもしきれないわ。それで大蟻の処分とはどういうこと?」

「大蟻がいっぱい余っているにゃ。高く売れないから、近隣の村に配って欲しいにゃ。あと、離してくれにゃ」

「なんでそんな事をするの?」

飢饉ききんで苦しんでいる村は多いにゃ。そろそろ離すにゃ~」

「わかったわ。私が買い取って配るわ」

「いや。寄付するにゃ。加工費や輸送費にゃんかは、そっちで相談してくれにゃ。だから離してくれにゃ」

「それじゃあ、全然お礼にならないじゃない。食糧難で困っているから助かるけど、なんでそこまでしてくれるの?」

「ただの気まぐれにゃ~。いい加減、離すにゃ~!」

「お母様。ズルいです……」


 その後、大蟻の処分の話し合いの間、ずっとロランスの膝の上に座らされたわしであった。



 大蟻は一度に運ぶには量が多いので、百匹ずつ数回に分けて運ぶ事になり、その都度わしが、ローザの街に来る事となった。わざと数回に分けていないかと追及したら、ローザとロランスに目を逸らされたから絶対わざとだと思う。

 夕食の時間になり、やっとロランスの膝の上から脱出したが、夕食が終わると、今度はローザに捕まった。

 ロランスも加え、一緒にお風呂に入る事になったので猫型に戻り、猫として可愛がられた。ベッドも二人が離してくれなかったので、一緒に眠る事となった。

 じい様と親父さんは、ロランスとローザに頭が上がらず、リータとメイバイは貴族様に頭が上がらずに、四人ともわしを睨み殺さんばかりにずっと睨んで、コソコソ話をしていた。


 そうして翌朝早くに、ロランス邸から馬車を出してもらい、街の外まで送り届けてもらった。


「ありがとにゃ」

「いえ。こちらこそよ。大蟻の件だけじゃなくても、いつでも遊びに来てね」

「お母様! ねこさんは、わたしに会いに来るのですよ!」

「もう。こんなモフモフ独り占めなんてズルいわよ~」

「それじゃあ、お父様とお爺様の説得に協力してください。それならちょっとくらい、いいですよ」

「う~ん……わかったわ」


 何の説得かわからんが、聞くのが怖い……ペットじゃよな? ペットであってくれ!


「わし達は時間が無いので、そろそろ行くにゃ。リータ、メイバイ。乗り込むにゃ~!」

「あ、まだ……」

「ねこさん!」

「さいにゃら~~~!」


 わし達は次元倉庫から出した車に素早く乗り込んで逃げる。そして人が来なさそうな場所で降りて、マーキングしてから王都に転移する。

 行きしに使った王都近くのマーキングした場所に転移すると、王都に向けて車を飛ばす。


 その車内では……


「二人とも近いにゃ~」

「シラタマさん成分の補給です」

「昨日の夜は寂しかったニャー」

「変な言い方するにゃ~~~!」


 リータとメイバイにずっと抱きつかれたまま、わし達を乗せた車は、王都へ向けてひた走るのであった。

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